誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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61. ガッツはある令嬢

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 ────しょうらい、ジョエルのよさもわからない、みぶんにめがくらんだへんなおんなしかのこらなそう……!

 公爵令息エドゥアルトがあの時、私に何気なく言った言葉。
 シャレにならないことを言うわね、と思ったけれど……



「ホホホ───全滅、全滅よ……」
「……」
「……」

 我が家に届いた“縁談お断り”の手紙の束を前にして私はホホホと笑う。
 もう笑いしか出てこない。
 そんな中、ジョルジュとジョエルはそっくりな顔で私のことをじっと見ている。

「ジョエル!  他人事のような顔をしているけど、これはあなたの話なのよ?  あ・な・た・の!」
「……」

 そう言ってみてもジョエルの反応は薄い。

(……興味なしって感じねぇ)

 私は自分の頭を押さえながらふぅ、と息を吐いた。
 そんな私に声をかけたのはジョルジュ。

「───心配するな、ガーネット!」
「あなた?」
「きっと、ジョエルにも俺とガーネットが出会った時のような運命的な出会いがあるはずだ!」
「そう、ねぇ……」

 でも、と思う。
 ジョルジュは踏まれる側だったけれど、ジョエルは私に似て踏む側なのよねぇ。
 そんなことしてご覧なさい?
 エドゥアルトは特殊。
 普通に大問題よ……

 ちなみに、心配になるくらい素直な子で何でも真っ直ぐ受け止める性格のジョエルは、
 きちんと言い聞かせたら、人に体当たりすることと踏みつけることはしなくなった。
 その結果……

 ───なに?  つまり僕だけがジョエルに踏まれた唯一の人間になるのか?  それは光栄だ!

 と、公爵令息エドゥアルトは目を輝かせてとても喜んでいた。

(喜ぶところなのかしら?  公爵家の未来が心配だわ……)

「とにかく。運命の出会いとやらを待っていたら、ジョエルはおじいちゃんよ?」
「……」

 チクリとジョエルに刺してみる。
 しかし、ジョエルは何も言わない。
 けれど、あの顔はきっと今、頭の中で必死におじいちゃんになった時の自分の姿を想像しているに違いない。

「ああ、ガーネットはおばあさんになっても美しいだろうな」
「……っ!?  わ、私の話はしていないわよ!?」

 そしてジョルジュは相変わらずジョルジュだった。

(まったく!)

 マイペースな二人にやれやれと肩を竦めて手紙のチェックを続ける。

「……ん?」

 大量のお断りの文字が続く手紙の中で唯一、違う返事が書かれていたものがあった。

「え?  ぜひ、この縁談の話を進めて欲しい?  ですって!?」

 私は慌てて差出人を確認する。

「ワイアット伯爵家……」

 特別、我が家と懇意にしているわけでもない伯爵家。
 唯一、この家だけが前向きな返事をくれている。

(まさか、お見合いでいい感じになっていた令嬢がいたの!?)

 ジョエルに限ってそれは無いと思いつつ、万が一の可能性にかけてジョエルに訊ねた。

「ジョエル!  ワイアット伯爵家のご令嬢から前向きな返答が来ているわよ!  どんな令嬢だったの?」
「……」

 おじいちゃんになった自分の姿をまだ想像していたジョエルがゆっくり顔を上げる。
 動作がもう既におじいちゃん!

「……」
「ワイアット伯爵家の長女、お名前はシビルさんよ。珍しく話が弾んだの?」
「……」

 キュッとジョエルの眉間に皺が寄る。
 そして険しい表情になった。

「……」
「……」

 そして沈黙。

(こ、これは……)

「───ガーネット。駄目だぞ。ジョエルの顔がどこの誰だ?  と言っている」
「ふっ……通訳をありがとう、あなた」

 ええ、これは私にも分かったわ!!
 つまり、このお嬢さんはお見合い時にジョエルと話が弾み、その中でも珍しくジョエルが興味を引いた存在というわけではなく……
 お嬢さんの方が、この無口無表情、表情筋の死滅ジョエルでも構わないガッツがあるということね?

(……なかなか興味深いわ)

 私はふふふ、と笑う。

「───ジョエル?  どうする?  もう一度彼女に会ってみる?」
「……」

 ジョエルは長ーーーーい沈黙の後、とても面倒臭そうに頷いた。


────


「シビル・ワイアットと申します!」

 そうして現れたワイアット伯爵令嬢は、明るくニコニコ笑う元気そうなお嬢さんだった。

(このお嬢さんが……)

 ───ジョエルとのお見合いで三分間も耐えた子!

