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51. 即、やらかした
しおりを挟む「ガーネット」
「!」
「……」
(ん? 視線……)
馬車に乗り込む際、ジョルジュが当たり前のように手を差し伸べてエスコートしてくれる。
ジョエルはその様子をじっと興味深そうに見つめていた。
「いいこと? ジョエル。令嬢をエスコートする時はこうしてスマートに手を差し出してエスコートを行うのよ」
「……」
「……ジョルジュを見習わないで欲しい所もあるけれど、こういう所はしっかりしているから、そこはあなたも見習いなさい?」
「……」
無言のジョエルは視線を変えて、じっとジョルジュのことを見つめる。
ジョルジュは嬉しそうに弾んだ声で言った。
「聞いたか、ジョエル! 今、俺はガーネットに褒められたぞ!」
「……」
(……ん?)
気のせいかしら?
今、一瞬だけ怪訝そうな表情になって、ジョエルの眉間に皺が寄ったような……?
「とにかく! きちんと相手を気遣った行動が出来るような人になるのよ、ジョエル!」
「……」
ジョエルは無言だったけれど、私の目を見つめてコクリと頷いた。
そうして、私たちは馬車に乗り込み、公園へと出発。
「あー、ぅあー」
「どうだ、ジョエル。これがお前が乗りたがっていた“馬車”だぞ?」
ジョエルは興味津々で内装を見ながらキョロキョロしたり、外を見たりして忙しない。
(興味あることには活発のようねぇ……)
「ふふ、ジョエル。馬車は外出する際には必須だから早く慣れましょうね?」
「まあ、事故とか起こらないわけでもないが滅多にないから気にするな!」
「!」
(……ん?)
ジョルジュの何気ない言葉に、一瞬、カッとジョエルの目が大きく見開いたような気がした。
ガタガタ……
馬車は公園までの道をゆっくり進んでいく。
「……今日はちょっと馬車がいつもより揺れるわね?」
「道のせいか? 昨日、雨が降っていたし、道も工事中か何かのようだな」
ジョルジュが外を確認しながらそう言った。
ギルモア家の馬車は揺れにくい仕様のはずなのに、こんなに揺れを感じるのだからあまり道が良くないのかもしれない。
(まあ、ゆっくり進んでくれてるし……)
なんてことを考えていたら、さっきまでキョロキョロキョロキョロと好奇心旺盛だったジョエルがボーッと一点を見つめている。
「……」
「ジョエル? 大丈夫? あなた急に大人しくなったけど?」
「……」
(んー?)
コクリ。
ジョエルは頷いてくれたけど、揺れが激しくなるにつれて更にどんどん大人しくなっていった。
そんなこんながありながらも、私たちは目的の公園に到着。
馬車から降りた私は辺りを見回し、満足しながら頷く。
「────よし! 思った通り。街より全然人が多くないわね。良かったわ」
これくらいの人ならジョルジュが人に紛れて行方不明になるなんてことも考えにくい。
ジョエルも自然と触れ合いながら遊べるし。
これは家族会議を開いた結果があったわ。
まあ、難点は公園は広すぎるので万が一……が起きた時に捜索が大変ということだけど。
(そこは、護衛もいるし目を光らせておけば大丈夫よね)
「────さて、ジョルジュ! ジョエルと一緒に自然を満喫す…………ん?」
私は、自分よりあとから降りてきたはずの二人に向かって後ろを振りながら声をかける。
「……あ?」
しかし、そこに愛する夫のジョルジュと可愛い息子のジョエルの姿はなかった。
コシコシ……
私は目を擦る。
擦ってもいないものはいない。
あと、着いてきたはずの護衛もごそっと消えている。
(は? どういうこと?)
ほんの少しの間にいったい何が……?
私が困惑していると、護衛に連れてきた一人が慌てて走って来た。
「───若奥様!」
「ちょっと! 急に皆して居なくなってどうし……」
「馬車を降りた途端、ジョエル坊っちゃまが急に無言で駆け出して……それを今、若君が追いかけています!」
その報告に私は目を丸くする。
「は? 着いたのたった今よね? そんなほんの一瞬で?」
「……ほんの一瞬で…………です」
「えっと、つまり私がキョロキョロしている間に」
「ジョエル坊っちゃま、若君、護衛の順に走り出しました」
護衛は神妙な顔でそう告げる。
「…………とてもとても静かな追いかけっこのスタートでしたので、若奥様が気付かれなかったのも無理はありません」
「そんなに!?」
「あまりにも突然で静かなスタートに我々護衛も呆気にとられてしまい…………完全に出遅れてしまいました、申し訳ございません!」
「……」
クラっと目眩がした。
(ジョルジュ、ジョエルーー!)
