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59. 二人の友情?
しおりを挟む(し、視線が痛い!)
「……」
公爵令息エドゥアルトはジョエル相手にはあんなにペラペラ喋っていたというのに、今はじとっとした探るような目で見てくる。
(ジョエルも純粋だけどこの子も純粋そうなのよねぇ……)
私は大きな怪我は無さそうだと確信し声をかける。
「立てるかしら?」
「……」
エドゥアルトは素直に立ち上がったものの、私たちをじとっとした目で見ることはやめない。
確実に変なプレイをしている夫婦……そんな目で見ている。
(───しょうがないわね)
私は盛大に開き直ることにした。
バサッと髪をかきあげる。
「そうね────ジョエルのあの足捌きは私譲りよ!」
「!」
エドゥアルトの目がキラッと輝く。
「ひとは、すき……ならふむのか!」
私は首を振る。
「そういうことじゃないわ。けれど、ジョエルの中では“そう”みたいね?」
「……!」
目を輝かせたエドゥアルトが勢いよくジョエルに顔を向ける。
ジョエルはジョルジュのお説教を聞きながら眉間に皺をかなり深くしていた。
「───ジョエル。いいか? 今、人の背中をムニュッとしていいのは特殊な訓練を受けたガーネットだけなんだ」
「とくしゅ……くんれん」
「そうだ!」
(ジョルジューー!?)
大真面目な顔で堂々と嘘を吐いている!
「ジョエルは特殊な訓練を受けていないだろう?」
「……」
コクリ。
ジョエルが静かに頷く。
(私も特殊な訓練なんて受けてないわよーー!?)
「───いいか? 今後はガーネットの許可がないとムニュッはダメだ」
「ははうえ……」
「そうだ。そしてガーネットから許可をもぎ取るのは厳しいぞ」
「……」
知っていると言わんばかりに頷くジョエル。
「よし! 理解が早い。さすが俺たちの息子だ」
「……」
「ん? それならどうやって“友達”を作ればいいの? だと?」
「……」
「ジョエル───それを俺に聞くのか……」
ジョルジュも険しい表情になった。
「……」
「…………難しい質問だな」
「……」
「なんでかって? ジョエル…………すまない。父様の友達はガーネットだけなんだ……」
「……!?」
ジョルジュがまた大真面目な顔で混乱させるような発言をしたので、ジョエルが固まる。
「……」
「……」
そのまま、眉間に皺を寄せた二人がそっくりな顔で固まってしまた。
(な、何してるのよーー!?)
朝の置物みたいに動かなくなった二人に突撃しようとしていたら、横からエドゥアルトが私のドレスをクイッと引っ張った。
私はしゃがんで目線を合わせる。
「なにかしら?」
「……ジョエルはともだち、いないのか?」
「え?」
ポソッとした小さな声で私に聞いてくる。
「ええ。それで今日のパーティーで他の家の子供たちと触れ合ってもらえたらと連れて来たのよ」
「…………そうか」
公爵令息エドゥアルトは何やら意味深な目でジョエルのことを見つめていた。
その後、ジョルジュとジョエルはもちろん、ずっと固まっていて微動だにしていなかった他の令息たちも叩き起し、私たちはパーティー会場へと慌てて戻る。
パーティー会場ではコックス公爵夫妻が困った顔で息子───エドゥアルトの行方を探していた。
「ちちうえ、ははうえ!」
両親の元に駆け寄るエドゥアルト。
「───エドゥアルト!」
「支度している最中に目を離したら消えていて……どこに行っていたんだ! ずっと探していたんだぞ」
(なるほど……息子が突然行方知らずになっていたから主催が中々現れなかったのね?)
