誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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70. あっちもこっちもパニック

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 結論から言うと、
 《駆け落ち失敗坊やのお涙頂戴の茶番劇》
 では、私の期待したようなあっと驚くような坊やの言い訳は無かった。

(むしろ、ベッタベタ!)

 ふわぁ……
 駆け落ち失敗坊やの言い訳があまりにもつまらなすぎて、私は何度も欠伸を噛み殺す。
 坊やから出てくる言葉は、
 騙されただの、悩んでいただの、目が覚めた……だの。
 なんの捻りもない言葉ばっかり。

(失格ね……)

 ここまでベッタベタのつまらない話が続くと、浮気の弁明のためのような本でも発売されているんじゃないかしらと疑いたくなる。

(そうね、タイトルは『浮気の心得』とかそんな感じ?)

「……ん?」

 そんなことを考えていたら、隣のジョルジュが私に熱い視線を送ってきた。
 コソコソ声で声をかける。

「……(ジョルジュ、なぁに?)」
「……(眠くなってきた。寝てもいいか?)」
「……!」

 この場には、駆け落ち失敗坊やの家族までいるというのに。
 私の愛する夫は当主のくせに堂々と職務放棄を願いでてきた。

「……(ダメに決まってるでしょう!!)」
「……(だが、眠い、つまらん)」

 ふわぁ……
 ジョルジュが欠伸をして目を擦っている。
 欠伸を誤魔化すつもりすらないらしい。

 その中でも続く、駆け落ち失敗坊やの下手くそなお涙頂戴劇。

「……(見なさい!  それでも、セアラさんは頑張って耐えているわ!)」
「……(それはそうだが、セアラ嬢の顔中からもつまらんオーラが出ているぞ?)」
「……(ま、まあ、ね)」

 素直な性格のセアラさんは坊やのくだらない言い訳が進めば進むほど、渋い表情になっていく。
 あ!
 今、欠伸を我慢したわ!

「……(ここまでの唯一のハラハラは、セアラ嬢の演技力だったな)」
「……(否定はしないわ)」

 駆け落ち失敗坊やに気持ちよく言い訳を語ってもらうために、
 セアラさんには“まだ、裏切られたショックから立ち直れていない”というフリの演技をお願いした。
 だけど……
 それはそれは見事なくらいの棒読みだった。
 自分に酔っている坊やは気づいていなかったのが救いだ。

「……(だが、ガーネット!俺はびっくりした!) 」
「……(何がよ?)」

 妙に興奮しているジョルジュ。

「……(なんと!  セアラ嬢のあまりの棒読みっぷりに驚いた瞬間のジョエルの目が、いつもより1ミリほど大きく開いていたんだ!!)」
「……(は?  いや、ジョルジュ──私はあなたのその観察眼にびっくりよ……)」

 1ミリの誤差って何よ。
 なんで分かるのよ。
 ジョルジュの視力はどうなっているわけ?

「……(ジョエルの目を通常よりも1ミリも大きく開かせるとは……セアラ嬢はなかなかやるな……!)」
「……(お願いだから、もっと違うところで褒めてあげて?)」

 ジョルジュは分かっているのかしら?
 そんなことより、セアラさんはもっとすごいことをジョエルにしてくれているのよ?

(とはいえ、セアラさんのこのままの演技力ではシビルさんと戦うのは厳しいわね)

 同じ涙を扱う者として、シビルさんがこの先取ろうとする行動は想像がつく。
 セアラさんはそれを迎え撃つことになるはずよ。

(セアラさんは一見、弱そうに見えるけれど芯は強い子だからそこを活かした演技指導を……)

 駆け落ち坊やの言い訳に飽きた私は、頭の中で次の計画に移る。
 どうせ、坊やたちはこの後セアラさんとのやり直しを要求するに違いない。

 私はため息をこぼしながら続ける。

「……(全く!  どうして浮気者って素直に自分のしたことを認めないのかしら?)」
「……(───認めたら負けだと書いてあるからな)」
「……(は?)」

 私は顔を上げて横を向き、ジョルジュの横顔をじっと見つめる。

「……(書いてあるって?)」
「……(決まってるだろう?  本だ!)」
「……」

 どうやら本当に本は存在したらしい。
 そしてジョルジュはその本を知っている?
 これは聞かずにはいられない。

「……(なんでそんな本をあなたが持ってるのよ!)」
「……(なんで?  俺の人生の指南書の結婚生活編で書かれていた)」
「!」

 ジョルジュはきょとんとした顔で言い切った。

(あ、あれかーー!)

