91 / 119
88. なんだかんだで親友
しおりを挟む「やあやあやあ! 助かった」
「あうあ!」
「───ジョシュア。君はセアラ夫人の腕の中に戻るといい」
「あうあ!」
エドゥアルトが抱っこしていたジョシュアをセアラさんへと渡す。
私は二人を頭のてっぺんからつま先までじっと観察する。
(よし! とりあえず、二人とも無事なようね!)
「ふぅ。一応、聞くけどジョシュアの案内に従ったらここに辿り着いた……のよね?」
私が訊ねるとエドゥアルトは頷いた。
「その通りだとも! ジョシュアがやれ右だの次は左だのクネクネクネクネ……とにかく言う通りに進んでみたら、何故か物置部屋の前に辿り着いていた」
「あうあ!」
「庭はすぐそこのような気がしたのに……実はそんなに複雑な道を辿るのかと僕は感心していた」
「あうあ!」
私は額を手で押さえる。
(いやいや。そこは、もっと疑問を持ちましょうよ、エドゥアルト……)
更にエドゥアルトは笑顔で言う。
「これまでの僕は、玄関と応接室とジョエルの部屋しか行ったことがなかったからな。なるほど実はギルモア邸はこんな複雑な造りになっていたのかとワクワクもした」
(だから、そこは───以下略)
「だが、実際は盛大な迷子だった───しかし、あの堂々とした迷子っぷり。さすがジョエルの子だ!」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアがとってもいい笑顔を見せたのでセアラさんが叱る。
「こらジョシュア! エドゥアルト様をこんな所まで連れ回すなんて駄目でしょう!」
「あうあ!」
「反省しているの?」
「あうあ!」
「う……」
ジョシュアが何を言っているのか分からないセアラさん。
助けを求めるようにジョエルの顔を見た。
「ジョエル様……」
「!」
セアラさんの意思を受け取ったジョエルが任せろと言わんばかりに頷いた。
じっとジョシュアを見つめる。
そして、ジョシュアも父親からの視線をしっかり受け止める。
「……」
「……」
「……」
「……」
(無言……!)
しばらく父と子の無言の見つめ合いが続いた後、ついにジョエルが口を開いた。
「ジョシュア」
「あうあ!」
「ジョシュア!」
「あうあ!」
「ジョシュア!!」
「あうあ!」
(ちょっ……! さっぱり分かんないんだけど!?)
どう聞いても名前を呼びかけてただ返事をしているだけ。
それなのに……
「───そうか、こればかりは仕方がないな」
ジョルジュは腕を組み大きく頷いているし、
「ハッハッハ! もう気にしなくていいぞ! 僕は冒険気分でなかなか楽しかったからな!」
エドゥアルトはまたしても豪快に笑い飛ばしている。
チラッとセアラさんに目を向けると、さっぱり分からないという顔をしていた。
「ジョルジュ。なにが“仕方がない”なのよ?」
「ん?」
私が訊ねるとジョルジュは言った。
「ジョシュア自身は、振り回したつもりはなくちゃんと庭に向かったつもりだと主張している」
「へぇ……」
「なのでここに辿り着いたのは不思議、とも言っている」
「へぇ……」
「だが、結果的にエドゥアルトを連れ回したことは申し訳ないと反省している」
「へぇ……」
それで揃いも揃って三人とも物置部屋にばかり向かうのはどうしてなのかしらね。
私は軽くため息を吐く。
「はぁ、ジョエルですらハイハイが始まってから初めての迷子だったのに」
「記録更新だな!」
「嬉しそうに言うんじゃないわよ!」
この先、ジョシュアのハイハイが始まった時のことを考えるとゾッとした。
あの子を一瞬でも目を離したら……
ギルモア侯爵家総出で捜索活動する様子が目に浮かんだ。
ついでに引き起こされる当主(ジョルジュ)と次期当主(ジョエル)の迷子という二次被害まで。
「…………ここで一度、ギルモア邸の見取り図を製作しておこうかしら?」
「ガーネット? どうした? 何をブツブツ言っている?」
ジョシュアが何か言っているけど、それどころじゃない。
「…………三人を野に放ってウロウロさせれば、迷子の好む物置部屋ランキングが出来る気がするわ……」
「何の話だ?」
「…………いざ迷子が発覚した場合、それらを元に捜索すれば効率がよくなるんじゃない?」
「おい、ガーネット?」
私はガバッと顔を上げた。
そしてビシッとジョシュアに向かって指をさす。
「ホ~ホッホッホッ! 見てなさい、ジョシュア!」
「あうあ!」
キャッキャと笑う可愛い孫。
そうして、笑っていられるのも今のうちよ!
