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77. ギルモア家の楽しい日々

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「オーホッホッホ!  がっぽりよーー!」

 一枚、二枚……
 私がニヤけそうになる顔を頑張って抑えながらお金を数えていると、ちょうどジョルジュが部屋に入って来た。

「────ガーネット?  楽しそうだな」
「ええ、楽しいわよ」
「その大金は?」
「ホホホホ、むしり取った慰謝料よ!」

 私がお金を手にしながら満面の笑顔を向けると、ジョルジュはお金と私の顔を交互に見て、ふむ……と頷いた。

「やはり、ガーネットはそうして悪どい顔をしている時が一番キラキラと輝いているな!」
「へぇ…………それは褒め言葉、なのかしら?」
「当たり前だろう?」

 ジョルジュは当然とばかりに頷いた。
 どう聞いても暴言にしか聞こえないというのに───なんて曇りのない眼差しなの。

 相変わらずどこかズレている夫に苦笑する。

「ジョルジュ。あなたは、本当にこの私と出会えたことを幸運に思うべきだわ」
「ガーネット?」

 こんなの他の女性ならカンカンよ?

「───あの日、私の前に転がっていてくれてありがとう、ジョルジュ」

 ジョルジュと出会えた感謝を込めてお礼を口にすると、ジョルジュがパチパチと目を瞬かせる。

「お礼を言うのは俺の方だぞ、ガーネット」
「え?」
「ガーネットのその美しい足のおかげで、俺は新しい世界のとび……」
「あーー!  分かってる、分かっているからそれ以上は口を閉じなさい!」
「……」

 誰かに聞かれたら誤解を招きそうな発言だったので慌ててジョルジュを黙らせる。

(…………まあ、この家に限っては今更だけど)

 たって、嬉々として使用人に背中を踏まれようとしていたジョルジュだもの。


 そうして、がっぽり手に入れたお金を金庫にしまってから、ふと窓の外に目を向ける。
 すると、馬車の前にいるジョエルとセアラさんの姿が見えた。

「ジョルジュ、見て。ジョエルが外にいるわよ?」
「なに?」

 私の声につられて窓際に来たジョルジュがその光景を見て、おお……と声を上げた。

「以前は月に二、三回、外に連れ出すのがやっとだったジョエルが!  ほぼ毎日……」
「馬車の恐怖よりも、セアラさんとデートがしたいんですって…………ふふ、愛よね」

 ───一緒に出かけて、キラキラの天使のような可愛い笑顔で嬉しそうに微笑むセアラがとにかく見たいんだ!

 ジョエルはそんなデレデレの内容の言葉とは無縁そうな無表情でそう言い切っていた。
 私は微笑ましい気持ちでそんな二人を見守る。

「……それでも、まだジョエルの顔は青いわねぇ」
「そうだな」
「馬車の前に到着してから、そろそろ五分は経ったかしら……」
「いつもなら、ここから馬車に乗せるのにあと三十分はかかるぞ」
「ええ」

 ジョエルと馬車を使って出かける場合、それくらい時間を見ておかないといけない。

「ジョエルが子どもの頃は固まって意識を飛ばした所を、そのまま馬車に乗せてせっせと運んだけど……」
「大人になってからはもう無理だったからな」

 ジョルジュとそんな昔を懐かしんでいると、ジョエルが動いた。

「──ジョルジュ!  大変よ!  ジョエルが動いたわ!」
「なに!?  早すぎる!  あれは本当にジョエルなのか!?」

 クワッと目を大きく見開いたジョルジュがベタッと窓に張り付く。

「どこからどう見てもあなたそっくりの私たちの息子さんよ……」
「そうか!」
「ま!  あらあら……」

 なんと動き出したと思ったジョエルは、その場でギュッとセアラさんを抱きしめた。
 そんなジョエルをセアラさんも笑顔で受け止めている。
 笑顔だけど、少し照れ臭そうな仕草がまた可愛い。

(セアラさん……天使!)

 放っておくと、ジョエルは「セアラは天使」と言い続けてばかりなので、最近は全部聞き流していたけれど……これは言いたくなるのも分かる!

