誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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86. 孫と息子の親友が出会ったら

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 そして、息子の唯一の友人であるエドゥアルトを出迎えた。

「やあやあやあ!  ジョエル、セアラ夫人!  ベビーの誕生おめでとう。そろそろ訪ねてもいいかと思って君たちのベビーの顔を見に来たよ!」

 はっはっは!  と陽気に笑顔を振り撒くエドゥアルト。
 やはり、先触れはしないくせに顔を見に来る時期は吟味に吟味を重ねていたことが窺える。

 ジョエルがじっとそんなエドゥアルトの顔を見つめる。

「……」
「ん?  なんだい、ジョエル。ああ、僕のこの荷物が気になるのか!」
「……」
「風の噂で生まれたのは男の子と聞いた!  だから、これはそんなベビーへのプレゼントさ」

 ドサドサドサとエドゥアルトは抱えていた荷物を積み上げていく。
 その数の多さに私は度肝を抜かれた。

(いくつあるのよ……)

 ジョエルが再びエドゥアルトの顔をじっと見つめる。

「……」
「え?  量がおかしくないか?  はっはっは!  気にするな!  これくらいは普通だとも。世の中の親友同士というのはこうして思いっきり相手の幸せを祝うものさ!」

(あらあら、適当なこと言ってるわーー?)

 もちろんそれなりにお祝いはするでしょうが、エドゥアルトの場合は“これくらい”の限度がおかしい。

「!」

 しかし、ジョエルはハッと息を呑み目を大きく見開く。
 また一つ……素直な性格のジョエルの中に新たな(適当な)知識が埋め込まれた瞬間を私は見てしまった。
 でも、面白いから私は否定も肯定もしないで放っておく。
 こういうのは静かに見守っておくのが一番愉快で楽しいから。

「え……?  あれ?  でも、こんなに?  そ、そういうものだったかしら……?」

 エドゥアルトがあまりにも自信たっぷりに言うものだから、セアラさんまで不思議そうに首を傾げている。
 ホホホ!  義娘はやっぱり可愛い。

「────知らなかったぞ!」
「ジョルジュ?」

 そして、私の横でもう一人───ジョルジュが驚いている。

「ガーネット……世の中の親友とはそういうことをするものだったのか……俺は知らなかった……」
「まあ…………あなた、親友どころか友人すらもいないものねぇ」
「ああ、そうなんだ」

 ジョルジュが寂しそうに目を伏せる。

「俺の唯一の友人はガーネット……だが、ガーネットは友人から愛する妻になった……」
「そうね」
「ジョエルが誕生した時…………俺のお祝いは足りなかったんじゃないか?」

 苦しそうに頭を抱えるジョルジュ。

「いやいやいや……あなた、ジョエルが生まれた後、商会の人間に頼んでベビー服用の生地を全て買い占めようとしたこと忘れたの?」
「ん?  ああ。そんなこともあったな……懐かしい」

 ジョルジュは男女の見境なく生地を用意させようとしたから、危うくジョエルにピンク花柄レース付きのベビー服が仕立てあげられてしまうところだった。

「でも……まあ、懐かしいわね」

 色々、思い出した私もフフッと笑う。
 今思えば、ピンク花柄レースのベビー服を着たジョエルも見てみたかった気もする。

「それより───いよいよ愉快な子たち……ジョシュアとエドゥアルトの対面よ!」

 私は顔を上げる。
 場面はまさに……対面の瞬間を迎えていた。

「さて───夫人の腕の中にいるその子が、ベビーくんだな?」
「ええ、名前はジョシュアです」

 セアラさんがエドゥアルトに笑顔で答える。

「ジョシュア。いい名だ!  さぞかし、見た目も中身もジョエルとよく似ている子に違いな……」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ここで、ジョシュアはエドゥアルトの言葉を遮って満面の笑みで(多分)ご挨拶をした。

「あうあ!」
「……」
「あうあ!」

 エドゥアルトの目が高速瞬きを繰り返す。
 終いにはコシコシと目を擦る。

「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアは(多分)挨拶を繰り返した。

「え……?」
「あうあ!」
「え…………?」

 ニパッ!  ニパッ!  といつもの可愛い(多分)ご機嫌な笑顔と(多分)元気いっぱいな“あうあ”を連呼するジョシュア。
 そんなキャッキャするジョシュアを前に、“あの”エドゥアルトがしばし固まった。

「え……?  笑った……え?  き、君はジョエルのベビー、なのだろう?」
「あうあ!」
「ん、父の名はジョエル、母の名はセアラ……で間違いないぞ、か。では、やはり君なのか!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアは更に満面の笑みを浮かべる。
 固まっていたはずのエドゥアルトもつられてフッと笑った。

「──ああ、確かに君のその顔はまるでミニジョエル!」
「あうあ!」
「よく言われる?  だろうな。誰が見ても君は表情筋が生きたジョエル!」

(表情筋が生きたジョエル……)

「あうあ!」
「なに?  母のセアラ夫人の成分を忘れるな、だと?  そうだな。すまない」
「あうあ!」

 ニパッ!

「うっ!  そ、そんな目で僕を……お、怒らないでくれ」
「あうあ!」
「……エドゥアルト」
「ん?  ジョエル!  君までそんな目で僕を……分かった、うん。分かっているとも!」

(───はい?)

 どうやら、ジョエルにばかり似ていると連呼し、セアラさん成分を指摘しなかったことに対してジョエルとジョシュアは怒っている…………らしい。

「え?  今ってジョシュア、あなたは怒って……いたの?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 笑顔で答える息子にやっぱり困惑するセアラさん。

(私も困惑よ!)

 だって、さっぱり違いが分からない。
 どこからどう見ても聞いても嬉しそうな“あうあ”にしか思えなかった。

「ジョシュアはセアラが大好きだからな。だからセアラが蔑ろにされることを絶対に許さない」

 ジョエルがセアラさんの頭を優しく撫でながらそう言った。

「ジョエル様……そ、そうだったのね?  ジョシュア……ありがとう!」
「あうあ!」
「当然だ。俺は毎日欠かさずジョシュアに言い聞かせているからな」

(……ん?)

 何だかジョエルの口から聞き捨てならない言葉が聞こえた。

(毎日……言い聞かせている?)

「え?  ジョエル様?  ま、毎日、なにを言い聞かせているのですか?」
「なにを?」

 キョトン顔のジョエルにセアラさんが聞き返した。

「決まっている。セアラは俺の天使で大事な人だ。息子であっても傷つけることは許さない、と毎日言い聞かせているが?」
「!」

 ボンッとセアラさんの顔が赤くなる。

「え、え、え……!?  な、知らなっ……え、い、いつの間、に……」
「セアラ?  何を驚く?  これは当たり前の教えなのだろう?  そう教わったが?」
「あうあ!」
「!?!?」

 眉をひそめて不思議そうな顔で聞き返すジョエル。

「セアラ?」
「あうあ!」
「……!?!?」

 動揺して言葉を失うセアラさんの代わりにエドゥアルトがジョエルに聞いてくれた。

「ジョエル……その教えそのものはいい教えなのだが、君は誰からそう教わったんだ?  あの妙ちくりんな本か?」
「妙……?  いや、父上だが?  赤ん坊の頃から毎日言い聞かせてくれた」

 その発言を聞いた私はガバッと横にいるジョルジュの顔を見つめる。

(ジョルジューー!  犯人はあなた!?)

「どうした、ガーネット?」

 私の視線を感じてこっちを見たジョルジュと目が合った。

「ちょっと、あなた……ベビージョエルに毎日そう言い聞かせていた……の?」
「そうだが?  息子といえど俺の大事なガーネットを傷つけることは許せないからな!」
「……っっ!」

 曇りない眼差しでハッキリ言い切る夫に対して不覚にも頬が熱くなって胸がキュンとした。

(言われてみれば……ジョエルが私を傷付けるような真似をしたこと……ないわ)

 つまり、ジョエルはずーーっとジョルジュのその教えを守っていた。
 そして今、それを自分の息子にもきちんと継承しようとしている……

(私の息子……いい子!)

「───なるほど。侯爵───ジョルジュ殿の教えがジョエルからこちらのベビーに……」

 エドゥアルトがハッハッハと笑う。

「奥が深い!  これが親子の絆というやつか!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 またしても満面の笑顔のジョシュア。
 そんなジョシュアにエドゥアルトが笑いかける。

「まさか、ジョエルの子がこんなにも表情が生き生きしているとは、な。さすがの僕も驚かされたよ」
「あうあ!」
「気にするな?  僕の立ち直るまでの時間は他の誰よりも早かった?  へぇ、そうなのか」
「あうあ!」
「ああ!  そうさ!  僕は順応力が高いとよく言われるからな!」

 ハッハッハと嬉しそうに胸を張るエドゥアルト。
 彼はジョエル、ジョルジュに続いてごく自然にジョシュアとの会話を弾ませていく。

(なんでなのよ……)

 順応力とかいう問題なの?

「それにしても……君はいい笑顔をするな」
「あうあ!」
「つられて僕も笑ってしまうぞ」

 エドゥアルトがジョシュアの頭をそっと撫でた。

「ハッハッハ!」
「あうあ!」
「ハッハッハ!」
「あうあ!」

 ニパッ!  ハッハッハ!  と部屋中が陽気な雰囲気に包まれる。
 これで完全に意気投合したと思われる二人の会話はますます弾んだ。



「あうあ!」
「なに?  ギルモア邸の庭には綺麗な花がたくさん咲いている?」
「あうあ!」
「へぇ、昔はそこまでたくさん咲いていなかった気がしたが……」

(どこかの誰かがせっせと掘り続けた結果よ……)

 私はチラッと横のジョルジュの顔を見つめるも、ジョルジュは無表情。

「あうあ!」
「え?  その花を僕にも見せたい?」
「あうあ!」
「しかも、ジョシュア……君が案内してくれるのかい?」
「あうあ!」

 何やら二人の間で話が進み、ジョシュアとエドゥアルトが庭に行くと言い出した。
 しかも、なんとベビージョシュアからの強い希望でエドゥアルトはジョシュアを抱っこして二人で庭の花を見に行くことに。

 え!  二人で行くの!?  とは思ったけれど……

(───まあ、庭はすぐそこだしね)

 行き先が目と鼻の先なら危険もないし、時間はかかったとしても五分くらい。
 まあ大丈夫よねと見送った私はこの時、すっかり忘れていた。

「ハッハッハ!  ジョシュア。それで?  庭は部屋を出たらどっちに進むんだ?」
「あうあ!」
「よし、右だな!」
「あうあ!」
「よし、このまま案内を頼む!」
「あうあ!」

 ギルモア家の男は、ジョルジュ、ジョエル共にとんでもない方向音痴だったことを。
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