誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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79. 結婚式への想い

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 そんな愉快な日々を過ごしながらも、そろそろ決断の時が迫っていた。

「───ジョルジュ。セアラさんのウェディングドレスの完成までの目処が経ったわ」
「ん?」
「だから、そろそろ二人の結婚式をどうするか話そうと思うの」

 筋力トレーニングセットを取り出そうとしていたジョルジュが振り返った。

「それはいいが───そもそも今からで間に合う話なのか?」
「そんなことは何も問題ないわよ?  あなた、この私を誰だと思っているの?」
「ガーネット!」

 ジョルジュからのその答えを聞いて私は妖しく笑う。

「ホホホ!  そうよ!  私はガーネット・ギルモア!  権力とお金は有効に使わないとね」
「さすがガーネットだ! 今日もとびっきり美しくて最高に悪い顔だ!」

 手を叩いて褒め讃えてくる夫。

「…………あなたも相変わらずよね」
「?」

 自分の発言の意味を全く分かっていなさそうなジョルジュは放っておいて私は考える。
 色々吹っ切ったように見えるセアラさんだけど、さすがにウェディングドレスの時も戸惑っていた。
 そうなると、セアラさんが結婚式に関してはもっと複雑な気持ちを抱くことは想像にかたくない。

「全財産をむしり取って社会的な地位や評判も地の底に落として、破滅寸前のボロボロまで追い詰めているけれどやっぱり許せそうにないわね……」
「ガーネット……いい物がある。そういう時はコレだ」
「あ?」

 ギリッと唇を噛みながらそう呟いたら、なぜかジョルジュがスコップを見せつけて来た。

「ジョルジュ…………懲りないわね……」
「ああ。気づくと埋め立てられていて何故か綺麗な花が咲き始めているからな!  さあ、今日もやるぞ!」
「ちょっ…………ジョル、ジュ!?」

 ジョルジュは私の腕を掴むと意気揚々と庭に向かった。



 ザクッ

「ガーネット!  今日のここはいい土だぞ!」
「あなた……土の違いまで分かるようになったの?」
「毎日掘っているからな!」
「……」

 ザクッ、ザクッ

「───お義父様、お義母様!」

 すっかり庭師みたいになったジョルジュと共にせっせと土を掘っていると向こうからセアラさんが笑顔で駆け寄って来た。
 その後ろを歩く息子ジョエルの顔は青白い。

「あらあら、ジョエルのあの面白い顔は馬車に乗った後の顔かしら?」

 青白いながらも、ジョエルからはどこか解放された感が伝わって来る。

「はい、その通りです。今日は馬車で街中をグルグルして来ました!」
「まあ!  何周出来たの?」
「二周目に入ったところで脱落です」
「そんなに!?  ジョエル……本当に頑張っているのね」

 馬車に乗って街中をグルグル?
 可能な限り外出は避けることを徹底して来た昔のジョエルの姿からは想像出来ない。

「ああ───ちょうど良かったわ、セアラさん。あなたにお話があったの」
「はい?」

 セアラさんが不思議そうに首を傾げる。

「もちろんジョエルも交えてのね。ちょっと真面目な話だから───ん?」
「安心してくれ!  二人の分のスコップの準備もばっちりだ!」

 屋敷の中で話しましょう……
 と言いたかったのに何故か私たちの目の前に差し出されたのはジョエルとセアラさんの分のスコップ。

「……どうしてここで二人の分のスコップまで出てくるのよ?」
「いつどんな時でも準備は万端にしておくべきだろう?」
「………………そう、ね」

 何かが違う、と思ったけれどそのままここで話を続けることにする。
 セアラさんも苦笑しながらスコップを受け取ってくれた。

 ザクッ、ザクッ

「話というのはね、結婚式のことなの」
「え?  結婚式?」

 セアラさんが顔を上げる。
 その瞳が揺れていた。

「それって……」
「そうよ、あなたたちの───セアラさんとジョエルのけっ……」
「セアラ!  ───俺は、セアラの中の“結婚式”の思い出を全て塗り替えてやりたい!」

 私の言葉に被せるような発言をしたのはジョエル。
 セアラさんが振り返った。

「ジョエル様……!」

(ジョエル、あなた……)

 つい吹き出しそうになって慌てて口元を押さえる。
 無口な息子のかっこいい発言……のはずなのに片手にスコップを握っているせいで笑いの方が強く込み上げて来てしまう。

(耐えるのよ、ガーネット!)

 スコップの圧が気にはなるけど、二人のことなので私は静かに見守ることにする。

「セアラ……俺は」
「……」
「新しいウェディングドレスを着た君を……」
「……」
「……」

 そこで言葉を切ったジョエル。
 セアラさんはじっとジョエルを見つめて次の言葉を待つ。

「き、君……を」
「ジョエル様?」
「……み」
「み……!」

(君を見たいんだーーってところかしら?)

