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85. 賑やかな毎日
しおりを挟むジョルジュの予言通り、ギルモア家は更に賑やかになっていった。
「おはよう、ジョシュア。ご機嫌いかが?」
「あうあ!」
ニパッ!
今日も可愛い孫はニコニコ顔で私の挨拶に答えてくれる。
「……」
私はじっとジョシュアの顔を見つめた。
そして、頭の中で考える。
───この子が……そんじょそこらのベビーだったなら!
この無垢な笑顔はご機嫌の証!
そう言いきれたわ。
しかーーし!
この子は、そんじょそこらのベビーとはひと味もふた味も……いえ、みつ味もよつ味も違う!
(ジョエル以上の強者!)
「あうあ!」
ジョシュアもじっと私を見つめてきて、キャッキャキャッキャと笑っている。
「……ジョシュア」
(見つけるのよ、ガーネット……)
よーーく見ればどこかにジョシュアの喜怒哀楽が見え隠れしているはずなのだから!
じっ……
私は更にジョシュアをじっと見つめる。
「あうあ!」
「……」
眉毛の角度、目の開き方、ほっぺの色、笑った時の口元、あうあと発する声……
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
(……くっ! ダメだわ)
どれだけ観察してみても、ご機嫌そうなベビーがひたすら“あうあ”と言っているようにしか聞こえない。
「───ガーネット? ここにいたのか。君がじっと黙っているなんて珍しいな。ジョエルごっこか?」
「ジョエルごっこぉ!?」
そこへ朝の日課を終えたスコップを持ったジョルジュが部屋に入って来る。
何だか新しい遊び名が飛び出した。
「ジョエルの真似をしていたわけじゃないわよ。 ジョシュアの観察をしていたの!」
「観察?」
不思議そうにジョルジュがジョシュアの顔を覗き込む。
ジョシュアはニパッと笑った。
「あうあ!」
「…………なに!? ガーネットにたくさん見つめられてドキドキした!?」
「あうあ!」
「ずるいぞ!」
「あうあ!」
「くっ……だが、これは孫の特権だと!? さすがだな。よく分かっているじゃないか!」
「あうあ!」
今日もあっさり会話が成立するジョルジュとジョシュア。
内容はおかしいけど。
「ん? しかし、ジョシュア。眠そうだな?」
「あうあ!」
(ど こ が よ !?)
その違いはどこから感じられるの!?
「……そもそも、ガーネット一人? ジョエルたちはどうした?」
そこでようやく息子夫婦の不在に気付いたジョルジュがキョロキョロと辺りを見回す。
「二人で遊んでいるのか?」
「……違うわよ」
「あうあ!」
私は首を横に振って説明する。
ジョシュアも元気よく笑った。
「……ジョエルは食堂でまだ置物中よ」
「なに!? もうすぐ昼だぞ!?」
慌てて時計を見上げたジョルジュが目を丸くする。
「セアラさんは、一度は起きてきたのだけど……」
「?」
「最高に寝不足だったので─────最高にポッカポカの日当たりのいいお部屋で、最高にふっかふかのベッドと最高の安眠を約束する枕で休ませているわ」
「??」
ジョルジュの眉間に皺が寄っていく。
意味が分からなかったらしい。
「最高に寝不足? 二人揃ってか?」
「そうよ」
私は指でジョルジュの眉間の皺をグリグリ伸ばしながら説明する。
「一度起きたセアラさんの話によると、昨夜は一晩中ご機嫌な様子のジョシュアがずっと“あうあ”を言い続けていて眠れなかったんですって」
「ジョシュア……」
「あうあ!」
ジョルジュが視線を向けると目が合ったジョシュアはニパッと笑って手足をパタパタさせる。
「目がガンガンに冴えて眠れなかったから、二人とたくさん話そうと思った?」
「あうあ!」
「そういう理由だったわけ? えっと、セアラさん曰く、それで気付いたら外が明るくなっていたそうよ」
私は肩を竦めた。
「……そうか。大変そうだ。ジョエルはいつだってとにかく静かだったからな……」
