誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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55. “大丈夫だ”は、大丈夫じゃない

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「ジョエル!  今日はパーティーに行くわよ!」
「……?」

 ジョエルはきょとんとした顔で目を擦っている。
 今、ようやく覚醒したばかりなので、まだ頭が回っていないのかもしれない。

「ぱ?」
「パーティーよ。子どもの参加も可能な昼間に開催されるパーティーだけどね!」
「ぱ……」

 ジョエルの中では、パーティーとは夜に開催されて大人が参加するもの……という認識があるのか明らかに困惑している様子をみせる。
 助けを求めるようにチラッと隣にいるジョルジュに視線を向けたけれど、残念ながら今朝のジョルジュはまだ置物。

 私はパンパンパンッと手を叩く。

「いいこと?  主催者はもちろん、他の家も子どもを連れて来てくれるわ、“友達”を作るチャンスよ」
「……」

 ジョエルは一瞬考え込んだ後、キュッと眉間に皺を寄せる。
 “友達”というフレーズに身構えた様子。

「無理に友達を作れとは言わないけれど、“仲良くなりたい”そう思った子には、どーんとぶつかってみるといいわよ!」
「どーん……」
「そうよ!」

 ジョエルは眉間に皺を寄せたまま、何度も“どーん”とブツブツ繰り返しながら何かを考え込んでいた。
  
「───さあ、さっさと朝食を済ませて準備にとりかかるわよ!  置物時間が長すぎてギリギリですからねっ!」

 私は、はいはいとジョエルを急かす。
 ハッとしたジョエルは慌てて朝食を摂ろうと自分のお皿を見て、絶望の表情を浮かべた。

「……」

 顔を上げてじっと何かを訴えるような目で見てくるジョエル。
 私はにっこりと笑い返す。

「……!」

 これはダメだとすぐに理解したジョエルは、またしても隣の置物父親に視線を向ける。
 しかし、残念ながら未だにボーッと一点を見つめているだけのジョルジュには何も届かない。

「……」

 ジョエルは回避を諦めてしぶしぶピーマンを口に運んだ。

(本当に馬車とピーマンを前にした時だけは分かりやすいんだから……)

 でも!
 今日のパーティーで人と触れあえば、何かが変わるかもしれない。
 私は仄かにそんな期待をする。
 なぜなら……王女殿下、いえ、公爵夫人の息子はジョエルと真逆の性格でよく喋る子だと言っていた。
 真逆の性格となると仲良くなれるか……はともかくとしても、何かしらの影響は受けるかもしれない。
 私はそこに期待することにした。

「…………ぅ」

 ピーマンとの激しくも静かな格闘を終えたジョエルが小さな悲鳴を上げた。
 空になったお皿を見て私はふふっと笑いながら頭を撫でる。

「ホーホッホッホッ!  ちゃんと完食出来たようね!  偉いわよ、ジョエル」 
「……」

 ジョエルは表情そのものは変わらなかったけれど、頬がほんの少し赤くなった。
 その表情を見て私も嬉しくなった。

「……───ん?  ガーネット?  ガーネットの天使の高笑いが聞こえた……」
「あら、おはよう。ジョルジュ」

 ここで、ようやくジョルジュが覚醒した。
 先程のジョエルとそっくりの動作で目を擦っている。

「…………ガーネット?  朝から天使……いや、何だか嬉しそうだな?」
「ええ、ジョエルがとてもいい子だったので嬉しくなっていたところよ!」
「ジョエルが?」

 ジョルジュは隣に座っているジョエルに顔を向ける。
 そしてじっと見つめた。

「空の皿…………なるほど!  ジョエル!  ピーマン完食したのか!」
「う?」
「そうか!  それは偉いぞ!  ジョエル!」
「……!?  ……!?」

 ジョルジュはそう言ってジョエルの髪をクシャクシャにしながら頭を撫でた。
 ジョエルはジョエルで置物だった父親がまるで全部見ていたかのように褒めるものだから、驚いてパチパチと目を瞬かせていた。

「ん?  ジョエル。なんだその驚いた様子は?」
「……」
「なんで分かったのか、だと?  そんなの当然だろう?  ジョエルの目を見ればすぐに分かる!  なぜなら俺はジョエルの父親だからな!」
「……!」

 ジョエルが息を呑む。
 そして目を大きく見開いて父親であるジョルジュの顔をじっと見つめる。

(ジョルジュ……)

 あなた今、得意そうに胸を張って発言しているけれど……
 でも、その視線がチラチラと自分の朝食に向かっているのがバレバレよ?
 ジョエルの目じゃなくて、自分のお皿にピーマンがあるから分かったことなんでしょう……?
 それなのにジョエル、めちゃくちゃあなたに尊敬の目を向けてるわよ?

「いいか?  父親とは息子のことは目を見ればなんでも分かるものなんだぞ、ジョエル!」
「……!」
「だから、何か困った時はどーんと父様にぶつかってこい!  ジョエル!」
「……!!」

(ふふ、全く……)

 ジョルジュの発言を素直に受け止めているジョエルの様子を微笑ましく感じて、思わず笑みがこぼれた。
 私のその顔を見たジョルジュが嬉しそうに言った。

「───ほら見ろ!  ガーネットもとても嬉しそうに微笑んでいるぞ?  今日も美しい。なぁ、そう思うだろう?  ジョ……」

 どんっ

「……ん!?」
「え?  ジョエル!?  何してるの?」

 ジョエルは椅子から立ち上がると思いっきりジョルジュに向かってどーんとぶつかった。
 驚いた私とジョルジュは顔を見合わせる。

(こ、これは……まさか?)

「えっと、ジョエル?  もしかしてあなた今、何か困っていることがあるの?」
「……」
「それで、どーんとジョルジュにぶつかった……の?」
「……」

 私の質問にコクリと頷くジョエル。
 ジョルジュと私の間に緊張がはしる。

「なに!  さっそくか?  いったい何に困っているんだ!  ジョエル!」
「……」
「大丈夫だ!  父様に任せろ!」

 ガシッとジョエルの両肩を掴むと、目を見て真剣に訊ねるジョルジュ。

(ジョルジュ……素敵!)

 愛する夫の父親の顔にキュンキュンしながら、私は二人の様子を見守る。
 無口、無表情なので感情が分かりにくいジョエルの困りごと……
 それは一体?

(もしかして、頭を撫でたことかしら?)

 もう僕は子どもじゃないぞアピール?
 いえいえ。
 でも、六歳はまだ子どもだと思うのよ。

(やはり、子育というのは難し……)

「………………にがい」

(───ん?)

 ジョエルはジョルジュの目を見ながらポツリと言った。
 一瞬、なんのことかしらと思ったけれど、
 それが頑張って完食したピーマンのことだと分かる。

「に……」
「……」
「……そ、そうか。確かにピーマンは苦いな」
「……」
「うん。に…………苦い、よな」
「……」
「くっ……………………ガーネット!」

(ジョルジューーーー!)

 それだけ呟いたジョルジュはそれ以上の言葉が見つからず、
 ジョエルの無言の圧力に負けてガバッと顔を上げると即、私に助けを求めて来た。

「……」

 やっぱりジョルジュの“大丈夫だ”は大丈夫じゃない。


────


「さあ、ジョエル。行くわよ!  行先はコックス公爵家!」
「こ……」

 そう言いかけたジョエルの顔が一瞬で固まる。
 そう、ジョエルにとってはピーマンよりも嫌いな難関───馬車。

「一瞬で固まったな」

 ジョルジュも困ったように石化したジョエルを見つめる。

「そうねぇ……コックス公爵家はすぐ近くだから…………今回は固まっている間にさっと運んじゃいましょう」
「分かった」

 なだめている時間も惜しかったので、私たちは石化したジョエルを持ち上げるとそのまま運んだ。
 そうして馬車はあっという間にコックス公爵家に到着。



「ジョエル、大丈夫?  着いたわよ?」
「……」

 パチッと目を覚ましたジョエルがキョロキョロと辺りを見回す。
 いつの間にか移動が終わり、自分が馬車から降りていることに首を捻っている。

「公爵家はとても近いのよ。まずはこのくらいの距離から出かけることに慣れるといいかもしれないわね」
「……」

 静かに頷くジョエル。
 私は優しく微笑んだ。

「いい子ね。さて、ジョエル。この家の息子の名前はエドゥアルトよ!」
「え……ど、ある、と?」
「そう、エドゥアルト。よく喋る子らしいわよ?」
「よく喋る……沈黙とは無縁そうな子だな!」

 ジョルジュがうんうんと頷く。

「見かけたらきちんと挨拶しましょうね!」
「……」

 素直にコクリと頷いたジョエル。



 しかし、この後……
 ひょんなことから挨拶するよりも前に子どもたちは顔を合わせることになり────
 結果、ジョエルは公爵令息エドゥアルトの変な扉を開けてしまうことになる……

 この時の私はまだそんなことは知らない。
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