誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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74. 悲劇のヒロイン

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「……っ!?」

 私の微笑みを見たシビルさんがビクッと身体を震わせた。
 ホホホ。
 やはり、この子はただ、いきがっているだけの小娘ね。

「……」

 私はじっと無言でシビルさんを見つめる。
 目が合ったシビルさんの顔がどんどん青ざめていく。

「───ねぇ、シビルさん?」
「……!」
「あなたが“私”のことをどこまでご存知なのか分からないけど───」

 ふふっと私はもう一度微笑む。

「実のところ、私もそこまで褒められた性格をしていないのよ」
「え……、は?」
「かつて、この私のことを裏切った親友と元婚約者にはきっちり“お礼”をさせてもらったし?」

 お礼……と口にしたところでシビルさんの顔がピクッと引き攣った。
 ようやくそのお花畑満開の頭でも気付いたのかしら?
 今、自分がその立場にいることを───

「私も、これまであなたの大好きな“涙”を武器として使って来たわ」

 シビルさんの目が大きく見開く。

「はっきり言って私の性格は悪い方だとも思っているのよ?」
「いや、ガーネッ……」

 キッ!
 私は口を開こうとしたジョルジュを目で制する。
 ジョルジュはハッとして静かに口を閉じた。

(今は大人しく見守っていて頂戴!)

 ジョルジュが出てくると、絶対に話が斜め上に行ってしまうので今はまだ待ってもらわないと困る。

「ホホホ、私たちって似ているでしょう?  でもね?  やっぱりあなたと私は根本的に違うわ」
「な……何が、違うというんですか!」
「なにって……」

 ムキになって突っかかってくるシビルさんに向かってクスッと鼻で笑う。
 そして冷たい笑顔をシビルさんに送った。

「だって、シビルさん。あなた、いつだって“悲劇のヒロイン”ばかりを演じているじゃない?」
「……え?」
「メソメソメソメソして───泣いている私を見て?  ほら、私ってこ~んなに可哀想でしょう?  慰めたくなるわよね?  さあ、気の毒な私に同情して!  って感じで」
「……!」
  
 図星をさされたシビルさんの顔が歪む。

「あなたの涙は、そんな気持ちが全部透けて見えてくるのよね……とても慰めてあげたいとは思えないただの悲劇のヒロインごっこ。だから、下手くそのままなの!」
「っ!」

 シビルさんの顔が怒りと屈辱でカッと赤くなる。

「あら?  怒った?  でも実際、ジョエルはあなたがいくら涙を流しても反応しなかったでしょう?」
「っっ!」

 かつてのジョエルの見せた反応を思い出したのか、シビルさんの顔がますます赤くなった。

「ジョエルは本能だけで生きてるような子だから────あの子の中のあなたは、悲劇のヒロインにすらなれず、“全く悲しくなさそうなのに無駄にポロポロ泣いてる人”くらいの認識だったんじゃないかしら?」
「む、無駄に!?」

 ショックを受けた様子のシビルさんに向かってホホホ、と小馬鹿にしたように私は笑う。

「そうよ!  まさに涙の無駄遣い!  ただの流し損!  涙を使えば使うほどただ滑稽になっていくだけ……情けなくて愚かねぇ?  ホーホッホッホッ!」
「!」

 ギリギリッと悔しそうに唇を噛むシビルさん。
 私は更に畳み掛ける。

「悲劇のヒロインですって?  ばっかじゃないの?」
「え?」
「なんでそんな弱い女ばかりを演じ続ける必要があるわけ?  だって同情なんかで人の興味を引けるのなんてほんの一瞬なのよ?」
「……い、一瞬」

 シビルさんは呆然と呟く。

「ふふふ。だから、実際もとても脆くてすぐに壊れちゃったでしょう?」
「~~~っ」

 何をとは言わない。
 まあ、言われなくても充分、何が壊れたかは分かっているでしょうけど。

「いいこと?  この私はね、“悲劇のヒロイン”なんかにならないし興味もないのよ。なるなら、“ヒロイン”に決まっているでしょう?」
「ヒロ……イン」
「目指していたものが違うのよ。そこが私とあなたの大きな違いね」
「!」

 シビルさんの目の中にそれなら私も……という希望の光が宿ったのが分かった。
 なので、私は内心で呆れた。

(……やっぱり、おバカさん)