「静かだったけれど……ベビージョエルは朝、私の目が覚めると必ず先に起きていて、無言でじっとこっちを見ていたわ。あれはなかなかの光景だったわよ?」
初めて遭遇した時はあまりの怖さに「ひっ!?」と、小さく悲鳴をあげてしまったもの。
そして私と目が合ったジョエルは“う”と発する。
もちろん、無表情。
そして、私が答えるまで、ひたすら無表情でう、う、と言い続ける。
(あれは、ベビージョエルの“おはよう”だったのよね、多分……)
私がそんなベビージョエルの頃の話をすると、ジョルジュは興味深そうに頷いた。
「そうだったのか! 知らなかったぞ?」
「そうでしょう。あなたはその頃、既に置物なんだから」
「なるほど! だから俺はさっぱり知らないのか!」
ジョルジュは納得したようでウンウンと頷いている。
「……ベビーから成長した後のジョエルは、寝起きの悪い置物その2になったしね」
そう口にしながら、今もキャッキャキャッキャ笑っているジョシュアは、置物その3になるのかしら? と思った。
「───とにかく夜通しジョシュアが元気いっぱいだったことで、二人は撃沈しているんだな?」
「そうよ」
「──あうあ!」
「ふむ。自分のせいだからゆっくり寝かせてあげて? ジョシュアは優しい子だな」
ジョルジュは、またあっさりジョシュアとの会話を始める。
優しい子なら夜に両親をぐっすり寝かせてあげなさいよ!
「あうあ!」
「ん? ああ、俺が何を手に持ってるのか気になる? ───これか?」
「あうあ!」
どうやら、ジョシュアがジョルジュが手に持ったままのスコップに興味を示したらしい。
「あうあ!」
「これは、スコップだ。庭を掘るために使っている」
「あうあ!」
「元々は気に入らないヤツらを消して埋めようと試みたんだが……」
「あうあ!」
ジョルジュがとんでもない話を淡々とベビーに話してしまう。
「最近は、綺麗な花ばかり咲くんだ」
「あうあ!」
ジョシュアの手足がパタパタと大きく動く。
「あうあ!」
「なに? 血が騒ぐ? 色々埋めたい?」
「あうあ!」
「よし、分かった。大きくなったらジョシュアも俺と一緒にたくさん掘って掘って掘りまくるぞ!」
「あうあ!」
「いい返事だ! ジョシュア!」
(な ん で そ ん な 話 に な っ た の よ !)
気の早いジョルジュは早速、ジョシュア用のお子様スコップを注文し、
「まだ、赤ん坊ですよね!?」
と、商会の人間を困惑させていた。
────
(元気ねぇ……)
その後、覚醒したジョエルと目を覚ましたセアラさん。
そして、ずっとキャッキャしてるジョシュアが団欒している様子を私は静かに見守っていた。
するとそこへそっと執事がやって来た。
「あら? どうかした?」
「────奥様。その、訪問者が……」
「訪問者? 今日は誰とも約束はなかったと思うけど?」
そこまで口にして気付いた。
事前連絡もなくフラッと我が家に現れる子がいたわね、と。
「……ついに来たの?」
「はい。両手に荷物をたくさん抱えて笑っております。あれはおそらくジョシュア様へのプレゼント」
「事前連絡は怠るくせに…………色々と落ち着いたであろう時期を見計らってやって来る所が彼の凄いところよね」
私は出迎えるべく立ち上がると、そのまま部屋を出て執事と共に廊下を歩く。
「───エドゥアルト……ジョエルと違ってあの子もよく笑う子よね」
チビジョエルに体当りされて踏まれる前は違った。
けれど、新たな世界を知り変な方向に目覚めた彼はよく笑う子になった。
「奥様?」
「どんなにジョエルが無口でもひたすら喋り倒せて、なんならジロッと睨まれても一切へこたれずに笑っていられるあの鋼のような心……」
「……奥様?」
「そんなエドゥアルトなら、ひたすらどんな時もニッコニコ顔なジョシュアの気持ちが分かるのかしら?」
「…………奥様?」
怪訝そうな執事に向かって私は笑う。
「ホホホ! ────とりあえず、愉快な子同士の体面よ!」
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