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63. したたか令嬢の失敗
しおりを挟む「やあやあやあ! 風の噂でジョエルが婚約したと聞いたよ?」
その日、いつものように事前連絡なしで元気よく我が家にやって来た公爵令息エドゥアルト。
彼の突然の訪問にはすっかり慣れてしまった。
「水くさいじゃないか、ジョエル。めでたい話なのになぜこの僕に報告がないんだ?」
「……」
ジョエルがはて? と首を捻る。
私はジョエルのその表情を見て思った。
(ジョエル……なぜ報告する必要があるんだ? とでも言いたそうな表情)
案の定、エドゥアルトはプンスカと怒り出した。
「おい! ……なんでそこできょとんとした顔で首を傾げる! 僕たちは親ゆ…………友人だぞ!」
「……」
「いいか、ジョエル! 世の中にはめでたいことがあった時は、友人に報告するという義務があるんだ!」
「!」
ジョエルはパチパチと目を瞬かせた。
「……めでたいこと?」
「そうだ! これはめでたい話だろう! 婚約だぞ?」
エドゥアルトがグイグイとジョエルに迫る。
ジョエルはふむ……と考え込む。
そして大真面目な顔で呟いた。
「そうだったのか。あの本にはそんなこと書いていなかったな……」
「本?」
本、と聞いてエドゥアルトが眉をひそめた。
(ジョルジュのお下がり……“友人が出来る100の方法”ね?)
ジョルジュを見ていれば、あの本の結果は自ずと分かりそうなものなのに……
エドゥアルトがため息を吐く。
「ジョエル! 君はまた妙ちくりんな本を読んでいるのだな!?」
「?」
「どうせ、その本の一行目……基礎中の基礎の欄にはこう書かれているはずだ! ───人には笑顔で接しましょう! いいか? すでにジョエルはここで躓いている!」
「!」
「基礎の基礎だ! 基礎で躓いた者に応用など出来ると思うか!?」
「……!!」
驚いたジョエルの目が大きく見開く。
(図星だったようね……)
エドゥアルトはジョエルの肩をポンッと叩く。
「ジョエル……無理するな」
「……」
「友人作りは表情筋が万が一にでも生き返ったらするといい」
「……」
ジョエルは静かに頷いた。
(それでいいんだ……)
「コホンッ。それでだジョエル。君の婚……」
「エドゥアルト」
「ん?」
「………………婚約した」
ようやくジョエルの口から報告が聞けて、エドゥアルトも満足か……と思ったけれど彼は、何故かははは! と笑い出した。
「ジョエル! だから君はなんでそんな報告もしかめっ面のままなんだ!?」
「……?」
「婚約するって、こう───もっと心躍ることなんじゃないのか!」
「心……?」
心が踊る……心は踊るものなのか……
ジョエルが悩ましそうにブツブツと呟いている。
そんなジョエルの様子を見たエドゥアルトも何故か一緒に頭を悩ませる。
男二人がバカ真面目に仲良く悩んでいた。
(何、この光景……)
「なあ、ジョエル。君は婚約相手に興味が無さすぎなんじゃないか……?」
「……?」
「いや、それとも相手の女がやはりかつての僕が予想した、身分に目が眩んだだけの変な女……なのか?」
「……??」
エドゥアルトはその後もかなり真剣に考え込んでいた。
(そうよね、やっぱりジョエルのこの婚約……失敗だったかも───)
私が思った以上に、ジョエルとシビル嬢の相性は悪かった。
彼女の訪問は頻繁にある。
しかし滞在時間は短い。
だいたい、いつも彼女が一人で空回ってすごすごと帰っていく。
使用人に聞いたところによると、
先日もシビル嬢とお茶を飲んでいる時───……
『どうしてですか! いつもいつも話しかけても冷たい反応! 私たちは婚約者です! 婚約者なら甘さの一つや二つ……!』
シビル嬢はガタンッと大きな音を立てて椅子から立ち上がってジョエルに訴えた。
『………甘さ?』
『そうですわ!』
もちろん、この時のシビル嬢が欲しかったのは“甘い言葉”
でも、残念ながら素直に育ったジョエルの受け止め方はひと味もふた味も違った。
『……分かった』
『え?』
ようやくジョエルから甘い言葉が聞けるのね、と目を輝かせたシビル嬢。
しかし、ジョエルはそんな彼女の目の前にせっせと大量のお砂糖を積み上げた。
『……ひぃっ!?』
小さな悲鳴を上げて何これという顔でジョエルを見つめるシビル嬢に、ジョエルは冷たい表情のまま淡々と言った。
『どうだ? これくらい入れれば甘くなるだろう』
『!?』
目をまん丸にして絶句するシビル嬢にジョエルは更なる追い打ちをかける。
『……足りなかったか?』
『……』
『そうか。では、もっと追加で用意させよう』
そう言って、使用人に声をかけて更にお砂糖を持って来させた。
そして、再びシビル嬢の前に積み上げた。
『……っっ!?』
使用人曰く、
胸焼け? そんな可愛いものではありません。
もしも、全部投入していたらもうお茶とは呼べなくなるほどの量でした、とのこと。
────私を太らせる気なのーー!?