「この先、あなたがこの屋敷内で何度迷子になろうとも、この私! あなたの祖母であるガーネット・ギルモアがすぐに見つけ出してみせるわ!」
「あうあ!」
「───ホホホ、だからあなたは思う存分、好きなだけ這いずり回って走り回りなさい!」
「あうあ!」
「勝負よ!」
「あうあ!」
こうして───ガーネット・ギルモア(ピー歳)vs ジョシュア・ギルモア(0歳)の長い長い不毛な戦いはここから始まることになる────……
その後、私たちは本来の目的───エドゥアルトを庭へと案内することにした。
「これはまた──色とりどりの種類の花が咲いているな」
エドゥアルトが庭を見回して感嘆の声をあげる。
「なるほど、ジョシュア……君は僕にこれを見せてくれようとしていたのか!」
「あうあ!」
「ありがとう! 綺麗だ」
「あうあ!」
ニパッと嬉しそうに笑うジョシュア。
「あうあ!」
「ん? ふむ、元々はおじいさま、が……つまり、ジョルジュ殿のことだな? が?」
「あうあ!」
「消しクズにした邪魔、者を……? 消し?」
「あうあ!」
(……ん? 何だか雲行き怪しい会話になって来た)
「あうあ!」
「う、埋めるために掘った……らし、い?」
「あうあ!」
サーッとエドゥアルトの顔が青ざめていく。
「な、なにーー!? つ、つまり、この美しい花の下には…………」
「あうあ!」
(は?)
エドゥアルトが苦しそうに口を押える。
「そ、そうだったのか……ギルモア邸の庭、には……多くの……屍、が」
「あうあ!」
(……なっ!? あうあ! じゃないわよーー!?)
「待って! ~~~~埋まってないわよ! まだ誰も埋まってないからねっ!!?」
エドゥアルトが真っ青な顔で盛大な勘違いを始めてしまったので、私は慌てて彼の元に弁解しに走った。
────
(つ、疲れたわ……)
それから……
さすがのパワフルベビー・ジョシュアも疲れたのか、急にコテンッと眠ってしまった。
セアラさんと共に部屋に運んで寝かしつけたあと、私も部屋に戻ろうとしたら、ちょうど帰ろうとするエドゥアルトと見送るジョエルが玄関の前で話していた。
そんな二人の会話が聞こえて来た。
「───ジョシュアはジョエルにそっくりだな!」
「……」
「あんなに表情筋が生き生きと───だが、あの満面の笑みでグイグイくる押しの強さは……どこかガーネット様も彷彿させるな」
「……」
(なんですって!?)
聞き捨てならない言葉に私は思わず足を止めた。
私はジョシュアみたいに笑顔だけであんな……あんな強引に物事を進め……
あんな……
あ……
(あら? んーー?)
私がこれまでの自分の行いや振る舞いを振り返っていると、エドゥアルトがジョエルに訊ねた。
「なあ、ジョエル。君は幸せか?」
「もちろんだ」
「そうか!」
その答えを聞いたエドゥアルトが嬉しそうに笑った。
「ハッハッハ! あの愉快な両親と運命のように出会えた愛する夫人と誕生した可愛い息子に囲まれていたら、そりゃ幸せ……」
「エドゥアルト」
「ん? 何だい?」
不意に名前を呼ばれたエドゥアルトがジョエルに聞き返す。
「……」
「ジョエル?」
「……」
しかし、ジョエルがそのまま黙り込んだのでエドゥアルトは首を傾げた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「エ───エドゥアルト……もだ」
「……へ?」
目を丸くするエドゥアルトにジョエルは途切れ途切れに言った。
「家族……だけじゃ、ない。エドゥアルトも……いる」
「ジョエル……?」
「────ありが、とう」
「…………!」
(ジョエルがお礼!?)
エドゥアルトが息を呑んだのが私の所にまで伝わって来た。
でも、彼はすぐにいつもの調子で笑い出す。
「ハッハッハ! 改まってなんだいジョエル。僕を褒めても何も出ないぞ! だが……あの日、君は僕に体当たりして踏みつけて正解だったな! おかげで僕という素晴らしい友人が出来た!」
「───ああ」
「なっっ…………わ……笑っ!?」
(しかも笑った、ですって?)
私の位置からは見えなかったけれど、どうやら、エドゥアルトの驚き方から、“あの”ジョエルが笑ったらしい。
「ジョエル…………き、君は……笑えたの、か」
「……? 何の話だ?」
「──うああ、残念! もう眉間に皺が! ほんの一瞬だった……!」
「だから、何の話だ?」
(ふふ、やっぱり、なんだかんだ言って二人は“親友”なのね───……)
二人の会話を少しだけ盗み聞きした私は改めてそう感じながら、部屋へと戻った。
1,092
お気に入りに追加
2,947
あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王太子妃候補、のち……
ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

結婚が決まったそうです
ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。
文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる