誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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84. 喜怒哀楽とは?

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 ちょっと戦う前から敗北して肩透かしを喰らったけれど、ものすごー~く冷静に考えればこの子は笑っている!
 つまり、ジョエルと違って表情筋が生きているベビー。

(ジョエルでは難関だった喜怒哀楽を、ジョシュアなら私でも理解可能ということよ!)

 無表情で“う”しか言わないジョエルの件では、ジョルジュに遅れを取った私だけど、この子……ジョシュアは違う!
 ジョルジュより完璧な通訳をしてみせるわ!

(その為にも、たくさん話しかけるわよ!)

「───ジョシュア!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアはニッコニコの笑顔でお返事をしてくれた。
 いい感じね!

「ふふ、あなた、そろそろお腹が空いたのではなくて?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアはやはり、先程と同じニッコニコの笑顔で返事をしてくれる。

「あ、それとも、お眠の時間かしら?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 またしても、ジョシュアは……以下略

(……えっと?)

 ちょっと違いが分からなかったので再度チャレンジ。

「ジョシュア!  お腹空いた?」
「あうあ!」
「……ジョシュア、そろそろお眠?」
「あうあ!」
「…………えっと、ジョシュア、さん?  ……どっちかしら?」
「あうあ!」
「…………りょ、両方なの、ね?」
「あうあ!」

 ニパッ!  ニパッ!  ニパッ!  ニパッ!
 全ての質問は“あうあ”の言語と満面の笑顔で返された。

「……そ、そう」
「あうあ!」
「……」

 何だか嫌な予感がしたので、念の為に訊ねてみる。

「ジョシュア……お腹いっぱい?」
「あうあ!」
「…………お昼寝いっぱいしたから眠くなんてない?」
「あうあ!」

 ニパッ!  ニパッ!
 言語だけでなく笑顔もさっきと同じだった。

(やっぱりーー!  え?  さっぱり違いが分からないんだけど!?)

 結局、この子……お腹空いてるの?  眠いの?  お腹いっぱいなの?  眠くはないの?
 どれよ!

「……」

 私は思い出す。
 目の前の息子がベビーだった頃……

 ───ジョエル、そろそろお腹空いた?
 ───う!
 ───あ、そろそろ、お眠かしら? 
 ───う!

 当然、ジョエルは全て無表情。

 ───ね、ジョエル?  どっち……かしら?
 ───う!
 ───両方、かしら?
 ───う!

 そうよ……あの頃も私にはジョエルの返答の違いがさっぱり分からなかった。

(これ、表情筋が死んでるか生きてるかだけの違いで根本はジョエルと同じなんじゃ……)

 やはり、この子……ジョルジュの孫でジョエルの息子だわ……
 血は争えない……

 私が頭を抱えた瞬間、ジョルジュが動いた。

「──そうか。お腹は空いてきたがまだ、眠くはないんだな?」
「あうあ!」
「なるほどな!  ガーネットの美しさにやられて目が覚めたか!」
「あうあ!」
「そうだ。君の祖母は誰よりも美しい。こんなに小さいのによく分かっているじゃないか!」

 そう言ってジョルジュは、ジョシュアの頭を撫でる。
 ジョシュアは嬉しそうにニパッと笑う。

「あうあ!」
「ん?  ジョシュア。そんなに照れなくてもいいぞ?」

 ジョルジュのその言葉に私は驚愕する。

(て……照れ!?)

 今のジョルジュの言葉に……ジョシュアは照れた!?
 どうやら、またしても私の夫・ジョルジュは心が通じてベビーとの会話が弾むらしい。

「ふっふっふ、ジョルジュ……さすがあなたね……やるじゃない」
「ガーネット?」
「ジョシュアが今、照れていた?  この終始変わらないニコニコ顔からそんな機微を感じとるなんてさすがね……!」
「あうあ!」

 ニパッ! 
 ジョシュア、またしても満面の笑顔。

「終始変わらないニコニコ顔?」

 ジョルジュが眉をひそめる。

「何を言っている、ガーネット。ジョシュアはこんなにも分かりやすく表情がとても豊かじゃないか!」
「は?」
「ジョエルは、“う”の違いで感情を伝えて来たが……ジョシュアはちゃんと表情で伝えてくれている」
「は!?」

 私が目をまん丸にしているとジョルジュがジョシュアに声をかけた。

「───ジョシュア、喜!」
「あうあ!」

 ニパッ!

「───ジョシュア、怒!」
「あうあ!」

 ニパッ!

「───ジョシュア、哀!」
「あうあ!」

 ニパッ!

「───ジョシュア、楽!」
「あうあ!」

 ニパッ!

「どうだ?  ガーネット。全然違っただろう?」
「……」

(え、え、えぇええ!?)

