誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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71. 諦めが悪かった

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 色々と変な方向に走ったけれど、セアラさんの元婚約者───駆け落ち失敗坊やの件は片付いた。

(そうなると次はシビルさんとの対決───)

 来るべき日に向けてセアラさんの演技特訓は続いている。
 照れと恥ずかしさのせいで、最初こそぎこちなかったセアラさんも最近はいい感じになって来た。

(ふふふ、素直な子は吸収が早くて楽しいわ)

「ガーネット?  何だか嬉しそうだな」
「あら、ジョルジュ」

 私が思い出し笑いをしていたら、ジョルジュが私の顔を覗き込んで来る。

「最近、毎日のように屋敷内の至るところでガーネットとセアラ嬢の高笑いが響いている。とても楽しそうだ」
「ホホホ、可愛い義娘との時間───楽しいわよ?」
「義娘……」

 ジョルジュがポツリと少し寂しそうに呟いた。
 私は、フフッと笑ってジョルジュの両頬に手を添えて、グイッと顔を近づける。

「そうよ、ジョルジュ。忘れてない?  あなたにとってもセアラさんは義娘になるのよ?」
「!」
「お・と・う・さ・ま!  そう呼ばれる日も近いわよ!」
「お……」

 クワッとジョルジュの目が大きく見開いた。

「おとうさま……俺がおとうさま……」
「ジョエルは無口な上にあなたを呼ぶ時は父上……だから新鮮よね」
「おとうさま……おとうさま……おとうさま……」

 何だか嬉しそうに繰り返すジョルジュ。
 その姿がなんだか可愛い。

(これは、近いうちにセアラさんに“お義父さま”と呼ばせたいわね)

 その時のジョルジュの反応を早く見たくて見たくてたまらなかった。



 そんなジョルジュをしばらく眺めていたら、使用人が手紙と荷物を持って来た。
 差出人は私の実家───……

(お兄様!)

「……ああ、来たわね」

 私はニヤリと笑う。
 シビルさんやセアラさんの両親が押しかけてくる前に間に合ってよかった。

「ジョルジュ───」
「おとうさま……むすめ……俺、おとうさま……」
「……」

 未だにブツブツと呟いているジョルジュ。
 そろそろ話を進めたいので、パンパンと手を叩いて呼びつけた。

「はいはい、妄想はそれくらいにしてそろそろ戻って来なさい、ジョルジュ」
「はっ!  ……ガーネット?」

 私はにっこり笑うと荷物に同封されていた封筒をジョルジュに見せる。

「お兄様。セアラさんの養子の件、話をつけてくれたそうよ」
「おお、そうか!」
「セアラさんはこれですっぱり実家と縁を切ることが出来るわね」

 ジョエルの婚約者となる話を受け入れる時、セアラさんはジョルジュに一つだけお願いをしていた。
 それが、実家を捨てて他家の養子になること……だった。

「───両親は、慰謝料請求の回避とギルモア侯爵家と縁戚になれることを喜ぶだろうから、それをぶっ潰してやりたいんです!  と言われたな」
「ぶっ!?  ……言い方!」

 セアラさんの気持ち的にはそんな感じでしょうけど、明らかに言い方がおかしい。
 とはいえ、ジョルジュの言い方はあれだけど……

「ぬか喜びさせておいてから地獄を見せる……ふふ、これはいい仕返しだわ」

 私はセアラさんのそういう考え方が出来るところも気に入っている。

「利用していたつもりの娘が、もう自分たちの娘ではなかったと知った時のワイアット夫妻の顔は───見物よね」

 想像するだけで高笑い止まらないわ。
 オーホッホッホ!

「ところで手紙以外に届いた荷物は何だったんだ?」
「え?」

 ジョルジュが私の実家から届いた箱を指さす。

「ああ…………これよ。可愛いでしょう?」

 私はクスッと笑って中身を取りだした。

「……ぬいぐるみ!」
「そうよ。お兄様によるとこれは“セアラさん”なんですって」
「……家族」
「お兄様からジョエルへの婚約祝いも兼ねているみたいよ」

 そんな話をしながら、私は懐かしいことを思い出す。



 そう、あれは甥っ子とようやく都合がついて、るんるんで初対面のジョエルに会いに来たお兄様───

『───ジョエル!  君のおじさんだぞ!』
『う』
『う?  ……えっと……人見知りかな?  ガーネット、君の母親の兄だ。おじさんと呼んでくれ』
『う』
『……っ!?』

 ジョエルの反応に困ったお兄様が助けを求めるように私の顔を見た。
 この頃のジョエルと言えば……う!