「あっちであそんでた!」
エドゥアルトは庭奥を指さしてそう報告する。
公爵夫妻は困ったように顔を見合わせる。
「遊ぶならパーティーでご挨拶してから…………あら? エドゥアルト、その背中の足跡は何?」
「人の足跡みたいだが……?」
困惑する公爵夫妻にエドゥアルトは満面の笑みで答えた。
「ふまれた!」
「「!?」」
とても嬉しそうなエドゥアルトとは対称的に会場の空気は一気に凍りついた。
─────
そして、パーティーは終わって帰りの馬車の中。
カチンコチンに固まったジョエルを行きと同じように抱えて馬車に乗り込んだ私たち。
「……夫人が豪快な方で本当に良かったわ」
「ガーネットが前に言っていた王女殿下は変わった人というのはこういうことだったんだな」
「ええ、そうよ」
元王女──コックス公爵夫人は、息子が踏まれたというのにそれをあっさり受け入れて笑い飛ばしていた。
「お咎めなしは良かったけど、私としては公爵令息の将来が少し心配ね」
「そうか?」
「……」
「ガーネット?」
ジョルジュが不思議そうに私の顔を覗き込む。
(あなたと同じで、変な世界の扉が開いちゃった気がするからよ……)
コホンッ
軽く咳払いをして誤魔化し、私は石化中のジョエルの頭をそっと撫でる。
「それより、ジョエルよ、ジョエル」
「ん? 何がだ?」
「無口無表情、表情筋の死滅はともかく、想像以上に素直な子だと分かったわ」
「何でもグングン吸収するいい息子だ!」
うんうんと頷くジョルジュ。
「いい子だけど、心配よ。何でも鵜呑みにしちゃう!」
今のままでは将来、好きな女の子を踏みつけかねない。
それだけは何としても阻止しないと!
「───ジョエルは素直な分、言い聞かせる時は色々気を付けないといけないわ」
「……」
私がそう言ったらジョルジュがうーんと考え込んだ。
「そういえば……この間、“初夜”について聞かれたな……」
「え!?」
「どこで耳にしたのか……」
「あ、あなた……ジョルジュ? それで、な、なんて答えたの!?」
まさか六歳の子供に一から十まで説明したなんてことは……
「───一晩中、手を繋いで眠る、とりあえず、そう言っておいたが?」
「ジョルジュ……! あなたも! あなたもついに空気が読めるようになったのね!?」
私が涙目で感動するとジョルジュは顔をしかめた。
「空気? なんの話だ?」
「いえ、いいのよ。今はそれでいいの……本当のことは大人になっていくうちに知ることになるでしょうし……」
───まさか、ジョエルがこの時の教えを素直にしっかり胸に刻み込んでスクスク成長し、本当のことを知らないまま大事な人と初夜を迎えることになるなんて…………この時の私は知る由もない。
そしてそんな、ジョエル踏みつけ事件の翌日。
「やあやあやあ! ジョエル!」
「……」
「ん? なんだそのかおは! まさか、きのうのきょうでもうボクのかおをわすれたのか!?」
「……」
突然、我が家の前に馬車が止まったと思ったら、コックス公爵令息エドゥアルトが現れた。
なんの連絡も受けていなかったので驚いた。
「ん? そのかおは…………なにしにきた? だと? そんなのきまってる!」
「……」
「ともだち……というのはこうして、ほうもんしてあそんでなかよくするものだ!」
「……」
「ん? すごいしわだな。そんなこともしらなかったのか!」
(え……ええ!?)
今日も公爵令息エドゥアルトはペラペラとしゃべり倒し始めた。
でも、彼の何がすごいって……
(ジョルジュみたいに心でジョエルと会話を始めちゃってる……)
「いままでのボクの“ともだち”は、ボクのかおいろばかりみていたからな! だが、ジョエルはあたらしい!」
「……」
「ん? なんだと! きのうのボクはほかのこにえらそうだった? とうぜんだ! ボクのははうえは、このくにの……」
「……」
「ん? それだと、ほんとうにすごくてえらいのはボクじゃない、だと?」
「……」
「な! そ、そんな……」
(え、えええ!?)
無言のジョエルの視線を受けて何だか勝手に萎んでいった公爵令息エドゥアルトは、その場でがっくり膝をついた。
そんな二人を見ながら愛する夫、ジョルジュは珍しく声を弾ませる。
「───ガーネット! 見たか? もう心が通じ合っているじゃないか。やはりあの二人はいい仲間になれるぞ!」
「え、ええ……………ジョエルはさっきから一言も喋っていないけどね……」
後に、エドゥアルトは語る。
あの時、ジョエルに体当りされて踏まれて色々と目が覚めたと。
当時、母親が凄い人なのだから自分も凄いんだと勘違いして常に周りに威張り散らしていた偉そうな自分を、ジョエルだけがキッパリ諌めてくれたと。
こうして、二人の友情? は深まっていく───
しかし、奇跡的に同性の友人は出来たけれど、
無口無表情で表情筋が死滅したジョエルと令嬢との相性はとことん悪かった……
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