誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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78. ギルモア家の楽しい日々 ②

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 だからといってこの発言をこのまま放置する訳にはいかない。
 私はジョエルの肩にポンッと手を置く。

「──落ち着きなさい、ジョエル」
「……!?」

(充分、あなたも面白いわよ?)

 そう言ってもこの子は納得しないのでしょうね、と思った。
 なので、別の方向から畳み掛ける。

「いいこと?  エドゥアルト……彼はとにかく特殊なのよ」
「……?」

 ジョエルの眉間の皺が深くなった。
 よく分からん……
 ジョエルの表情がそう言っている。

「……」

 ジョエルの中では当たり前すぎて疑問にも思っていなさそうだけど、そもそも余興であっても、そんな珍妙なカツラを用意している時点で、もう特殊の思考の域に達しているとしか思えない。

(あの子も、ジョエル同様変わった子に育ったわ……)

 脳裏にチビジョエルがムギュッとチビエドゥアルトを踏んだ時の光景が甦る。
 やはり、あれが……

「コホン……とにかく、ジョエルも自分を無理に変える必要はないでしょう?」
「……」

 私はジョエルの眉間の皺を指で思いっ切りグリグリ引き伸ばす。

「セアラさんは、あなたはつまらない男───そう口にした令嬢たちの言葉を笑い飛ばしたのでしょう?」
「!」
「そもそも、セアラさんはエドゥアルトではなくジョエル、あなたのことが好きなのよ?」
「!!」
「だからジョエル、あなたはエドゥアルトになるのではなく、そのヘタ……いえ、面白…………ンンッ、とにかく、そのまま突き進めばいいのよ!!」

 ジョエルの目がクワッと大きく見開いた。

「そのまま……俺!」
「そうよ!  セアラさんにはそのままのジョエルでどーん…………ハッ!」

 ───そのままのジョエルでどーんとぶつかりなさい!

 そう言いかけて慌てて口を閉じる。

(しまった!)

 この子は、本当にどーんとぶつかる子!
 あれからすっかり大人になったけど、この子の素直さはあの頃と変わらないまま!

「───母上……分かった!」

 ガターンッ!
 ジョエルが椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がる。

「どーん…………セアラ!  待っていろ!」 
「!」

 そして、愛するセアラさんの名前を叫ぶとそのまま駆け出した。

(どーんって言ってた!!)

「───ジョエル、ダメ!  今は分からないで!  分からないアホな子でいて!!」

 私は慌てて静止するも既にジョエルは廊下を走っている。
 ダメ!  もう、私の声は完全に耳に入っていない。

(くっ……!  このままでは、セアラさんが……危ない)

 私の脳内でジョエルに体当たりされるセアラさんの姿が浮かぶ。
 さすがの彼女も、なんの前触れもなくいきなり体当りなんてされたら……

(止めないと!)

 私もジョエルを追って走り出す。

「待ちなさい、ジョエルーーーーって、くっ……我が子ながら足が早いわね、誰に似たのよ……」
  
 とにかくスピードを上げるしかない。
 私はヒールを脱ぐ。

 ジョエルだって成長した。
 大丈夫だとは思う……いえ、思いたい。

(でも、セアラさんが絡むとジョエルはポンコツにポンコツの磨きがかかるのよーーーー!)

「セアラーー!」
「ジョエルーーーー!」
「……ん?  ガーネットとジョエル……?」

 私がそんなジョエルを追い掛けている所に、たまたま庭から戻ってくるという奇跡を起こす男、それがジョルジュだ。
 私の視界にジョルジュの姿が映る。

「逃げるジョエル、追い掛けるガーネット……」

 よく聞こえなかったけれど、ジョルジュが私たちを見ながら何か呟いている。
 嫌な予感がする……

「分かったぞ!  なるほど───これは、親子の“追いかけっこ”だな?  よし!」

(よし!  って聞こえた……気がする)

 ますます嫌な予感が強くなる。
 そして───

「ジョエル!  ガーネット!  俺も参戦するぞ!」
「!!」

 今度は参戦って聞こえた!
 慌てて振り返ると、ジョルジュがスコップ片手に持ったまま私を追いかけて来る。

(ちょっ……!?  スコップは置いてきなさいよーー!)

 私は必死にジョルジュに向かって呼びかけた。

「───ジョ、ルジュ!  ……これは遊びじゃないのーー」
「分かっている!」
「なら、せめて……せめてスコップは置いてから走り出しなさいよーー」
「大丈夫だ!  そんなに重くない!」
「そんなことは一切、心配していないわよーーーー!?」

 こうした結果……

 セアラさんのことだけを考えて、彼女の元へ一心不乱に向かうジョエル。
 事情を何一つ理解せず、ただ楽しそうという理由でスコップ片手に参戦するジョルジュ。
 その息子を追いかけながらも、なぜか夫に追われる私───

 こんな謎の追いかけっこが開始され、ギルモア邸の廊下は一気に騒がしくなった。
 そして、そんな私たちをすっかり慣れた目で見守る使用人たち。



 これが、私たちギルモア家の楽しい日常。



 ちなみに、
 先頭を走るジョエルの目的地だった最愛の婚約者のセアラさんは……

「───セアラ!!」
「ジョエル様?」

 突然、バーンと音を立てて部屋に入って来たジョエルを不思議そうに見つめ……

「ジョエル!  早まっちゃダメよ!!」
「お義母さ……ま?  え?  ヒール……」

 ヒールを手に持って続いて登場した私に首を傾げ……

「追いついたぞ、ガーネット!!  やはり君の走りはいつ見ても美しい!」
「お義父様まで!?  え、スコップ!?  な、何事……」

 スコップ片手に現れたジョルジュに目を丸くしていた。


─────


「なるほど───そういうことだったんですね?  ……ふふ、ジョエル様」

 その後、事情を聞いたセアラさんはクスクスと笑って、ジョエルに向かって両手を伸ばした。

「?」

 キョトンとするジョエルに向かってセアラさんは笑顔のままもう一度ジョエルを呼ぶ。

「どうぞ?  遠慮なく“どーん”とここに来てください、ジョエル様!」
「!」

(あ!  ジョエルの目が輝いた……!)

「セアラ……!」

 その声に誘われたジョエルは、セアラさんに向かってどーんと抱きついていた。

 結局、セアラさんの懐の深さのおかげで、イチャイチャしただけだったという顛末……

(ふふ……ジョエル、嬉しそう)

「……ジョエル、嬉しそうだな」
「!」

 私の横でポツリとそう口にするジョルジュ。
 今、私も全く同じことを考えていたからか、思わず吹き出してしまう。

「ガーネット!?」
「ふ、ふふふ、ホホ、ホホホホ!」
「どうした?  ガーネット」
「……」

(幸せ……)

 スコップ片手に首を傾げる無表情の最愛の夫。
 運命のように出会えた未来の嫁とイチャイチャする無表情の最愛の息子。

 この光景を見ていたらますます私の笑いは止まらなくなった。
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