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64. 緊急会議 ~結婚式当日……のギルモア家~
しおりを挟む「駆け落ち───シビルさん、やってくれたわね……」
「……」
「……」
その日の夕方。
その報せを聞いた私たち三人は顔を付き合わせて今後のことについての緊急の会議───話し合いを行うことにした。
「前もって準備をしていたから慰謝料を請求するためのだいたいの計算は済んでいるけれど……」
(さすがに“こんな形”は想像していなかったわ)
頭を抱えた私はチラッとジョエルの顔を見る。
表情は相変わらずの“無”だった。
(……ジョエル)
我が息子ながら凄いわ。
自分の婚約者が別の男と駆け落ちしたと聞かされたのに、ここまでで発した言葉はたった一言。
“そうか”
(この子……どこまでシビルさんに対して興味がなかったのよ……)
まあ、ジョエルの場合は相手がシビル嬢ではなく、他の令嬢でも同じだったとは思うけれども。
「いずれこの縁談は流れると思ってはいたけれど、これは想像した中でも最悪の形での流れ方ね」
「……」
「……」
私の言葉に二人も眉根を寄せて深刻そうな顔で黙り込む。
人の気持ちに鈍そうな……いえ、鈍い二人ですらこの反応。
シビル・ワイアット嬢のしたことはそう簡単に許せることじゃない。
私の目がその報告書に載っていた、一人の名前のところで止まる。
───セアラ・ワイアット伯爵令嬢
シビル・ワイアット嬢の妹。
そして、そのシビル嬢が駆け落ちした男の婚約者だった令嬢でもある。
それだけじゃない。
シビル嬢が駆け落ちした今日は、このセアラ嬢とその男の結婚式当日だった────……
(なんて酷いことを……)
事もあろうに彼女、セアラ嬢は一人で入場させられて周囲の自分を嘲笑う声を聞きながら祭壇の前で一人佇んで、ひたすら新郎が来るのを待っていたという。
そんなの想像するだけでも、張り裂けそうなくらい胸が痛い。
(どいつもこいつも……なんて外道!)
シビル嬢やその婚約者だった男だけじゃない。
式場のヤツらの首も締め上げてやりたいくらいよ……!
私はギリッと唇を噛む。
今日は日中に用事があったので、我が家からは誰もその結婚式に参列出来なかった。
そのことが悔やまれる。
(もしも、私が式場にいたなら、彼女が見世物のようにひたすら嘲笑われ続けるなんて真似は絶対にさせなかったのに!)
式場の人間をひっぱたいてでも彼女を下がらせる。
「───セアラ……ワイアット」
「ジョエル?」
それまで黙りだったジョエルが、今回の駆け落ち事件の最大の被害者の名前を呟く。
(人の名前にも顔にも興味のないジョエルが? 珍しいわね……?)
ジョエルはそれ以上、何かを口にすることはなく……
ただ、じっと“セアラ・ワイアット”という名前の部分をしばらくの間、見つめていた。
その後、私たちは急いでワイアット伯爵家への正式な慰謝料請求の計算を行う。
「ジョエルの疎かった“女心”の扱いが原因にあるとはいえ、裏切りは裏切り。これくらいが妥当でしょう」
二人もコクリと頷く。
これを持って明日、ワイアット伯爵家に行って請求書を突き付けるわけだけど……
私には一つ気がかりなことがあった。
「ガーネット? 君の美しい顔が曇ってるぞ?」
ジョルジュが心配そうに私の顔を覗き込む。
「なにか憂いごとか?」
「ええ────ワイアット伯爵がこの妹令嬢をシビルさんの代わりにジョエルの婚約者にする……そう言い出しそうね、と思ったのよ」
「……」
請求書をじっと見つめていたジョエルが静かに顔を上げる。
「ガーネット。なぜそう思った?」
ジョルジュに訊ねられて私は報告書の中の文を指さす。
「おそらくだけど、ワイアット伯爵夫妻は二人の姉妹のうち、シビルさんの方を特に可愛がっていたと思うのよ」
ジョルジュとジョエルの二人は首を傾げている。
どうも、あまりピンと来ていない様子。
二人には兄弟姉妹がいないから仕方ないのかもしれない。
「理由はね? ───この文をご覧なさい」
「…………新郎を待ち続けるセアラ・ワイアット嬢の元に、この日初めて顔を出したワイアット伯爵夫妻が式場に慌てて駆け込んで来て、“駆け落ち”と発言した……とあるが?」
「この文からは、ワイアット伯爵夫妻から妹嬢──セアラ・ワイアットさんに対する気遣いが一切見えないのよ」
シビルさんがどのような形で駆け落ちを決行したかは分からない。
でも、
この日、この段階で初めて式場に顔を出したというワイアット伯爵夫妻……
(つまり、花嫁は式の開始前からずっと一人だったんじゃないの?)