 このジョルジュ・ギルモアを作りあげたあの本ね?

「……(どうも、本によると男は別の新たな刺激を求めてさ迷うらしい)」
「……(そのまま、永遠にさ迷ってろと言わせてもらうわ)」
「……(だが、読んでみたが俺にはさっぱり気持ちが分からなかった)」
「……(え?)」

 私が聞き返すとジョルジュは当たり前のように言った。

「……(当然だろう!  美しさも賢さも俺に与えてくれる刺激も……ガーネット以上の人が存在するはずがない!)」
「っ!  ……ジョル……」 

 いい歳して思わず胸がトキメキそうになった。
 しかし……
 “俺に与えてくれる刺激”

 なんて聞き捨てならない言葉なのかしら。
 そして、私には分かる。
 本の中で綴られている刺激とやらとジョルジュの思い描いている刺激は絶対に別物だと。
 絶対に刺激ってそんな物理的な意味じゃないはずよ?

(でも、これが私の好きになったジョルジュなのよねぇ)




 その後、セアラさんは駆け落ち失敗坊やのことをはっきり拒絶し、慰謝料請求の上乗せまで宣言。
 これにて本日はお開き……と思ったら。


「いい加減にしろ!  貴様は自らの手でセアラに堂々と触れられる資格を捨てたんだ!」

(ジョエル?)

 女々しい坊やが、最後の最後までセアラさんに縋ろうとしたせいで茶番劇の舞台にジョエルが参加。
 たくさん喋った!
 これはなんて珍しい光景……!

「今、このセアラの清らかな手に触れられる権利があるのは貴様ではない───俺だ!」

(清らかな……手?)

 勢いに乗った無口なはずの息子、ジョエルは感情をあらわにして更に捲し立てていく。

「───この、ずっと聞いていたくなるほどの心地好い声でセアラに名を呼ばれるのも……まるで、この世の全てを浄化する程の天使のような笑顔でセアラに微笑まれるのも……」

(あああ……)

 うちの息子、めちゃくちゃ勇気を出してかっこいいことを言っているのに、肝心の天使(セアラさん)が目を回しているじゃないの!
 私には分かる。
 今のセアラさんは、ときめきのキュンを通り越して絶賛パニック中だと!

「いいか?  覚えておけ!  ────これからはそのセアラのどれも全てが、俺だけの特権だ!」

(ジョエル、かっこいいこと言ってるのにーーーー!)

 セアラさんの顔が言っている。
 どこのセアラさんの話なのーー!?  と。

(あなたのことよ、セアラさん!!)

 届かないと分かっていても思わずにはいられない。

「……(なあ、ガーネット!)」

 アワアワする私の横から弾んだ声が聞こえてきた。
 もうこの段階で嫌な予感しかしない。
 私はそっと無言で横を向き、愛する夫の顔を見つめた。

「……(今、ジョエルは言った。セアラ嬢は清らかな手を持ち、心地よい声でこの世の全てを浄化する程の天使の微笑みを持つと」
「……(え、ええ)」
「……(清らかで浄化───つまり、天使そのもの!)」
「……」

 そこまで興奮したジョルジュは大真面目に言った。

「……(セアラ嬢───俺たちの未来の義娘は、天使……人外だったのか!)」
「……(あ?)」
「……(なんてジョエルとお似合いなんだ!)」
「……!?」

(じ、人外なのに……お、お似合い……!?)

 混乱する私の横で、ジョルジュはキュッと眉をひそめる。

「……(だが、ジョエルは最近、人間になってしまったからな…………なぁ、ガーネット……これが、いわゆる身分違いの恋というやつなのか!?)」
「……(み、身分……恋、え?)」
「……(ガーネット!  俺はジョエルの味方だ!  身分違いの恋だって応援するぞ!)」

(ジョルジューーーー!?)

 無口無表情だけど、最近恋というものを知った乙男息子・ジョエルが必死に頑張った結果、
 今、まさにジョエルのとんでも発言にパニックにさせられているセアラさん。

(この場合、身分違いじゃなくて……人種違いでしょ!  ……いえ、違う。そうじゃない。その前にセアラさんはそもそも人間なのだから……え?  あれ……?)

 しかし、その脇では私も愛する夫にパニックにさせられていた。
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