誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

文字の大きさ
上 下
93 / 119

90. ガーネット vs ジョシュア ②

しおりを挟む

(な ん で よ !!)

 どうして、そこで元気よく見当違いの方向に進んで自ら迷子になりにいくわけ!?
 方向音痴の気持ちがさっぱり分からない私は、慌ててジョシュアを追い掛ける。
 そして捕まえて抱き上げた。

「お待ちなさい!  ───ジョシュア!」
「あうあ!」

 ジョシュアは私の腕の中で手足をバタバタさせて暴れた。
 私は落ちないようにとギュッと抱きしめる。

「あうあ!」

 ジョシュアはニパッと笑う。

「───おばあさま、何をするんですか!  じゃないわよ!  あなたは意気揚々とどこに行くおつもり?」
「あうあ!」
「もちろん、お部屋です!  ですって?」
「あうあ!」
「……っ!」

 ニパッ、ニパッ、ニパッと可愛く笑い続けるジョシュア。
 この笑顔に騙されてはいけない。
 負けてたまるかと私はキッと目を吊り上げる。

「いいこと?  進むべき道が逆なのよ、逆!」
「あうあ!」
「え、逆なはずありません!  じゃないわよ!  ご覧なさい!  どう見ても考えてもあっちの方が薄暗いでしょ!」

 私はビシッとジョシュアが突き進もうとしていた方向を指さす。
 ジョシュアがその方向に静かに首を向ける。

「……あうあ!」

 しかし、ジョシュアは首を戻すと更に手足をパタパタさせて私に向かって抗議の声を上げる。

「は?  あっちの暗い方が血が騒ぐ?  楽しそうでワクワクする?」
「あうあ!」

 なんて好奇心と探究心旺盛なベビーなの……!
 私は深いため息を吐いた。

「…………あなたね、血が騒ぐとか……そこのジョルジュみたいなことを言うんじゃないわよ!」
「あうあ!」
「え?  ジョルジュはボクのおじいさまだから似ていて当然です?  そうだとしても開き直るんじゃありません!」
「あうあ!」
「そこのジョルジュみたいにね、道で行き倒れになってからじゃ遅いのよ!」
「あうあ!」

 私が腕の中のジョシュアと言い争いをしていると、いつの間にか近くまで来ていたジョルジュにポンッと肩を叩かれた。

「───ガーネット」

 何故かジョルジュが真剣な瞳で私を見つめている。

「なぁに?  今、ジョシュアにお説教中なのよ。行き倒れたことのあるそこのジョルジュさんはちょっと黙っててくれるかしら?」
「俺は確かに道で行き倒れたことのあるジョルジュさんだが、それよりガーネット…………気付いてるか?  君、今……」
「あうあ!」

 ニパッとジョシュアもジョルジュに笑いかける。

「はい、お説教されてます!  じゃないのよ!  いいこと?  私はジョシュア、あなたのこれからの人生を心配し……て」

(…………ん?)

 そこで私は気が付いた。
 今、私とジョシュアは通訳(ジョルジュ)無しで会話が弾んでいなかった?

(…………んん?)

 じっとジョシュアの顔を見つめる。
 目が合ったジョシュアは私にニパッと笑う。

「あうあ!」
「……今日も美しくて逞しいボクのおばあさま……?」

 私は目を瞬かせながらも復唱する。 
 美しいは当然として逞しい……?

「あうあ!」
「……ご心配ありがとうございます?」
「あうあ!」
「……でも、ボクには皆がいるから大丈夫なんです?」
「あうあ!」
「……」

 私はジョルジュとジョシュアの顔を交互に確認する。
 ジョシュアずっとニコニコ満面の笑みを浮かべている。

「え?  あれ?  私……?」
「ガーネット。ようやく気付いたか?  君はさっきからずっとジョシュアと楽しそうに会話をしているぞ?」

 ジョルジュが再び私の肩を叩く。

「あ……あなたという通訳無しで──会話?」
「ああ」

 コクリと頷くジョルジュ。

「あうあ!」

 ニパッ!

