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68. 頑張る息子

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「──ふぅ、どうだガーネット!  いい汗かいたな!」
「いい汗かいたな……じゃないわよ!」

 ジョルジュと始まった謎の筋力トレーニング。
 ふと気付けば、なかなかいい時間になっている。

「もう!  ジョエルとセアラさんがそろそろ帰って来る時間じゃない!」
「ああ」

 ジョルジュも私につられて時計を見て頷く。

「ジョエルはちゃんと彼女をエスコートして、きちんと守れただろうか」
「……」

 婚約者と姉に裏切られたセアラさんの話は、結婚式当日の出来事だったこともあり、面白可笑しく社交界に広がってしまっている。

「エドゥアルトもいるのだから大丈夫よ」
「ああ、彼も一風変わっていて面白いからな!  会場で笑いを誘っているかもしれん」
「変わっ………………あなたに言われたくないわね」

 私は思わず苦笑する。

「───ふふふ、大丈夫よ。だって私たちの息子ジョエルだもの」
「そうだな、俺たちの息子、ジョエルだ」

 もちろんジョエルのことを信じてはいる。
 けれど、ジョルジュに似て斜め上に走って行くのがジョエル。

 なんて少し心配をしていたら、使用人が土砂災害に関する新たな情報を持って来た。

「まあ、ジョルジュ!」
「どうした?」

 私の声に反応してジョルジュも報告書を覗き込む。

「……道の復旧の目処がたったそうよ。ただし片側だけのようね」
「片側?」
「そうよ。進行方向ではなく“戻ってくる側”の道ね」
「……」

 つまりこの内容は、駆け落ちして逃げようとしていたシビルさんたちが先に進めずにこっちに戻って来ることを意味している。

「───さぁて、私たちも呑気に遊んでいる場合じゃなさそうね」
「そうだな。よし!  まずは穴掘りからか?」
「……」

 一人で掘ってなさい!

 ジョルジュに向かってそう言ったら、
 ジョルジュは本当にスコップを持って庭の隅で土いじりを始めて……
 庭師が満面の笑顔で「旦那様!  お手伝いありがとうございます!」と言ってそこにせっせと花の種を植えて埋めていた。


────


 その翌日。
 私はジョエルを部屋へと呼び出した。

「……母上?」
「よく来たわね、ジョエル。そこに座りなさい」
「……」

 ジョエルの視線がチラッと“そこ”に向かう。
 その瞬間、キュッとジョエルの眉間に皺が寄った。

(ふふふ、椅子がなくて驚いているようね)

 当然ながら、私は椅子に座り、足を組んで偉そうにふんぞり返っている。
 だからなのか、ジョエルは余計に戸惑っている。

「母上……」
「ホホホ、今のあなたには床で充分でしょう?」
「……?」

 ジョエルは戸惑い気味に床に座る。
 とても素直だこと。
 しかし……

「なぜ、こんな仕打ちを受けるのか分からない───そう言いたそうね?」
「……」

 ハッとするジョエル。
 ホホホ、と笑いながら私は足を組みかえる。

「教えてあげましょう。それはね? あなたがヘタレだからよ!  ジョエル!」
「……!?」

 ジョエルの眉がピクリと反応した。

「そうよ、ヘ・タ・レ。それも、セアラさんに対してのね!  自覚なさい。あなたはヘタレなのよ、ジョエル!!」
「!」

 ふらっとジョエルがよろけた。
 床に両手を着く。

「セアラ……」
「ええ。昨日のパーティー。あなた、苦手な馬車も含めてエスコートは頑張ったようだけど、肝心のセアラさんの装いを褒めることには失敗したそうね?」
「───!」

 図星をさされたジョエルの目がカッと大きく見開く。

「ジョエルとセアラさんの出発後に使用人からその旨の報告が入り、今朝、セアラさんにも直接確認させてもらったわ!」
「…………セアラ、に!?」
「そうよ!」
「!」

 私は目を見張った。
 そして、内心でほくそ笑む。

(あらあら、なんて珍しい光景なのかしら?)

 無表情のジョエルの顔が崩れたわ。
 やはりジョエルにとってセアラさんは特別な存在!

(だからこそ、ヘタレでは困るのよ!!)

「なぜ最初に褒めるのを失敗したあと、再度チャレンジしなかったの!  私はあなたにそういう教育をしたかしら?」
「……」

 フルフルと首を横に振るジョエル。
 素直でよろしい。
 よろしいけど……このままでは駄目よ!!

