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67. ポンコツの血
しおりを挟む「───旦那様、奥様。坊っちゃまは無事に馬車に乗ってコックス公爵家へと向かわれました」
「!」
使用人からのその報告を聞いた私はホッとした。
ジョルジュとそっと顔を見合わせる。
「そうなのね? 良かったわ。もっと馬車に躊躇うかと思ったけれど」
「ああ。乗る前から事故にならなくてよかったな」
今日は、ジョエルの大事な友人、エドゥアルトの誕生日パーティー。
すっかりパーティーのことを忘れてたジョエルは慌てて誕生日プレゼントを用意し、セアラさんとパーティーに参加することになった。
エドゥアルトの屋敷は目と鼻の先。
それでも馬車が苦手なジョエルにとっては死活問題。
(やっぱり、愛しい女性に情けない姿なんて見せたくないものねぇ)
そう思ってジョルジュと微笑んでいると使用人が情報を付け加える。
「───若君は、セアラ様の装いを褒めようとして失敗しまして、気を取り直してエスコートしようとしたところ、両手両足を同時に出して歩いておりました」
「は?」
「両手両足! ジョエルは器用なんだな!」
「ジョルジュ! 褒めてる場合!? ジョエルったら乗る前から大事故を起こしているじゃないの……」
私は頭を抱えた。
(ジョエル……そんなに動揺するほどセアラさんのこと意識しちゃってるのね?)
「セアラ様に似合う、可愛い……坊っちゃまはこの二言を口にしようと懸命に頑張っておりましたが……」
「見事に吃ったあげく、むせてしまい何一つセアラ様には伝わらず、ただの挙動不審者となり……セアラ様にあっさり打ち切られておりました」
「!」
(ポンコツ……!)
あれだけ着飾った令嬢は褒めるようにと昔から教えこんだと言うのに!
───ポンコツの血が!
私はジョルジュの顔を見る。
目が合ったジョルジュは不思議そうに首を傾げた。
「そうして、エスコートしながら両手両足を同時に出して歩いたところ、すぐにセアラ様に指摘され……」
「そうでしょうね……」
そんなエスコート歩きにくくて仕方がないわよ!
「気のせいだと誤魔化そうとしたものの、当然誤魔化せるはずもなく……」
「ジョエルーーーー」
(なんで誤魔化せると思ったのよぉぉ!?)
私は両手で顔を覆う。
「その後、何とか立て直しましたが、馬車の前に到着すると百年の恋も冷めそうな酷いお顔になり……」
「ああぁぁぁぁ……」
ジョエルが……息子が、ポンコツに更にポンコツを重ねてポンコツマスターになっていく……
「ですが、最後はセアラ様にギュッとされて馬車に乗り込んで行かれました」
「……は? もう一度言って?」
「ですから、セアラ様が若君にギュッ……」
「ギュッ!?」
私はカッと目を大きく見開いて興奮した。
よく分からないけど、いきなりのウルトラ大逆転!
距離が縮まっているじゃないの!
「ふふ、ふふふ───なんて面白いことしてるの。セアラさん……最高よ!」
シビルさんとジョエルの相性は最悪だった。
けれど、セアラさん。
やはり彼女なら……
「───ジョルジュ!」
「どうした? ガーネット」
「セアラさんは間違いなく……いいお嫁さんになるわ」
「いい嫁?」
ジョルジュに聞き返されて私はニヤリと笑う。
「そうよ! あのジョエルをコロコロコロコロ手のひらの上で操って転がせるお嫁さんよ!」
「なに!? 転がすのか? それは手がデカイな!」
「あ? 手がデカい?」
気のせい? ジョルジュの目がどことなく輝いている。
「そうだ! だってあのジョエルを手のひらの上で転がせるんだろう!?」
「……」
「───素晴らしい。彼女はとんでもない隠し球を持っていたようだな……!」
「な・ん・で! そうなるのよ!!」
こういう時に強く思う。
ジョエルのあの素直さは父親譲りだと───……
「……まあ、いいわ。セアラさんの手のサイズが何であれ、彼女はもうジョエルのお嫁さんとして絶対に手放せないわ」
(だから……)
「邪魔されたら困るのよねぇ……」
私は土砂災害の報告書を手に取る。
「ガーネット?」
「……こんな所で立ち往生……駆け落ちお花畑カップルの目は間違いなく覚める……」
シビルさんの性格的にも、セアラさんの元婚約者の前では可愛くて明るい女性として振舞っていたはず。
その仮面がベリベリ剥がれたら……
男の方だってやっぱりセアラさんの方がいい! なんて馬鹿なことを言い出すかもしれない。
「この二人……もし邪魔をするというのなら───」
「よし! 消す、か? ガーネット」
「え?」
ジョルジュが私の言葉を引き継ぐような発言をしたので報告書を机に戻して顔を上げる。
「消す?」
「消す」
「……」
なるほど。
ジョルジュも“社会的に抹殺”すればいいと言っ……
「もともと、土の中に埋まってたかもしれない二人だからな。本当に埋めても大して変わらん」
「……は?」
ジョルジュは顔色変えずに恐ろしいことを口にする。
「……」
(まさかと思うけど……)
顔に出てないだけでジョルジュ……内心では結構、怒っているんじゃ……?