「……」
「……」

(さあ!  男を見せるのよ、ジョエル!)

 心の中でエールを送りながらジョエルの言葉を待つ私。

 ザクッ、ザクッザクッ

 その横でせっせと土を掘り返す手を止めようとしないジョルジュ。
 通常運転すぎる。

 そんな中、ついにジョエルが口を開く。

「───み、み、皆に見せびらかしたい……んだ!」

(あら?)

「見せびらかす!?」

 この言葉はセアラさんも予想外だったのか驚いた反応を見せる。

「セアラは可愛い」
「!」
「セアラは天使だ」
「!!」
「セアラは…………ウグッ!?」
「~~~も、もう、もう充分、分かりましたからーーーー!」

 真っ赤な顔になったセアラさんがジョエルの口を塞ぐ。
 でも、そんな照れ顔のセアラさんの顔は口元が綻んでいて嬉しそうだった。


 そして、それからセアラさんは悩んでいたようだけど、

「───ジョエル様との結婚式を挙げたいと思います」

 後日、迷いのない目でそう言ってくれた。


──────


(さて、いよいよ、明日は結婚式ね!)

 そうしてあっという間に日は流れ、計画した二人の結婚式は翌日に迫っていた。
 出来上がったウェディングドレスも最高に可愛らしく、試着時に見たけれど、セアラさんにとてもよく似合っていた。

(ふふ、ダニーはさすがね!)

 ダニー&エンブリーの手がけたウェディングドレスが話題になることは間違いない。
 このことは、当然シビルさんや坊やの耳にも入るはず。

(ホーホッホッホッ!  一生悔いて生きていくことね!)

「さぁて、美容にも悪いしそろそろ寝…………ん?」

 もう夜中。
 寝室に行き、そろそろ寝ようと思っていたら廊下からギシギシと物音が聞こえる。

(なんの音かしら───?)

 音のする方に足を向けてそっと覗き込む。
 するとそこには……

(ジョエル!?)

 どう見ても息子の姿。
 本を片手に廊下をそろそろと歩いている。

(は?)

 明日は結婚式本番だというのに、いったいうちの息子さんは何を遊んでいるの!?
 そう思ったものの、とりあえずそっと影からその様子を見守ることにした。

「…………ふむ、ここで花婿は……花嫁の手を…………こう、か?」

(……あ!  ジョエルーー!)

 ドターンッ
 ジョエルが勢いよく床に転んだ。

「なるほどな。とても難しい……やはりシミュレーションは大事だな……」

 ムクリと起き上がったジョエルはそう言ってまた歩き出す。
 しかし……

 ドターンッ
 再び、床に転ぶジョエル。

「……何故だ」

 転んだままじっと本を見つめて眉間に皺を寄せるジョエル。

「俺はいい。だが、このままでは明日、天使のセアラが転んでしまう……何が問題なんだ?  この本の内容か?」

 そう言って本とにらめっこするジョエル。

(ジョエル…………違うわ!  気付いて!)

 ジョエルがセアラさんのために明日の結婚式の入場のシミュレーションをしていることは理解した。
 そして、それが上手く行かずに転んでしまい困っている。

「よし、もう一度だ!」

 立ち上がったジョエル。
 再びエスコートの練習を開始。
 そして……

 ドターンッ
 歩き出したものの再び転んでしまうジョエル。

「おかしい…………なんでこんなに歩きづらいんだ?」

 眉間に皺を更に深くして首を傾げるジョエル。

(ジョエルーーーー!)

 口を出さずに見守ろうと思ったけれど、さすがにこれ以上は見ていられない。
 一言申さねばとジョエルの元に近付こうとしたら、後ろから肩をポンッと叩かれた。

「……ガーネット」
「あ、ジョルジュ!」
「なかなか寝室に来ないから迎えに来た。何をしている?」
「そ、それが……」

 私がジョエルのことを説明しようとしたら、ジョルジュがジョエルに気付いた。

「ん?  あれはジョエルか?  待望の結婚式を前にしてうちの息子さんは廊下で何を遊んでいるんだ?」
「……」

 ドターンッ
 ジョルジュの目の前で再び転ぶジョエル。

「……?」
「……」
「……なぁ、ガーネット」
「………………なにかしら?」

 ジョルジュは床に転がって未だに首を捻っているジョエルを指さしながら言った。

「うちの息子さんは、なぜ今、こんな夜中に両手両足を同時に出して歩く練習なんてしているんだ?」
「…………本当にね」

 最愛の息子は愛しい人との結婚式の前日、無表情だけどガッチガチに緊張していた。
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