上 下
67 / 119

64. 緊急会議 ~結婚式当日……のギルモア家~

しおりを挟む


「駆け落ち───シビルさん、やってくれたわね……」
「……」
「……」

 その日の夕方。
 その報せを聞いた私たち三人は顔を付き合わせて今後のことについての緊急の会議───話し合いを行うことにした。

「前もって準備をしていたから慰謝料を請求するためのだいたいの計算は済んでいるけれど……」

(さすがに“こんな形”は想像していなかったわ)

 頭を抱えた私はチラッとジョエルの顔を見る。
 表情は相変わらずの“無”だった。

(……ジョエル)

 我が息子ながら凄いわ。
 自分の婚約者が別の男と駆け落ちしたと聞かされたのに、ここまでで発した言葉はたった一言。
 “そうか”

(この子……どこまでシビルさんに対して興味がなかったのよ……)

 まあ、ジョエルの場合は相手がシビル嬢ではなく、他の令嬢でも同じだったとは思うけれども。

「いずれこの縁談は流れると思ってはいたけれど、これは想像した中でも最悪の形での流れ方ね」
「……」
「……」

 私の言葉に二人も眉根を寄せて深刻そうな顔で黙り込む。
 人の気持ちに鈍そうな……いえ、鈍い二人ですらこの反応。
 シビル・ワイアット嬢のしたことはそう簡単に許せることじゃない。

 私の目がその報告書に載っていた、一人の名前のところで止まる。

 ───セアラ・ワイアット伯爵令嬢

 シビル・ワイアット嬢の妹。
 そして、そのシビル嬢が駆け落ちした男の婚約者だった令嬢でもある。
 それだけじゃない。
 シビル嬢が駆け落ちした今日は、このセアラ嬢とその男の結婚式当日だった────……

(なんて酷いことを……)

 事もあろうに彼女、セアラ嬢は一人で入場させられて周囲の自分を嘲笑う声を聞きながら祭壇の前で一人佇んで、ひたすら新郎が来るのを待っていたという。
 そんなの想像するだけでも、張り裂けそうなくらい胸が痛い。

(どいつもこいつも……なんて外道!)

 シビル嬢やその婚約者だった男だけじゃない。  
 式場のヤツらの首も締め上げてやりたいくらいよ……!

 私はギリッと唇を噛む。
 今日は日中に用事があったので、我が家からは誰もその結婚式に参列出来なかった。
 そのことが悔やまれる。

(もしも、私が式場にいたなら、彼女が見世物のようにひたすら嘲笑われ続けるなんて真似は絶対にさせなかったのに!)

 式場の人間をひっぱたいてでも彼女を下がらせる。

「───セアラ……ワイアット」
「ジョエル?」

 それまで黙りだったジョエルが、今回の駆け落ち事件の最大の被害者の名前を呟く。

(人の名前にも顔にも興味のないジョエルが?  珍しいわね……?)

 ジョエルはそれ以上、何かを口にすることはなく……
 ただ、じっと“セアラ・ワイアット”という名前の部分をしばらくの間、見つめていた。



 その後、私たちは急いでワイアット伯爵家への正式な慰謝料請求の計算を行う。

「ジョエルの疎かった“女心”の扱いが原因にあるとはいえ、裏切りは裏切り。これくらいが妥当でしょう」

 二人もコクリと頷く。
 これを持って明日、ワイアット伯爵家に行って請求書を突き付けるわけだけど……
 私には一つ気がかりなことがあった。

「ガーネット?  君の美しい顔が曇ってるぞ?」

 ジョルジュが心配そうに私の顔を覗き込む。

「なにか憂いごとか?」
「ええ────ワイアット伯爵がこの妹令嬢をシビルさんの代わりにジョエルの婚約者にする……そう言い出しそうね、と思ったのよ」
「……」

 請求書をじっと見つめていたジョエルが静かに顔を上げる。

「ガーネット。なぜそう思った?」

 ジョルジュに訊ねられて私は報告書の中の文を指さす。

「おそらくだけど、ワイアット伯爵夫妻は二人の姉妹のうち、シビルさんの方を特に可愛がっていたと思うのよ」

 ジョルジュとジョエルの二人は首を傾げている。
 どうも、あまりピンと来ていない様子。
 二人には兄弟姉妹がいないから仕方ないのかもしれない。

「理由はね?  ───この文をご覧なさい」
「…………新郎を待ち続けるセアラ・ワイアット嬢の元に、この日初めて顔を出したワイアット伯爵夫妻が式場に慌てて駆け込んで来て、“駆け落ち”と発言した……とあるが?」
「この文からは、ワイアット伯爵夫妻から妹嬢──セアラ・ワイアットさんに対する気遣いが一切見えないのよ」

 シビルさんがどのような形で駆け落ちを決行したかは分からない。
 でも、
 この日、この段階で初めて式場に顔を出したというワイアット伯爵夫妻……

(つまり、花嫁は式の開始前からずっと一人だったんじゃないの?)

 結婚相手も来ない。
 家族も来ない。
 彼女はどんな思いで控え室にいたのかしら────……

「極めつけは、夫妻が式場に駆け込んできた時よ」
「……ああ。“駆け落ち”発言か」

 ジョルジュの言葉に私は頷く。

「そうよ。シビルさんが新郎と駆け落ちしたという事実。いくら気が動転していたのだとしても……」
「───その話をするのは花嫁を参列者の前から下がらせてからでもよかっただろうに…………ということだな?  母上」

(───ジョ、ジョエル!?)