 私は目をパチパチさせて言葉を失う。

「い、今のが?  ジョシュアの……喜怒哀楽……?」

 ジョルジュは大きく頷く。

「そうだ。ジョエルの場合は全て“う”だったが」
「……」
「順番に、う!  う!!  う……  う!!!  って感じだったな」
「……」

 ガクリ。
 私はまたしても膝をつく。

(負けた……完敗だわ)

 またしても敗北……

「ガーネット?」
「ジョルジュ……素直に認めるわ───ここは私の負けよ」
「……?  俺たちは一体いつ何を戦っていたんだ?」 

 首を傾げるジョルジュに向かって私は宣言する。

「でもね!  まだまだジョシュアは成長するし……だから本当の勝負はこれからよ!  私は負けないわ!」
「勝負?  負けない?  何の話だ、ガーネット?」

 ホーホッホッホッ!
 そうよ!  この私、ガーネットはこれくらいでへこたれてる場合ではないのよ!

「───あうあ!」

 ニパッ!
 私がジョルジュに対してバッチバチの火花を散らしていたら、ジョシュアがニコニコキャッキャしながら手をパタパタさせ始めた。

「あうあ!」
「ん?  ジョシュア?  どうしたの?」

 手足を大きくパタパタさせて来たので、セアラさんがジョシュアに訊ねる。

「あうあ!」
「……あう、あ?  ん~~ダメだわ。やっぱり私には難しい」

 セアラさんはジョシュアの訴えが分からず困惑気味。

「あうあ!」
「ジョエル様……」

 セアラさんがジョエルに助けを求める。

「セアラ!  大丈夫だ。俺に任せろ!  ジョシュア……!」

 ジョエルがじっと息子を見つめる。

「……」
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」

(何この光景……)

 ニパッと笑い続けるジョシュアとひたすら無言のジョエル。
 まさか、これで会話が成立すると? 
 そう思ったところで、ジョエルがキュッと眉間に皺を寄せる。

「なるほど───ジョシュア。君も父上と母上の勝負に混ざりたい、んだな?」
「あうあ!」

(なんで分かるのよ……)

 とにかく息子がすごい。
 そして、全て“あうあ”の満面の笑みで通そうとする孫もすごい。

「あうあ!」
「そうか。血が騒ぐ……のか」
「あうあ!」
「すまない。だが、君はまだ小さな赤ちゃんなんだ」
「あうあ!」
「もっと大きくならないとさすがに勝負ごとは難しい」
「あうあ!」
「む、ジョシュア……そんな悲しそうな笑顔と残念そうな声を出されても困るぞ……」
「あうあ!」

(────は!?)

 私は耳を疑った。
 今のジョシュアの発した“あうあ”が悲しそうな笑顔と残念そうな声だったですって?
 全部、それまでと変わらない、ニパッとした満面の笑みと弾んだ声の“あうあ”だったわよ?

(こ、これが、ジョルジュの言っていた喜怒哀楽!!)

 信じられなかった私は思わずジョエルに訊ねる。

「ジョエル……ほ、本当に?  今のジョシュアは残念そうにしていたの?」
「?」

 ジョエルの目が何を言っているんだ?  と言いたげに私を見る。

「母上、今のジョシュアの“あうあ”はどう聞いても悲しい声だっただろう?」
「どこが!?」
「───だろう?  父上」
「ああ。早く大きくなりたいなぁ……そんな悔しそうな叫びだった」
「ジョルジュ!?」

 ジョシュアの喜怒哀楽を掴んでいるらしいジョルジュもうんうんと頷く。

(だ、駄目だわ、異次元の世界を生きていて完璧に通じあってる男二人は無理!)

 私はガバッと顔を上げる。
  
(最後の頼みの綱は───)

「───セアラさん!」
「お……お義母様……!  どうしましょう?  わ、私にも今のジョシュアの違いが分かりませんでした……」
「セアラさん!!」

(仲間!  仲間がいたーー!!)

「ジョシュア……喜怒哀楽あったんですね?  私、常に“喜”しかないのかなって……」
「あうあ!」

 ジョシュアがニパッと笑う。

「セアラ、安心しろ。ジョシュアは気にしてないそうだ」
「ジョエル様……」
「あうあ!」
「そんなことより、セアラにはこれからも天使のように笑っていてくれとジョシュアは言っている」
「え?  そうなの?  ……ジョシュア」
「あうあ!」

 ニパッ!
 可愛く笑うジョシュアにセアラさんは、ふふっと嬉しそうに笑いかける。

「もう!  ジョシュアったら」
「あうあ!」
「ああ!  ほらな?  やはり、セアラの笑顔は天使だ!」
「あうあ!」

(え、ええーー!?)

 確かにセアラさんの笑顔は天使だけど!

 キャッキャウフフと仲良く親子三人で笑い合っている微笑ましい光景……
 微笑ましいはずなのに……

「───ガーネット」
「……」

 ジョルジュがポンッと私の肩を叩く。

「ジョシュアは愉快で面白い子だ。これから、我が家はますます賑やかになるな!」
「ジョルジュ……」

(その通り、その通りではあるんだけどーーーー!)

 私は再びガックリと膝をついた。
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