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73. 踊らされる息子の元婚約者
しおりを挟む(どんな面白い創作話が聞けるのかとほのかに期待したのに……)
本当にがっかりだわ。
私は内心でシビルさんに呆れながら、そっと隣のジョルジュの顔を見た。
目が合ったジョルジュが静かに首を横に振る。
“相変わらず下手くそな涙だ”
そんなジョルジュの心の声が聞こえた。
ジョルジュも一気にシビルさんへの興味を失ったようで、そのまま目線はワイアット伯爵邸の庭に向かった。
(ジョルジュ……絶好ポイントを探してる。掘る気ね?)
どこからどう見てもあの目はいい掘り場所を探しているようにしか見えない。
「お願いします! ぜひ───お二人から……ジョエル様に真実を……お話して差し上げて下さい!」
「!」
「今なら……まだ、間に合うと思います!」
ジョルジュの様子に気を取られていたら、目にいっぱいの涙を浮かべたシビルさんが強く訴えて来ていた。
何か他にも訴えていた気がするけど聞いていなかった。
(ま、いいわよね)
「あの子は……セアラは昔から純朴なフリをして実は私のことを影で嘲笑ってくるような子なんです……!」
「……そうかしら? 私の目にはそうは見えないけれど?」
仕方がないから少し話に乗ってあげましょう。
私は、“突然の事実を知らされて困惑する姑”を演じることにした。
「いいえ! そこが! それこそがセアラの……あの子のズル賢いところなのですわ!」
「そ、そんな! シビルさん…………それは本当に本当の話、なの?」
私は眉を下げて声を震わせながら聞き返す。
ここは困惑の表情浮かべるのが必須で最大のポイントよ!
(───さあ、シビルさん! 次の言葉をどうぞ!)
「……!」
私の反応に気を良くしたシビルさんの口元がほんの一瞬だけ緩んだ様子が見えた。
(チョロい子!)
「……は、はい。私がジョエル様の婚約者になってからも、私が彼の話をする度にセアラは“酷い人”“なんて冷酷”“人の血が通ってないんじゃない?”と本当は散々に言っていたのです……!」
「まあ!」
(それは、あなたでしょう……シビルさん)
私は顔を青ざめさせてから目を大きく見開いた。
「なんですって!? そ、それが本当なら……セアラさんは今、何のためにジョエルと婚約しているの?」
「もちろん……身分とお金、そして私への当てつけに決まっています!!」
「……」
(だから、それはあなたでしょう)
「────あの時、セアラが皆の前で披露した愛の話なんて全部嘘っぱちなんです! 全部演技に計算……本当のセアラはジョエル様のことなんて欠片も愛していません!」
(えー? セアラさん……ジョエルのことめちゃくちゃ愛してくれているわよ?)
ジョエルの愛もかなり変な方向に重いけど。
「わ、私はどうしても……どうしてもこのお話だけは……ヒック……つ、伝えなくちゃ……って……ヒック……」
「シビルさん……」
シビルさんは両手で顔を覆うと大袈裟に泣き出した。
酔ってるの? そう聞きたくなるくらい下手くそな泣き方だった。
ジョルジュにいたってはシビルさんが見ていないのをいいことに堂々と大きな欠伸をしている。
「───も、もう一度、私がジョエル様の婚約者になろうだなんて、そんなおこがましいことは考えていませんわ……でも、でも、でもやっぱり真実はきちんとお知らせしないと……」
「……」
なるほど。
シビルさんはジョエルの婚約者の座をもう一度狙うことが目的なのではなく、ただただセアラさんをこのまま幸せにさせるものか! というくだらない嫉妬なのね?
(だから、ワイアット伯爵夫妻がこの場に立ち会っていないんだわ)
どうやらシビルさんは両親が不在がちなのをいいことに勝手に計画して動いたようねぇ……
金策に走り回っているということは、彼らは慰謝料を払ってこの件を終わりにしたいと思っているはず。
それなのに……シビルさんはこうして引っ掻き回して台無しにしようとしている。
(とことん親不孝な娘さんだこと……)
しかも……
セアラさんが本当は酷い人間だという明らかな証拠を出してくるわけでもないことから、
私は涙一つでそんな話を信じるようなチョロい女と思われてたということよね?
