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69. 恋する乙男

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「心配だわ……」
「何がだ?」

 ジョエルが頑張ってお誘いしたデートに向かった二人をこっそり見送った私は小さく呟いた。  
 そんな私の顔をジョルジュがそっと覗き込む。

「ガーネットは憂い顔も美しいが、やはり一番美しいのは得意気に高笑いしている時だと俺は思うんだが」
「ホホホ、この私がいつだって美しいのは当然でしょう!」

 結婚して何年経とうとも、子どもがどんなに大きくなろうともそれは変わらないわ。
 美の努力を怠ったことはなくってよ!
  
「見てなさい。絶対に孫にも“うつくしいおばあさま”と言わせてみせるわよ!」
「……」

 私が意気込んでいると何故かジョルジュが眉間に皺を寄せた。

「……」
「……なによ、失礼ね。その難しいだろうなと言わんばかりの顔は!」

 ジョルジュの眉間の皺をグイグイ伸ばしながら文句を言うとジョルジュは言った。

「ガーネット。俺たちの孫……それはすなわち、ジョエルの子どもだぞ?」
「は?」
「ジョエルの子どもだ」

 わざわざ二回も念を押された。

「分かっているわよ。ジョエルの子ど…………はっ!」

 私の脳裏には、ほとんど泣くこともせず、何を訊ねても「う」しか発さなかった無表情ベビージョエルのかつての姿が浮かぶ。

「ホ、ホホホ!  何を言っているの?  いくらなんでも母親……セアラさんの血が……」

 そう言いながらも、私の頭の中ではどんなに孫に話しかけても「う」しか返って来ないジョエルそっくりの姿ばかりが浮かぶ。

(そ、そうだった)

 私の血が入っているはずなのに、ジョエルは……

(……まさか、孫までも……?)

「───ま、まあ、その時はその時よ!  今度は私も“う”で会話して見せるわよ!  それよりも」

(あの奥手そうなジョエル……)

「…………無事にセアラさんと結婚出来ても、そもそも孫誕生が遠そうな気がするよねぇ……」
「それは仕方がない。ジョエルはようやく人並み……いや、人間になったばかりだからな!」

 ジョルジュが腕を組みうんうんと頷く。

「そうよね」
「で?  ガーネットは何を心配していたんだ?」

 そして話が振り出しに戻る。
 私はため息を吐いた。

「街には色んな人がいるでしょう?」
「そうだな」
「こういう時って不思議とね、会いたくないなって思っている人にばったり再会しちゃったりするものなのよね」
「?」

 首を傾げて、分からんという表情をするジョルジュ。 
 私は苦笑する。

(ジョルジュは人付き合いが多くないものね)

 この感覚はピンと来ないのかも知れない。

「ジョルジュ。セアラさんが元婚約者に慰謝料請求書を送ってからもう何日経ったかしら?」
「ん?  そういえば全然返事が来ないな……埋もれるはずだった小僧たちはとっくに脱出したんだろう?」
「ええ……それぞれの家に戻ったわ」

 その報告からも私の想像通り、お花畑カップルの仲はもう壊れていると推測出来た。
 私は目を伏せる。

(それでいて、ここまで慰謝料請求に無反応ということは……)

 駆け落ち坊やとセアラさんのヨリを戻させるつもりに違いない───

「そうはさせない……セアラさんはもう、ジョエルの大切な人なのだから」
「ガーネット?」


 そんな私の予感は当たっていて、
 嬉し恥ずかしドキドキデート中、ジョエルとセアラさんは街中でバッタリとセアラさんの元婚約者……駆け落ち坊やに会ったと聞かされた。


────


「……母上!」
「あら、ジョエル?  とうかした?」
「ジョエル?  こんな時間に珍しいな」

 デートの日の夜。 
 ジョエルが私たちの部屋を訪ねて来たのでジョルジュと共に迎えた。
 私は先日のお説教の時のように、椅子に座って足を組みふんぞり返る。

「ホホホ、今日のデートの成果の報告かしら?」
「……」

 コクリ。
 頷いたジョエルは、そのまま自らそっと床に座る。

(あら?  今日は床に座れとは言っていないのに……)

 相変わらず素直で真っ直ぐな子だわ。
 そう微笑んでいたら、床に座ったジョエルを見てジョルジュがハッと息を呑む。
 そして、何故か慌てて自らも床に座りジョエルの隣に並んだ。

(んん?)

