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57. 最悪? の出会い

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(ジョエルーーーー!?)

 まさかの光景に私はジョエルを追いかけていた足を止める。
 踏み……踏みつけた……!?
 今、あの子……踏みつけた……わよね!?

「…………ガーネット」
「!」

 私と同じ光景を目撃し、足を止めたジョルジュ。
 険しい顔でジョエルを見つめて身体を震わせながら私の名を呼んだ。
 ジョルジュは普段、怒らない人。
 けれど、さすがのジョルジュも息子のこの行動は看過できな───……

「────さすが、ジョエルだ!」
「……ん?」
「見たか!  今の!」

 険しかった表情は消え、今のジョルジュの目はキラキラ輝いている。

「……えっと…………ジョルジュ?」
「見ただろう?  あの邪魔だと言わんばかりの、一切躊躇う様子を見せない豪快な踏みつけ…………まるでガーネットそのものだ!」
「まるで私……」

 そう言われて自分がジョルジュを踏みつけた時のことを思い出す。

(くっ……何も言えない)

「我が息子ながら惚れ惚れする足捌きだな。これはぜひ今度───」
「そんなことより!」
「?」

 私はジョルジュの言葉を遮る。
 問題はなんでジョエルが体当たりして踏みつける……なんてことをしたのか。
 そして、踏まれた子は大丈夫なのか、よ!!

「───行くわよ、ジョルジュ!」
「お、おい、ガーネット!?」

 私はジョルジュを引き摺りながら足を前に進める。

(あの踏まれた子…………身なりがかなり良い……)

 周囲にいる子は“そこそこ”の家のお坊ちゃんって雰囲気だけれど、あの子は違う。
 間違いなく高位貴族の子どもだ。

(ジョエル……他にも転んだ子はいたのに……)

 何故……何故ピンポイントであの子を踏んだのよ!!

 そんなジョエルは体当たり&踏みつけ行為をしておきながら、そのまま駆け抜けようとしたので、当然ながら待ったがかかった。

「───……お、おい!  おまえ!  ゲホッ……まて!」
「?」

 子どもたちの輪の中心人物───ジョエルに踏みつけられた子が地面に這いつくばったまま呼び止める。
 周りの子たちは何が起きたのか理解が追いついていないのか呆然とした様子で微動だにしない。
 そんな中、呼び止められたジョエルは足を止めてゆっくり振り返った。

「おまえ!  いま、ボクになにをした!」
「……」

 ジョエルはしばし考えキュッと眉間に皺を寄せて口を開こうとする。
 しかし、相手の子の方が先に口を開いてしまう。

「とつぜん、どーんとぶつかってきて、ボクをふ、ふんだだろう!」
「……」

 ジョエルは暫く考えてまた口を開こうとする。
 しかし、またしても相手の子の方が先に口を開いてしまう。

「いったい、どういうつもりなんだ!」
「……」

 ジョエルがまたしてもワンテンポ遅れて答えようとしているけれど、相手の子は待っていられずにまた先に口を開いてしまう。

「このボクをだれだとおもってる!」
「……」

 キュッとジョエルの眉間の皺が深くなった。

「ははうえにいいつけてやるぞ!」
「……」
「おまえなんか、ははうえのてにかかれば、ペチャンコにされるんだからなッ!」
「……」
「ペチャンコだぞ!  ペチャンコ!  こわいだろ!?  ないてゆるしてといってもおそいんだぞ!」
「……」

 ジョエルは、うーんと首を傾げる。

「なんだ、そのかおは!  それから……さっきからなんでなにもいわない!?」
「……」
「…………っ!  そうかボクをバカにしているんだな!?」

(あぁぁ!)

 ジョエルの無口無表情がますます相手の子を怒らせてしまっている。
 ゆっくり頭の中で考えてから喋ろうとするジョエルに対して相手の子はペラペラと口が早い。
 二人の中のテンポが全く合っていない。

(それにしても、あの子……)

「ガーネット?  どうした?  ジョエルみたいな顔になってるぞ?」
「え?  ジョエルみたいな?  …………ああ、眉間に皺が寄ってるぞ?  ってことね?」

 私が足を止めて考え込むとジョルジュも足を止めて私の顔を覗き込んだ。

「いえ、あのジョエルに踏まれた子が“母上”と連呼しているものだから……」
「それがおかしいのか?」
「普通なら、こういう時に引き合いに出すのは父親かなって。母親が当主の家の子なのかしら?  それとも……」

