上 下
96 / 119

93. エドゥアルトのピンチ!?

しおりを挟む

(天才の描いた絵……)

 私は内心でホホホと笑う。
 最高にべた褒めじゃないの。

(やはり、分かる人には分かるようね!)

 エドゥアルト……
 幼少期にジョエルに体当たりされて踏まれて、ちょっと変な方向に目覚めちゃったヤバ……変わった子だと思ってはいたけれど……
 さすが、王族の血も引く公爵家の令息。
 見る目はあった様子。 

 そんなエドゥアルトは満面の笑顔で言った。

「天才だ!  君はとても天才だよ─────ジョシュア!」

(…………んぁ?)

 エドゥアルトの発言にその場が更にしーんと静まり返った。
 ジョルジュもジョエルもセアラさんもその場でピタリと固まり動かない。
 そして名指しされたジョシュア。
 いつもなら「あうあ!」と元気に笑ってお返事するであろうジョシュアもセアラさんの腕の中で目をまん丸しにして動きを止めていた。

 そんな中、エドゥアルトはハッハッハと笑いながら一口お茶を飲むと続けた。

「一目見て僕には分かったさ───あれは……あの飾られている絵はジョシュアの描いたものだ!  とね」

(…………んぁ?)

「不思議な三つの球体?  のようなものから突き出ている謎の線……」

(…………んぁ?)

「さらにそこから、ひょろっと横に伸びた棒のような線……」

(…………んぁ?)

「ハッハッハ。凡人の僕には決して分からないあの独特の世界観…………素晴らしい!」

(…………んぁ?)

 どう考えても変人の部類に入るくせに自分は凡人だとかほざいているエドゥアルト。
 彼は手放しで“私の描いた”絵をどんどん絶賛していく。
 ただし、ジョシュアの顔を見ながら。

「……0歳なのに、すでにここまで描けるなら───将来は天才画家になれるかもしれないぞ、ジョシュア!」

(…………んぁ?)

「ジョシュア、約束しよう。君が将来画家として活動する際は必ずこの僕が後ろ盾に───ん?  皆、そんな静まり返ってどうしたんだ?」

 そこでようやくエドゥアルトは今、この場で自分以外の誰も言葉を発していないことに気付く。
 そして不思議そうに首を傾げた。

「それに、だ。ジョシュアまで静かになるなんて珍しいな。君は無口な父親であるジョエルの分までとにかく笑って笑って笑って喋りまくる子だろう?」

 そこまで口にしたエドゥアルトは何かを思いついたのか、ハッとしてからポンッと手を叩いた。

「ああ、そうか!  分かったぞ!  君はジョエルごっこを始めたんだな?」

(…………んぁ?)

 一人満面の笑顔でウンウンと頷くエドゥアルト。
 ジョエルごっこ……?
 もはや発想が独特過ぎる。

「ハッハッハ!  なるほど。誰しも父親の真似をしたくなる時があるからな!  もうそういう時期なのか」

 ジョルジュ、ジョエル、ジョシュアの三人は無表情のまま固まり、セアラさんは困ったようにキョロキョロしている中、私は椅子から立ち上がる。
 そしてにっこり笑顔を浮かべながらエドゥアルトの元に近付いた。

「だがな、ジョシュア。ジョエルの真似をするのもいいが、僕は君のその笑顔こそが最高で最強だと思うぞ?  だからジョエルの真似は程々にし───」

 私は、ポンポンとエドゥアルトの肩を叩いた。
 エドゥアルトが振り返る。

「ん?  おや、ガーネット様?  どうかしま……………」
「……」
「ガ、ガーネット……さ、ま……」

 私はにっこり笑顔を向けているはずなのに、何故かエドゥアルトの顔は一瞬で青ざめていった。



─────



「え、えぇと……つ、つまり?  あ、あの玄関に飾られた素晴らしい絵を、か、描かれたのは……」
「……」
「そ、そこのジョシュアくん0歳……ではなく……」
「……」

 チラッと目線を上げたエドゥアルトと私の目線がバチッと合った。

「……っ!」

 私の目の前で直接床に足を揃えて座って縮こまっているエドゥアルトの身体がビクッと跳ねた。
 椅子にふんぞり返っていた私は、足を組みかえにっこりと笑いかける。

「───ええ。そこのベビー、ジョシュアくん0歳、ではなくて描いたのは、この、わ・た・し」
「あうあ!」

 元気(?)を取り戻したジョシュアがニパッとエドゥアルトに笑いかける。

「───お、おばあさまの言う通り……あれを描いたのはボクではないのです!  ……か。なんてことだ……」

 コホンッ
 エドゥアルトは軽く咳払いをすると深々と私に向かって頭を下げる。

「ガ、ガーネット様。大変、失礼な誤解をしてしまい申し訳ございません」
「……」

 私もふぅ、と軽く息を吐いてから訊ねる。

「もういいわ。でもね、私の聞きたいことは一つよ?  ───どうしてあの私の最高傑作がジョシュアの描いた絵だと思ったのかしら?」
「最高……傑作?」
「ええ、最高傑作でしょう?  あなたも絶賛して褒めてくれたじゃない」
「!」

 エドゥアルトはビシッと背中を真っ直ぐに伸ばしてから答えた。

「はぁい!  そそそそれは───あ、あのような、ど、独特の世界観を持つ素晴らしい絵を、こ、これまで見たことが無かった……からです!」
「へぇ…………そう。まあ、そうなのよねぇ」

 過去の先生方も口を揃えて私に言った。

 ───こ、ここまで斬新な絵を見たのは初めてです!
 ───とてもとても、そのお歳で描ける絵ではございません!

