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49. 親子三人
しおりを挟む可愛い無口な我が子との戦いはそれからも続いていた。
「───さあ、ジョエル! 今日こそ、その可愛いお顔で笑うのよ! バアッ!」
「……」
しーん……
ジョエルはしっかりした目で私に視線を向けているのに無表情に無言。
得意の「う」すらも言わない。
「くっ……」
「……」
(なんて、なんて手強いの……! さすが私たちの子!!)
「ふっふっふ。でも私たちの子はこうでなくちゃね。覚悟なさい! もう一度いくわよ、ジョエル───」
「う」
「!」
あ、ここでは返事をするのね?
そんなことを思いながら本日のもはや何度目になるのかも分からない、いないいないばぁ、を再度試みようとした時だった。
「ガーネットもジョエルも、楽しそうだな?」
「ジョルジュ!」
「う」
執務の合間を縫ってジョルジュが部屋に顔を出す。
「仕事は?」
「ガーネットとジョエルの楽しそうな声が聞こえて来て、気になってそれどころじゃなくなっていたら父上から休憩を薦められた」
「ジョルジュ……それ、追い出されたと言うのでは?」
「そうとも言う」
ジョルジュはあっさり頷いた。
私は軽く咳払いしてから訊ねる。
「…………で? ジョエルの楽しそうな声って?」
この子は今日もずっと“う”しか言っていない。
笑わせようと頑張った、いないいないばぁも見事に全敗中。
すると、ジョルジュは眉をひそめた。
「ガーネット? 何を言っている? よく見てみろ。ジョエルはこんなにも楽しそうじゃないか!」
私の疑問にあっさりそう答えるジョルジュ。
「え?」
「なあ、ジョエル。ガーネットに遊んでもらって楽しいだろう?」
「う」
「なに? めちゃくちゃ楽しい? それなのに俺のことは仲間外れにするのか? それは悲しいぞ」
「う」
「お仕事頑張れ? 頑張るが……くっ……俺も遊びたい……」
「う」
「ジョエル……そんな怠けた父親は嫌だ? ジョエルーーーー……」
ジョルジュは、ジョエルを抱っこしながらそう話しかけては、勝手に落ち込んでゆく。
(すごい……)
相変わらず「う」で会話が成立する父と子。
そのうち目線を合わせるだけでも会話が成立しそうな気配すらある。
「…………なあ、ガーネット! この子は天才だと俺は思う!」
ガバッと顔を上げたジョルジュが急におかしなことを言い出した。
「どういうこと?」
「この“う”の使い方だ! たった一言なのにこんなにもバリエーションが豊かな言葉だと俺は知らなかった!」
「…………私もよ」
むしろ、理解力に優れたジョルジュこそ天才なんじゃ? と思えてくる。
「君の将来は有望だな、ジョエル!」
「う」
「将来が楽しみだ!」
「う」
「なに? 期待していてくれ? 分かった!」
私はそんな二人の姿を見て思う。
微笑ましい……とっても微笑ましい父と子の会話の光景のはずなのに。
なんで……なんでなの!
(────二人とも…………無 表 情 !)
そっくり……そっくりすぎるわ。
確かに私は、ジョルジュに似た子が欲しいと思った。
ジョエルは生後半年過ぎたくらいだけど……まさか、こんなにもジョルジュに見た目も性格もそっくりだと分かる息子が誕生するとは……
こんなの…………
(将来が…………楽しみだわ!)
ふふ、ふふふふと妖しい笑いが込み上げてくる。
どんな風に成長して、どんな風に友人を作って、どんな風に大切な人を見つけてくれるのか。
楽しみで仕方がない。
(お嫁さんは私がチェックしたいところだけど……)
そんなことを思っていたら、部屋の扉がノックされる。
誰かしらと思って顔を出すと使用人だった。
手には何か荷物を抱えている。
「それは何?」
「先程、ウェルズリー侯爵家から届きました!」
「え? 私の実家から?」
何か届く予定があったかしらと首を傾げる。
「はい、若奥様宛になっています」
「?」
手紙ではなく荷物。
いったい何かしら?
ジョルジュもジョエルを抱えたまま、不思議そうな顔でこっちにやって来る。
「ガーネット宛の荷物か?」
「ええ、そうみたい」
「……う」
ジョエルが、表情こそ変わらないものの興味津々な様子でその箱に手を伸ばす。
「あら、ジョエル? これの中身が気になるの?」
「う」
「ふふ、それなら開けてみましょうか?」
そうしてガサガサと中身を開封したところで、私たちは思わず声を上げた。
「ガーネット! こ、これは……」
「う!」
「お兄様だわ!」
箱の中から出て来たのは、ベビー服を着たクマのぬいぐるみ。
これは同封されている手紙を読まなくても分かる。
送り主はお兄様しかいない!
「……俺たちの結婚式の身代わりを務めていたクマによく似ているな」
「ええ、そうね」
「う」
ジョルジュも同じことを思ったようで、じっとクマのぬいぐるみを見つめる。
「でも、サイズは一回りくらい小さくないか?」
「確かに……それに着ている服も」
ふむ……と考え込んだジョルジュは抱っこしていたジョエルを私に渡す。
すると、部屋に飾られているあの結婚式に使ったクマのぬいぐるみの所に行き、それを持って戻って来た。
「う!」
ジョエルが今度はジョルジュが手にしているクマのぬいぐるみに向かって手を伸ばす。
「ふふ、気になる? ジョエル。あのぬいぐるみは私たちの思い出の品なのよ?」
「う」
「こっちが俺でこっちがガーネットだ! どうだ! 特にガーネットクマは可愛いだろう?」
「う!」
ジョエルがパタパタと手足を動かす。
私は驚いた。
(この子がこんなに興味を示すなんて!)
お腹が空いたという意思表示さえ、滅多に泣かずに無言で眉間に皺を寄せている子なのに!
「ん? ガーネットは綺麗だったか? ああ、このクマも可愛いが本物のウェディングドレス姿で俺と愛を誓うガーネットはとても美しかったぞ?」
「う」
「あの美しい姿で天使のような美しい声で俺の名前を大声で呼ばれた時は天国───」
「…………それ、愛を誓った時の話じゃないわよね? あなたが迷子になった時の話よね?」
じろっと睨むとジョルジュはきょとんどした目で私を見た。
「結婚式の日の出来事に変わりはない! 似たようなものだろう!」
「ジョルジュ!」
「う!」
ジョルジュを叱ろうとしたら、ジョエルがしきりに何かを訴えて来た。
すかさず通訳者ジョルジュが反応する。
「なに? 自分もそんなガーネットみたいな可愛い嫁が欲しい? ジョエル……さすがにそれはまだ気が早いだろう」
「う……」
「そんな落ち込むな。まだまだ、これからだ。だが、いいか? 素晴らしい嫁と出会うには見極めが必要だぞ?」
「う!」
相変わらずの以心伝心の会話をしている二人を横目に同封されていた手紙を読むと、お兄様の字で、
“ジョエルのぬいぐるみ”
と書かれていた。
更によく読むとようやく完成したとも書かれている。
お兄様はジョエルが生まれてからずっと準備してくれていたのかもしれない。
(なるほど、ジョエル仕様だからベビー服を着ていてサイズも一回り小さいのね?)
ふふっと笑いながら、私は新入りのベビージョエルクマを私たち夫婦のクマのぬいぐるみの真ん中に並べる。
「ジョルジュ、ジョエル! ご覧なさい! これで家族の完成よ」
「え?」
「う」
「ホーホッホッホッ! 可愛いでしょう?」
そっくりな二人の目がキラッと輝いたのが分かった。
そんな親子三人が並んだクマのぬいぐるみは、それから何十年経ってもずっと私とジョルジュの寝室に大切に飾られることになり……
ジョエルはジョエルで、ぬいぐるみは嫁いでくる花嫁が持ち込む花嫁道具の一種だと思い込んで成長する────
そんな愛する夫ジョルジュと無表情・無口だけどとっても可愛い息子ジョエル。
ジョエルが無口無表情に磨きをかけながらも、すくすく日々成長していく中で、
遂に、後のジョエルにあるトラウマを植え付けることとなる最初のきっかけが起きる────……
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