誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

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90. ガーネット vs ジョシュア ②

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(な ん で よ !!)

 どうして、そこで元気よく見当違いの方向に進んで自ら迷子になりにいくわけ!?
 方向音痴の気持ちがさっぱり分からない私は、慌ててジョシュアを追い掛ける。
 そして捕まえて抱き上げた。

「お待ちなさい!  ───ジョシュア!」
「あうあ!」

 ジョシュアは私の腕の中で手足をバタバタさせて暴れた。
 私は落ちないようにとギュッと抱きしめる。

「あうあ!」

 ジョシュアはニパッと笑う。

「───おばあさま、何をするんですか!  じゃないわよ!  あなたは意気揚々とどこに行くおつもり?」
「あうあ!」
「もちろん、お部屋です!  ですって?」
「あうあ!」
「……っ!」

 ニパッ、ニパッ、ニパッと可愛く笑い続けるジョシュア。
 この笑顔に騙されてはいけない。
 負けてたまるかと私はキッと目を吊り上げる。

「いいこと?  進むべき道が逆なのよ、逆!」
「あうあ!」
「え、逆なはずありません!  じゃないわよ!  ご覧なさい!  どう見ても考えてもあっちの方が薄暗いでしょ!」

 私はビシッとジョシュアが突き進もうとしていた方向を指さす。
 ジョシュアがその方向に静かに首を向ける。

「……あうあ!」

 しかし、ジョシュアは首を戻すと更に手足をパタパタさせて私に向かって抗議の声を上げる。

「は?  あっちの暗い方が血が騒ぐ?  楽しそうでワクワクする?」
「あうあ!」

 なんて好奇心と探究心旺盛なベビーなの……!
 私は深いため息を吐いた。

「…………あなたね、血が騒ぐとか……そこのジョルジュみたいなことを言うんじゃないわよ!」
「あうあ!」
「え?  ジョルジュはボクのおじいさまだから似ていて当然です?  そうだとしても開き直るんじゃありません!」
「あうあ!」
「そこのジョルジュみたいにね、道で行き倒れになってからじゃ遅いのよ!」
「あうあ!」

 私が腕の中のジョシュアと言い争いをしていると、いつの間にか近くまで来ていたジョルジュにポンッと肩を叩かれた。

「───ガーネット」

 何故かジョルジュが真剣な瞳で私を見つめている。

「なぁに?  今、ジョシュアにお説教中なのよ。行き倒れたことのあるそこのジョルジュさんはちょっと黙っててくれるかしら?」
「俺は確かに道で行き倒れたことのあるジョルジュさんだが、それよりガーネット…………気付いてるか?  君、今……」
「あうあ!」

 ニパッとジョシュアもジョルジュに笑いかける。

「はい、お説教されてます!  じゃないのよ!  いいこと?  私はジョシュア、あなたのこれからの人生を心配し……て」

(…………ん?)

 そこで私は気が付いた。
 今、私とジョシュアは通訳(ジョルジュ)無しで会話が弾んでいなかった?

(…………んん?)

 じっとジョシュアの顔を見つめる。
 目が合ったジョシュアは私にニパッと笑う。

「あうあ!」
「……今日も美しくて逞しいボクのおばあさま……?」

 私は目を瞬かせながらも復唱する。 
 美しいは当然として逞しい……?

「あうあ!」
「……ご心配ありがとうございます?」
「あうあ!」
「……でも、ボクには皆がいるから大丈夫なんです?」
「あうあ!」
「……」

 私はジョルジュとジョシュアの顔を交互に確認する。
 ジョシュアずっとニコニコ満面の笑みを浮かべている。

「え?  あれ?  私……?」
「ガーネット。ようやく気付いたか?  君はさっきからずっとジョシュアと楽しそうに会話をしているぞ?」

 ジョルジュが再び私の肩を叩く。

「あ……あなたという通訳無しで──会話?」
「ああ」

 コクリと頷くジョルジュ。

「あうあ!」

 ニパッ!