「まさかジョエルのこんなにもメロメロな姿を見ることが出来るとはねぇ」
「……ガーネットは母上と同じことを言うんだな」
「え?  お義母さま?」

 私が聞き返すとジョルジュは頷いた。

「ガーネットと出会ってから、俺が君の名ばかり口にしていた時の母上も同じことを言っていた」
「ふふ、寝ても醒めても私、だったものね?」
「そうだ。今も変わらないが」
「!」
「ん?  ガーネット?  顔が赤くなったぞ?」
「~~~っっ」

 ここでこういうことをサラッと言えちゃうのがジョルジュなのだと思うと何だか悔しかった。



 ───その後も、セアラさんも加わったギルモア家の楽しい日々は続く。



 ある日。
 朝の置物から復活したはずのジョエルがまだ、ぼんやりしていたので声をかけてみた。

「ジョエル?  あなたまだ置物中?  そろそろ邪魔なんだけど」
「……」
「セアラさんはとっくに朝の支度を終えて動いてるわよ?」
「……セアラ」

(こ、これは!?)

 キュッとジョエルの眉間に皺が寄ったので何かあったのかと不安になる。

「ちょっと、なに?  セアラさんと何かあったの……?」

 セアラさんに限って、もうジョエルには着いていけません!  なんて展開はなかろうと思いつつも、
 かつてジョルジュに着いていけずに泣いて走り去っていった多くの令嬢たちの姿を思い出すと絶対に無いとは言いきれない。

「いや……セアラは今日も可愛い!」
「………………そう」

 通常運転のジョエルにガクッとしながらも安堵した。

(そうよね、朝のセアラさんはいつも通りだったもの)

「それなら、何をぼんやりしているの?  あのジョルジュでさえもう動いているわよ?」

(───せっせと土を掘り起こしてるだけだけどね!)

 日中に掘り起こすといつも横で作業している庭師に埋められちゃうからと言って土掘りはジョルジュの朝の日課になった。
 けれど、結局後で埋め立てられていることにジョルジュはいつ気付くやら……

「……」
「……」
「……」
「……」
「…………どうしたら───」
「!」

(ん?  これは何かの悩みかしら)

 ジョエルの悩み相談なんて珍しいので私の目が輝く。

 ───まるで、親子みたいよ!

「セアラは俺に飽きずに、そしてもっと笑ってくれるのか……」
「ジョエル……?  飽きるって?」
「…………俺はつまらない人間らしい」
「は?」

(何を言ってるのこの子……面白くて飽きる要素がないわよ?)

 私はそう思っているけど、とりあえず話を続けることにする。

「つ、つまらない?  誰かにそう言われたの?」
「……」

 コクリと頷くジョエル。

「……この間、セアラと一緒に出たパーティーで」
「パーティー?  ああ、そういえば参加してたわね?  確かコックス公爵家主催の……」

 最近はデートだけじゃなく、積極的にパーティーにも参加するようになった二人。
 セアラさんも周囲の目を気にしなくなったのか、堂々として来て頼もしくなったわと感心していたところ。

「俺は、セアラの為に美味しそうな料理を見繕っていた」
「……」

 遠慮を知らないジョエル。
 あれもこれもとお皿にこんもり積み上げられた料理の様子が簡単に想像出来た。

「皿を持ってセアラの元に戻ろうとしたら、セアラは令嬢たちに話しかけられていた」
「まあ!  どこのお嬢さんたち?」
「知らん」

 即答。
 相変わらず覚える気ないわねぇ、と苦笑する。

「その時、令嬢たちがセアラに言っている声が聞こえた。ジョエル様ってつまらなくない?  と」
「……!」
「セアラは、笑って否定していた。自分の人生であんなに面白い人は他に知らない、と」
「セアラさん……」

(───ジョルジュも面白いわよ?)

「その言葉……俺は嬉しかった……が、ちょうどその時、主催のエドゥアルトが……」
「え?」
「頭に珍妙なカツラを被って登場した」
「は?」

 それを聞いて私は眉をひそめる。

(あの子、何やってんの?)

「余興だ。いつもの事だから大して驚きはない。が……」
「ああ、なるほど余興。そしてそれが彼の通常運転なのね?」
「毎回、何をしてもあちこちで笑いが起きる。セアラも楽しそうに笑ってた」
「……」

 ジョエルは顔を上げると大真面目な顔で私に問う。

「母上、やはり面白い人間というのはエドゥアルトみたいなのを指すのだろう?」
「……え」
「俺とエドゥアルトは…………違う。だが、セアラのとびっきりの笑顔はみたい……」
「……」
「母上!  ───どうすれば俺はエドゥアルトになれるんだ!?」


 こんなことを大真面目に聞いてくる息子、ジョエルのことが私は大好きだ。
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