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66. 息子の恋心
しおりを挟む「ホホホ、あなた。聞いて? ジョエルが面白いのよ」
「ジョエルが?」
セアラさんがジョエルの新しい婚約者となって我が家に来てから彼女のことを気にかけては甲斐甲斐しく世話をしようとする息子、ジョエルが面白い。
「ジョエルは昔から面白いぞ?」
「!」
ジョルジュは不思議そうな顔で聞き返して来た。
「そうだけど、そうじゃないのよ!」
「?」
「ジョエルのセアラさんへの接し方を見ていると……こう───」
「?」
なんて表現すればいいのかしら?
甘酸っぱい?
微笑ましい?
「こう……二人の関係が」
ゆっくり進展していく様子を影からコソッと見守りたい心境というべきなのかしらね。
私が上手く言葉に出来ずにどもっていると、ジョルジュがポンッと手を叩く。
「───そうか。ガーネット。実は俺もこっそり感じていたんだ」
「え!? あなたが?」
「そうだ。ジョエルは彼女に対して特別な気持ちを抱いている!!」
「!」
私は思わず息を呑む。
鈍いジョルジュでも感じているほどの息子の変化。
そうよ。
きっと、ジョエルはセアラさんに対して、こ……
「俺には分かる。あれは───父性だ! ジョエルには父性が芽生えた!」
「……あ?」
「どうした? ガーネット」
眉をひそめてドスの効いた声を出した私を不思議そうに見つめる夫、ジョルジュ。
(ふ、父性? 父性ですって!?)
私が目をまん丸にして驚いているとジョルジュは感慨深そうに続ける。
「──彼女の傷付いた心に寄り添い……」
「まあ……寄り添ってるわね?」
「──心と身体を労り安心をサポート……」
「まあ……食事やら寝具やらの手配には拘ってるわね?」
ジョエルは、最高級のふっかふかのベッドだけでは飽き足らず、なんと最高に気持ちのいい安眠出来る枕まで用意させていたことを私は知っている。
「───これが親心───父性でなくてなんなんだっっ!」
「こーーい! 恋心! それもきっと初恋!」
「……!?」
ジョルジュが顔をしかめる。
私はそんなジョルジュの両肩をガシッと掴んで揺さぶった。
「なんで一足飛びに父親の気持ちになってるのよ!?」
「こ、恋……だと!?」
私にガクガク揺さぶられているジョルジュの眉がピクっと反応した。
「恋……そ、それは、俺が常にガーネットに抱いているような気持ち……?」
「!」
常に抱いている───現在進行形なその言い方に不覚にも胸がキュンとした。
「……そ、そうよ! あなた私のことを大好きでしょう? それと同じよ!」
「ジョエル……が? あのジョエル…………が、恋……?」
「え、ジョルジュ?」
ジョルジュの身体が震え出した。これは明らかに感動している!
やっぱり、ジョルジュも一人の父親なのよね───……
「踏まれてないのに……恋に落ちることもあるんだ、な」
「…………は?」
聞き捨てならないその言葉に私は目を丸くする。
「そうだろう? ワイアット嬢……あの子の性格的にジョエルを踏みつけたとは思えないからな」
「……」
「そうか……踏まれなくても恋は出来るのか」
「ジョルジューーーー!」
「?」
今すぐ背中を踏みつけてやりたい衝動に駆られたけれど、それはジョルジュを別の意味で喜ばすだけだと思い直してぐっと我慢した。
─────
「……母上。聞いてくれ」
「ジョエル?」
その日の昼食の後、終えたらいつも部屋へとさっさと戻っているジョエルが私に声をかけて来た。
(なんて珍しい!)
「どうかしたの?」
私が聞き返すとジョエルは、目を逸らしてあー……とかうー……とか言い淀む。
これはジョエルが一生懸命言葉を探しているところ。
私はそのまま静かに待つ。
……待つこと五分。
ようやくジョエルの口が開く。
「…………そ、その!」
「ええ」
「お、俺の体温上昇がとどまることを知らない!」
「!」
私はカッと目を見開く。
(ま、まさか!)
こ、これは息子からの恋の相談というやつなのかしら?
