誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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42. 薔薇の人

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 店員さんは驚きで目を丸くした。

「え……な、なんで」
「ふふ、やっぱりね。今日のお客でいたはずよ?」

 私はにっこり笑って、更にジョルジュの外見的な特徴も伝える。
 店員さんの反応で私は自分の推理が間違っていなかったことを確信した。

(まさか、結婚式このタイミングで108本にしようとしていたなんて……!)

 ちなみにその事実は私からではなく花屋から謝罪の連絡があってジョルジュは知ったらしい。
 事実を知った直後、ジョルジュは私の元を訪ねて来て真っ先にこう口にした。

『ガーネット!  足りなかった!  やはり薔薇が107本では“結婚してくれ”にはならないのだろうか!』
『…………ならないんじゃない?』
『!』

 その時はさすがのジョルジュもショックを受けている様子が見て取れた。
 けれど、私がジョルジュと結婚する意思は変わらないことが分かると、それ以上は何も言わなくなっていたのに……

 こんな失敗は本だって予測しているはずがない。
 だから、どうすればいいかさすがにあの本には載っていない。

(ジョルジュ、ずーーっと一生懸命考えてくれていたんだわ……)

 そう思うだけで胸が温かくなる。
 でも……

(その肝心な所で、ビシッと決められないのが…………私の大好きなジョルジュなのよね)

 私はそんなポンコツジョルジュのことを思い浮かべてふふっと頬を緩める。
 ……好き。

「……あ、あの!  そ、その方が何か……?」

(あ!)

 花屋の店員さんが青い顔でブルブル震えている。
 どうやら、中途半端に訊ねたせいで不安にさせてしまった様子。
 私は安心して欲しくて優しくにっこり微笑む。

「驚かせてごめんなさい?  別に犯罪ごとではないから安心して?」
「は、はい……」

 コクコク頷く店員さんに私はフッと笑いかける。

「ふふっ───いい子ね」
「……っっ!」
「ん?」

 なぜか店員さんは今度は頬を赤く染めた。

「それで、実はその薔薇男…………実は本日の新郎なの」
「しんろー…………し、え!?  薔薇の人は、し、新郎だったんですかっ!?」
「そうなのよ」
「……っっ!?」

 ───何で花束で購入じゃないのかな?  

 場所柄、結婚式関連の花束が多く売れるというこの店。
 店員さんは薔薇を一本だけ買ったジョルジュのことをそう感じたのだという。

「大丈夫。そこは一本で間違っていないのよ」
「そ、そうなんですか……」

 私の言葉に店員さんは安堵していた。

「でもね?  彼が店を出てからの道は大きく間違っているのよ」
「は、はい?」

 目をパチパチさせて戸惑っている店員さんに向かって私は入口の扉を指さす。

「この入口の扉を出てから真っ直ぐ歩いた所に式場が見えるでしょう?」
「はい」
「新郎である彼の目的地は当然あそこよ。でもね……」
「え!  ま、まさか……」

 察した店員さん野顔がますます青くなる。

「まだ、辿り着いていないのよ」
「え!  時間……こ、この距離で!?  ま、まさか……」

 一気に犯罪臭を感じて青くなった店員さんに私は首を振って説明する。

「ああ、犯罪でも逃亡でもないわよ?  あの人は単なる“方向音痴”なの」
「ほ……」
「あなたの言いたいことは分かっているわ。方向音痴にも限度がある……!  そうよねぇ。でもね、彼はそういう人なのよ……」
「……そ、そういえば!  あの薔薇の人、店を出たあと……」
「!」

 その店員さんはハッと何かを思い出して私に教えてくれた。




「───お騒がせしてごめんなさいね?  色々とありがとう」

 私はお礼を言って花屋を出た。

「真っ直ぐと言われたら、普通ならこのままの道を真っ直ぐでしょうに……どうしてこのタイミングで右を向いちゃうわけ?」

 店員さん曰く、店を出たジョルジュの様子は左右をキョロキョロした後、真っ直ぐではなく右に向かって歩いていったように見えた、と教えてくれた。

「店を出てから身体の向きごと右に変えちゃって、そのまま“真っ直ぐ”ということかしら?」

 私は左側に視線を向ける。

「逆でなくて本当に良かったわね。左側は森よ森!  結婚式が森でかくれんぼとか前代未聞の展開になるところだったわ」

 それはさすがの私でも単独でのジョルジュ捜索は厳しかったと思う。

「さて、さすがのジョルジュもそろそろおかしいぞ?  と思っている頃でしょう。急がなくちゃ!」

 私はジョルジュを追いかけて走り出した。



 しばらく真っ直ぐ進んだけれど、ジョルジュらしき人の姿はない。
 ウェディングドレス姿の女性が街中をうろうろするのは当然目立つ行為。
 なので、周囲の視線がすごい。
 でも、今はそんなことはどうでもいい。

 今の私の目的は愛する夫を捕獲すること!