 私はパンパンと手を叩く。

「はい、注目!  さあ、ジョエル!  大事な人の前では?」
「…………し、しっかり、する!」
「大切にしたい人は?」
「…………い、一番大事に…………する!」
「……」

 たどたどしかったもののジョエルはちゃんと答えた。

「どうやら───分かってはいるようね?」
「……」

 ジョエルがホッと息をつく。
 しかし、私はスッと冷たい目でジョエルを見る。
 ジョエルの身体がビクッと跳ねた。

「でもね?  甘いわよ、ジョエル」
「!?」
「今のあなたは、セアラさんにとって、婚約者が着飾っているというのに、気の利いた言葉ひとつも言えない情けない男、よ!」
「────!」

 クスッ
 面白いくらいピクピク反応をするジョエルに思わず私の頬が緩む。

(セアラさんと出会っていなかったなら、きっとジョエルはここまでの反応を示さなかったでしょうね……)

 顔色も表情も変えずに淡々と頷くだけだったに違いない。

(ジョエル、人間らしくなったわ……!)

 息子の成長……いえ、人間への進化はとても喜ばしい!
 けれど、もっと進化してもらわないと!

「さあ、ジョエル。グズグズしている時間はないのよ!  情けない男という汚名はさっさと返上なさい」
「!?」
「いいこと?  もうすぐ、セアラさんを捨てた男が戻って来るわ!」
「!」

 キュッとジョエルの眉間の皺が深くなる。

「セアラを……捨てた、男……が?」
「そうよ!」
「セアラを……傷付けた……おとこ」
「……」  

(この子……分かってるのかしら?)

 あなたを捨てた女も戻って来るのだけどね!
 おそらく、もうジョエルの中でシビルさんの存在はその辺の石コロと同等くらいまで落ちている。
 でも、今はセアラさんのことで頭がいっぱいな息子は、マイルズとかいう名のセアラさんを捨てた伯爵令息のことしか頭になさそう。

「さあ、ジョエル!  自分の頭で考えるのよ!  情けない男という汚名を返上するために何をすべきか!」
「分かった!」

 ガバッと顔を上げ、床から立ち上がったジョエルは勢いよく部屋から出ていく。 

(ふふ、男ねぇ……)

 私はその後ろ姿を満足気に見つめた。



 それから、情けない男という汚名を返上するために、自分は何をすべきか頭を悩ませ続けたらしいジョエル。
 なんと、女性使用人に自ら声をかけて地道に聞き込みを開始した。

(あのジョエルが……自ら……聞き込み……)

 使用人たちの間では、
 “坊っちゃま、またもやご乱心!”
 なんて連日パニックになっていたけれど……

 ───愛とはこんなにも人を変えるのね?

 私が密かにそんな感動をしていたとある日の夜。 

「ガーネット……大変だ。ジョエルが急に使用人を口説き始めたぞ」
「は?」

 ジョルジュが大真面目な顔で私に相談して来た。

「女性の使用人に何やら声を掛けまくっているんだ」
「……」
「ジョエルはつい最近、人間になったと思ったんだが───あれか?」
「あれ?」

 嫌な予感がしたけど最後まで聞こうと思って身構える。

「男の本能とやらに目覚め、ハーレムを作…………フゴッ」
「ジョルジューーーー!」

 やっぱり変な勘違いをしていたので慌ててジョルジュの口を塞ぐ。

「なにを阿呆なことを言っているの!  恋愛レベルが生まれたてベビーなジョエルがハーレム作るなんてことを考えるわけないでしょう!?」
「フゴ……フゴゴゴゴ!?」
「ええ、違うわよ!!  ちょっとは息子を信じなさいっ!」
「フゴッゴ……」
「全くもう!  …………分かったならいいわ」

 私はジョルジュの口からそっと手を離す。

「ジョエルはセアラさんのために、いい男を目指してるのよ!  そのための聞き込み!」
「……そうだったのか」
「いいこと?  私たちは静かに頬をニヤニヤさせながら二人の行く末を影から見守るのよ、ジョルジュ!」
「ニヤニヤ……?  ガーネット…………それは静か、なのか?」

 ジョルジュが首を傾げながら私に聞き返して来たので、私は胸を張って言い切った。

「静かでしょ!  ニヤニヤなんだから!」
「そ、そうか……」




 ────そうしてその後。
 十代の若い使用人のお嬢さんから、七十代の人生ベテランお嬢さんまで満遍なく聞き込みを終えたジョエルの出した結論は───……

 セアラさんを“デートに誘うこと”だった。

 その日、決意を込めたジョエルは、これまで見たこともないほどのガッチガチの愉快な───
 ……いえ、人ひとりは軽く消していそうなくらいの怖い顔でセアラさんにデートを申し込んでいた。

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