誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

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89. ガーネット vs ジョシュア

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 それから、ジョシュアはすくすくと成長し、
 ついにハイハイをするようになってからは、予想した通りギルモア邸がより一層騒がしくなった。


「あうあ!」

 ペタペタペタペタ……

「ジョシュア坊っちゃま~~」
「お待ちください~~~」
「まだ、お着替えの途中でございますーーーー」
「あうあ!」

(ホホホ!  今日も廊下が騒がしいわね)

 部屋にいながら、今日も元気いっぱい“あうあ!”を連呼するベビージョシュアを追いかける使用人たちの声を聞きながら、私は優雅にカップを手に取るとお茶を一口飲む。
 カップをテーブルの上のソーサーに戻しながら、目の前のジョルジュに声をかけた。

「ジョシュアの無駄に余っていそうなあの体力は、あなたに似たのかしらねぇ?  ジョルジュ」
「俺に?」

 ジョルジュも飲んでいたお茶のカップを戻すと、はて?  と首を傾げた。

「あなたね……」

 私は呆れた目で夫を見つめる。

(ジョルジュ……あなた走り込みで私に会いに来ようとして何時間も迷子になったこと忘れてない?)

「そうよ──今日もこれから、ジョシュアはハイハイのスピードを上げてあちこち移動しては屋敷内で行方不明になるでしょう?」
「ああ。日に日にハイハイのスピードが上がっているとも聞くな」
「追いかけっこの時間も日に日に長くなっているそうよ?」

 ハイハイという移動手段を覚えたジョシュアは連日、屋敷内を這いずり回っている。
 もちろん、移動中も“あうあ!”と連呼していて元気いっぱい。
 と、言うか───……

「坊っちゃまぁぁ~~」
「あうあ!」

 ペタペタペタペタ……

 そんな私はちょっと気になっていることがある。

「ねぇ、あなた」
「なんだ?」
「私、未だにあの子の発言、元気いっぱいの“あうあ!”しか知らないのだけど?」
「ん?  どういう意味だ?」

 不思議そうな顔をするジョルジュに説明する。

「あの無表情無口が基本のジョエルの発言は“う”だったけれど、もっと喜怒哀楽を表す時は強弱があったのでしょう?」
「ああ、このように多少眉をピクピクさせてからの、う!  とか、う……とか、う!!  とかだな?」
「!」

 グフッ
 あまりにもそっくりすぎてお茶を吹き出しそうになった。

(さすが親子……)

「ガーネット?」
「な、なんでもないわ。そうよ、とにかくそれ……それね」

 コホンッと咳払いして誤魔化しながら私は頷く。

「対してあの子──ジョシュアは今も満面の笑みの“あうあ!”のみ……」
「せめて、もっと、こう……あうあ!!  とか、あうあ……とか、あうあっっ!  とかならないの!?」

 私は、強弱を変えながら“あうあ”のバリエーションを披露してみる。

「そう言われてもなぁ……」
「この間だって───」

 ジョシュアは、この間ハイハイ中に滑ってしまい、顔面から床とこんにちは!  していた。
 慌てて抱き起こすも、あの子は泣くどころか───……


 ビターンッ

『え!?  ちょっと顔面から……!  ジョシュア!  大丈夫!?』
『……』
『…………ジョシュア?』

 最初は沈黙していたジョシュア。
 でも、ムクッと起き上がったジョシュアは、すぐにニパとッと笑った!

『あうあ!』
『ジョシュア?』
『あうあ!』

 ニパッ!

『あうあ!』

(見事な、あうあ!  の三連発だったわーー……)



「不気味なくらい全部、笑っていたわよ?」
「いや?  あの時のジョシュアの“あうあ!”は、それぞれ、痛いよーー!  びっくりしたよーー!  危なかったよー!  と言っていたぞ?」
「なんでよ……あれで痛がってたわけ?」
「ああ」

 私は、ふぅ……とため息をはく。

「泣かないところはジョエルにそっくりなのよね……」

 そう嘆いた時、部屋の扉がノックされた。
 ハッとした私はガタッと椅子から立ち上がる。

(───来たわね!)

 そして、作製したギルモア侯爵邸の見取り図を手に取った。

(ふふ、さあ、今日はどこかしら?)

「───入りなさい」

 私がそう声をかけると扉が開いて使用人が駆け込んで来る。

「お!  奥様……今日も遂にジョシュア坊っちゃまが消えました……!」
「ええ。分かっているわ、ご苦労様。それで?  最後にジョシュアの“あうあ!”が聞こえたのはどの辺り?」

 私は見取り図を広げて使用人に見せる。

「ラストあうあ!  は南棟の辺りかと……そこからスピードアップされて我々は追いつけず」
「お着替えの途中でしたのに……!」
「南棟ね?  ……南棟の物置部屋が有力候補っと」

 私は南棟の詳細な見取り図を広げて確認してから歩き出す。
 やはり、これを作っておいて正解だった。

「───さて、行くわよ!  ジョルジュ。あなた達はお着替えを用意してそこで待ってなさい!」
「はい!  奥様!」

 私はジョルジュを引き連れてジョシュア捜索に向かった。




 廊下を歩きながらジョルジュが私に訊ねる。

「さて、今日はどちらが勝つか……」
「悔しいけど、最近は私の敗戦が続いていたのよね」

 一度目の捜索で私がジョシュアを見つけられれば私の勝ち。
 勝負が始まった頃は私が連勝していたのに、最近のジョシュアは知恵をつけたのか……裏をかかれることが多くなって来た。

(恐ろしいベビーだわ)

「今は、何勝何敗なんだ?」
「───もう、数えてないわよ」



────



 そうして南棟に足を踏み入れた私は、物置部屋の前でちょこんと座っている半裸のジョシュアを見つけた。

「───見つけたわよ!  ジョシュア!」

 私の声に振り返ったジョシュアが、ニパッと笑う。

「あうあ!」
「───おばあさま!  と言っている。ご機嫌な様子だな」
「ご機嫌なのね……」

 全く……と呆れる。
 対してジョシュアはニパッと笑いかけて来た。

「あうあ!」
「───今日のおばあさまは見つけるのが早いな!  と、言っている」
「ホ~ホッホッホッ!  今日は一度目であなたを見つけたからよ!」
「あうあ!」
「───なに!  と驚いている」

 私は更に高らかに笑う。

「最近は私の裏をかけたからと安心していたのでしょう?  ジョシュア!  やっぱりまだまだあなたは甘ちゃんベビーのようね!」
「あうあ!」
「───まだ自分は0歳のベビーだ!  と主張している。そうだな……ジョシュアはまだ赤ん坊。しかし、ガーネットの歳はもう──……」
「ジョルジュ!  私の年齢は言わなくて結構よ!!」
「!」

 私はキッとジョルジュを思いっきり睨みつけて黙らせる。
 ふんっと私は髪をかきあげた。

「年齢なんて関係なくってよ!  さて、ジョシュア!」
「あうあ!」
「とりあえず、服を着るためにも部屋に戻るわよ!」
「あうあ!」
「───はい!  おばあさま!  戻ります!  と、とてもいい返事をしている」
「あら、そうなのね!  いい子ね、ジョシュア」
「あうあ!」

 ペタペタペタペタ……

(……ん?) 

 私が喜んだのもつかの間───……
 とてもいい返事をしたはずのジョシュアは、全力で部屋とは真逆の方向……に進み出した。

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