「え?  ……おばあさま!  あ、あなたのその、困惑した顔も美しいです……?」

 歯の浮きそうな発言に私が困惑しているとジョルジュとジョシュアの会話が始まった。

「あうあ!」
「そうだ!  相変わらずジョシュアはよく分かっているな。ガーネットは……常に美しい!」
「あうあ!」
「おじいさまも素敵です!  ふっ……ジョシュア。君って子は今日も口が上手いな」
「あうあ!」

(えーー!?)

 ようやく冷静になった私は片手で頭を押さえる。
 そして、ジョルジュに確認する。

「ね、ねえ、ジョルジュ……」
「どうした?  ガーネット」
「……あなたや、ジョエルにエドゥアルト……皆、いつもこんな感じでジョシュアの言葉が聞こえていたのかしら?」
「そうだぞ?」
「……」

 驚いた私は目をまん丸に見開いた。

(嘘でしょうーー!?)

「あなたたちの通訳っていつもぶっ飛んでいたからどうせ脚色してるんでしょう?  ……とか思っていたのだけど?」
「何を言っている?  俺はいつもそのまま伝えていたぞ?」
「み……みたい、ね」

 ───今日も美しくて逞しいボクのおばあさま
 ───あなたのその、困惑した顔も美しいです
 ───おじいさまも素敵です

(どう聞いても、0歳のベビーとは思えない発言!!)

「なんで?  こ、この歳で天然プレイボーイみたいな発言してるじゃない!」
「プレ……?  何の話だ?  ガーネット?  こんなの普通だろう?」
「普通なの!?」
「ああ」
「……将来、ジョルジュやジョエルによく似たこの整った顔から放たれる人懐っこい笑顔と甘い言葉に騙されまくるご令嬢……いえ、メロメロにされるご婦人たちの姿まで見えるわ……」
「メロメロ?」

 ジョルジュが不思議そうに首を傾げている。

「……なんてこと」

 私は今更ながらに知る。
 あのジョエルの不器用すぎる無口無表情に眉間の皺。
 あれはあれでとても良いバランスだったのだと。

(笑顔は危険!)

「あうあ!」

 ジョシュアがパタパタと手足をバタバタさせて訴えて来る。

「……え?  なに?」
「あうあ!」
「安心してください?  ボクの好みはおばあさまみたいに強く美しく逞しく!  そしてお母さまみたいに天使な人です……?」
「あうあ!」
「不特定多数をたぶらかすつもりはありません!  って、あなた本気?」
「あうあ!」

 笑顔で頷くジョシュア。

「……」

 ジョシュアはそう言うけれど……
 なんだかんだで、その理想の女性が見つかるまで無自覚に多くの女性をたらしこんでいく姿が容易に想像出来てしまい、私の顔は引き攣った。


─────


「ジョシュア!」
「あうあ!」

 半裸のジョシュアを抱っこして部屋に戻ると、そこにはジョエルとセアラさんが待っていた。

「もう!  なんでお着替え中に飛び出すの!  せめて着替えを終えてからにしてちょうだい!」
「あうあ!」

 服を着せられ着替えを終えたジョシュアは相変わらずニパッと満面の笑みを浮かべて手を叩いて笑っている。
 これ……全然、反省してないじゃないの。
 こいつはまたやる……絶対にやる。

 セアラさんがジョシュアを抱っこしたまま私に頭を下げた。

「お義母様、いつもありがとうございます。そして見取り図は大活躍ですね」
「ホホホ、よくってよ。これはジョシュアと私の真剣勝負ですもの、ね?  ジョシュア」
「あうあ!」

(……ん?)

「ジョシュア?」
「あうあ!」
「……ジョシュア?」
「あうあ!」 
「…………ジョシュア……くん?」
「あうあ!」
「!」

 ショックを受けた私は額を押さえる。

(おかしいわね……さっきはあんなに手に取るようにこの子の思考が分かったというのに)

 今は以前と同じ“あうあ!”にしか聞こえない。

「ジョシュア!」
「あうあ!」

 ニパッ!

(やっぱり、ダメ……分からない)

「あうあ!」

 ニパッ!

 こうして振り出しに戻り、
 私とジョシュアの戦いはこれからも続いていくことになった。
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