71 / 119
68. 頑張る息子
しおりを挟む「──ふぅ、どうだガーネット! いい汗かいたな!」
「いい汗かいたな……じゃないわよ!」
ジョルジュと始まった謎の筋力トレーニング。
ふと気付けば、なかなかいい時間になっている。
「もう! ジョエルとセアラさんがそろそろ帰って来る時間じゃない!」
「ああ」
ジョルジュも私につられて時計を見て頷く。
「ジョエルはちゃんと彼女をエスコートして、きちんと守れただろうか」
「……」
婚約者と姉に裏切られたセアラさんの話は、結婚式当日の出来事だったこともあり、面白可笑しく社交界に広がってしまっている。
「エドゥアルトもいるのだから大丈夫よ」
「ああ、彼も一風変わっていて面白いからな! 会場で笑いを誘っているかもしれん」
「変わっ………………あなたに言われたくないわね」
私は思わず苦笑する。
「───ふふふ、大丈夫よ。だって私たちの息子ジョエルだもの」
「そうだな、俺たちの息子、ジョエルだ」
もちろんジョエルのことを信じてはいる。
けれど、ジョルジュに似て斜め上に走って行くのがジョエル。
なんて少し心配をしていたら、使用人が土砂災害に関する新たな情報を持って来た。
「まあ、ジョルジュ!」
「どうした?」
私の声に反応してジョルジュも報告書を覗き込む。
「……道の復旧の目処がたったそうよ。ただし片側だけのようね」
「片側?」
「そうよ。進行方向ではなく“戻ってくる側”の道ね」
「……」
つまりこの内容は、駆け落ちして逃げようとしていたシビルさんたちが先に進めずにこっちに戻って来ることを意味している。
「───さぁて、私たちも呑気に遊んでいる場合じゃなさそうね」
「そうだな。よし! まずは穴掘りからか?」
「……」
一人で掘ってなさい!
ジョルジュに向かってそう言ったら、
ジョルジュは本当にスコップを持って庭の隅で土いじりを始めて……
庭師が満面の笑顔で「旦那様! お手伝いありがとうございます!」と言ってそこにせっせと花の種を植えて埋めていた。
────
その翌日。
私はジョエルを部屋へと呼び出した。
「……母上?」
「よく来たわね、ジョエル。そこに座りなさい」
「……」
ジョエルの視線がチラッと“そこ”に向かう。
その瞬間、キュッとジョエルの眉間に皺が寄った。
(ふふふ、椅子がなくて驚いているようね)
当然ながら、私は椅子に座り、足を組んで偉そうにふんぞり返っている。
だからなのか、ジョエルは余計に戸惑っている。
「母上……」
「ホホホ、今のあなたには床で充分でしょう?」
「……?」
ジョエルは戸惑い気味に床に座る。
とても素直だこと。
しかし……
「なぜ、こんな仕打ちを受けるのか分からない───そう言いたそうね?」
「……」
ハッとするジョエル。
ホホホ、と笑いながら私は足を組みかえる。
「教えてあげましょう。それはね? あなたがヘタレだからよ! ジョエル!」
「……!?」
ジョエルの眉がピクリと反応した。
「そうよ、ヘ・タ・レ。それも、セアラさんに対してのね! 自覚なさい。あなたはヘタレなのよ、ジョエル!!」
「!」
ふらっとジョエルがよろけた。
床に両手を着く。
「セアラ……」
「ええ。昨日のパーティー。あなた、苦手な馬車も含めてエスコートは頑張ったようだけど、肝心のセアラさんの装いを褒めることには失敗したそうね?」
「───!」
図星をさされたジョエルの目がカッと大きく見開く。
「ジョエルとセアラさんの出発後に使用人からその旨の報告が入り、今朝、セアラさんにも直接確認させてもらったわ!」
「…………セアラ、に!?」
「そうよ!」
「!」
私は目を見張った。
そして、内心でほくそ笑む。
(あらあら、なんて珍しい光景なのかしら?)
無表情のジョエルの顔が崩れたわ。
やはりジョエルにとってセアラさんは特別な存在!
(だからこそ、ヘタレでは困るのよ!!)
「なぜ最初に褒めるのを失敗したあと、再度チャレンジしなかったの! 私はあなたにそういう教育をしたかしら?」
「……」
フルフルと首を横に振るジョエル。
素直でよろしい。
よろしいけど……このままでは駄目よ!!
私はパンパンと手を叩く。
「はい、注目! さあ、ジョエル! 大事な人の前では?」
「…………し、しっかり、する!」
「大切にしたい人は?」
「…………い、一番大事に…………する!」
「……」
たどたどしかったもののジョエルはちゃんと答えた。
「どうやら───分かってはいるようね?」
「……」
ジョエルがホッと息をつく。
しかし、私はスッと冷たい目でジョエルを見る。
ジョエルの身体がビクッと跳ねた。
「でもね? 甘いわよ、ジョエル」
「!?」
「今のあなたは、セアラさんにとって、婚約者が着飾っているというのに、気の利いた言葉ひとつも言えない情けない男、よ!」
「────!」
クスッ
面白いくらいピクピク反応をするジョエルに思わず私の頬が緩む。
(セアラさんと出会っていなかったなら、きっとジョエルはここまでの反応を示さなかったでしょうね……)
顔色も表情も変えずに淡々と頷くだけだったに違いない。
(ジョエル、人間らしくなったわ……!)