 でも、こういう子は一度上げてから突き落とすくらいのことはしないと分かってもらえない。

「あらあらシビルさん?  あなた、何か勘違いしていないかしら?」
「え?」
「あなた、もしかして今からでも自分が悲劇のヒロインではなく、普通のヒロインになれるかもって勘違いしていない?」
「そ、それは……」
「無理よ?  無理無理。あなたには無理」

 私がきっぱり否定すると、ピシッとシビルさんの顔がまた凍りついた。

「私は、自分に刃向かってきた人間にはとことん容赦しないわ。でもね?  嫉妬で罪のない人まで攻撃しようなんてくだらないことは思わないもの。ねぇ?  あなたはご自分が妹のセアラさんに何をしたのかもう忘れたの?」
「そ、れは……」

 シビルさんの目が泳ぎ出す。

「反省する……どころか、今だって新たな幸せを掴んだセアラさんのことを妬んであることないことを私たちに吹きこもうとしたわよね?」
「~~っ」
「自分の魅力を上げるどころか、未だに嫉妬して自分の価値を落としまくっている貴女がヒロインになれるかも?  笑わせないで?」

 オーホッホッホ!
 私は思いっきり笑う。

「な、なら!  セアラに謝るわ!  あ、謝ればいいんでしょう?」
「───あなたって、どこまでおバカさんなの?」
「ひっ!?」

 ドタンッ
 グイッとシビルさんに向かって私が近付くと、驚いた彼女はその場に尻もちをついた。
 私は冷たく微笑んで彼女を見下ろす。

「どうせ口先だけの薄っぺらい謝罪なんてつまらないもの、セアラさんは望んでいないわよ?」
「ひぃっ……!?」
「そもそも、もうセアラさんはあなたのことなんて眼中にないわ」
「え……?  眼中に……ない?」

 にこっと私は微笑む。
 だって、セアラさんはもうしっかり前を見てジョエルと幸せになることを考えてくれている。

「それでも、反省の意を見せたいというなら……そうね、シビルさん。これから、あなたに出来ることは……」
「───消えることだな!」
「ひっ!?」

(ジョルジュ!?)

 これまでずっと黙って見守ってくれていたジョルジュがここで口を挟んだ。

「き、消える……?  わ、私が、ですか!?」
「そうだ!」
「…………ひっ!?」

 大きく頷いたジョルジュの手には今もスコップが握られている。
 はっきり言ってこの場にはそぐわない物───スコップ。
 シビルさんは出迎えた時に怪訝そうにしたものの突っ込むことをしなかったスコップ。

 そんな怯えたシビルさんの目線が、おそるおそるそのジョルジュの持つスコップに向かう。 
 顔色がどんどん悪くなっていくシビルさん。

(何をされるの私……!  って顔をしてるわ……)

「き、消える……え、嘘っ……まさかそれで、け、消され……え?  え……」
「ん?  どうした?  急に威勢がなくなったな?」

 ジョルジュが不思議そうに首を捻る。

「……」

(ホホホ!  それはね?  突然、意味不明の恐怖に晒され始めたからよ……)

「ひ、ひぃぃ!?  や、なんか怖い、無理っ!」

 シビルさんは腰が抜けたのか立てずに床を這いつくばってこの場から逃げようとする。

 ───逃がさないわよ!

 ダンッ!
 私は咄嗟に足を伸ばしてシビルさんのドレスの裾を踏みつけた。
 逃げられなくなったシビルさんの顔が青ざめていく。

「ひ……」
「まだ、話は終わっていないわよ?  それなのにどこに行こうというのかしら?」
「ひぃ……」
「そうだぞ!  まだまだ、ここからが本番だ!」

 ジョルジュがスコップを押し出しながら同意する。

「ほ、本……番?」
「そうだ。伯爵夫妻が戻ってくる前に“処理”をしないといけない」
「しょ、処理……それで!?  い、いやぁぁぁーーーー」

 助けてぇぇぇぇーーーーごめんなさぃぃぃぃぃーーーー

 淡々と物騒なことを口にするジョルジュ(スコップ付き)によって、恐怖を植え付けられたシビルさんは嘘泣きではない本気の涙を流していた。

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