「うーん……」

(…………考えるのよ、ガーネット!)

 ──言われた通りに真っ直ぐ進んでいるはずなのに、なかなか目的地が見えて来ない……
 こういう時のジョルジュなら、どうするかしら?

(元来た道を戻る……?  それは絶対に有り得ない)

「……どちらかと言うと突き進むタイプよね?  それで最後は疲れて体力をなくして行き倒れるのだから」

 つまり放っておけばそのうち、行き倒れて発見される。
 けれど今日ばかりはそういうわけにもいかない。
 その頃には結婚式が終わってしまう……
 全てをアレ……身代わりにやらせるわけにはいかない。

(とりあえず前半はお兄様に上手くやって貰いましょう)

「全く、ジョルジュ……この私の一生に一度のウェディングドレス姿を見ないまま終わりなんて……一生後悔するわよ?」

 そんなことを言いながらもう少しだけ進んでみたところ、現れた道に私はギョッとした。

「なんてこと……ここで道が分かれている!  真っ直ぐじゃなくなった!」

 大抵の人間ならここまで来たら道を間違えたと気付くはず。
 そして元来た道を戻るだろう。
 でも、ジョルジュは引き返さずにどちらかに決めて突き進む男。

 私は頭を抱えた。
 いくら私でもここで左右の判断なんてつけられない。
 でも……

(……待って?)

 さすがのジョルジュもこの二手に分かれた道には悩んだんじゃないかしら?
 ここで立ち止まって、しばらく置物のように思考停止して……

(それなら、まだこの近くにジョルジュがいる可能性はある!)

 でも、さすがの私も分裂なんて出来ないから左右の道、両方に行くことは出来ない。

(ならば、こうするまで!)

 私はすぅぅぅと息を大きく吸い込む。
 そして、その場でこれでもかという大声で叫んだ。

(肺活量には自信があるわよ!)

「───ジョルジュ・ギルモア!  この声が聞こえたなら今すぐこの私、ガーネットの元に戻って来なさーーーーい!」

 ざわっ……
 道を歩いている人たちが何事かという目で私のことを見てくる。

「……ホホホ、失礼。ちょっとお騒がせしていますわ、皆様はどうぞお気になさらず」

 私は、にっこり笑って周囲の視線をやり過ごす。
 そしてもう一度大きく息を吸ってから声を張り上げた。

「───ジョルジュ!  よーーく聞きなさい!  いいこと?  これからあと十秒以内に私の前に現れないと今後、二度とこの私の足であなたを踏……」
「───ガーネット!?」

 踏みつけることはないわよ!?
 そう言ってやりたかったのに、十秒数えるまでもなく左側の道の向こうから聞き覚えのある声が私の名前を叫んだ。

「───ジョルジュ!!」

 間違いない。
 やはり、まだここからはそんなに遠くに行っていなかった!


(───見つけたわよ!  私の愛する迷子の夫!)



✤✤✤✤✤



 その頃。
 ついに結婚式の入場時刻となってしまい、妹が夫となるジョルジュ・ギルモアと共に戻ってこないことに頭を抱えたコーラル・ウェルズリー。

(くっ、どうしてこんなことに……!  めちゃくちゃ恥ずかしい!)

 ザワザワザワ……

(頼む…………ガーネット!  早く戻って来てくれ!!)

 ザワザワザワザワ……

 かつて、パーティーで自分を捨ててきた婚約者の王子を追い込み廃嫡させた、“あの”ガーネット・ウェルズリー。
 そんな彼女が王子よりも選んだ男、ジョルジュ・ギルモアとはいったいどんな男……

 二人に興味津々の参列者たちがまだかまだかとワクワクする中で、
 真っ赤な顔をしたコーラルの手によって新郎新婦として入場して来た“ソレ”に式場内は騒然となった。

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