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40. レベルの違う迷子
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その日は朝からバタバタだった。
「ふふ、今日の私も完璧よ!」
支度を終えた私は鏡の前でクルッと回る。
正面から見ても横から見ても全てばっちり抜かりなし! さすが私。
「ガーネット様……本当にお美しいです……!」
「参列の皆様、花嫁のガーネット様に見惚れること間違いなしですね」
「いえ、それより新郎が……ジョルジュ様が一番見惚れるのでは?」
私の侍女たちも絶賛してくれている。
「ホーホッホッホッ! 当然よ。この私ですもの。でもね、この美しさは支度を整えてくれたあなたたちのおかげでもあるのよ、ありがとう」
「ガーネット様……!」
ウェディングドレスに身を包んだ私は高らかに笑って侍女たちにお礼を言った。
ちょうどその時、控え室の扉がコンコンとノックされた。
私は振り返る。
(誰かしら? ジョルジュ……? いえ、違うわね)
ジョルジュなら、コンコンではなく、コンコ……くらいの音のタイミングで扉が開く。
曰く、他の人相手にはきちんと出来るけれど、私の元を訪ねる時だけは気持ちがはやって扉を開けたい手が止まらないのだと本人は言っていた。
(ずるいわよね、そんなこと言われたら怒れない……)
「───どうぞ?」
「ガーネット!」
私が声をかけると扉を開けて控え室に顔を出したのは私の家族だった。
「支度を終えたと聞いたから様子を見に来たぞ」
「まあ、さすがガーネット。綺麗ね!」
「ありがとう…………えっと……」
私はお礼を口にしながら両親の後ろにいる人物に目を向ける。
嬉しそうに微笑む両親の後ろで、“その人”はずっとグズグズと泣いている。
すでに目が真っ赤だった。
「お兄様、いい加減に泣き止んだらどうです?」
「…………うぅっ、だっ……ガッ……嫁……うぅぅ」
「……」
「ようや、く帰って来たのに……早……もう嫁ぇぇ……でも、綺麗……」
「……」
私は、ふぅ……と息を吐く。
朝からずっとこんなことを繰り返している。
少し前に帰国をしたばかりのお兄様。
要するに、お兄様はジョルジュの元に私か嫁いでしまうことを寂しいと言っているらしい。
「お兄様、そんな顔でこの私の結婚式に参列するおつもり?」
「うっ……!?」
お兄様は必死に涙を拭って顔を上げる。
「……ガーネット」
「何かしら? お兄様」
「…………お、王太子妃、になるとばかり思っていたお前が、まさか侯爵夫人になるなんて未だに不思議でしょうがない……」
「そうかしら?」
「……てっきりその持ち前の行動力でこの国をグイグイ引っ張っていくものだとばかり……思っていたよ」
「お兄様……」
少し寂しそうな顔をするお兄様に私は静かに微笑む。
「それが……まさか国ではなく、夫となる男を毎日グイグイ引っ張る光景を目にすることになるとは……」
「……」
「なあ、ガーネット。なぜ、お前の夫となる男はあんなにグイグイ引っ張られているのに、いつも嫌がりもしないでされるがままなんだ?」
「……それは」
(ジョルジュはね、嬉々として私に引きずられに来ているのよ、お兄様)
……そんなことは言えない。
「ジョルジュ・ギルモア───彼は昔から謎の存在だった」
「謎?」
頷いたお兄様が遠い目をしながら語り出す。
「昔───王子王女たちのために、貴族の子女たちが集められた子ども用の茶会にも一度も出てきた試しがなかったんだよ」
「……」
「そして誰一人としてまともに顔を知らず交流も持てないまま、気がつけば彼は国を離れていた」
「……」
「当時はよく、本当に存在するのか? と話題になったなぁ……」
誰もが自分の子を元王子のあの人や、少し前に降嫁された元王女と仲良くさせようと必死の中、侯爵令息なのに交流の場に一度も現れなかったジョルジュは色んな意味で名前だけが目立っていた……ということらしい。
(お兄様……それは違うのよ───)
ジョルジュの婚約者としての日々を過ごす中で、その話をジョルジュとしたことがある。
「ギルモア侯爵家は王家との縁に興味がなかったんだろうなぁ」
「……」
私は目を伏せる。
(だから違うの……お兄様。ジョルジュは……)
ギルモア侯爵夫妻はちゃんとジョルジュを……息子のことをそのお茶会に送り出していたのよ!
ただ、その当の本人がポンコツだっただけよ……!