そこの使用人たちも黙って見てないで止めなさいよ! なんなのよ、この無能ーーーー!
その日はそう言い捨てて怒りながら帰ったという。
なんでジョエルの奇行を止めなかったの?
使用人たちにその理由を聞いたら、彼らは口を揃えてこう言った。
───若君のこういった斜め上をいく行動と言動には早めに慣れていただかないと、結婚後に奥様としての務めは果たせません!
───目指せ、ガーネット様のような理解のある奥様、ですから!
砂糖を積み上げられたくらいで泣いているようでは、ギルモア侯爵家の嫁は務まらない。
使用人たちはそう強く主張していた。
────
そんなシビル嬢はあざとくて、やはりガッツのあるしたたかな令嬢のようで、なんとこの私にも影で喧嘩を吹っかけて来た。
「ジョルジュ。その机の上にあるお菓子はどうしたの?」
「これか?」
その日、執務室のジョルジュの元に休憩用のお茶と菓子を持って行ったところ、何故か既に机の上にお菓子が転がっていた。
そんな私の質問にジョルジュは淡々と答える。
「ジョエルの婚約者が突然やって来て、下手くそな涙を流しながら置いていった」
「は?」
意味が分からない。
確かにさっきまで彼女は我が家に訪問していたけれども。
今日もジョエルとの噛み合わない会話に疲れ果ててトボトボと帰って行ったはず。
(帰る前にジョルジュを訪ねたということ?)
「ジョエルの婚約者って、あのシビルさんよね?」
「ああ、それだ」
「……彼女があなたの執務室を訪ねてきたの?」
私のその質問にジョルジュは頷く。
やはり、間違いないらしい。
「突然現れて、私ってガーネットに未来の嫁として認められていない気がするんですぅ……と言って泣き出した」
「……へぇ」
「もっと勉強しろと言ってこんな本まで押し付けられたんです……と本を見せられた」
「……」
それは本日、帰る前の彼女が、
『私はギルモア侯爵家に嫁ぐにはまだまだ色々と勉強不足だと思うんです……』
そう言われたから貸した初心者でも読めそうな本。
「私が押し付けた……ねぇ」
「相変わらず美しくもない下手くそな涙だなと考えていたら、急に立ち直ってペラペラと色々と喋っていたが───あれは何語だったんだろうか」
「は?」
ジョルジュは大真面目な顔でおかしなことを言っている。
「…………普通にこの国の言葉だと思うわよ?」
「そうなのか? ずっと何を言っているのか分からなかったが……最後に、このことは奥様には内緒ですよ? ふふっと気持ち悪く笑ってその菓子を置いていった」
「……」
───なるほど。
彼女はよほど自分の美貌に自信があるのか、義父となるジョルジュにも色仕掛け的なものを試みようとしたらしい。
しかし……
「結局、話の内容も内緒にする“このこと”とやらも何のことか全く分からなかった!」
「……」
もちろん、色仕掛けなんてものがこのジョルジュに伝わるはずがない。
結果、全てがこうして私まで筒抜けとなる。
(そんな姑息な手なんて使わずに、前向きに頑張る姿勢を見せておけばいいのに……おバカさんねぇ)
「これは相性以前の問題…………本能で生きているジョエルが全く欠片もなびかないはずだわ」
「ん? 何の話だ?」
何も分かっていなさそうなジョルジュに向かって私は静かに微笑む。
「そうね───この縁談はそう遠くないうちに流れる気がするわ」
「ガーネット?」
「ふふ…………そういうことだから、私たちは先に色々と準備でもしておきましょうか」
───結果、
そんな私の言葉は見事に、彼女が自分の妹の婚約者と駆け落ちするという形で的中した。
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