「ちょっとジョルジュ?  あなたは何をしているの?」
「───ここからの角度の方が、より美しいガーネットを拝める予感がした!」
「は?」
「思った通りだ。ゾクゾクする」
「……ジョルジュ?」

 こっちはジョルジュの言っている意味が分からす眉をひそめる。

「俺のことは気にするな!  さあ、ジョエル。デートの成果とやらの報告を続けろ」
「……」

 コクリ。 
 ジョエルが頷く。

「……」
「……」
「……」

 しかし、ジョエルはなかなか話を切り出せない。
 このままでは夜が明けてしまう。
 仕方がないのでこちらから、話題を振ることにした。

「───そういえば、セアラさん。可愛らしい髪留めを着けていたわね?」
「!」

 ガバッと顔を上げるジョエル。
 なんとその顔の両頬が赤く色付いていた。

(これはまた珍しいものを見たわ……)    

 思わず口元が緩む。

「ふふ…………あれは、ジョエル。あなたがブレゼントしたの?」
「……!」

 コクコクコク……!  
 今すぐ首がもげそうな勢いでジョエルが頷く。

「セアラ……す、好きな……か、可愛…………にあ、にぁ…………にぁ……」
「おいジョエル、猫になってるぞ?」
「にぁ……」

 ジョルジュに指摘されてしまうくらい息子が猫化したので慌てて私は引き継いだ。

「ええ。可愛らしいセアラさんにとてもよく似合っていたわ。それで?  今度はちゃんと似合うと言えたかしら?」
「!!」

 コクコクコク……!!

「そう、言えたのね?」

 なるほど、ジョエルはこの報告に来たらしい。

「やっぱりプレゼントは一緒に選んだ方が最高ね!」

 チラッと私の目線が筋力トレーニングセットへと向かう。
 情けない男の汚名返上を目指していたジョエルは、セアラさんにプレゼントを贈ろうと思ったのか、商会の人間を呼ぼうとしていた。

 ──このままでは、筋力トレーニングセット並みのお笑いグッズがセアラさんへの初プレゼントになってしまう!

 そう直感した私は慌てて止めに入っていた。
 よくよく考えればあの時の私の言葉もデートを決意させるきっかけだったのかもしれないわね。

(ふ、ふふ、しかし正解だったようね……)

 セアラさんなら、そんなズレたプレゼントでもきっと笑って楽しそうに受け取ってくれる。
 そういう子だと分かっているけれど、やはり初のプレゼントくらいは……そう思った。

「でも、ちょっと意外だったわ」
「?」

 ジョエルがきょとんとした表情で私を見る。

「ジョエルのことだから、もっとあれやこれやと見繕ってどーんとお金を使ってたくさんプレゼントをすると思っていたわ」
「なるほど!  貢物だな!」

(貢物って……下僕みたいね)

 ジョルジュの言い方に苦笑しつつジョエルの反応を待つと、ポポポと更に頬を赤くしたジョエルが小さな声でポツリと言った。

「セアラ、は、気持ち、だと……言った」
「気持ち?」
「こういうのは、値段……じゃない、と」
「!」

(セアラさんーーーー!)

 私は感激した。
 なんていい子!  
 失礼ながら、本当にシビルさんの妹なの!?

「そうよ、ジョエル。あなた、ちゃんと学んだじゃない!」
「セアラ、笑う……可愛い」
「ええ、可愛いわね?」
「…………俺、も嬉しい」

(ジョエル……!)

 両頬を赤く染めてそう口にする息子は、どこからどう見ても恋する乙男だった。



 しかし、翌日。
 我が家に駆け落ち坊やから届いた我が家への訪問連絡で、恋する乙男ジョエルの顔は怒りの表情へと変わってしまう。

(せっかく、恋する乙男ジョエルだったのに!)

 そうして話し合いの結果、あちらの言い訳という名の
 《駆け落ち失敗坊やのお涙頂戴の茶番劇》を見届けてみることにした。

 そこでふと私は思った。
 シビルさんは涙をポロポロ流して武器にするような人だった。
 駆け落ち失敗坊やのお涙頂戴劇も気になるところだけれど……

(セアラさんの演技はどんな感じなのかしら……?)

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