息子の成長……いえ、人間への進化はとても喜ばしい!
けれど、もっと進化してもらわないと!
「さあ、ジョエル。グズグズしている時間はないのよ! 情けない男という汚名はさっさと返上なさい」
「!?」
「いいこと? もうすぐ、セアラさんを捨てた男が戻って来るわ!」
「!」
キュッとジョエルの眉間の皺が深くなる。
「セアラを……捨てた、男……が?」
「そうよ!」
「セアラを……傷付けた……おとこ」
「……」
(この子……分かってるのかしら?)
あなたを捨てた女も戻って来るのだけどね!
おそらく、もうジョエルの中でシビルさんの存在はその辺の石コロと同等くらいまで落ちている。
でも、今はセアラさんのことで頭がいっぱいな息子は、マイルズとかいう名のセアラさんを捨てた伯爵令息のことしか頭になさそう。
「さあ、ジョエル! 自分の頭で考えるのよ! 情けない男という汚名を返上するために何をすべきか!」
「分かった!」
ガバッと顔を上げ、床から立ち上がったジョエルは勢いよく部屋から出ていく。
(ふふ、男ねぇ……)
私はその後ろ姿を満足気に見つめた。
それから、情けない男という汚名を返上するために、自分は何をすべきか頭を悩ませ続けたらしいジョエル。
なんと、女性使用人に自ら声をかけて地道に聞き込みを開始した。
(あのジョエルが……自ら……聞き込み……)
使用人たちの間では、
“坊っちゃま、またもやご乱心!”
なんて連日パニックになっていたけれど……
───愛とはこんなにも人を変えるのね?
私が密かにそんな感動をしていたとある日の夜。
「ガーネット……大変だ。ジョエルが急に使用人を口説き始めたぞ」
「は?」
ジョルジュが大真面目な顔で私に相談して来た。
「女性の使用人に何やら声を掛けまくっているんだ」
「……」
「ジョエルはつい最近、人間になったと思ったんだが───あれか?」
「あれ?」
嫌な予感がしたけど最後まで聞こうと思って身構える。
「男の本能とやらに目覚め、ハーレムを作…………フゴッ」
「ジョルジューーーー!」
やっぱり変な勘違いをしていたので慌ててジョルジュの口を塞ぐ。
「なにを阿呆なことを言っているの! 恋愛レベルが生まれたてベビーなジョエルがハーレム作るなんてことを考えるわけないでしょう!?」
「フゴ……フゴゴゴゴ!?」
「ええ、違うわよ!! ちょっとは息子を信じなさいっ!」
「フゴッゴ……」
「全くもう! …………分かったならいいわ」
私はジョルジュの口からそっと手を離す。
「ジョエルはセアラさんのために、いい男を目指してるのよ! そのための聞き込み!」
「……そうだったのか」
「いいこと? 私たちは静かに頬をニヤニヤさせながら二人の行く末を影から見守るのよ、ジョルジュ!」
「ニヤニヤ……? ガーネット…………それは静か、なのか?」
ジョルジュが首を傾げながら私に聞き返して来たので、私は胸を張って言い切った。
「静かでしょ! ニヤニヤなんだから!」
「そ、そうか……」
────そうしてその後。
十代の若い使用人のお嬢さんから、七十代の人生ベテランお嬢さんまで満遍なく聞き込みを終えたジョエルの出した結論は───……
セアラさんを“デートに誘うこと”だった。
その日、決意を込めたジョエルは、これまで見たこともないほどのガッチガチの愉快な───
……いえ、人ひとりは軽く消していそうなくらいの怖い顔でセアラさんにデートを申し込んでいた。
1,031
お気に入りに追加
2,980
あなたにおすすめの小説
殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね
日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」
公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。
※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。
断罪するならご一緒に
宇水涼麻
恋愛
卒業パーティーの席で、バーバラは王子から婚約破棄を言い渡された。
その理由と、それに伴う罰をじっくりと聞いてみたら、どうやらその罰に見合うものが他にいるようだ。
王家の下した罰なのだから、その方々に受けてもらわねばならない。
バーバラは、責任感を持って説明を始めた。
飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。
希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。
同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。
二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。
しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。
「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」
失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。
「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」
ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。
そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。
エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。
しかしティナはそれさえ気に食わないようで……
やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。
「君はエレノアに相応しくないだろう」
「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」
エレノアは決断する……!
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します
青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。
キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。
結界が消えた王国はいかに?
安息を求めた婚約破棄
あみにあ
恋愛
とある同窓の晴れ舞台の場で、突然に王子から婚約破棄を言い渡された。
そして新たな婚約者は私の妹。
衝撃的な事実に周りがざわめく中、二人が寄り添う姿を眺めながらに、私は一人小さくほくそ笑んだのだった。
そう全ては計画通り。
これで全てから解放される。
……けれども事はそう上手くいかなくて。
そんな令嬢のとあるお話です。
※なろうでも投稿しております。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる