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56. 踏みつける
しおりを挟む「さすが、王族に連なる公爵家のパーティー。人が多いわね」
「なるほど。子どもたちも自由に外で遊べるようにガーデンパーティーにした、というわけか」
「室内じゃすぐに飽きちゃうものね」
「……」
ジョルジュが頷く横でジョエルはキョロキョロ辺りを見回しては戸惑っている。
(ジョエルは、思った以上に人見知りのようね……)
無口無表情に人見知り……
やはり、早いうちにこのような機会を設けてもらえて良かったわね、と思った。
さて……と私も辺りを見渡す。
「まだ、主催の公爵夫妻と子息の姿は……ないみたいね」
挨拶に行こうかと思ったけれど姿が見えない。
すでに人が結構集まっているのに……
何かあったのかしらと不思議に思う。
「ジョルジュ、ジョエル! 暫くは自由に───」
私が二人にそう声をかけようとした時だった。
「───ガーネット様! ご機嫌よう」
「ガーネット様ですわよね!?」
(ん? この方たちは……)
私の周りに各家の夫人たちが集まって来る。
「本日はお会い出来て嬉しいですわ」
「相変わらず、その凛としたお姿……惚れ惚れしますわ」
「そうそうご実家の侯爵家は───……」
あっという間に囲まれてしまった。
(くっ……油断しすぎたようね…………しくったわ)
夫人たちが寄って集ると、なかなか話が終わらない。
案の定、私を囲みながらあれやこれやと話がどんどん広がってゆく。
(仕方がないわ……少し付き合うしかなさそうね)
情報収集も大事なので無下にするのもよくない。
私は観念して彼女たちの話に付き合うことにした。
輪から弾き出されたジョルジュとジョエルに視線を送る。
───少しの間、二人で過ごしていて!
ジョルジュ! ジョエルのことをよろしくね?
「……!」
目が合ったジョルジュは、心得た! という表情で大きく頷いた。
「よし! ジョエル。ガーネットは忙しそうだから俺たちはゆっくり会場を回ることにしよう!」
「……!」
コクリと頷くジョエル。
手を伸ばしてジョルジュとキュッと手を繋ぐ。
(よし、いい子ね!)
その辺で自由にはしゃいでいる子どもたちもいるけれど、いきなりその輪にジョエルを放り込むわけにもいかない。
もちろん、ジョエルを一人にするのは不安なのでこういう時はジョルジュがいてくれて有難いと思う。
「ジョエルはどうしたいとかあるか?」
「……う?」
「なに? あそこの美味しそうな料理に興味がある?」
「……う」
「分かった! では片っ端から料理の制覇をしに行くぞ!」
「……う!」
「では、あっちだな!」
(ジョルジュ! ジョエルは、う……しか言ってないわよ……?)
ジョルジュの解釈が正解だったのかは不明だけど、
二人は仲良く手を繋いで料理の並ぶテーブルに向かって歩き出した。
おしゃべり好きな夫人たちの相手をし続けようやく解放された。
(ホホホ……相変わらず本音と建前が交錯する世界だこと……)
何気ない話題の中に皆、我が子が一番!
というマウントがチラッチラ見え隠れしていた。
(無口無表情ならジョエルが一番ね)
なんてことを考えながら、私は二人が向かったはずの料理が並ぶテーブルに目を向ける。
(さて、二人は今どこで何を食べて…………ん?)
ジョルジュとジョエルの姿が見当たらない。
料理を制覇するのではなかったの?
「……」
(ホホホ……まさか、ねぇ?)
冷たい汗が流れる。
まさか! 人様の家の庭で迷子になったりしないわよね?
こういう時は慎重に行動するわよね?
……普通なら。
「……」
(───待って! ダメ! 私の愛する二人は……普通じゃない!)
私は頭を抱える。
赤ちゃんの頃から何となくジョルジュの迷子の血を色濃く受け継いでいそうだったジョエル。
この六年間、ジョエルはジョルジュ並に色々とやらかしてくれた。
そして、それはジョルジュ捜索に慣れたギルモア家の使用人たちも戦慄するほどだった。
(何が問題かって?)
ジョルジュは不思議だな……と首を傾げながらも前へ前へと突き進むので捜索はしやすい。
しかし、息子のジョエルは……
不思議だな……と首を傾げながらとにかくクネクネする!
前へ進んだり戻ったり横道に入ったり……
ジョルジュみたいに新しい道を見つけたからといってそこに行くかも分からない。
完全に気分次第。
───つまり、予測不能!!