「……鬼ごっこするために公園に来たわけじゃないんだけど」
「存じております…………が」
「……もう遅い、ってわけね?」
「……」
私が目を光らせる隙もないまま、早々に二人は失踪していた。
(ああ……私としたことが大失態)
邸内で、大冒険する子なのよ……
ジョエルがジョルジュに似て好奇心旺盛なことは分かっていたつもりだったのに。
だからって静かな追いかけっこのスタートってなに!?
せめて、声を……はしゃいだ声の一つでも上げてくれていれば……
「子育ってこんなにも難解で厄介なものだったのね……?」
「若奥様……」
私は息を吐く。
「本来なら、私はここで大人しくジョエルを捕まえたジョルジュの戻りを待つべきなのでしょうけど」
私には分かる。
迷子のプロ、ジョルジュは絶対にここには戻って来ない。
───捕まえた!
ジョエル、いきなり駆け出すとは……なんて俺に似てやんちゃなんだ!
だが、ガーネットが心配するからな。さあ、ガーネットの所に戻るぞ!
………………だが、ここはどこだ?
分かるか? ジョエル。
(当然、ジョエルに分かるはずがない)
そうして首を傾げたジョルジュは、護衛が自分たちを探しに来るのをその場で大人しく待つことなんてしない。
ましてや、自分が来た方向に戻るなんてことも考えない。
(つまり、とにもかくにも突き進む! これ一択よ!!)
「……この公園の地図はあるかしら?」
「はっ! こちらに」
私は護衛が持っていた地図を広げる。
「今、私がいる位置はここね? ジョエルが飛び出した方向は?」
「こちらです」
「そう……普通に考えたらこのまま突き進んだ先で待てば合流出来そうだけど……」
私は地図上にある一点に目をつける。
「そのまま突き進むと、途中に綺麗な庭園コーナーがあるのよね……」
「若奥様?」
私は目を瞑って考える。
(無表情なのに中身は好奇心旺盛な二人……庭園を見つけたら……)
───ジョエル! 見てみろ。綺麗な花が咲いてる庭があるぞ!
───う
───せっかくだから見ていくか?
───う!
───よし。ん? あぁ、そうだな。あとで、ガーネットにも案内したいな!
───う!!
(なんて言ってそう……)
「────ここの庭園に行くわよ?」
「若奥様!?」
私は護衛を連れて公園内の庭園に急いだ。
────
「───なかなか綺麗な花だな、ジョエル」
「あう、あー」
「何? 早くガーネットに見せたい? そうだな。では早く戻ろう。ん? 薔薇もあるぞ」
「あうあ?」
「そう。薔薇、だ。これは俺がガーネットにプロポーズした時の花だ」
「うお……?」
庭園に到着して走り回っていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
(何の話をしているのかしら……? プロポーズ?)
「───プロポーズ、だ。ガーネットに結婚してくれと伝えるために用意した」
「……」
「いいか、ジョエル。将来、お前も結婚したいと思った女性には花束でプロポーズするといい。が! 本数はしっかり確認するんだぞ?」
「……?」
(……ジョルジュ! なんのアドバイスしてるのよ……)
「なんと、本数を間違えると、ポンコツと呼ばれるからな」
「ぽ?」
「そうだ、ポンコツだ。そして俺はポンコツらしい」
「ぽー……?」
「ガーネットが何度か俺のことをそう呼ぶ…………だが、ご褒美だ!」
(ご褒美!? ジョルジュ! ポンコツは胸を張れることじゃないわよーー!?)
何だかジョエルに悪影響を与えそうな発言がさっきからポンポン飛び出している。
(間違いなく……教育上、良くないわ!)
───ポンコツな息子が出来上がってしまう!
「ジョルジュ、ジョエルーーーー!」
私はようやく二人の姿を見つけたので、慌てて声をかけた。
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