(───心外だけど、それならお望みの少しチョロい女をもう少し演じてあげましょうか)
「あ───あなた、どうしましょう! シビルさんの話が本当なら……私たちはすっかり騙されてしまったことになるわ……!!」
「ガーネット?」
私は、身体を震わせながら目を軽く潤ませてじっとジョルジュの目を見る。
ジョルジュはパチパチと目を瞬かせた。
「ああ。どうやら、そのようだ。ジョエルは、これまで女性の免疫が無かったからな」
「ええ……」
よし! さすが私の愛する夫ね。
私のお遊びの意図を汲んでくれたわ。
「なるほどな。だから、セアラ嬢はあんなにもジョエルのことを振り回しているんだな?」
「え、ええ! そうですわ! それも全部、セアラの計算なのです!」
シビルさんが胸の前で両手を組んで媚びるようなうるうるの目でジョルジュに訴える。
「そうか、全部計算だったのか……」
「はい!」
「ジョエルが商会の人間を呼びつけて、セアラ嬢のためにと世界最高級の宝石を使ってアクセサリーを作らせようとしていたことも彼女の計算か」
「え? さ、さいこうきゅう……?」
シビルさんの顔が固まった。
「ああ。これは、なかなかとんでもない金額になるぞ? とジョエルに言ったら、清らかなセアラの為ならいくら払っても惜しくないと言い出していた」
「え……」
(あれは驚いたわね……セアラさんの懸命の説得でどうにか思い留まらせたけどね)
ジョエル様、さすがにそれは重すぎます!
と、訴え続けたセアラさんに対して、
重たいのは確かにセアラが疲れるだろうな……とボヤいて断念した息子の姿を思い出した。
(重いの意味が全然違うのよ、ジョエル……)
「そういえば、ジョエルは有名デザイナーのドレスも何着も新調させようとしていたな……あれも計算のだったのか……」
「え……ゆうめい……でざいなー……?」
「そうだ。今、我が国の貴族令嬢たちがこぞって憧れている、なんちゃらという名のデザイナーのドレスだ」
「はっ! そ、それって、ま、まさか! ダニー&エンブリー!?」
(違うわよ……? さすがにそんな大物じゃないわよ?)
シビルさんが挙げたデザイナーは王室御用達デザイナー。
ジョルジュは、なんちゃらとしか言っていないのに勝手にデザイナー名を決めつけては誤解し始めるシビルさん。
(さすが適当担当のジョルジュね! )
「な、なんで……? 王室御用達ダニー&エンブリーのドレスは、デザイン一着お願いするのだって一年待ちは当たり前のデザイナーなのよ……?」
嘘……嘘よ……! と頭を抱えるシビルさん。
ジョルジュの言葉に踊らされて大きなショックを受けている。
おそらく今、シビルさんは自分にも有り得たかもしれない未来を想像して悔しがっている。
(……おバカさんねぇ、そんな欲望の塊のような女にあのジョエルがなびくはずがないでしょう?)
「困ったな。ジョエルはいくら金をつぎ込んでも惜しくないほどセアラ嬢に惚れ込んでいるんだぞ?」
「そうよねぇ、まさかセアラさんが全部計算の上だったなんて……これは驚きよ、あなた」
「ああ。信じられん」
ジョルジュが大真面目な顔で頷く。
(そりゃそうよ。シビルさんの大嘘だもの)
「───でも、ジョエルはそれでも幸せそうだし、別にこのままでもいいんじゃないかしら? ね、あなた!」
「え!」
シビルさんがギョッとした目で私を見てくる。
ちなみに彼女から嘘の涙はすっかり消えている。
「そうだな。我々は特に金には困っていないからな。ジョエルが幸せなら別に……」
「待っ……え? ちょっ……」
シビルさんが勢いよく立ち上がる。
その顔は強ばっていた。
「──待ってください! な、なんで……! まさか、そのまま二人の婚約を継続させる気なのですか!?」
「ええ」
「どうして! どうしてですか! せっかく私があの子の本性をこうして明らかにして……納得してくれていたじゃないですかっ!」
「……」
私はクスッと笑ってからソファから立ち上がる。
そしてコツコツとヒール音を鳴らしながらシビルさんの元に近付いた。
「シビルさん。あなたって本当にここまでの人生、楽にチョロく甘く生きてきたのねぇ?」
「!?」
「そんな下手な涙の演技と口先だけで騙せるほど世の中って甘くないのよ?」
カッとシビルさんの顔が赤くなる。
「ふふ、その顔。とってもとっても悔しそうねぇ」
「……っ」
「だって、本当にあなたの嘘泣きって下手くそなんだもの」
「……っっ!」
「まあ、あの坊やみたいなおバカさんはコロッと騙されていたから───それなりに頑張ってはいたみたいですけど?」
シビルさんが私を睨みながらギリッと悔しそうに唇を噛んだ。
「そんな顔で睨まれても困るわ。事実だもの」
「!」
「あら、もしかしてご不満?」
「……っっ!!」
「ふふふ。それなら、シビルさん。あなたの思い描いてきたことが何一つ上手くいかなかった一番の理由……この私が最後に愚かな貴女に教えてさしあげるわ?」
だって、心はバッキバキに折っておかないといけないものね?
私は黒いオーラを放ちながらにっこりと微笑んだ。
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