95 / 119
92. 行き着く先は……
しおりを挟むその日の午後は、ハイハイするジョシュアと私は邸内を散歩することにした。
「さあ、ジョシュア! もう一周、邸内をぐるっと回るわよ!」
「あうあ!」
ペタペタペタペタ……
「そうそう。体力はしっかりつけましょうね」
「あうあ!」
「そして将来、あなたが見つけた大事な人にしっかり自分の足で会いに行くのよ!」
「あうあ!」
「……」
ニパッ!
この可愛い笑顔に不安が募る。
「コホン……いいこと? 大事な人というのは不特定多数のことではなくってよ!」
「あうあ!」
「───いい返事ね! その心意気よ!」
ペタペタペタペタ……
ニコニコしながらジョシュアが元気よく前へと進む。
そして、これから邸内を回ると言ったのに元気よく玄関へと一直線に向かっていった。
「んぁ?」
(な ん で !)
変な声を出した私は慌ててジョシュアを追いかける。
「ジョシュア! 邸内を回ると言ったでしょう! そっちは玄関、その先は外!」
「あうあ!」
ニパッ!
振り返ったジョシュアはまたしても可愛く笑う。
「……くっ! まるで愛しいジョルジュと最愛の息子ジョエルが笑ったかのような錯覚を覚える……けど、その笑顔には騙されないわよ?」
「あうあ!」
もう一度笑ったジョシュアは、玄関口でピタっと止まった。
そして、顔を上げると私が描いて飾ったばかりの【ギルモア家の珍名物・置物三体】の絵をじっと見つめた。
「ジョシュア?」
「あうあーー!」
絵に向かって元気に何かを叫ぶジョシュア。
「あら、もしかして玄関に来たのはこの私の最高傑作をもう一度見たかったのかしら?」
「あうあ!」
ニパッ!
「ふふ、いい笑顔じゃないの。そんなにこれを気に入ってくれた?」
「あうあ!」
「実はね、絵はかなり久しぶりに描いたのよ。だけど、腕はなかなか落ちないものね!」
「あうあ!」
ジョシュアは再びじっと絵を見つめている。
そんなジョシュアを見ながら私はホホホと笑う。
「昔から色々な教育を受けてきた私だけれど……絵画のレッスンが一番早く習得……終わったのよ」
「あうあ!」
「だって先生ったら、毎回私の絵に感動して泣いてばかりなんだもの」
「あうあ!」
そんなこともあり、レッスンは早期終了。
「ただね、すぐに辞めちゃう先生が多くてね……」
短い期間に入れ替わり立ち代り……
「あうあ!」
「でも、私を指導してくれた先生たちは軒並み今じゃ有名画家まで登り詰めてるのよ」
「あうあ!」
「皆、口を揃えて語っているそうよ。昔、声を失うくらい凄い才能の持ち主の令嬢を指導したって。その出会いがあったからこそ己の至らなかった技術を磨き、今の自分がいるとか何とか───」
先生だけじゃない。
お父様もお母様もお兄様も……
皆、私が描いた絵を見せるとハッと息を呑んで黙り込んでいた。
「ふふふ、才能が有り過ぎるのも考えものよねぇ……」
「あうあ!」
「いいこと? ジョシュア。あなたはそんな私の血を引いた孫なのよ」
「あうあ!」
私はその場に屈むとそっと腕を伸ばしてジョシュアの頭を優しく撫でる。
「私のこの素晴らしい“才能”をあなたも引き継いだはずよ。感謝なさい!」
「……あうあ!」
「ホホホ! さあ、ここは玄関。邸内お散歩コースはこっちよ!」
「あうあ!」
ペタペタペタ……
私の誘導に従い、再びハイハイで廊下を進み始めるジョシュア。
「そうよ! いい子ね、ジョシュア」
「あうあ!」
そして調子よく進んだ先に見えて来たのは突き当たりとなる物置部屋。
さっきはここを右に回って邸内を散歩した。
なので次は左にしようと思い、後ろから声をかける。
「ジョシュア! 今度はそこを左よ! 左に曲がって邸内をぐるっと回るわよ!」
「あうあ!」
(んあ!?)
ジョシュアは元気いっぱいの声を上げながら、左右どちらにも曲がらず真っ直ぐ進んで堂々と物置部屋へと侵入して行った。
────
それから、私とジョシュアの邸内散歩は毎日の日課となり───
「やあやあやあ! お邪魔するよ!」
その日の午後。
突然訪ねて来たのはすっかり我が家に慣れ親しんでいるエドゥアルト。
安定の先触れなしの登場。
「あうあ!」
「ジョシュア!」
ペタペタペタペタ……
エドゥアルトの姿を見つけたジョシュアは、ニパッと笑うと私との邸内お散歩を中断して凄い勢いでエドゥアルトの元へと這って行った。
「おお! ハイハイのスピードも早くなっているじゃないか……!」
「あうあ!」
「ふむ……毎日、欠かさず邸内を散歩しているから体力がついた? なるほどな!」
「あうあ!」
「最近はおばあさまとの散歩が日課なんです……へぇ、そうなのか」
エドゥアルトはとても滑らかにベビージョシュアとの会話を繰り広げ、ウンウンと頷いている。
そんな彼の声を聞き付けたのか奥からぞろぞろと皆も現れた。
「やあやあやあ! これはギルモア家の皆様、お揃いで」
いつもの明るい笑顔を向けたエドゥアルトにセアラさんが答える。
「エドゥアルト様の声はよく通りますからすぐに分かりました」
「あうあ!」
「ふふ。それに、今みたいにジョシュアのはしゃいだ声も聞こえましたから」
「そうなのか!」
エドゥアルトはそれを聞いて嬉しそうに笑った。
そして、ジョシュアを抱っこする。
「おお、身体も重くなっているじゃないか……! ハイハイもそうだが、やはり子どもの成長というのは早いものなんだな」
「あうあ! あうあ!」
「なに? 早く大っきくなっておじい様やお父様のような立派な男になるんです! か。それはいい目標だ。僕も応援するぞ」
「あうあ!」
ニパッと笑うジョシュア。
(立派な男……ねぇ)
私はチラッと夫のジョルジュを見た。
ジョルジュは特に表情を変えずに腕を組んで話を聞いている。
ジョエルもジョエルで無表情。
この間のエドゥアルトとの間の胸が熱くなる友情はどこへ行ったのやら。
(でも……)
こんなヘンテコな二人でもきっとベビーなジョシュアの目には輝いて見えているに違いない。
私はパンパンッと手を叩く。
「はいはーい。とりあえず、こんなところで立ち話していないで中へ入るわよ」
エドゥアルトを招き入れ、使用人にもてなしのお茶を準備するようにと命じた。
そうして部屋に向かうことになった。
けれど、なんと真っ先に動いたのは床に降ろされたジョシュアだった。
「───あうあ!」
「ん? 今日はジョシュアが先頭を切って僕を部屋へと案内してくれるのか?」
「あうあ!」
張り切って私たちの先頭でハイハイし始めたジョシュア。
どうやら、ボクが部屋まで案内する! と言っているらしい。
こんなにも張り切っているジョシュアの邪魔をするのはよくない。
なので私たちは黙って後ろからゾロゾロついて行く。
ペタペタペタ……
「あうあ!」
ペタペタペタ……
「あうあ!」
ご機嫌な様子のジョシュアは迷う素振りも見せずにどんどん進んでいく。
(うーん……)
ジョルジュとジョエルはきっと分かっていない。
けれど、私とセアラさんには分かる。
(…………この先に応接室なんて無い!)
察したセアラさんが小声で私に話しかけて来た。
「お……お義母様……」
「しっ! 無理よ。あの張り切った顔のジョシュアは止められないでしょ。私たちはもうあの子に着いていくしかないのよ」
「…………ですよ、ね」
そして───
「あうあ!」
この部屋へどうぞ、と言わんばかりに満面の笑みでクルッと後ろを振り返ったジョシュア。
エドゥアルトは感心したように頷く。
「ジョシュア──凄いな! 君は全く迷いのない足取りだった」
「あうあ!」
「なるほど。これが毎日ボクが欠かさずおばあさまと邸内を散歩し続けた成果です! か。どうやら日々の鍛錬で方向音痴は緩和さ……」
「あうあ!」
エドゥアルトが顔を上げて部屋を見ながらハッハッハと笑った。
「…………れていなかったな! やはり君はジョエルの子だ!」
(ええ。まだまだ、先は長そうね……)
「あうあ!」
にっこり笑顔でやっぱり物置部屋へと案内していたジョシュアだった。
気を取り直して、エドゥアルトをきちんと応接室へとご案内。
「───ところで、本日……訪問した時に気づいたのだが」
一息ついたところでエドゥアルトが口を開く。
「────玄関に絵が飾られていた。あれは前には無かったと思う」
「「「「!」」」」
「あうあ!」
エドゥアルトのその言葉に私も含めた皆がハッと顔を上げる。
私があの絵を玄関に飾ってから数日。
それまでも訪問者はいたけれど、あれに言及するのはエドゥアルトが初めてだった。
そんなエドゥアルトは真剣な顔で続ける。
「……僕はあの絵を見てとても驚いた。あれは──天才だ! あの絵はまさに天才の描いた絵だと僕は思うんだ!!」
(まあ……!)
エドゥアルトのその力強い言葉に皆が息を呑んだ。
928
お気に入りに追加
2,980
あなたにおすすめの小説
殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね
日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」
公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。
※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。
断罪するならご一緒に
宇水涼麻
恋愛
卒業パーティーの席で、バーバラは王子から婚約破棄を言い渡された。
その理由と、それに伴う罰をじっくりと聞いてみたら、どうやらその罰に見合うものが他にいるようだ。
王家の下した罰なのだから、その方々に受けてもらわねばならない。
バーバラは、責任感を持って説明を始めた。
飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。
希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。
同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。
二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。
しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。
「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」
失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。
「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」
ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。
そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。
エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。
しかしティナはそれさえ気に食わないようで……
やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。
「君はエレノアに相応しくないだろう」
「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」
エレノアは決断する……!
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します
青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。
キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。
結界が消えた王国はいかに?
安息を求めた婚約破棄
あみにあ
恋愛
とある同窓の晴れ舞台の場で、突然に王子から婚約破棄を言い渡された。
そして新たな婚約者は私の妹。
衝撃的な事実に周りがざわめく中、二人が寄り添う姿を眺めながらに、私は一人小さくほくそ笑んだのだった。
そう全ては計画通り。
これで全てから解放される。
……けれども事はそう上手くいかなくて。
そんな令嬢のとあるお話です。
※なろうでも投稿しております。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる