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48. 幸せな日々
しおりを挟む「ガーネット! 喉乾いていないか? 水だ!」
「ありがとう」
ゴクッ
「ガーネット! 腹が空いてないか? 菓子だ!」
「あ、ありがとう」
モグモグ……
「ガーネット! 寒くないか? これを羽織っていろ」
ジョルジュがそう言って自分の来ていた上着を脱ぐと私に羽織らせる。
「あ、ありがとう?」
「ガーネット! 眠く……」
「あーー、ねぇ、ジョルジュ!? あなた少し落ち着きましょう!?」
「!」
「気付いてる? 世話焼きが過ぎるわよ!?」
ジョルジュは、うっ……と小さく唸ると黙り込んだ。
「全く! あなたどれだけ私のことを病人扱いするわけ!?」
「びょ、病人……!? 違う、ぞ!」
ジョエルは首を振って否定する。
「本当に? 別に妊娠は病気ではないわよ?」
「わ、分かっている! だ、だが……」
「……」
シュンッとなる私の愛する夫、ジョルジュ。
私だって分かってる。
この人はただ、心配なだけ。
私はクスッと笑いながら、ジョエルの両手を取って握った。
「ガーネット?」
「あなたの人生の指南書には、妻が妊娠した時の心得は載ってないわけ?」
「あったぞ! ……とにかく優しく接しろ! 労りの気持ちを持て! とだけ」
ジョルジュはハッキリとそう言った。
「何だか急にアバウトになったわね……それ、妊娠した時だけなの? まぁ、いいけど」
そもそもジョルジュの場合のそれは普段の行動と変わらない。
ギルモア侯爵家───いえ、ジョルジュの元に嫁いでもうすぐ一年。
夫となったジョルジュは、時々……いえかなりの頻度で様々な面でポンコツっぷりを披露してくれている。
(何がすごいってそれをカバーする侯爵家の人たちよ……!)
朝の置物ジョルジュをせっせと食堂へと運ぶ姿。
朝食を出す時間もジョルジュの覚醒するだいたいの時間を見計らって提供する姿。
自分の屋敷内でも迷子になれるジョルジュをさりげなく誘導する姿……
(凄いわ……!)
そして普通、これだけ周囲に手厚くされて生きて来たなら、俺様とか我儘放題とか勘違いも甚だしい性格になりそうなものだけど……
そこは我が道を行くジョルジュ。
周囲への感謝も忘れないし、そしてとにかく妻の私のことを不器用なりにとても大事にしてくれる優しい夫だ。
(そんなところ…………好き……!)
「ガーネット!」
ジョルジュはじっと私を見つめると、手を離す。
そして、そのままギュッと私を抱きしめた。
「ジョルジュ……?」
「ガーネットを妻に出来たことが最高の幸せ……だと思っていたが、まだまだ幸せなことはあるんだと俺は知った!」
そんなジョルジュの言葉にふふっと私は笑う。
「ホーホッホッホッ! それはそうよ! 子ども関連で言えば……これからお腹の中のこの子が生まれてくる幸せ、生まれてから成長していく過程の幸せ……まだまだたくさん幸せなことは待っているわよ?」
「ガーネット……」
ジョルジュは目をパチパチさせている。
「何より、私はこうしてジョルジュ、あなたと一緒にいられることが一番の幸せよ!!」
「ガーネット!」
「ひゃっ!?」
ドサッ
感激したジョルジュは勢い余ってそのまま私をベッドに押し倒す体勢になった。
相変わらず、ふっかふかで寝心地最高な夫婦のベッドは気持ちがいい……
「……ジョルジュ」
「ガーネット……」
私はじっとジョルジュを見上げて見つめる。
ジョルジュもじっと私を見つめる。
「……」
「……」
「……大好きよ?」
「俺もだ」
その言葉が合図だったかのように、ジョルジュの顔がそっと近付いて───
……チュッ
私たちの唇がそっと触れた。
「……んっ、」
ジョルジュからの甘いキス攻撃が開始した。
(────ふふっ、聞こえるかしら? 私たちの赤ちゃん……)
あなたのお父様とお母様はこんなに仲良しよ?
だから、安心してこの私のお腹の中でスクスク育って元気に私たちの元に産まれて来なさい!
待っているわ!
私は、ジョルジュと甘い時間を過ごしながら、まだ見ぬお腹の中の子にそう語りかけた。
─────
そうして過保護なジョルジュと共に毎日を過ごしながら、あっという間に私は出産日を迎えた。
生まれたのは、可愛い可愛い男の子。
名前は、ジョエルと名付けた。
また、ギルモア侯爵家は私のなるべく手元で息子を育てたいという希望も聞いてくれた。
「───ジョルジュ、見て見て? ジョエルのこの目元、あなたによく似てると思うわ!」
「そうか?」
「そうよ、見てご覧なさい?」
私がお昼寝から目が覚めたジョエルの顔を見つめながらジョルジュに呼びかける。
ジョルジュがひょいっとジョエルの顔を覗き込む。
「……」
「……」
「……」
「……」
何故か無言で見つめ合う父と子。
(これ、なんの沈黙よ……)
「……」
「……」
そこからも、しばらく無言の後、ジョルジュが口を開く。
「ガーネット……俺はジョエルのこのつぶらな瞳はガーネット似だと思う! なぁ、ジョエル!」
ジョルジュが手を伸ばしてジョエルのぷくぷく頬っぺをぷにぷにしながら興奮気味に語る。
「う」
「ほら、ガーネット! ジョエルも激しく同意してるぞ!」
「激しく同意……? そ、そうかしら? というか、ジョエルも何でジョルジュの時には返事をしてるのよ!」
「う」
私が訴えると息子ジョエルは、ジョルジュにぷにぷにされながらじっと私を見た。
もう、目は見えて来ている頃のはずだけど……
「う……って、ジョエル……それから何であなた、そんな大人しくジョルジュにぷにぷにされてるのよ!」
「う」
「ここは、いっそもっと元気よくオギャーとか泣くものじゃないの?」
「……」
「え! ここで黙るの!?」
「……」
「ジョエルーー!?」
ジョエルは泣かない。
滅多に泣かない。
びっくりするくらい泣かない。
(事前に聞いていた赤ちゃんの話と全然違うわ!?)
私がこれくらいの時は、もっとギャンギャン泣いて泣いて泣いて邸の者たちが寝不足になったとお母様に言われたのに!?
ジョルジュと私の可愛い息子、ジョエルはよく言えば手のかからない、非常に大人しく淡白な子だった。
「……ふっ! さすがジョルジュの血を引く我が子! 一筋縄ではいかないということね?」
「……」
「受けて立つわよ、ジョエル!」
「……」
「この私、ガーネットがこの手で必ずあなたをこの国一番の紳士にしてあげようじゃないの!」
「……」
(……ん?)
じっと私を見ていたジョエルの視線がジョルジュに向かう。
「……」
「……」
「……」
「……う」
ジョエルがようやく一言発するとジョルジュは大きく頷いた。
「ああ。そうだぞ、ジョエル。ガーネットは美しいだろう? そして、やると言ったらとことんやる最高の女性だ」
「う」
「お前は、そんな素晴らしい母親のガーネットの手で必ずやこの国一番の紳士になれるぞ!」
「う」
「おお、そうかそうか、そんなに嬉しいか!」
「う」
「ん? いや……駄目だ。ガーネットは俺の女神だからな。だから、お前はお前だけの女神を見つけるんだ!」
「う」
(ジョルジュ…………!)
自信満々に胸を張ってジョエルの前で私のことをべた褒めしてくれる最愛の夫、ジョルジュ。
そんなジョルジュの言葉に胸をときめかせながらも、私は思う。
(なんで、“う”しか喋らないジョエルと普通に会話が成立してるのよ……!)
こうして、ギルモア家では非常に無口……無口レベルを超えたジョエルの子育てが繰り広げられていた。
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