私はその話をした時のジョルジュとの会話を思い出す。
『ジョルジュ。そういえば、お兄様から聞いたのだけど』
『?』
『あなたって友人を作ろうと本を頑張ってボロボロになるほど熟読していたのに、どうしてこの国にいる時は貴族の集まりに参加しなかったの?』
『貴族の集まり?』
ジョルジュはきょとんと不思議そうな表情になった。
『なによ、その顔。あなたがまだこの国にいた子どもの頃、王宮で殿下たちとの交流を深めるお茶会が頻繁にあったのでしょう?』
『……』
ジョルジュは眉間に皺を寄せ無言で考え込む。
おそらく記憶の糸を辿っている。
『ああ、あれか。確かに定期的に開かれていたな』
『それよ! どうして毎回不参加だったの?』
『不参加?』
『結果として王子と友人にはならなくて正解だったけど、上手くすれば貴族の友人なら出来たかもしれないじゃない?』
私がそう訊ねるとジョルジュはますます不思議そうな表情になった。
『ジョルジュ? だからその顔はなんなのよ』
『ガーネットこそ、何を言っているんだ』
『え?』
『俺は、しっかりそのお茶会とやらの催しが行われている時、王宮にいたぞ?』
『えっ!?』
(王宮にいた!?)
私は驚く。
もしかして、お兄様の記憶違い──?
『まあ、いつもお茶会の会場に到着する頃には誰もいなかったが』
『!?!?!?!?』
『ん? どうしたガーネット? 君の綺麗で美しい瞳がまん丸だぞ?』
『……』
瞳だってまん丸になるわよ!
だって意味不明なんだから。
私は冷静に考える。
だって、目の前の男はジョルジュ。ジョルジュなのよ?
他の人とは行動が一味二味も違う。
『ハッ───ジョルジュ! あなたもしかして……』
『?』
『王宮内で迷子になっていたんじゃ……!』
私がそう指摘するとジョルジュは頷いた。
『そうだ……まあ、迷子とも言える。だが、毎回不思議なことが起きてな……』
『不思議なこと?』
『馬車を降りてから、俺はいつも道案内の者の後ろを歩いていたんだが……』
『……』
ちゃんと道案内の人……案内人がいたらしい。
と、いうことは……?
『───ふと、気付くといつもその案内人が居なくなっているんだ!!』
『ジョルジューー!』
出たわ!
迷子が語る典型的なやつーーーー!
『おかしいな? なぜだ? そう思って俺はいつも行方知れずの案内人探した』
『ジョルジュ……そこは動いちゃダメでしょ……』
『だが、案内人がいないと絶対に茶会の場にたどり着けない。ちびっこだった俺も必死だった』
『何かが違う!』
『もはや、かくれんぼ! 案内人を見つけた頃にはすっかり日も暮れ夕方だ!』
『夕方!』
私はブンブンと大きく頭を振る。
『結果、こうして俺はいつも毎回王宮にはいたんだが……残念ながら案内人とかくれんぼをして一日が終わっていたというわけだ』
『かくれんぼ……』
『道案内人はいつも真剣に付き合ってくれていたぞ。だが、何故か常に涙目だったな』
『そりゃ泣くわよ……』
私は絶句し、その時の案内人を務めた人に心から同情した。
(迷子は迷子だったけど、レベルの違う迷子だったわ……)
私はジョルジュとしたそんな話を思い出していた。
そりゃ、友人作りどころではないわよね?
だって、そもそも人と会っていないんだもの。
あの本の内容がいくら素晴らしくても実践出来るはずがない。
(まあ、ジョルジュらしいなとは思うけど───)
なんてクスッと笑いながら、私は時計を見上げた。
もうすぐ、結婚式の開始時刻。
いよいよね! と気合を入れる。
「ん?」
(そういえば…………まだ、今日はジョルジュの顔、一度も見ていないんだけど?)
え? え? 居るわよね?
こんな日にまで迷子じゃないわよね??
でも、ジョルジュはレベルの違う迷子を発揮する男……
いえ……さすがに今日はギルモア侯爵夫妻と共に安心安全馬車で式場に来るはず!
(でも……この胸騒ぎはなに?)
だって、ジョルジュなら何があっても不思議じゃない。
そんな一抹の不安を感じた時、控え室の扉がノックされた。
私は勢いよく振り返る。
(ジョルジュ!?)
私は扉に駆け寄って勢いよく扉を開ける。
そこに立っていたのは────
「あ……」
本日から私の義理の親となる困惑の表情をしているギルモア侯爵夫妻だった。
その二人の表情を見て私は直感する。
───本日の新郎ジョルジュ、迷子中!
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