こんな日が来るなんてと、私の胸が高鳴る。
(いえ、落ち着くのよ、ガーネット……)
ここで下手にジョエルを刺激してはいけない。
ピュアピュアな息子の“初恋”
今のジョエルの脳内レベルは、「う」しか喋っていたなかったベビーの頃とそう変わらない。
(大事に大事に育てなくちゃ!)
「ホホホ、それはどういう時に?」
「…………どういう?」
きょとんとする息子に私はゆっくり微笑む。
「何をしている時? どういう時によく体温が上がるのかしらと思って」
「……」
ジョエルはしばらく考えたあと、ポツリと言った。
「セアラ嬢……」
(ホーホッホッホッ! やっぱりね!)
私は内心で高らかに笑う。
逸る気持ちを抑えながらジョエルに訊ねる。
「セアラさん?」
「……」
コクリと頷くジョエル。
すでに頬がほんのり赤い。
「笑っている……」
「そうね。ここに来てから穏やかに笑ってくれていて私も嬉しいわ」
「心の奥……」
「そうね。でも、酷く傷付けられたものね。心の奥の傷はまだまだ癒えてないかも」
「!」
ジョエルがグッと唇を噛む。
(へぇ、この子もこういう顔をするのね? ───面白い)
私はフフッと笑うと、ジョエルの肩をポンポンと叩きながら告げる。
「それを癒すのが新しい婚約者となったあなたの役目でしょう? ジョエル」
「……!」
「そのためにも、まずはお互いのことを知って仲良くならないとね」
「仲良く……」
ジョエルの瞳の奥が輝いた気がした。
「口下手のジョエルには難しいとは思うけど、それでも顔を合わせて話さないと交流というのは───……」
「分かった」
「え! ジョエル?」
ジョエルはそのままダッシュで部屋から出て行く。
「ジョエル? 何が分かった、なの!? ジョエルーーーー!」
走り去っていくジョエルに慌てて声をかけると、「茶会だ!」という返事が聞こえて来た。
その返答を聞いた私は苦笑する。
「……茶会、ね」
シビルさんがやって来るたびに眉間に皺を寄せてしぶしぶお茶会をしていたジョエルとは思えない発言と行動。
でも、セアラさんなら、沈黙の間が出来ても無理やりジョエルから言葉を引き出そうとはしないはず。
なぜなら───
「ふふっ…………セアラさんって結構、脳内で面白いこと考えていそうなのよねぇ……」
なんとなく巻き込まれながらの突っ込み体質だと私は睨んでいる。
「さてさて、ジョエルがお茶会しながらセアラさんと交流を深めている間に私はやれることをしておかなくちゃ、ね」
私がそう口にしていると、ちょうど使用人がやって来た。
「───奥様。大雨で発生した土砂災害現場の確認に行った報告書です」
「ありがとう」
セアラさんの結婚式予定だった日は雨が凄かった。
そのせいで土砂災害も発生している。
我が家に続く道にも影響があったことから、その状況を調べさせていた。
報告書を受け取りパラパラと目を通していく。
「……ん? あら?」
ふと、土砂災害のせいで立ち往生しているという数台の馬車についての報告の書かれた箇所で私は目を止めた。
(この家紋って確か……)
「!」
そこで、ある可能性に思い至った私はニヤリと笑う。
「───なるほどねぇ……」
「奥様?」
「あ、いえ。ただ……ちょっとね」
「ただ?」
「……」
(悪いことって出来ないものね?)
因果応報という言葉が頭に浮かんだ。
「───ジョルジュは今、部屋かしら?」
「はい。執務室におられます」
「そう。では少しジョルジュの時間を貰いましょうか」
「は、はい?」
不思議そうな顔をする使用人に私は静かに微笑みかける。
「お花畑カップルの駆け落ちがね、失敗している可能性があるのよ」
「お、お花畑? 駆け落ち失敗……?」
「……」
それだけ告げて私は報告のためにジョルジュの元へと向かう。
そんな執務室までの廊下を歩きながらふと窓の外を見つめた。
ザーッ
ドバーッ
ビュオォ~
ガッシャーーーン
(今日も凄いわ……まるで嵐のような大雨ね────……)
その頃───
初恋への自覚があるのかないのか分からないけれど、セアラさんとの仲を深めることに張り切っていた息子ジョエルは……
この嵐のような大雨の光景がよく見える眺めのいい部屋で、とてもスリリングなお茶会へとセアラさんを誘っていた。
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