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75. 私を誰だと思って?
しおりを挟むシビルさんとの対面を終えて馬車に乗り込んだ私は、クスクス笑いながらジョルジュに声をかける。
「……シビルさん、涙と鼻水で自慢の顔がぐっちゃぐちゃだったわねぇ」
「最後は気絶していたな」
ジョルジュが手に持ったスコップを見つめながら寂しそうに呟く。
「……伯爵夫妻さえ戻ってこなかったら今頃…………」
「ジョルジュ……」
シビルさんは、ジョルジュのもたらす得体の知れない恐怖に脅えて泣き叫び続けたせいで最後は気絶してしまっていた。
それを見た夫、ジョルジュは“埋めるチャンスが来た”と喜んだのだけど……
タイミングが良かったのか悪かったのか、ワイアット伯爵夫妻が帰って来てしまった。
(びっくりするくらい老け込んでいたわ~)
最初、どこのご老人夫婦が訪ねて来たのかと思ったわ。
でも───あの様子だと金策は上手くいってなさそうだし、一家の破滅は時間の問題かもしれない。
「ジョルジュ?」
「……」
ジョルジュは静かにスコップを見つめていた。
ただの土掘り道具のはずなのに───ジョルジュが持つともう凶器にしか見えない不思議。
そんなジョルジュは顔を上げると私に言った。
「それにしても、ガーネット。君の足捌きは相変わらず美しかったな」
「は?」
「今もずっと思い返していた」
「……」
じっと凶器を見つめて次の作戦を練っていたわけじゃなく、私の足捌きを思い返していた……?
おそらくジョルジュは私がシビルさんのドレスの裾を踏みつけた時のことを言っている。
「ガーネットには本当に惚れ惚れする……」
「ホホホ! あなた、もしかして私に惚れ直したかしら?」
冗談半分でそう口にしたら、ジョルジュは当然のように頷いた。
「当然だ! あの背中に衝撃の感触を味わった日から俺はずっと君の虜だ」
「~~出会った日と言いなさいよっっ!!」
「ガーネットは変わらず美しい」
「!」
ジョルジュは私の手を取って甲にそっとキスを落とす。
その際に上目遣いで見つめられて胸がドキッとした。
(くっ! 顔……顔がいい!)
不覚にもキュンとさせられた胸を押さえていると馬車が止まる。
「……ん? もう邸に着いたのか? 早くないか?」
キョロキョロしたジョルジュが、カーテンの隙間からそっと窓の外を覗く。
そして景色を見てカッと目を大きく見開くとそのまま叫んだ。
「───ガーネット! 大変だ! ここは邸ではないぞ!」
ジョルジュが、くぁぁ……と頭を抱えた。
(そうでしょうね)
実は“ある目的”があってまっすぐ邸には戻らずに寄り道をさせている。
「全然、知らん場所だ……これは───馬車ごと異国に迷い込んだに違いない…………」
「あ?」
「ガーネット……俺たちは国も超えた迷子になった!!」
「そんなわけないでしょーー! よく見なさい! それなりに見知った街中でしょうーーーー!?」
こんな短時間で出国してたまるもんですか!
ジョルジュの眉がピクリと動いた。
「街……? まち、だと?」
「なんでそんな不審そうな目をするのよ! どこからどう見てもいつもの街でしょ!」
「……」
ジョルジュがじっと外を見つめる。
残念ながら、全然ピンと来ていなさそうな顔をしていた。
「…………もう、いいから私に着いてきて」
「わざわざ、何か買いたい物でもあるのか?」
「……」
ジョルジュの顔が、欲しいものがあるなら商会の人間を呼び出せばいいだろう?
そう言っている。
「直接じゃないと駄目なのよ。さ、行きましょう? あ、スコップは留守番よ!」
「?」
私はさっさと馬車から降りてジョルジュに手を差し出す。
ジョルジュは流れるように私の手を取って馬車から降りながら首を捻った。
「……? ん? 待て。なんで俺がガーネットにエスコートされている?」
「決まってるでしょう? あなたを街に野放しにしたその瞬間、即迷子になるからよ」
「ははは、そんなはずないだろう!」
「自分の胸に手を当てて、これまでの人生をよーーく振り返ってごらんなさい!」
私がそう言うとジョルジュは、ピタッと足を止めて本当に胸に手を当てて黙り込んだ。
「…………オンギャ~と元気な産声をあげて俺は産まれた」
「遡り過ぎじゃないかしら!? あと記憶にあるわけ!?」
「…………以降、滅多に俺が泣かないので母上、オロオロ、常に涙目…………」
「!?」
(お、お義母さまーーーー!?)
