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62. 息子はマイペース
しおりを挟む(ガッツがあるのは認めるけど……)
「へえ、あの下手くそな涙を流していた令嬢はジョエルを諦めないつもりなのか」
「───ジョルジュ!」
ひょいっと現れたジョルジュが手紙を覗き込んでそう言った。
「前回は三分、今回も五分もない顔合わせの時間だったらしいが…………それでそんなにジョエルのことが気に入ってくれたのか?」
「……そうじゃないわよ」
私は、ハァ……とため息をつく。
「侯爵家の嫡男という身分、あなたに似て整った顔、彼女が見ていたのはそこだけ、よ」
「!」
「それと、多くの令嬢が砕け散っている“ジョエル・ギルモア”を手に入れて自慢したいんじゃないかしら?」
「……?」
ジョルジュが眉をひそめる。
「振られているのはジョエルなのに自慢にはならんだろう?」
「……」
私はフッと笑ってジョルジュにグイッと顔を近づける。
ジョルジュがポッと頬を赤く染めた。
「いいこと? ジョルジュ。あれだけの数の令嬢が冷たくされたと泣いて砕け散ったのよ?」
「あ、ああ」
「それなのに……皆に冷たいはずの彼に“何故か”私だけが愛されちゃっているわ~? きゃあ、どうしましょう~! っていうのをやりたいのよ」
「……」
ジョルジュの眉間に皺が寄る。
さすが親子。
ジョエルとそっくり。ぜひ並べて鑑賞したいわ。
「…………分からん!」
「分からなくていいわよ。女の世界はいつだってそういうドロドロしたもので成り立っているの」
「そうか。大変なんだな……」
ジョルジュが労わるような目で私を見る。
「ホーホッホッホッ! ありがとうジョルジュ。でもね、あなたこの私を誰だと思ってるのかしら?」
「ガーネット。俺の愛する妻だ」
「───そうよ!」
バサッと髪をかきあげ、フフンと笑う。
「この私が誰かに屈するはずがないでしょう? これまで、そういうチラチラチラチラしてくるだけの姑息な女たちは、全部沈めて来てあげたわ!」
「ガーネット!」
「オーホッホッホ!」
私は更に高らかに笑う。
「───とにかく、こういうタイプは男をアクセサリーくらいにしか思っていないのよ」
「アクセサリーにする……? それは重たくて大変そうだ」
ジョルジュが真剣な顔つきで悩み始めた。
「別に男をぶら下げるわけじゃないわよ!? とにかく! ジョエルはあなたに似て、斜め上を行く男だからそう簡単にアクセサリーにはならないでしょうけど!」
「確かにジョエルは重たい」
「…………私の話、聞いてた?」
アクセサリーに頭を悩ませるジョルジュを無視して私は手紙に視線を戻す。
手紙には、
ぜひ、立派な侯爵夫人になってみせます! と、意気込みが書いてある。
(立派な侯爵夫人……ね)
どうやら、調べたところシビル・ワイアット伯爵令嬢は、侯爵家以上の嫡男の令息ばかりを狙っている様子なのだという。
私はうーんと考え込む。
(なぜ、侯爵家以上にこだわるのかしら……?)
よほど自分に自信があって周りに自慢したいのか。
もしくは、誰かに勝ちたい───……?
なんであれ、その相手にジョエルを選んだことは最大の失敗としか思えない。
「───まあ、一番大事なのはジョエルの気持ちだろう?」
「ジョルジュ……そうね。とりあえず、ジョエルに聞いてみましょう」
ここで私たちが話していても決まらないので、ジョエルの意思確認に向かった。
部屋を訪ねるとジョエルは本を読んでいた。
“友人が出来る100の方法”
ジョルジュのお下がりの指南書の一つ。
多分、読み続けても役に立たない。
でも、ジョエルはこの本が好きらしい。
「ジョエル? ちょっといいかしら? シビル・ワイアット伯爵令嬢のことなのだけど」
「……」
本を置いたジョエルの眉がピクリと反応した。
───絶対にシビル嬢のことは忘れている。
そう思っていたのだけれど……この反応。
これは、まさか彼女のこと覚えてる?
なんて期待したけれど……
「……」
「ジョエル?」
「……」
ジョエルは答えない。
そして、キュッと眉間に皺を寄せる。
そんな息子の通訳をこなすジョルジュは言った。
「……ガーネット。無理だ、ジョエルの記憶からはもうすっかり消えている」
「たった数日なのに。やっぱりね」
やれやれと肩を竦めた。
涙を流してもドレスに染みを作っても記憶に残らない。
いったいどんな令嬢ならこの子の記憶に残るのかしら?
