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43. 誓えますか?
しおりを挟む✤✤✤✤✤
「───ジョルジュ!!」
私はジョルジュに向かって駆け寄る。
そして思いっきり抱きついた。
(まだ、行き倒れていないみたいだし、元気そう、良かった!)
「ガーネット? 本日の主役の花嫁が何で外にいるんだ?」
「……」
「しかも、さすがガーネットだ! とてもよく通る天使のような声。その美しい声で名を呼ばれて答えないという選択肢は無い!」
耳元でジョルジュの呑気な声が聞こえる。
私は身体を離すと、えいっ! とジョルジュの顎に軽く頭突きした。
「ぅ、ぐっ……!?」
「……もう! あなたはこんな時まで何を馬鹿なこと言ってるのよ!!」
「??」
ジョルジュは顎を擦りながら不思議そうな目で私を見る。
「この私が直々にジョルジュを迎えに来たのよ!」
「迎え……?」
自分が迷子になったという自覚がないからなのか、ジョルジュはポカンとした表情をしている。
だけどすぐにハッとして、手に持っていた薔薇を慌てて背中に隠したのが見えた。
(……全く! 全部見えているわよ!?)
「ちょ、ちょっと野暮用があって両親より先に馬車から降りただけで……その……」
「ちゃんと式場に向かっていた……そう言いたいのでしょう?」
「そうだ! 真っ直ぐの道が終わったからもうすぐだと思っていた所だ!」
私はガクッと肩を落とす。
「どこがよ! よーーく目を開けてご覧なさい? そんな建物は全然見えないでしょう!」
「……」
ジョルジュがキョロキョロと辺りを見渡す。
そして眉根を寄せた。
「いいこと? ジョルジュ。私たちが今日、愛を誓い合うべき建物はあっちにあるの!」
私はビシッと指をさす。
「方向がおかしいぞ?」
「おかしいのはジョルジュよ! あなたは、ずーーっと全っ然違う方向に向かっていたの!」
「!?」
ジョルジュの目がカッと大きく見開かれる。
「ガーネット……」
「全く……あなたは本当に本当にしょうがない人よね」
私はふふっと笑う。
「……」
「でもね? 私はそんなあなたが大好きよ、ジョルジュ」
「!」
「大好きだから迎えに来たのよ」
私はもう一度、ギュッとジョルジュに抱きつく。
「…………ガーネット」
「ジョルジュ?」
ジョルジュはそっと私から身体を離すと、急にモジモジし始めた。
「ガ……ガーネット……」
「なにかしら?」
「…………ガーネット!」
「!」
ジョルジュはバッと勢いよく背中に隠していた薔薇の花を私に差し出した。
(え! 今なの!?)
驚いた私が薔薇を見て目を丸くしていたら、ジョルジュがたどたどしく口を開く。
「ガ、ガーネット! こ、これで薔薇は……108本になる!」
「え、ええ。そうね……?」
ジョルジュの手が震えている。
「だ、だから! も、もう一度……言う……けっ、けけけけけ……」
再び「け」の呪いにかかったジョルジュ。
めちゃくちゃ頑張って“結婚”の二文字を言おうとしている。
「けけ、けけっけけ、けっけ───結婚! してくれ!」
さすが二回目! この間より早い!
「……あ、愛している…………んだ!」
「え!」
───愛している。
その言葉に今度は私の方が驚いて目を大きく見開いてジョルジュを見つめ返した。
(ジョルジュからの“愛してる”は、初めて聞いた……わ)
「お、俺、はガーネットを…………愛して、いる!」
「ジョルジュ……」
私は、ジョルジュの手をギュッと包み込むように薔薇ごと握る。
「……足を?」
「え?」
「ジョルジュは、あなたを何度か踏み付けた私のこの足を愛してるの?」
ジョルジュは迷わずにキッパリと答える。
「もちろん、足“も”愛してる!」
「!」
(足……も?)
「その豪快な性格、美しい声も、悪魔のような笑い方も、天使のような笑顔も、グイグイと俺を引きずっていく力も……他も……全部…………愛してる」
「……ジョルジュ」
「───だって、それのどれもが全部……ガーネット、だろう?」
「!」
私が息を呑んで見つめ返すと、ジョルジュはフッと笑った。
(え!?)
