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52. 才能
しおりを挟む私の声に振り返った二人は、そっくりな顔で私を見つめた。
今、ジョエルはジョルジュに抱っこされているので二人の顔の位置がとても近くて、似ていることがよく分かる。
「ガーネット?」
「あうあ?」
(……くっ! その表情も似てる……なんてそっくりなの……!)
その顔に負けそうになったけれど、私は耐える。
そしてキッと二人を睨んだ。
「あのね、二人共……」
「───ジョエル! 見たか、すごいな。呼びに戻る前から察知してガーネットの方から来てくれたぞ! さすが、ガーネットだな!」
「う!」
「……!」
父と子は見つめ合って大きく頷き合った。
二人ともそっくりな顔をしていて、表情は淡白。
なのに声が明らかに弾んでいて、私がこの場に現れて嬉しそうなのが伝わって来た。
「呼びに戻るつもりだった……ですって?」
「そうだぞ。今、この綺麗な花をガーネットにも見せたいとジョエルとも話していたんだ!」
「…………それは聞こえていたわよ!」
(本当に、危な……かったわ)
このままだと私の元に戻ろうとした二人が、さらにおかしな方向に進んでしまい、本格的な迷子───失踪事件にまで発展するところだった……
事前に阻止出来たことにホッと安堵する。
「そうなのか! やはりガーネットは耳も良いんだな。というわけでガーネット、薔薇が見頃のようでとても綺麗だぞ!」
「う!!」
二人がどうだ! と言わんばかりに薔薇の前で胸を張っている。
「そして、俺はジョエルにプロポーズの心得を伝授していたところだ!」
「…………それも聞いていたわよ! 二十年くらい早いと思うけど!」
「そうか? だが、大事なことだからな。今からたくさん言い聞かせておいてもいいだろう?」
そう言ってジョルジュはジョエルの頭を撫でた。
(全く……)
私はやれやれと思いながらも腰に手を当てる。
「そんなことより、勝手に居なくならないで欲しかったわ」
「すまない。だが、ジョエルが突然走り出したから……」
「───ええ、そのことは分かっているわ。危ないからと慌てて追いかけてくれたのよね?」
そのことには、もちろん感謝している。
ポンコツ成分が多くても、こう見えてジョルジュは立派な父親だも……
「危ないから? 何を言っているんだ? 俺はさっそく鬼ごっこ開始だな! と思って走り出したジョエルを追いかけただけだぞ?」
ゴフッ
思わず私は吹き出した。
慌ててジョルジュの顔を見ると彼は大真面目な顔をしていた。
「…………え? お、鬼……?」
「そうだ。鬼ごっこだ! そしてこうして無事に捕まえた!」
「うあっお!」
ジョルジュは真面目な顔のままそう言い切った。
また、タイミングよく相槌を打ったジョエルは、“捕まった!”と言った気がする。
「お、鬼ごっこ……」
「鬼ごっこだ!」
「……」
(待って? え? ジョルジュは完全に遊びのつもりで……え、ええっ?)
「……ジョルジュ! あなた、父親……」
「ジョエルは馬車に乗る前はあんなにはしゃいでいたのに、乗り込んでからは何やらどんどん元気が無くなっていったからな。駆け出すほどの元気があって良かったと思ったぞ!」
「!」
(ふ、複雑……!)
あなた、父親としての自覚はあるの?
ジョルジュにそう問いつめたかった。
けれど、ジョルジュの言うように、ジョエルの様子は確かに途中からおかしかった。
そこにはちゃんと気がついている。
「ジョルジュ……」
「あと、ジョエルは走りながら、くねくねと道を曲がってどんどん方向を変えていたぞ! 面白い逃げ方をする!」
「へ、へぇ……そう、なの」
「鬼ごっこの才能があると俺は思う」
(鬼ごっこの才能……)
追いかけるのに出遅れたという護衛たちがなかなか見つけられなかったのも頷ける。
それはいいけれど、ちゃんと道を戻れる…………のよね?
迷子のプロの血を引いていると思うと何一つ安心出来ない。
「ジョエル……あなた、その無表情の裏にそんなにもはしゃぎたい欲を隠していたのね?」
「……」
そう言いながら私はジョエルの顔をそっと覗き込んだ。
「う?」
(……うん、今は元気そうね)
なんであんなにも急に大人しくなっちゃったのかしらと思いながら、私もジョエルの頭をよしよしと撫でる。
「でもね? ジョエル。う! でも構わないから駆け出す前になにか私や皆に向かって一声かけて欲しかったわ?」
「う!」
「今、言われても…………そして、その返事はどういう意味の“う”かしらね……?」
「う」
「……まあ、いいわ。ジョルジュとの鬼ごっこは楽しかった?」
「あうあうあ!」
今のは私にも分かる。
楽しかったと言っている。
「全く! とりあえず、大事にならなくて本当に良かったわ」
「ははは! ガーネットは心配症だな」
「とりあえず、護衛たちには無事に発見したこと伝えなくちゃいけないわね」
「ん? そういえば……護衛たちは揃って迷子か?」
ジョルジュが自分のことを棚に上げながら、それまで抱っこしていたジョエルを地面に降ろした。
「まあ、父上や母上が言うには、俺も小さな頃はよく走り回って迷子になり捜索……」
「う」
(ん? 今、ジョルジュの話の途中なのに、う……って…………えぇぇえ!?)
そう思った時には、ジョエルが再び走り出していた。
私はハッとして声を上げる。
「ジョエルーーーー!?」
「よし! これは第二ラウンド開始だな!? ジョエルは体力が有り余っているようだ!」
「ジョルジュ! 感心してる場合!? いいから追いかけるわよ!?」
(だから、鬼ごっこをしに公園に来たわけじゃないのにーー!)
確かに一声かけて、とは言ったけど!
ジョエルは律儀に守ってくれたけど!!
「ははは! 元気なのはいいことだ……」
「い・い・か・ら! 行くわよ!」
(ジョルジュはともかく、ジョエルのパターンなんてまだよく分からないわよーーーー!)
私はうんうんと呑気に感心しているジョルジュをズルズルと引き摺りながら、再び走り始めたジョエルのことを必死で追いかけた。
そして途中、護衛とも合流したので、結果かなり大規模な鬼ごっことなった────
「つ……疲れたわ。もう足がパンパンよ!」
「ジョエルの一切周りのことなぞ気にしない清々しいあの走りっぷり……良かったな」
その後、ジョエルとの鬼ごっこは第三、第四ラウンドまで繰り広げられ、私の足は大変なことになっていた。
「ガーネットがジョエルを追って走る姿も美しかった……俺は途中からずっとそんなガーネットに見惚れていた!」
「ホホホホホ! ……どおりでね! 途中からジョルジュが全くの役立たずになっていたわけだわ」
私は愛する夫をキッと睨む。
一方、そんな息子、ジョエルはさすがに体力を使い切ったのか、今はスヤスヤと私の腕の中で気持ちよさそうに眠っている。
「ぐっすりね……疲れていたのに表情を一切変えずにいきなり、こてんと眠ったからびっくりしたわ」
「ジョエルには行き倒れの才能もあるんじゃないか?」
「……そんな才能、要らないわよ」
ジョルジュがサラッととても恐ろしいことを言う。
出来ればもっと、違う才能を受け継いで欲しい。
「とりあえず、ジョエルを馬車に乗せるという目的も達成したし、公園では思いっきりはしゃげたみたいだから……そろそろ帰りましょう」
「そうだな」
そうして私たちは帰路につくことにした。
ガタゴトと馬車に揺られながら私は、眠っているジョエルの顔を見る。
「ジョエル……寝顔も天使だわ……!」
「ああ、当然だ! 俺たちの子だからな!」
私の言葉を拾ったジョルジュが当然のことのように言う。
「これからどんな風に成長するのかが楽しみだ」
「ええ、そうね」
微笑みながら、そっと起こさないようにジョエルの頭を撫でようとしたその時。
「う……?」
「あら、ジョエル。目を覚ましちゃった?」
「……」
ジョエルは目を覚ましたらしく、私の膝の上からムクっと起き上がると少しぼんやりした目でキョロキョロする。
「今は帰りの馬車の中よ? 邸に着くまではまだ眠っていてもいいわよ?」
「……」
ジョルジュ並に寝起きの悪いジョエルはそのまま無言で固まった。
「ジョエル、ピクリとも動かなくなったな……」
「本当にね。こういう所もジョルジュ、あなたにそっくりよ!」
「そ……」
────ガタンッ
「ん?」
「きゃっ!?」
「……ぅ」
ジョルジュとそんな呑気な話をしていた時だった。
ギルモア邸に到着したわけでもないのに馬車が突然、急停車した。
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