「ジョエル。こちらのシビルさん、あなたと婚約したいそうなのよ」
「……」
コクリ。
ジョエルは顔色一つ変えずに分かったと言わんばかりに頷く。
(これ……お見合いするのが面倒臭くなってるわね?)
「いいの? 顔も名前も覚えていないのでしょう?」
「……」
「それとも、なにか覚えていることはあるのかしら?」
「……」
ジョエルはすごく深い皺を眉間に刻んで考え込んだ。
しばらく黙り込んだ後、何かを思い出したのかハッとして顔を上げた。
そして、自信満々に言い放つ。
「───目が二つ!」
───一度でいいから、ジョエルの脳内を覗いてみたいと思った瞬間だった。
─────
「ジョエル様、婚約お受けして下さりありがとうございます!」
「……」
目が二つあることしか覚えていなかったくせに、お見合いが面倒になったジョエルが承諾しちゃったので、
シビル・ワイアット伯爵令嬢との婚約は成立。
そして本日、シビル嬢が我が家にやって来た。
「私、とても嬉しいです!! こんなに幸せと思えたの…………初めて」
頬をほんのり赤く染めて目を潤ませてジョエルにそう話しかけるシビル嬢。
とにかく“可愛い私”を見て!
そうアピールしている。
「……」
そんなシビル嬢をジョエルは無言で一瞥するだけ。
「……っ」
すぐにそっぽ向かれてしまったシビル嬢は、ジョエルから見えない所で悔しそうに唇を噛む。
(そんなすぐにカリカリしていてこの先、持つのかしら?)
なんて見守っていると、さすがガッツだけはある令嬢。
何とか笑顔を浮かべる。
「そ、そうですわ、ジョエル様! 今日はお茶会ではなく一緒に街に出て買い物でもしませんか?」
「!」
シビル嬢は、お茶会だと地獄のような無言時間を過ごすことになると学んだようで、外へのデートのお誘いをかけた。
そんじょそこらにいる単なる口下手な男性をお誘いするならいい案だとは思う──
けれど……
(シビルさん。残念ながら、あなたの相手は馬車が苦手なジョエルなのよ)
ピクッとジョエルの眉が動く。
シビル嬢はそんなジョエルの反応に気付かずはしゃいだ声を上げる。
「一緒にお買い物をすれば、お互いの好きな物とか分かると思うんです~」
「……」
「それに私、欲しいものがあってぇ…………ね? ですから、行きましょう?」
そう言いながらシビル嬢は強引にジョエルの手を取ろうとした。
「!」
驚いたのか、バッと反射的にジョエルが手を引っ込める。
「…………え?」
「す、すまない」
呆然とするシビル嬢に向かってジョエルは一言だけ謝るとフイッと顔を背けた。
その顔は、天敵の馬車のことで頭がいっぱいの様子。
「~~~っっ」
理由も分からず袖にされたシビル嬢は当然だけど怒り出した。
「───ひ、酷いです! わ、私とは出かけたくないと言うんですか!?」
「い、いや……」
「まともに口を聞いてくれないだけでなく、お出かけもしたくないだなんて……」
「………………いや、俺は、ば」
「ああ、ほらまた!」
ジョエルが考えて考えて、説明のために口を開こうとしたけれど、先にシビル嬢の方が口を開いてしまう。
「───ジョエル様……私、今日はもう帰りますわ!」
「……」
しかし、シビル嬢はそう言いながらもすぐには立ち去らない。
名残惜しそうにチラチラとジョエルの様子を窺う。
これは完全に引き止めてくれるのを待っている。
(あざといわね……)
「待て───シビル・ワイアット嬢」
「!」
願ったとおりに引き止められ、初めて名前を呼ばれたシビル嬢がパッと気色ばんだ。
「は、はい!」
嬉しそうなシビル嬢が上目遣いでジョエルの顔をじっと見つめる。
しかし、そんな彼女に向かってジョエルは、右を指さしながら無表情で言った。
「玄関はあっちだ」
ピシッ
シビル嬢の笑顔が凍り付いた。
(ジョエル……)
ちなみに、実はこの部屋から玄関に行くには左に向かう必要がある。
(右に行くと物置部屋よ……ジョエル)
シビル嬢はこの後、泣きながら物置部屋に向かって走って行った。
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