「ふふ、やはり才能が溢れ過ぎているというのも考えものね……」

 クスッと笑った私はパンパンと手を叩いて使用人を呼ぶ。
 慌ててすっ飛んで来た使用人に紙とペンを用意するように伝えた。
 それを聞いたエドゥアルトが目を丸くして私に訊ねる。

「ガーネット様?  な、何をなさるのですか?」
「……」

 私はにっこり笑う。

「ホホホ。決まっているでしょう?  0歳児のジョシュアが描く絵と私の絵を比べるのよ」
「あうあ!」

 その場の皆が驚いた顔で一斉に私を見てくる。
 ジョシュアだけは満面の笑み。
  
「───セアラさん」
「は、はい!」
「これまでジョシュアが絵を描いたことはあるかしら?」
「あ……ありません」
「なるほど───では、これが正真正銘、ジョシュア初のお絵描きになる、ということね?」

 私はジョシュアに視線を向けて声をかける。

「さてジョシュア、心の準備はいいかしら?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 満面の笑みで答えるジョシュア。
 無茶振りをしたというのにこの余裕たっぷりそうな笑顔。
 さすが私たちの孫!

 ちょうどそこへ使用人が紙とペンを持って来てくれたので私はジョシュアに渡すように命じる。
 使用人は困惑したものの、言われるがままジョシュアの前に紙を置きペンを渡した。

「あうあ!」

 紙を前にギュッとペンを握ったジョシュアはニパッと笑う。

「あうあ!」
「ふふ、ジョシュア。とてもいい笑顔ね?  では被写体はこの私にしましょう」
「あうあ!」
「さあ、ジョシュア!  この私の孫なのだからあなたにもとびっきりの才能があるはずよ!  お好きに描きなさい!」
「あうあ!」

 ジョシュアは元気いっぱいに返事をして手を動かし始めた。

「あうあ!」

 キュッキュッキュッ……

「あうあ!」

 キュー……キュッ

「あうあ!」

(……なかなか、楽しそうね)

 ジョシュアはキャッキャと笑いながら楽しそうに描いている。
 私を描いてと言ってはみたもののどうせ、この時期のベビーが描く絵はなぐり描き。
 完成する絵の想像はつく。
 そんなベビージョシュアの初めての絵とこれまで有名画家を泣かせてきた私の絵……
 並べて比べれば嫌でも違いというものが分かるはずよ!

「あうあ!」
「どう?  ジョシュア。被写体が美しいとあなたのやる気も上がるでしょう?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアは可愛い笑顔を浮かべて、キュッキュッと音を立てながら手を動かす。

「あうあ!」

 そうして少ししてから顔を上げたジョシュア。

「あうあ!」
「ん?  あら、もしかして完成かしら?」
「あうあ!」

 ニパッ!

「あうあ!  あうあ!」

 何かを必死に訴えるジョシュア。
 でも、私にはなんて言っているか分からない。

「ねぇ、ジョルジュ。ジョシュアは何て言っているのかしら?」
「───実物のおばあさまは美しすぎてボクのような若輩者の腕ではまだまだです───だ」
「まあ!」

 ホホホと私は笑う。
 相変わらず0歳児とは思えない歯が浮きそうなセリフを……
 でも──

 バサッと私は髪をかきあげる。

「この私が美しいことは事実だから仕方がないわよね。さあ、ジョシュア。完成した絵を見せてご覧なさい」
「あうあ!」

 どれどれ……
 私たちは皆でジョシュア画伯の絵を覗き込んだ。

しおりを挟む
感想 394

あなたにおすすめの小説

殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね

日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」  公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。  ※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。

断罪するならご一緒に

宇水涼麻
恋愛
卒業パーティーの席で、バーバラは王子から婚約破棄を言い渡された。 その理由と、それに伴う罰をじっくりと聞いてみたら、どうやらその罰に見合うものが他にいるようだ。 王家の下した罰なのだから、その方々に受けてもらわねばならない。 バーバラは、責任感を持って説明を始めた。

飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。

希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。 同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。 二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。 しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。 「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」 失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。 「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」 ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。 そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。 エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。 しかしティナはそれさえ気に食わないようで…… やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。 「君はエレノアに相応しくないだろう」 「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」 エレノアは決断する……!

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

安息を求めた婚約破棄

あみにあ
恋愛
とある同窓の晴れ舞台の場で、突然に王子から婚約破棄を言い渡された。 そして新たな婚約者は私の妹。 衝撃的な事実に周りがざわめく中、二人が寄り添う姿を眺めながらに、私は一人小さくほくそ笑んだのだった。 そう全ては計画通り。 これで全てから解放される。 ……けれども事はそう上手くいかなくて。 そんな令嬢のとあるお話です。 ※なろうでも投稿しております。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...