 びっくりして一瞬、息が止まった。
 まさかジョエルが口を開くとは。
 しかも、凄い喋っていた……わよ、ね?  何事!?

「……」

 ジョエルがじっと私の目を見つめる。
 私は慌てて頷いた。

「そ、そうよ。参列者の前で“駆け落ち”なんて安易に口走ったせいで、話が面白可笑しく社交界に広がってしまったわ」 
「なるほど。思慮に欠ける───そういう彼らなら残った娘を代わりに差し出せば慰謝料の支払いは回避出来る……そう考えても不思議ではないな」

 ジョルジュも頷いた。

「そういう人たちではないことを願いたいところだけれどねぇ……」

 もし、そんなことを本当に提案してきたなら……
 それはジョエルのことも娘のセアラ嬢のこともバカにしている。

「セアラ……ワイアット」
  
 ジョエルはまたしてもボソッと彼女の名を呟く。

 おそらくジョエルはセアラ嬢の境遇に胸を痛めている。
 だって無口無表情のせいで、冷酷だの非道だの言われているジョエルだけど、中身はとってもピュアピュアだから。

「ジョエル」
「……」

 顔を上げたジョエルと私の目が合う。

「明日、請求書を持ってあなたとジョルジュでワイアット伯爵家に行きなさい」
「?」
「そしてあなたの思うがまま───好きになさい」
「……はは、うえ?」

 ジョエルが目をパチパチさせながら私を見返す。

「あなたのその目で見て心で感じるがままに動いて構わないわ───いいわよね?  ジョルジュ」
「もちろんだ」

 ジョルジュはなんの躊躇いもなく即答した。
 私はフッと笑う。

「ふふ、ジョルジュ。あなたのそういう所、大好きよ」
「ガーネット!」
「でもね、ジョルジュ。この後のあなたは特訓よ?」
「ん……?」

 ジョルジュはきょとんとした顔で私を見た。

「いいこと?  明日、あなたは“ギルモア侯爵家の当主”として堂々と振舞ってもらわなくちゃいけないのよ」
「……堂々」
「迷子は以ての外!  そして態度、口調も厳しめに…………ポンコツってる場合ではないわ!」
「ポン……!」

 キュッと眉間に皺を寄せるジョルジュ。

「そう!  その顔よ!  明日は二人でその顔を常にしておくのよ!  相手は勝手にビビるから!」
「くっ…………眉毛がつりそうだ……」
「帰ってきたら伸ばしてあげるわよ。それからあなたには今夜、セリフも叩き込むわよ!」
「ぐっ…………覚えるのは苦手だ」

 苦しそうな顔をするジョルジュに向かって私はにっこり笑う。

「ねぇ、あなた?───それでも私、かっこいいギルモア侯爵家の当主となったあなたが見たいわ?」
「!」

 ジョルジュの目が大きく見開く。
 そしてブワッと頬が赤く染っていく。
 その様子を見た私はふふっと口元を緩める。

(もう一押し!)

「ね?  だから、かっこいいあなたでもっと私をあなたに惚れさせて?」
「……っ!  分かった、ガーネット!」

 ジョルジュへの
 “威厳のあるかっこいいギルモア侯爵家当主”指南は一晩中続いた。





 こうして翌日。
 寝不足ジョルジュと通常運転で馬車に青ざめるジョエルをワイアット伯爵家と送り込んだ。


 二人を見送った私は、さて……と腕捲りをする。

(私の勘が正しければ、ジョエルは“彼女”を連れ帰ってくる気がするのよねぇ……)

「───さあ!  皆、今のうちに先に出来る準備をどんどん進めておくわよ!」

 パンパンと手を叩いて私は使用人たちに指示を出した。

しおりを挟む
感想 394

あなたにおすすめの小説

飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。

希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。 同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。 二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。 しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。 「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」 失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。 「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」 ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。 そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。 エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。 しかしティナはそれさえ気に食わないようで…… やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。 「君はエレノアに相応しくないだろう」 「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」 エレノアは決断する……!

断罪するならご一緒に

宇水涼麻
恋愛
卒業パーティーの席で、バーバラは王子から婚約破棄を言い渡された。 その理由と、それに伴う罰をじっくりと聞いてみたら、どうやらその罰に見合うものが他にいるようだ。 王家の下した罰なのだから、その方々に受けてもらわねばならない。 バーバラは、責任感を持って説明を始めた。

殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね

日々埋没。
恋愛
「ロゼッタが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな! 聞くに耐えない悪行とはまさしくああいうことを言うのだろうな!」  公爵令嬢カムシールは隣国の男爵令嬢ロゼッタによる虚偽のイジメ被害証言のせいで、婚約者のルブランテ王太子から強い口調で婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚だったためカムシールは二つ返事で了承し、晴れてルブランテをロゼッタに押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って明らかに〇〇からの〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  真実に気がついていながらもあえてカムシールが黙っていたことで、ルブランテはやがて愚かな男にふさわしい憐れな最期を迎えることになり……。  ※こちらの作品は改稿作であり、元となった作品はアルファポリス様並びに他所のサイトにて別のペンネームで公開しています。

王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る

リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。 けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。 助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。 真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの? 知って欲しい、知って欲しくない。 相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。 ※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。 ※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定) ※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

処理中です...