『ガーネット!?  なぜ、ジョエルは、う、しか言わないんだ!』
『お兄様だけじゃないわよ?  母親の私だって“う”と呼ばれるんだから』
『なに!?』

 お兄様がもう一度、ジョエルの顔を見る。

『ほ、本当なのか……ジョエル……くん?』
『う』
『……』

 ジョエルから真顔の“う”を貰ったお兄様がもう一度私の顔を見る。

『ならば、なぜジョエルは笑わない?  せめてここは赤ん坊らしくニパッと……』
『無茶を言わないでお兄様。これがジョエルの通常なのよ?』
『つう……じょう?』
『ええ、通常』

 お兄様はしばらく頭を抱えて考え込んだ。

『父上たちが、まだ会いに行くのは早い!  と必死に止めて来たのはこれが理由か……』  
『お父様たちも、じーともばーとも呼ばれなくてがっくりして帰っていったわ』
『そ、そんな……』
『う!』

 その時、ジョエルは少し力強い“う”を発言し、何かを訴えるようにパタパタ手足を動かし始めた。

『う!』
『ガーネット?  笑顔ではないが急にジョエルがパタパタし始めたぞ?』
『あら、そうね』
『う!  う!』

 ジョエルはしきりに何かを訴えている。

『……ジョエルは何を訴えているんだ?』
『そうね、えぇと、これは』
『もしかして、おじさま!  おじさま! と言っているんだろうか?』

 期待溢れる目でジョエルを見るお兄様。

『いや───義兄上、すまない。ジョエルのこれは腹が減った“う”だ』 
『な、なに!?』

 私の横で静かに見守っていたジョルジュがジョエルの解説を始める。
 おじさまと呼ばれたわけではないと分かりがっくり肩を落とすお兄様。

『う……!』
『ん?  だが、そうか。おじ上に会えたことは嬉しいのか』
『う!!』
『ああ。義兄はガーネットによく似ているからな』
『う!!!』
『目元口元がよく似ていると俺は思っているぞ?』
『う?』
『鼻筋も?  ああ、言われてみればそうだな』

 淡々と無表情で父子の会話を弾ませるジョルジュを見てお兄様はしばらく呆然としていた。



(懐かしいわね……)

 私はクスクス笑いながら、今も変わらず部屋に飾られている私たち親子のクマのぬいぐるみ。
 そのジョエルクマの横にセアラさんクマを並べる。

「あら、ピッタリ!  ふふ。こうして家族は増えていくのね?」
「そうだな」
「後でジョエルとセアラさんにも見せましょう!」

(ついにあなたの隣に並んだわよ、ジョエル!)

 その後、養子の件でセアラさんとジョルジュを呼び出しついでにクマのぬいぐるみを見せたら、セアラさんはとても嬉しそうに喜んでいた。
 ジョエルは……

「確かに可愛いぬいぐるみ……だが、実際のセアラの方がもっと可愛いな」
「ジョエル様!?」

 なんて言葉を当然のように口にして、セアラさんを赤面させていた。




 それから数日後。

 セアラさんの元家族───ワイアット伯爵家の面々がやって来て、
 彼らは思った通り、とても楽しく私たちの計画の手のひらの上で踊ってくれた。
 結果、セアラさんに対してなかなか謝罪をしなかった彼らの慰謝料は、怒ったジョエルの手によって面白いほどの金額にまで跳ね上がる。

(向こう十年はかかると思っていたジョエルも、無事に愛を自覚しセアラさんと気持ちを通わせたし……)

 これにて全て一件落着!
 あとは、ジョエルとセアラさん二人の結婚を進めるだけ!


 ───のはずだった。
 しかし……


「あらあら、ジョルジュ。見て?  ふふ、とーっても面白い手紙が届いたわよ」
「面白い?  ガーネットの元にはそんな手紙ばっかり届くな。さすがガーネットだ!」
「面白い手紙が届くのがさすがって……どういう意味よ」

 私はジョルジュを睨みつけながら、差出人の名前を見せる。
 それを見たジョルジュが眉をひそめた。

「……随分と諦めが悪いようだな」
「そうねぇ……」
「なぁ、ガーネット。やはりあの時、追い返すのではなく庭に埋めた方がよかったのではないか?」
「……」

 ジョルジュの視線が、庭師によって花の種を植えられてしまった庭の片隅に向かう。

「未練タラタラね───なら、この私があちらさん自ら土に埋まりたくなるくらいペシャンコにしてあげましょうか?」
「ガーネット!  よし!  俺はスコップを用意してくる!  待ってろ!」
「……」

 嬉しそうにスコップを探しにいくジョルジュを見送ったあと、私はもう一度手紙に視線を向ける。

「諦めが悪い……というか単なる悪あがき……かしら?」

(さてさて、何を聞かせてくれるやら……ね)

 その手紙の差出人は、シビル・ワイアット。
 これはワイアット伯爵家からギルモア侯爵家へ向けた手紙ではなく、
 シビルさん個人からの私への手紙だった。
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