結婚相手も来ない。
家族も来ない。
彼女はどんな思いで控え室にいたのかしら────……
「極めつけは、夫妻が式場に駆け込んできた時よ」
「……ああ。“駆け落ち”発言か」
ジョルジュの言葉に私は頷く。
「そうよ。シビルさんが新郎と駆け落ちしたという事実。いくら気が動転していたのだとしても……」
「───その話をするのは花嫁を参列者の前から下がらせてからでもよかっただろうに…………ということだな? 母上」
(───ジョ、ジョエル!?)
びっくりして一瞬、息が止まった。
まさかジョエルが口を開くとは。
しかも、凄い喋っていた……わよ、ね? 何事!?
「……」
ジョエルがじっと私の目を見つめる。
私は慌てて頷いた。
「そ、そうよ。参列者の前で“駆け落ち”なんて安易に口走ったせいで、話が面白可笑しく社交界に広がってしまったわ」
「なるほど。思慮に欠ける───そういう彼らなら残った娘を代わりに差し出せば慰謝料の支払いは回避出来る……そう考えても不思議ではないな」
ジョルジュも頷いた。
「そういう人たちではないことを願いたいところだけれどねぇ……」
もし、そんなことを本当に提案してきたなら……
それはジョエルのことも娘のセアラ嬢のこともバカにしている。
「セアラ……ワイアット」
ジョエルはまたしてもボソッと彼女の名を呟く。
おそらくジョエルはセアラ嬢の境遇に胸を痛めている。
だって無口無表情のせいで、冷酷だの非道だの言われているジョエルだけど、中身はとってもピュアピュアだから。
「ジョエル」
「……」
顔を上げたジョエルと私の目が合う。
「明日、請求書を持ってあなたとジョルジュでワイアット伯爵家に行きなさい」
「?」
「そしてあなたの思うがまま───好きになさい」
「……はは、うえ?」
ジョエルが目をパチパチさせながら私を見返す。
「あなたのその目で見て心で感じるがままに動いて構わないわ───いいわよね? ジョルジュ」
「もちろんだ」
ジョルジュはなんの躊躇いもなく即答した。
私はフッと笑う。
「ふふ、ジョルジュ。あなたのそういう所、大好きよ」
「ガーネット!」
「でもね、ジョルジュ。この後のあなたは特訓よ?」
「ん……?」
ジョルジュはきょとんとした顔で私を見た。
「いいこと? 明日、あなたは“ギルモア侯爵家の当主”として堂々と振舞ってもらわなくちゃいけないのよ」
「……堂々」
「迷子は以ての外! そして態度、口調も厳しめに…………ポンコツってる場合ではないわ!」
「ポン……!」
キュッと眉間に皺を寄せるジョルジュ。
「そう! その顔よ! 明日は二人でその顔を常にしておくのよ! 相手は勝手にビビるから!」
「くっ…………眉毛がつりそうだ……」
「帰ってきたら伸ばしてあげるわよ。それからあなたには今夜、セリフも叩き込むわよ!」
「ぐっ…………覚えるのは苦手だ」
苦しそうな顔をするジョルジュに向かって私はにっこり笑う。
「ねぇ、あなた?───それでも私、かっこいいギルモア侯爵家の当主となったあなたが見たいわ?」
「!」
ジョルジュの目が大きく見開く。
そしてブワッと頬が赤く染っていく。
その様子を見た私はふふっと口元を緩める。
(もう一押し!)
「ね? だから、かっこいいあなたでもっと私をあなたに惚れさせて?」
「……っ! 分かった、ガーネット!」
ジョルジュへの
“威厳のあるかっこいいギルモア侯爵家当主”指南は一晩中続いた。
こうして翌日。
寝不足ジョルジュと通常運転で馬車に青ざめるジョエルをワイアット伯爵家と送り込んだ。
二人を見送った私は、さて……と腕捲りをする。
(私の勘が正しければ、ジョエルは“彼女”を連れ帰ってくる気がするのよねぇ……)
「───さあ! 皆、今のうちに先に出来る準備をどんどん進めておくわよ!」
パンパンと手を叩いて私は使用人たちに指示を出した。
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