誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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88. なんだかんだで親友

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「やあやあやあ!  助かった」
「あうあ!」
「───ジョシュア。君はセアラ夫人の腕の中に戻るといい」
「あうあ!」

 エドゥアルトが抱っこしていたジョシュアをセアラさんへと渡す。
 私は二人を頭のてっぺんからつま先までじっと観察する。

(よし!  とりあえず、二人とも無事なようね!)

「ふぅ。一応、聞くけどジョシュアの案内に従ったらここに辿り着いた……のよね?」

 私が訊ねるとエドゥアルトは頷いた。

「その通りだとも!  ジョシュアがやれ右だの次は左だのクネクネクネクネ……とにかく言う通りに進んでみたら、何故か物置部屋の前に辿り着いていた」
「あうあ!」
「庭はすぐそこのような気がしたのに……実はそんなに複雑な道を辿るのかと僕は感心していた」
「あうあ!」

 私は額を手で押さえる。

(いやいや。そこは、もっと疑問を持ちましょうよ、エドゥアルト……)

 更にエドゥアルトは笑顔で言う。

「これまでの僕は、玄関と応接室とジョエルの部屋しか行ったことがなかったからな。なるほど実はギルモア邸はこんな複雑な造りになっていたのかとワクワクもした」 

(だから、そこは───以下略)

「だが、実際は盛大な迷子だった───しかし、あの堂々とした迷子っぷり。さすがジョエルの子だ!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアがとってもいい笑顔を見せたのでセアラさんが叱る。

「こらジョシュア!  エドゥアルト様をこんな所まで連れ回すなんて駄目でしょう!」
「あうあ!」
「反省しているの?」
「あうあ!」
「う……」

 ジョシュアが何を言っているのか分からないセアラさん。
 助けを求めるようにジョエルの顔を見た。

「ジョエル様……」
「!」

 セアラさんの意思を受け取ったジョエルが任せろと言わんばかりに頷いた。

 じっとジョシュアを見つめる。
 そして、ジョシュアも父親からの視線をしっかり受け止める。   

「……」
「……」
「……」
「……」

(無言……!)

 しばらく父と子の無言の見つめ合いが続いた後、ついにジョエルが口を開いた。

「ジョシュア」
「あうあ!」
「ジョシュア!」
「あうあ!」
「ジョシュア!!」
「あうあ!」

(ちょっ……!  さっぱり分かんないんだけど!?)

 どう聞いても名前を呼びかけてただ返事をしているだけ。
 それなのに……

「───そうか、こればかりは仕方がないな」

 ジョルジュは腕を組み大きく頷いているし、

「ハッハッハ!  もう気にしなくていいぞ!  僕は冒険気分でなかなか楽しかったからな!」

 エドゥアルトはまたしても豪快に笑い飛ばしている。
 チラッとセアラさんに目を向けると、さっぱり分からないという顔をしていた。

「ジョルジュ。なにが“仕方がない”なのよ?」
「ん?」

 私が訊ねるとジョルジュは言った。

「ジョシュア自身は、振り回したつもりはなくちゃんと庭に向かったつもりだと主張している」
「へぇ……」
「なのでここに辿り着いたのは不思議、とも言っている」
「へぇ……」
「だが、結果的にエドゥアルトを連れ回したことは申し訳ないと反省している」
「へぇ……」

 それで揃いも揃って三人とも物置部屋にばかり向かうのはどうしてなのかしらね。
 私は軽くため息を吐く。

「はぁ、ジョエルですらハイハイが始まってから初めての迷子だったのに」
「記録更新だな!」
「嬉しそうに言うんじゃないわよ!」

 この先、ジョシュアのハイハイが始まった時のことを考えるとゾッとした。
 あの子を一瞬でも目を離したら……
 ギルモア侯爵家総出で捜索活動する様子が目に浮かんだ。
 ついでに引き起こされる当主(ジョルジュ)と次期当主(ジョエル)の迷子という二次被害まで。

「…………ここで一度、ギルモア邸の見取り図を製作しておこうかしら?」
「ガーネット?  どうした?  何をブツブツ言っている?」

 ジョシュアが何か言っているけど、それどころじゃない。

「…………三人を野に放ってウロウロさせれば、迷子の好む物置部屋ランキングが出来る気がするわ……」
「何の話だ?」
「…………いざ迷子が発覚した場合、それらを元に捜索すれば効率がよくなるんじゃない?」
「おい、ガーネット?」

 私はガバッと顔を上げた。
 そしてビシッとジョシュアに向かって指をさす。

「ホ~ホッホッホッ!  見てなさい、ジョシュア!」
「あうあ!」

 キャッキャと笑う可愛い孫。
 そうして、笑っていられるのも今のうちよ!

「この先、あなたがこの屋敷内で何度迷子になろうとも、この私!  あなたの祖母であるガーネット・ギルモアがすぐに見つけ出してみせるわ!」
「あうあ!」
「───ホホホ、だからあなたは思う存分、好きなだけ這いずり回って走り回りなさい!」
「あうあ!」
「勝負よ!」
「あうあ!」



 こうして───ガーネット・ギルモア(ピー歳)vs  ジョシュア・ギルモア(0歳)の長い長い不毛な戦いはここから始まることになる────……



 その後、私たちは本来の目的───エドゥアルトを庭へと案内することにした。

「これはまた──色とりどりの種類の花が咲いているな」

 エドゥアルトが庭を見回して感嘆の声をあげる。

「なるほど、ジョシュア……君は僕にこれを見せてくれようとしていたのか!」
「あうあ!」
「ありがとう!  綺麗だ」
「あうあ!」

 ニパッと嬉しそうに笑うジョシュア。

「あうあ!」
「ん?  ふむ、元々はおじいさま、が……つまり、ジョルジュ殿のことだな?  が?」
「あうあ!」
「消しクズにした邪魔、者を……?  消し?」
「あうあ!」

(……ん?  何だか雲行き怪しい会話になって来た)

「あうあ!」
「う、埋めるために掘った……らし、い?」
「あうあ!」

 サーッとエドゥアルトの顔が青ざめていく。

「な、なにーー!?  つ、つまり、この美しい花の下には…………」
「あうあ!」

(は?)

 エドゥアルトが苦しそうに口を押える。

「そ、そうだったのか……ギルモア邸の庭、には……多くの……屍、が」
「あうあ!」
  
(……なっ!?  あうあ!  じゃないわよーー!?)

「待って!  ~~~~埋まってないわよ!  まだ誰も埋まってないからねっ!!?」

 エドゥアルトが真っ青な顔で盛大な勘違いを始めてしまったので、私は慌てて彼の元に弁解しに走った。


────


(つ、疲れたわ……)

 それから……
 さすがのパワフルベビー・ジョシュアも疲れたのか、急にコテンッと眠ってしまった。

 セアラさんと共に部屋に運んで寝かしつけたあと、私も部屋に戻ろうとしたら、ちょうど帰ろうとするエドゥアルトと見送るジョエルが玄関の前で話していた。
 そんな二人の会話が聞こえて来た。


「───ジョシュアはジョエルにそっくりだな!」
「……」
「あんなに表情筋が生き生きと───だが、あの満面の笑みでグイグイくる押しの強さは……どこかガーネット様も彷彿させるな」
「……」

(なんですって!?)

 聞き捨てならない言葉に私は思わず足を止めた。

 私はジョシュアみたいに笑顔だけであんな……あんな強引に物事を進め……
 あんな……
 あ……

(あら?  んーー?)

 私がこれまでの自分の行いや振る舞いを振り返っていると、エドゥアルトがジョエルに訊ねた。

「なあ、ジョエル。君は幸せか?」
「もちろんだ」
「そうか!」

 その答えを聞いたエドゥアルトが嬉しそうに笑った。

「ハッハッハ!  あの愉快な両親と運命のように出会えた愛する夫人と誕生した可愛い息子に囲まれていたら、そりゃ幸せ……」
「エドゥアルト」
「ん?  何だい?」

 不意に名前を呼ばれたエドゥアルトがジョエルに聞き返す。

「……」
「ジョエル?」
「……」

 しかし、ジョエルがそのまま黙り込んだのでエドゥアルトは首を傾げた。

「……」
「……」
「……」
「……」
「エ───エドゥアルト……もだ」
「……へ?」

 目を丸くするエドゥアルトにジョエルは途切れ途切れに言った。

「家族……だけじゃ、ない。エドゥアルトも……いる」
「ジョエル……?」
「────ありが、とう」
「…………!」

(ジョエルがお礼!?)

 エドゥアルトが息を呑んだのが私の所にまで伝わって来た。
 でも、彼はすぐにいつもの調子で笑い出す。

「ハッハッハ!  改まってなんだいジョエル。僕を褒めても何も出ないぞ!  だが……あの日、君は僕に体当たりして踏みつけて正解だったな!  おかげで僕という素晴らしい友人が出来た!」
「───ああ」
「なっっ…………わ……笑っ!?」

(しかも笑った、ですって?)

 私の位置からは見えなかったけれど、どうやら、エドゥアルトの驚き方から、“あの”ジョエルが笑ったらしい。

「ジョエル…………き、君は……笑えたの、か」
「……?  何の話だ?」
「──うああ、残念!  もう眉間に皺が!  ほんの一瞬だった……!」
「だから、何の話だ?」



(ふふ、やっぱり、なんだかんだ言って二人は“親友”なのね───……)

 二人の会話を少しだけ盗み聞きした私は改めてそう感じながら、部屋へと戻った。
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