「え?  ……おばあさま!  あ、あなたのその、困惑した顔も美しいです……?」

 歯の浮きそうな発言に私が困惑しているとジョルジュとジョシュアの会話が始まった。

「あうあ!」
「そうだ!  相変わらずジョシュアはよく分かっているな。ガーネットは……常に美しい!」
「あうあ!」
「おじいさまも素敵です!  ふっ……ジョシュア。君って子は今日も口が上手いな」
「あうあ!」

(えーー!?)

 ようやく冷静になった私は片手で頭を押さえる。
 そして、ジョルジュに確認する。

「ね、ねえ、ジョルジュ……」
「どうした?  ガーネット」
「……あなたや、ジョエルにエドゥアルト……皆、いつもこんな感じでジョシュアの言葉が聞こえていたのかしら?」
「そうだぞ?」
「……」

 驚いた私は目をまん丸に見開いた。

(嘘でしょうーー!?)

「あなたたちの通訳っていつもぶっ飛んでいたからどうせ脚色してるんでしょう?  ……とか思っていたのだけど?」
「何を言っている?  俺はいつもそのまま伝えていたぞ?」
「み……みたい、ね」

 ───今日も美しくて逞しいボクのおばあさま
 ───あなたのその、困惑した顔も美しいです
 ───おじいさまも素敵です

(どう聞いても、0歳のベビーとは思えない発言!!)

「なんで?  こ、この歳で天然プレイボーイみたいな発言してるじゃない!」
「プレ……?  何の話だ?  ガーネット?  こんなの普通だろう?」
「普通なの!?」
「ああ」
「……将来、ジョルジュやジョエルによく似たこの整った顔から放たれる人懐っこい笑顔と甘い言葉に騙されまくるご令嬢……いえ、メロメロにされるご婦人たちの姿まで見えるわ……」
「メロメロ?」

 ジョルジュが不思議そうに首を傾げている。

「……なんてこと」

 私は今更ながらに知る。
 あのジョエルの不器用すぎる無口無表情に眉間の皺。
 あれはあれでとても良いバランスだったのだと。

(笑顔は危険!)

「あうあ!」

 ジョシュアがパタパタと手足をバタバタさせて訴えて来る。

「……え?  なに?」
「あうあ!」
「安心してください?  ボクの好みはおばあさまみたいに強く美しく逞しく!  そしてお母さまみたいに天使な人です……?」
「あうあ!」
「不特定多数をたぶらかすつもりはありません!  って、あなた本気?」
「あうあ!」

 笑顔で頷くジョシュア。

「……」

 ジョシュアはそう言うけれど……
 なんだかんだで、その理想の女性が見つかるまで無自覚に多くの女性をたらしこんでいく姿が容易に想像出来てしまい、私の顔は引き攣った。


─────


「ジョシュア!」
「あうあ!」

 半裸のジョシュアを抱っこして部屋に戻ると、そこにはジョエルとセアラさんが待っていた。

「もう!  なんでお着替え中に飛び出すの!  せめて着替えを終えてからにしてちょうだい!」
「あうあ!」

 服を着せられ着替えを終えたジョシュアは相変わらずニパッと満面の笑みを浮かべて手を叩いて笑っている。
 これ……全然、反省してないじゃないの。
 こいつはまたやる……絶対にやる。

 セアラさんがジョシュアを抱っこしたまま私に頭を下げた。

「お義母様、いつもありがとうございます。そして見取り図は大活躍ですね」
「ホホホ、よくってよ。これはジョシュアと私の真剣勝負ですもの、ね?  ジョシュア」
「あうあ!」

(……ん?)

「ジョシュア?」
「あうあ!」
「……ジョシュア?」
「あうあ!」 
「…………ジョシュア……くん?」
「あうあ!」
「!」

 ショックを受けた私は額を押さえる。

(おかしいわね……さっきはあんなに手に取るようにこの子の思考が分かったというのに)

 今は以前と同じ“あうあ!”にしか聞こえない。

「ジョシュア!」
「あうあ!」

 ニパッ!

(やっぱり、ダメ……分からない)

「あうあ!」

 ニパッ!

 こうして振り出しに戻り、
 私とジョシュアの戦いはこれからも続いていくことになった。
しおりを挟む
感想 394

あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?

柚木ゆず
恋愛
 わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。  さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。  ……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。  ※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

結婚が決まったそうです

ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。 文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。

処理中です...