初めて聞くベビージョルジュの話に思いっきり目を剥いた。
ちなみに、ジョルジュの両親である前ギルモア公爵夫妻は当主の座をジョルジュに譲ってからは領地でのんびり暮らしている。
「そ、それ……ジョエルと同じじゃない!」
「?」
顔を上げたジョルジュがキョトンとした顔で私を見てくる。
「だから母上たちも赤ん坊のジョエルを見ながらよく言っていただろう? ジョエルと俺はよく似ているな、と」
「……あ、れ!」
顔の話じゃなかったのーーーー!?
「ど、どおりで……“う”しか喋らないジョエルに私の両親は常に戸惑っていたのに、お義父さまやお義母さまは一切動じていなかったはずよ……!」
気にするな、大丈夫、そのうち喋る時は喋るから……
そんな反応だった。
人生経験の差でどっしり構えているのだとばかり思っていたのに!
「ちなみに俺の唯一の言語は“あう”だ!」
「あう~~?」
「そう聞いている」
ジョルジュが何故かここでどうだとばかりに胸を張った。
「“う”も“あう”も対して違わないでしょ……なんで威張っているのよ?」
「いいや、全然違う! そして俺の勝ちだ。なぜなら俺の方がジョエルより一言は多かった!」
「何の戦いよ!! もう! いいから、さっさと行くわよ!」
頭痛がして来たので、この話は切り上げて私はジョルジュの手をグイグイ引っ張りながら歩き出す。
「それで? いったいどこに行くんだ?」
「……」
その質問には答えずに私は無言で歩いた。
────
「ここよ」
目的の店に到着するとジョルジュが店の看板を見つめて顔をしかめる。
「ダニー&エンブリー? はて? どこかで聞いた名だな」
「……つい数時間前に聞いたはずなのにもう忘れたの?」
「……」
しばらく考え込んだジョルジュがハッと息を飲む。
「あの生き埋めにし損ねた娘が、ドレスがどーのこーのと言っていた名だ!」
「そうよ。王家御用達の大物有名デザイナーのお店よ!」
私はフフッと笑う。
「ガーネット、そんなに新しいドレスが欲しかったのか?」
「私じゃないわよ!!」
今日、ここに来たのは自分のためじゃない。
「ん? 違うのか? だが、それより一年待ちとか言っていなかったか?」
「ええ、普通なら……ね」
「ガーネット?」
不敵に笑う私を見て不思議そうな顔をするジョルジュ。
私はバサッと髪をかきあげる。
「ジョルジュ。あなたこの私を誰だと思って?」
「ガーネット!」
「ええ、そうよ。あなたとの結婚する前の私の名はガーネット・ウェルズリー」
「懐かしいな!」
「覚えてるかしら? …………私の実家、ウェルズリー侯爵家の使用人たちは皆、優秀なのよ?」
「!」
ジョルジュの眉がピクリと反応した。
「……まさか、ガーネット」
「ええ、そのまさか、よ。このダニー&エンブリーのデザイナーはね? 元々、侯爵家で私のドレスの専属デザイナーだったの───ふふ、大出世よね」
私は店の看板を見上げる。
「ちなみに、あの私たちの結婚式のウェディングドレスもデザインしてくれたのよ?」
「なに? そうだったのか!」
「ま、あの頃は今ほど有名ではなかったけれどね」
へぇ、とジョルジュは頷いた。
「それで約束したのよ。私の子どもの結婚式でもデザインをするって」
「ん? 子ども? と、いうことは、ガーネット……」
「────そうよ。今回は可愛い義娘のウェディングドレスについての相談をしようと思って来たのよ」
私はジョルジュに向かってにっこり笑った。
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