「よし、そうと決まったらガーネット! 俺たちは身体を鍛えるぞ!」
「は? 身体?」
「どうした? 人を埋めるなら力が必要だ」
「いや、えっと? …………何でさっきから二人を埋めること前提の話になってるのよ」
私はふぅ、と息を吐く。
「ガーネット! 良かったな。ついにあれが役に立つ……出番だ!!」
「ねぇ? 私の話、聞いてるーー? 出番? あれってなによ!?」
「……」
私が眉をひそめて聞き返すとジョルジュは無言で部屋の片隅をスッと指さした。
その視線を追った私はハッと息を呑む。
(あ、あれは───)
ジョエルから私への誕生日プレゼント。
捨てることも出来ず、とにかく部屋の隅へと追いやられていた……
“筋力トレーニングセット”
「……あの時、ガーネットはジョエルに『これがいつ私に必要になる時が来ると思うのよ』と言ったが」
「………………言ったわね」
だって、そうでしょう?
ジョルジュに贈るならまだしも私よ?
なんで? ってなるでしょう!?
「きっと、ジョエルは“この時”を予感していたんだ!」
「あ?」
また、ジョルジュが自信満々におかしなことを言い出した。
「さすが、俺たちの子だな! ガーネット譲りのいい勘をしている……!」
「いや、勘とか絶対違うわよ!? ちょっ……ジョルジュ! 聞いてる?」
「───もちろんだ! 鍛えたガーネットも変わらず美しい!」
「!?」
どうやら、愛する夫の脳内では私が身体を鍛え始めたらしく……
ジョルジュはほんのり頬を染めてうっとりしていた。
「……」
私はチラッと筋力トレーニングセットを見つめる。
忘れもしない。
プレゼントとしてあれが出て来た時は本当に衝撃だった。
──────
──……
『いいこと? ジョエル。あなたも将来、女性に贈り物をする時が来るはずよ』
『……』
コクリ。
ジョエルは小さく頷いた。
『でもね? 困ったことに女という生き物は、皆がみんな素直に欲しいものを口にするわけではないの』
『……』
キュッとジョエルの眉がひそめられた。
なんて面倒な……そう言わんばかりの表情。
『そんな面倒で複雑な“女心”を理解する練習をするわよ、ジョエル』
『!』
『今度の私の誕生日。この私に合うピッタリのプレゼントを用意しなさい!』
『母上……ピッタリ?』
きょとんとするジョエルに私は笑いかける。
『そうよ! 私の顔が浮かんで“コレだ!”と思う物……期待してるわよ?』
『コレだ……母上の顔………………分かった』
素直なジョエルはしっかり頷いていた。
───そうして迎えた誕生日。
ジョルジュが歳の数だけの薔薇の花束(毎年恒例)をくれたあと、ついにジョエルからのプレゼントのお披露目に入った。
(ジョエルからの初めてのプレゼント……)
『───母上、誕生日おめでとう』
『ありがとう』
『プレゼント……』
『ええ、何かしら?』
そうして、ドキドキしながら待っている私の目の前に現れたのは、
筋力トレーニングセット。
『……』
『……』
ゴシゴシ……
目を擦ってから、もう一度見る。
やっぱり、筋力トレーニングセット。
(おかしいわね? 疲れてるのかしら?)
ゴシゴシゴシ……
更に擦る。今度こそ! と、顔を上げる。
やっぱりどこからどう見ても筋力トレーニングセット。
『えっと、ジョエルさん? これ……』
『筋力を鍛えるもの、らしい』
『へぇ……』
(おかしいわね? 認識のズレがない……)
『これ、が私への……』
『プレゼント、だ』
『うん、そう……よね? えっと、でも何で?』
私が聞き返すとジョエルは、きょとんとした顔で言い放つ。
『トレーニングセットを見たら、母上の顔が浮かんだ』
『なんでーーーー!?』
ジョエルが眉をひそめる。
『……? 母上はコレだ! とくるもの、言った』
『そうね、言った、言ったわ……ね?』
『コレだ!』
(~~~~っっ!)
私は両手で顔を覆ってその場に膝から崩れ落ちた。
『ジョエル! 見ろ。ガーネットが膝をついて泣いて喜んでるぞ! プレゼント、大成功だ!』
『父上!』
『ちょっ……待ちなさい、あなたたち!』
私は顔を上げて無表情で喜び合う二人に向かって叫んだ。
『───これがいつ私に必要になる時が来ると思うのよーーーー!?』
──
──────……
「さあ、ガーネット! 何から始めようか!」
「ちょっと、 ジョルジュ!? なんであなたがそんなに張り切ってウキウキしているのよ!?」
ジョエルとセアラさんがコックス公爵家で開催中のエドゥアルトの誕生日パーティーで、
ジョエルの選んだ笑劇の誕生日プレゼント───付け鼻と極太眉毛と眼鏡……を装着したエドゥアルトと対面していた頃……
私は何故かジョルジュと共に初めての筋力トレーニングに励んでいた。
❋❋❋❋❋❋
補足
鼻メガネを付けて浮かれたエドゥアルトが笑劇を振り撒いている様子は、
『結婚式当日~』の22話で読めます。
ジョエルサイド……ガーネット視点での裏側。
楽しんで貰えていたら嬉しいです。(実はこれが書きたかった)
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