「待っ……ジョルジュが───わ、笑っっ!? えっ!?」
「?」
「きゃっ……!?」
初めて見たジョルジュの笑顔に動揺してしまった私。
身体中の力が思いっきり抜けてしまいよろけて転びそうになる。
「ガーネット!」
「!」
「大丈夫か!?」
「え、ええ……」
ジョルジュに支えられて何とか転ばずに済んだ。
「ガーネットがふにゃふにゃになるなんて珍しいな」
「……ジョルジュのせいに決まっているでしょう!」
「そうか!」
「!」
ジョルジュの顔が何だか嬉しそうに見えて私の胸がキュンッとした。
「も、もう! と、とにかく式場に行くわよ? もう絶対に開始時刻が過ぎてるんだから!」
私は赤くなった顔を隠すようにしてジョルジュの手をグイッと引っ張る。
「あ、ガーネット! ちょっと待ってくれ」
「え? なに……?」
ジョルジュに呼び止められて振り返る。
すると、ジョルジュは私の手から薔薇を抜き取ると、棘が無いのを確認してからセットされている私の髪にそっと薔薇を挿した。
「え?」
「───ああ、思った通りだ……赤い薔薇はガーネットにとてもよく似合う」
ジョルジュは無意識なのか分からないけれど優しく微笑んだ。
「なっ!? また笑っ……っっ!?」
「どうした? ガーネット?」
ジョルジュが私の顔を覗き込む。
「近い! ~~~っっ、い、行くわよ!!」
「ガーネット?」
あまりの恥ずかしさにこれ以上は耐えきれず、今度こそジョルジュの腕をグイグイと引っ張った。
そうして歩き出した所で、ここが街中だということに今更ながら気付いた。
そして、多くの人が立ち止まって私とジョルジュのことを見ていた。
(すっかり街中だってこと忘れていたわ!)
こんな目立つ格好であんな大きな声を出したら、そりゃ何事だ? って、なるわよね。
そして始まる愛の告白。
完全に見世物状態だった。
(ふっ……減るものでもないし……好きなだけ見なさい!)
私は高らかに見物人たちに向かって笑う。
「ホーホッホッホ! 皆さま、大変お騒がせしましたわ。無事に迷子になっていた愛する夫を見つけたので、このまま私たちは式場へと戻りますわ!」
グイッ
私はやや強引にジョルジュの腕を引っ張る。
「ホホホホホ……」
「ガーネット? 楽しそうだな?」
「ホホホ……」
グイグイッ
こうして私とジョルジュは慌てて式場に向かった。
「───なぁ、ガーネット? ところでもう式は開始時刻とか言ってなかったか?」
「ええ、そうよ!」
式場に向かいながらジョルジュが私に訊ねてくる。
「遅刻は怒られないか?」
「当然、怒られるに決まっているわよ! 厳しいお叱りは覚悟しておくことね! もちろん私も一緒に怒られてあげるから!」
「え?」
ジョルジュが不思議そうな目で私を見た。
「ガーネットも一緒に怒られる……?」
「なによ、その顔。私たちは夫婦になるのよ? 当然でしょう?」
「……」
なぜかジョルジュが目をパチパチさせて黙り込む。
「本当になによ、その顔。それから結婚式にはとりあえず身代わりを立てておいたわ」
「……身代わり?」
「そう! 身代わり。お兄様に頼んでおいたのよ」
「……?」
ジョルジュは首を捻っている。
「私たちが式場に戻ったら、身代わりとはスムーズに交代しなくちゃね。分かった?」
「あ、ああ……」
「?」
その後も、身代わり……身代わり……とジョルジュはなぜかずっと呟いていた。
─────
「ああ! なんと戻られましたか!」
そうして無事に式場に戻るとホッとした様子の従業員が駆け寄って来た。
(ジョルジュを迎えに飛び出した時に制止して来た人ね?)
「そちらが行方不明だった新郎……」
「そうよ! かっこいいでしょう? それで? 私たちの式は何処で行っているの? 案内してちょうだい!」
「は、はい!」
従業員は大きく頷いて「こちらです!」と案内してくれる。
「さあ、ジョルジュ。身を引き締めなさい! 私たちの結婚式よ!」
「分かった」
ジョルジュにそう声をかけて、私たちは従業員の後ろを着いていく。
「ジョルジュ・ギルモア様とガーネット・ウェルズリー様の挙式はこ、こちらで行われております」
「そう。ありがとう」
私はお礼を言って扉の前に立つ。
「───行くわよ、ジョルジュ!」
そう声をかけて私は扉に手をかけた。
私がバーンっと勢いよく扉を開けたその時。
「────新郎、ジョルジュ・ギルモア。あなたは新婦、ガーネット・ウェルズリーを病める時も健やかなる時も愛することを誓いますか?」
「……」
「コホンッ────新郎、誓いますか!? いえ…………あなたは、誓えますか!?」
「……」
(───あらら)
ちょうど祭壇では神父が、私がお兄様に身代わりに立てておいてね、とお願いしていた、
“ぬいぐるみ(ジョルジュ)”に向かって誓いの言葉を促している真っ最中だった。
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