81 / 119
78. ギルモア家の楽しい日々 ②
しおりを挟むだからといってこの発言をこのまま放置する訳にはいかない。
私はジョエルの肩にポンッと手を置く。
「──落ち着きなさい、ジョエル」
「……!?」
(充分、あなたも面白いわよ?)
そう言ってもこの子は納得しないのでしょうね、と思った。
なので、別の方向から畳み掛ける。
「いいこと? エドゥアルト……彼はとにかく特殊なのよ」
「……?」
ジョエルの眉間の皺が深くなった。
よく分からん……
ジョエルの表情がそう言っている。
「……」
ジョエルの中では当たり前すぎて疑問にも思っていなさそうだけど、そもそも余興であっても、そんな珍妙なカツラを用意している時点で、もう特殊の思考の域に達しているとしか思えない。
(あの子も、ジョエル同様変わった子に育ったわ……)
脳裏にチビジョエルがムギュッとチビエドゥアルトを踏んだ時の光景が甦る。
やはり、あれが……
「コホン……とにかく、ジョエルも自分を無理に変える必要はないでしょう?」
「……」
私はジョエルの眉間の皺を指で思いっ切りグリグリ引き伸ばす。
「セアラさんは、あなたはつまらない男───そう口にした令嬢たちの言葉を笑い飛ばしたのでしょう?」
「!」
「そもそも、セアラさんはエドゥアルトではなくジョエル、あなたのことが好きなのよ?」
「!!」
「だからジョエル、あなたはエドゥアルトになるのではなく、そのヘタ……いえ、面白…………ンンッ、とにかく、そのまま突き進めばいいのよ!!」
ジョエルの目がクワッと大きく見開いた。
「そのまま……俺!」
「そうよ! セアラさんにはそのままのジョエルでどーん…………ハッ!」
───そのままのジョエルでどーんとぶつかりなさい!
そう言いかけて慌てて口を閉じる。
(しまった!)
この子は、本当にどーんとぶつかる子!
あれからすっかり大人になったけど、この子の素直さはあの頃と変わらないまま!
「───母上……分かった!」
ガターンッ!
ジョエルが椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がる。
「どーん…………セアラ! 待っていろ!」
「!」
そして、愛するセアラさんの名前を叫ぶとそのまま駆け出した。
(どーんって言ってた!!)
「───ジョエル、ダメ! 今は分からないで! 分からないアホな子でいて!!」
私は慌てて静止するも既にジョエルは廊下を走っている。
ダメ! もう、私の声は完全に耳に入っていない。
(くっ……! このままでは、セアラさんが……危ない)
私の脳内でジョエルに体当たりされるセアラさんの姿が浮かぶ。
さすがの彼女も、なんの前触れもなくいきなり体当りなんてされたら……
(止めないと!)
私もジョエルを追って走り出す。
「待ちなさい、ジョエルーーーーって、くっ……我が子ながら足が早いわね、誰に似たのよ……」
とにかくスピードを上げるしかない。
私はヒールを脱ぐ。
ジョエルだって成長した。
大丈夫だとは思う……いえ、思いたい。
(でも、セアラさんが絡むとジョエルはポンコツにポンコツの磨きがかかるのよーーーー!)
「セアラーー!」
「ジョエルーーーー!」
「……ん? ガーネットとジョエル……?」
私がそんなジョエルを追い掛けている所に、たまたま庭から戻ってくるという奇跡を起こす男、それがジョルジュだ。
私の視界にジョルジュの姿が映る。
「逃げるジョエル、追い掛けるガーネット……」
よく聞こえなかったけれど、ジョルジュが私たちを見ながら何か呟いている。
嫌な予感がする……
「分かったぞ! なるほど───これは、親子の“追いかけっこ”だな? よし!」
(よし! って聞こえた……気がする)
ますます嫌な予感が強くなる。
そして───
「ジョエル! ガーネット! 俺も参戦するぞ!」
「!!」
今度は参戦って聞こえた!
慌てて振り返ると、ジョルジュがスコップ片手に持ったまま私を追いかけて来る。
(ちょっ……!? スコップは置いてきなさいよーー!)
私は必死にジョルジュに向かって呼びかけた。
「───ジョ、ルジュ! ……これは遊びじゃないのーー」
「分かっている!」
「なら、せめて……せめてスコップは置いてから走り出しなさいよーー」
「大丈夫だ! そんなに重くない!」
「そんなことは一切、心配していないわよーーーー!?」
こうした結果……
セアラさんのことだけを考えて、彼女の元へ一心不乱に向かうジョエル。
事情を何一つ理解せず、ただ楽しそうという理由でスコップ片手に参戦するジョルジュ。
その息子を追いかけながらも、なぜか夫に追われる私───
こんな謎の追いかけっこが開始され、ギルモア邸の廊下は一気に騒がしくなった。
そして、そんな私たちをすっかり慣れた目で見守る使用人たち。
これが、私たちギルモア家の楽しい日常。
ちなみに、
先頭を走るジョエルの目的地だった最愛の婚約者のセアラさんは……
「───セアラ!!」
「ジョエル様?」
突然、バーンと音を立てて部屋に入って来たジョエルを不思議そうに見つめ……
「ジョエル! 早まっちゃダメよ!!」
「お義母さ……ま? え? ヒール……」
ヒールを手に持って続いて登場した私に首を傾げ……
「追いついたぞ、ガーネット!! やはり君の走りはいつ見ても美しい!」
「お義父様まで!? え、スコップ!? な、何事……」
スコップ片手に現れたジョルジュに目を丸くしていた。
─────
「なるほど───そういうことだったんですね? ……ふふ、ジョエル様」
その後、事情を聞いたセアラさんはクスクスと笑って、ジョエルに向かって両手を伸ばした。
「?」
キョトンとするジョエルに向かってセアラさんは笑顔のままもう一度ジョエルを呼ぶ。
「どうぞ? 遠慮なく“どーん”とここに来てください、ジョエル様!」
「!」
(あ! ジョエルの目が輝いた……!)
「セアラ……!」
その声に誘われたジョエルは、セアラさんに向かってどーんと抱きついていた。
結局、セアラさんの懐の深さのおかげで、イチャイチャしただけだったという顛末……
(ふふ……ジョエル、嬉しそう)
「……ジョエル、嬉しそうだな」
「!」
私の横でポツリとそう口にするジョルジュ。
今、私も全く同じことを考えていたからか、思わず吹き出してしまう。
「ガーネット!?」
「ふ、ふふふ、ホホ、ホホホホ!」
「どうした? ガーネット」
「……」
(幸せ……)
スコップ片手に首を傾げる無表情の最愛の夫。
運命のように出会えた未来の嫁とイチャイチャする無表情の最愛の息子。
この光景を見ていたらますます私の笑いは止まらなくなった。
1,180
お気に入りに追加
2,947
あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王太子妃候補、のち……
ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

結婚が決まったそうです
ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。
文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる