誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

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76. 義娘のために

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「───お嬢様! あ、いえ。ギルモア侯爵夫人……ご無沙汰しております!」
「ええ、久しぶりね」

 私が店に入るとすっ飛んで来たデザイナーのダニー。
 もうとっくに私はウェルズリー家の令嬢ではないのに、どうしてもそう呼ぶ癖が抜けないらしい。

「今日のご要件は?」
「──約束、果たしてもらおう思って」

 ふふっと笑いながらそう口にする。
 すると、ダニーの頬は紅潮し目も大きく見開かれた。

「お、お約束とは……まさか」
「ええ、そのまさかよ」
「確かガーネット様のお子様は男性!  …………つまりお嫁さん!?  お嫁さんを迎えられるのですね!?」
「ホーホッホッホッ!  そうよ!  とても可愛らしい義娘、お嫁さんが出来るのよ!」
「ガーネット様!  おめでとうございます!」

 少々お待ちください!  
 これは……!  と目を輝かせて奥に引っ込んだダニーの戻りを待っていると、ジョルジュがなにか言いたそうな顔で私を見ていた。

「ジョルジュ。その顔はなにかしら?」
「いや、ウェディングドレスとはセアラ嬢の、だろう?」
「そうよ。当然でしょう?」

 あのジョエルと添い遂げられるのは、セアラさんしかいないわよ?
 それなのにジョルジュが眉間に皺を寄せている。

「ジョルジュ?」
「彼女は……結婚式にトラウマがあるのでは、ないのか?」
「!」

 私は驚いた。
 もちろん、それはセアラさんが結婚式にトラウマがあることを私が忘れていた……からではなく。

(ジョルジュが……人並みに心配をするなんて!)

 人の気持ちに鈍感なところのある夫から出たその言葉に私は驚いていた。

(ジョルジュに心配されるなんて───すごいわよ、セアラさん!)

「そんな彼女にジョエルとの結婚式をさせるというのは……」
「ジョルジュ?  ───だから言ったでしょう?  今日はあくまでも“相談”に来たって!」
「相談?」

 パチパチと目を瞬かせるジョルジュに向かって私は微笑む。

「そうよ。いくら私でもそんな勝手に決めたりしないわよ?」
「ガーネット……」
「でもね?  出来ることならセアラさんにとっての結婚式というものが“悲しいもの”で終わって欲しくないのよ」

 あんな最低な坊やとの結婚式なんてすっかり忘れて、ジョエルとの結婚式を行って記憶を上書きしちゃって欲しい。
 でも、心の傷はそう簡単には癒えないことも分かっている。
 式を行うのが難しいなら、せめてジョエルと並んでウェディングドレス姿を披露してくれるだけでも構わない。
 私はそう思っている。

「セアラさんとジョエルにはもちろん話を通すわよ?」
「……そうなのか?」
「ええ。だから今日は、話がどう転んでもいいように一年待ちの大人気デザイナーのスケジュールを押さえておくだけよ」

 ふふっと私は不敵に笑った。


─────


「ダ、ダダダダダダダニ……!?」
「む、ダニか!?  どこにいる!  始末!」

 話を持ち帰った私にセアラさんは目を丸くし、ジョエルは険しい表情でダニーのことをダニと勘違いして凄んだ。

「ジョエル。落ち着きなさい」
「だが、母上!  ダニが……!  セアラに害を及ぼすものは滅せねば……」

 窘めるとジョエルはクワッと目を大きく見開いた。

「ジョエル!  そもそもあなたは今までダニと戦ったことはあるの?」
「……ない!」
「なら、今はその口は閉じていなさい」
「……」

 素直なジョエルはそのまま口を閉じると静かに黙り込んだ。
 素直すぎて少し心配にもなる。

(ま、いっか)

「ふふ、そうよ。ダニー&エンブリーご存知かしら?」
「ごごごごご存知も何も……し、知らない人なんていません!」

 セアラさんは私が持ち帰った話に目を丸くして驚いている。
 “ウェディングドレス”という言葉に拒否反応がなかったことにはホッとした。

「そ、そんなに凄い方が……本当に?」
「本当よ?  話はばっちりつけてきたわ」

 セアラさんの顔が呆けている。

「ダニー&エンブリーと話をつけられる……お義母さまは本当に凄いです……!」
「ホホホホホ!  だってダニー&エンブリーは私が育てたようなものですもの!」

 私が笑うとジョルジュが言った。

「凄かったぞ!  ダニ何とかってデザイナーは、ガーネットのことを崇拝していた!」

(ダニ何とか……)

 そんなに長い名前じゃないのにジョルジュは覚える気はないらしい。

「ガーネットの頼みとあらば、王室からの予約すらも後に回すそうだ!」
「ひぇ!?  王室より!?」

 セアラさんが目を剥いた。
 私は小さく笑う。

「ダニーはね、もともと師匠に才能がないと言われて破門させられていたのよ」
「え?」
「それをね、子供だった私がたまたま拾ったの」

 ダニーが師匠から破門を言い渡されていたその時、デザイン画がその場に散乱していた。
 そこに描かれていたデザインはまだまだ荒削りではあったけど、どれも素晴らしいものだった。

 “あなた、いくところがないなら……このわたしのせんぞくデザイナーになりなさい!”

 チビガーネットだった私はダニーに向かって偉そうにそう言ったっけ……
 何だか懐かしい。

「絶対、将来は有名なデザイナーになると思ったけど……ふふ、まさかここまでとはね」
「その先見の明!  さすがガーネットだな!」
「ジョルジュ……」

 コホッ
 照れくさくなった私は軽く咳払いをしてからセアラさんに言う。

「無理に……とは言わないわ?  ウェディングドレスが無理なら夜会に着ていけるドレスをデザインしてもらえばいいしね」
「ひぇっ!?  どちらにしても恐れ多いです……!」

 セアラさんはずっと目を白黒させていた。




 部屋を出ていった二人を見送ったあと、私はジョルジュに声をかける。

「セアラさん───ウェディングドレスのこと、前向きな返事をくれて嬉しかったわ」

 結婚式をどうするかについてはまだ話せていない。
 けれど、ダニー&エンブリーデザインのウェディングドレスを作ることは決定した。

「何よりジョエルの無言の圧が凄かったからな」
「ええ」

 どうしても笑ってしまう。
 口を閉じるよう私からの受けた命令を素直に聞いていたジョエル。
 そのままずっと大人しくしているかと思えば……

 ───セアラのウェディングドレス姿……見たい。
 ───絶対に天使!  絶対に可愛い!  
 ───見たい!  見たい!  見たい!

 こんな感じの無言の圧をかけて来たわ。

「セアラさんもすっかりジョエルの顔を見るだけで言いたいこと分かるようになって来たようね」
「これで二人の子どもが“う”とか“あう”しか喋らなかったとしても安泰だな!」
「…………それとこれとは別でしょう」

(本当にそんな孫が生まれそうだわ)

 まだ気が早い話ではあるけれど、本当にそう感じた。

(それに、私の勘ってよく当たるのよねぇ……)

 でも、その時はその時。
 きっとセアラさんなら大丈夫。
 そう思えた。

「シビルさんたち──ワイアット伯爵家の面々はもう逆らってくる元気はないでしようし、駆け落ち失敗坊やも社交界での居場所は失ったみたいだから───」
「掃除完了だな!」

 ジョルジュの声が珍しく弾んでいる。

「言い方!」
「後は───順番に埋めていくだけだな」
「ちょっ……まだ、諦めていなかったの!?」

 その発言に私がびっくりするとジョルジュは当然だと頷いた。

「当たり前だ!  さあ、ガーネット!  身体を鍛えるぞ!」
「は?」

 ジョルジュの目が筋力トレーニングセットに向けられる。

「安心しろ。ガーネットの特製スコップはすでに注文済みだ!」
「ジョルジューーーー!」

 後日、私やジョエル、セアラさん用の特製スコップが本当に届いて、
 ギルモア侯爵邸では家族総出で庭掘りすることに。
 もちろん庭師は大喜び。

 ジョエルはなんの疑問も抱かず、せっせとジョルジュの言われた通りに庭を掘り進め、
 その横のセアラさんはスコップを握りしめながら「え?  え!  なにごと?」とひたすら困惑し続けていた。


 ───後にこの場所は、誰もが見惚れるくらいとても綺麗な花がたくさん咲くことになる。
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