(とはいえ、このままずっと二人とも行方不明じゃ困るわ!)
私は慌てて捜索に乗り出した。
とりあえず、料理の並ぶテーブルを抜けてコックス公爵邸の庭園の奥へと向かってみた。
「ジョルジューー、ジョエルーー?」
私が声をかけながらウロウロしていると、突然目の前に現れた影とぶつかった。
ドンッ
「きゃっ!?」
「す、すまない…………ん? この美しい声はガーネット?」
「え? ジョルジュ!?」
顔を上げると、そこに居たのは愛する夫ジョルジュ。
見つけたわ!
ホッとしたけれどすぐにあれ? と思った。
「ねぇ、ジョルジュ? ジョエルは?」
「…………」
「ジョルジュ!?」
無言のまま、すっと視線を逸らそうとするジョルジュ。
私はガッとジョルジュの顎を掴んでこっちを向かせた。
「……あなた、まさかジョエルとはぐれ……」
「……」
もう一度、視線をそらそうとするジョルジュ。
「ジョルジュ! 私の目を見なさい!」
「……っっ」
ビクッと震えるジョルジュ。
それでも、まだ私に視線を向けようとしない。
(もう!)
私はキッと睨みつけてジョルジュに向かって叫ぶ。
「ジョルジュ? ───この場で踏みつけるわよ!?」
「……! それはご褒美だ!」
カッと目を見開いたジョルジュがこっちを見た。
ようやく目が合ったので私はにっこり黒い笑みを浮かべる。
「……あ」
「────ふふふ。さて、愛するあなた? 私たちの可愛い息子はどこ?」
「…………ガーネット」
────
「つまり? お腹いっぱいになったから散歩してたら、私とぶつかる直前にジョエルはあなたの手を離して急に駆け出しちゃったのね?」
「ああ。何だか子どもたちの騒がしい声が聞こえて来て、なんだろうと気を取られた時だった」
話を聞いてみると、今はとりあえずジョエルとはぐれてホヤホヤらしいことが分かった。
しかし……
「……子どもの声?」
「声の方に向かったとは思うのだが……」
「なるほどね…………で? 声がしたのはどっち? どの方向?」
「……」
ジョルジュは右向き左向き、顔を正面に戻すと眉をひそめた。
「────分からん!」
「でしょうねーーーー!」
私はホホホと笑う。
同時に考える。
ここまで来た道でジョエルと出会ってないのだから、きっと向かったのは更にその奥。
(……行ってみるしかないわね)
「とりあえず奥に進むわよ! ジョルジュ!」
「!」
私はジョルジュを引き摺りながら更に奥へと足を進めた。
そうしてズルズルとジョルジュを引き摺って歩いていると、人の声が聞こえて来た。
この声は大人というよりも───
「……子どもの声?」
「ガーネット! これはさっきも聞いた声だ!」
「!」
それならば、ジョエルが近くにいるかもしれない!
そう思ってさらに先に進んだ。
そして……
(あ! あの後ろ姿は……!)
愛息子、ジョエルの後ろ姿をついに発見!
トタトタと走っている。
「ジョルジュ! ジョエルがいたわよ!」
「そうか!」
「ジョエルが走っている先に子どもたちが数人いるわね?」
ジョエルと年頃も近そうな男の子たちが集まっている。
聞こえて来たのはこの子たちの声だと思われた。
ジョエルはその子たちが集まっているところにトタトタと走って行く。
「……もしかしてジョエル、あの子たちと友達になりたいと思って声のする方に走っていったのか?」
「そうなのかしら?」
(人見知りなのに?)
なんてことを話しながらジョエルのあとを追いかけていた時だった。
(……ん?)
集まっていた子どもたちの輪の中にジョエルは減速することなくそのままどーんと突っ込む。
その衝撃で数人の子どもたちが転んだ。
「…………え?」
私は思わず自分の目を擦った。
い、今のは体当たり……?
ジョエルは何を……?
「ね、ねえ、ジョルジュ……見た? 今の……体当たり」
「ああ。我が息子ながら中々の力強くていい体当たりだ! さすがだ!」
「────そういうことじゃなくて!」
体当たりされた子どもたちが唖然とする中、ジョエルはそのまま足を止めずに走り抜けようとする。
(ええ!? 止まらないの!?)
その際、集まっていた子どもたち───その輪の中心人物に見えた転んだ男の子の背中を……
……ムニュッ
(…………あ!)
豪快に踏みつけていた。
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