 そこでハッと気付く。
 あの子の髪色、瞳の色……そして────……

 ───よく喋る。

(まさか、あの子……あの子の言う母親って……)

「ガーネット?  君の美しい顔のジョエル度がさらにアップしたぞ?」
「え?  ああ、さらに眉間の皺が深くなったぞ……ね?  なんでジョエル基準なのよ!  それより!」
「それより?」

 私は頭を手で抑える。

「ジョルジュ…………ジョエルが踏みつけたあの子はおそらく……」

 私がそこまで言いかけた時、相手の子が声を張り上げる。

「───ボクは、コックスこうしゃくけのエドゥアルトだぞ!」
「……」
「ボクのははうえは、おうじょさまだったんだ!  とってもえらいんだぞ!」
「……」

(やっぱりーーーー!)

 あの子こそが本日のパーティーの主催者のコックス公爵家の嫡男……エドゥアルト!
 子ども同士仲良くなれたら……と淡い期待を抱いた相手と、ジョエルは最悪の出会いを果たしているーーーー!
 私は頭を抱えた。

(これは、もう友情どころじゃないわね……)

 人に踏みつけられて喜ぶなんて、私の愛する夫……ジョルジュくらいのものよ。
 あの子の反応が正常……

「ははは!  おどろいただろう!?  どうやら、おそれをなしてなにもいえなくなっているな!」
「……」
「さあ!  いいか?  あやまるなら、いまのうちだ!」
「……」
「いまなら、このボクのかんだいなこころでゆるしてやって、げぼくにしてやってもい……」

 ────ムニュッ

「……ぐぇっ!?」
「……」

 グリグリ……

(え、え?  ええええ? ジョエルーー!?)

 なんとジョエルは、無言で突然もう一度、エドゥアルトの背中を踏みつけた。
 そして今度はグリグリと攻撃までしている。

「ぐぅ……お、おい!  おまえ……うぐっ……な、なにを」
「……」

 グリグリグリ……
 皆が唖然とする中、ジョエルはグリグリを続ける。
 これには驚きすぎて私も動けなかった。

「する……ん、だ…………」
「……」
「…………うぅ」

(ん?)

 気のせいかしら?
 公爵令息エドゥアルトのガーッとジョエルに噛み付いていた勢いが萎んでいっているような?

 グリグリグリグリ……
 そんな変化に気付いているのか気付いていないのか、ジョエルは顔色一つ変えずに踏みつけたまま。

「……うぐっ!  なんだこれは!  くぅ……き、きもちよく…………なんて、ない…………ぞ」
「……」

(───気もちよ……えっ!?!?!)

 何だか令息の口から聞き捨てならない言葉が聞こえた……気がした。

「ああ…………さすが、我が息子ジョエルだな」
「ジョルジュ!?」

 私が戸惑っていると横からジョルジュの感心した声が聞こえてくる。

「グリグリは……いい!  ガーネットのグリグリは癖になるんだ!  きっとジョエルのグリグリも同じなんだろう!」
「は?」
「今頃、あの踏まれている子もそれを強く感じている頃……」
「ジョルジュ!  あなた、何を言ってるの?」
「ガーネット?  何って、もちろん新しいとび…………」

 何だかジョルジュの口から怪しい言葉が飛び出そうとした時だった。

「──ふんだ」
「……なに?」
「じゃま…………ともだち……こまる」
「はあ?」

 ここに来て何やらジョエルがポツポツと語り出した。
  
「と、いうかおまえ、ようやくしゃべっ……」
「……しらない。ははうえ?  …………ペチャンコ?」
「!?!?!?」

 呪文のように発せられるジョエルの言葉に公爵令息エドゥアルトが困惑し始めた。
 周りの子なんてずっと石化してる。

「凄いな!  ガーネット、聞こえたか!?  ジョエルが三語も喋っているぞ!」
「え?  ええ、そう、ね?」

 滅多に喋らないジョエルが三語も口にしたことにジョルジュが大興奮。
 だけどジョエルは、いったい何を言っているのかしら?

「こわく……ない。かお、はいつもこう……バカ、にする?  えど……ある、と……?  おうじょ、えらい……」
「!?!?!?!?」

(───ジョエル!!)

 ここまで来てようやく分かった。
 ジョエルは今、ゆっくり一つ一つ、公爵令息エドゥアルトが口にしてきた言葉に対して答えていた。

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