 ジョエルの唯一の友人、エドゥアルトの話によると───
 ジョエルと令嬢の会話はもって平均一分半。
 その中で三分も耐えた彼女は現在の記録保持者なのだという。

(そう言う割には、最後は泣いて怒っていたという話だけれど……)

 それでも、前向きに縁談を進めたいと返事をよこした。
 つまり……
 なるほど彼女は“あのタイプ”ね。

 私はフッと鼻で笑う。

「……!」

 ワイアット伯爵令嬢、シビル嬢はそんな私の笑顔にビクッと一瞬、身体を震わせた。
 でも、すぐに取り繕ってすかさず笑顔を浮かべる。
 今、彼女が何を考えているかは手に取るかのように分かった。
 分かったからこそ……

(……残念だわ)

 このお嬢さん。
 確かにガッツはあるのかもしれないけれど……

 ─────おそらく、ジョエルとの相性は最悪ね。




 お見合いの席以来に顔を合わせた二人───ジョエルとシビル嬢は今、向かい合ってお茶を飲んでいる。

「ジョエル様!  またお会いできて嬉しいですわ!」
「……ああ」
「……」

 ゴクッ
 ジョエルの淡白な反応に、シビル嬢は笑顔を浮かべたままお茶を一杯。
 軽く咳払いをすると話題を続ける。

「私、ずぅぅぅっとあの日からジョエル様のお顔が頭から離れなかったんですよ!」
「……そうか」
「……」

 ゴクッ
 またもや、ジョエルの淡白な反応に先程と同じ笑顔のまま、シビル嬢はお茶をもう一杯。

「コホンッ…………ジョエル様はもう一度、私と会いたいなぁと思ってくれていましたか?」
「……」

 キュッと眉間に皺を寄せるジョエル。

「……っ!?」

 そんな険しい表情になったジョエルを見たシビル嬢はビクッと身体を震わせる。

 ここで大半の令嬢が勘違いするのだけど……
 ジョエルの“これ”は怒っているわけではない。
 ただ、返答に迷っているだけ───……

(さて、このガッツはありそうなお嬢さんはどうするかしら?)

 私は静かに見守る。

「…………っ、ご、ごめんなさい……私、怒らせるつもりじゃなくて…………えっと、その、ぐすんッ」

(へぇ……)

 ジョエルを怒らせたと思ったシビル嬢。
 ここでシビル嬢はポロッと涙をこぼした。
 顔を下に向けて身体を震わせる。

(ふふっ)

 もちろん、プロの私には分かる。
 これは、嘘泣き。
 ここで、すぐに下を向いちゃうところがまだまだ甘ちゃんね、という評価しかない。

 どうやら“男心を擽る方法”をなかなか心得たお嬢さんのようだけど────……

「……」
「……」
「……」
「…………ジョ、ジョエル……さま?」
「……」

 目の前でポロポロと涙を流しているのに、ジョエルの無反応さにビックリして顔を上げるシビル嬢。
 その目にはもう涙はなかった。




「…………下手くそな涙だな」
「ジョルジュ?」

 私の横でシビル嬢の嘘泣きを見たジョルジュが小さく呟く。

「ガーネットの足元にも及ばないほどの下手くそな泣き方だ」

 ジョルジュの批評はとても辛口だった。

「顔を上げた段階ですでに目が乾いている。まだそんなに涙を流せないのだろう」
「……その通りよ」

 だから、シビル嬢は下を向いて誤魔化した。
 しかし、下を向くからには顔を上げた時にはもっと目を潤ませておかないとなんの意味もない。

(そもそも───)

「しかし、ジョエル相手に……嘘の涙を使うとは」
「…………無意味よねぇ」

 私たちはやれやれと肩をすくめてから頷き合う。

「ガーネット直伝の“女の涙講座”を履修済みのジョエルだぞ?」
「本当にね。徹底的に叩き込んだもの」

 ────しょうらい、ジョエルのよさもわからない、みぶんにめがくらんだへんなおんなしかのこらなそう……!

 あの日のエドゥアルトの言葉を受けて、素直なジョエルが変な女に騙されないようにと思って、
 私は子どもジョエルに女性の涙について仕込むことにした。


─────……


『いいこと?  ジョエル。涙を利用してやろうと嘘泣きしているような女の涙は放っておきなさい。そのうち勝手に泣き止むから。でも……』
『でも?』

 ジョエルは不思議そうに首を傾げた。

『本当に辛くて悲しくて心が傷付いて涙をこぼして泣いている人には……』
『……』

 キュッとジョエルが眉間に皺を寄せる。

『不器用な方法でもいいわ。その時のあなたに出来る方法でたくさん優しくなさい』
『…………むずかしい』

 悩ましそうな我が子を見て私はふふっと笑って頭を撫でる。

『大丈夫。理屈じゃないのよ』
『だいじょーぶ?』
『そうよ。だって、そういう時はあなたの身体が勝手に動くはずだから────』


─────……


(よしよし。ジョエルはちゃんと嘘泣きを見抜けたようね!)

「───な、なんで……何も言ってくれない、んです、か?」
「……」
「ま、また黙り!  ああ、そうか……以外の言葉はないんですか!?」

 シビル嬢がガタンッと勢いよく椅子から立ち上がる。
 作り笑いの笑顔は消えていて悔しそうだった。

「…………いいのか?」
「え?  あ!  ……ジョエル様!  もしかして縁談相手が自分でいいのかって聞いてくれているのですか?」

 ジョエルの言葉にハッとして、顔を輝かせたシビル嬢。
 しかし、ジョエルは不思議そうに首を傾げる。
 そして、すっとある一点を指さした。

「ドレス……染み、いいのか?」
「…………へ?」

 勢いよく立ち上がった時にこぼれたお茶が彼女のドレスにどんどん染み込んでいた。

「~~~~っっ!」

 その日のシビル嬢は顔を真っ赤にして帰って行った。

 この縁談もダメそうね……
 そう思ったのだけど。

(えぇぇ!?)

 ────後日、やはり前向きに縁談の話は進めたいというガッツだけはある連絡が届いた。
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