誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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39. それから

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(び、びっくりした……)

 私は口を押さえる。
 今のはキス? キスだったの、よね?
 でも歯……歯が当たっていたわ?

「全く……ジョルジュといるといつもハラハラドキドキなことばっかりね……」

 結婚して一緒に暮らすようになったら毎日が刺激でいっぱい……そんな生活になる気がする。
 でも、それが楽しみだと思えるのだから、私はすっかりジョルジュにハマっている。

「そうか?」
「……そうよ。それにしてもキスがこんなに痛いものだったなんて私、知らなかったわ」
「俺もだ」

 ジョルジュも口を押さえながら頷いた。

「不思議よね?  恋愛小説の中ではキスってとても甘酸っぱいものとして書かれていたのよ?」
「甘酸っぱい?  キスとは血の味ではなく甘酸っぱい味がするものなのか?」
「は?」

 ジョルジュが怪訝そうに眉をひそめている。

(血の味……って)

 もしかすると、ジョルジュの口の中は、今の衝撃でどこかが切れてしまったのかもしれない。

「えっと、そうよ。キラキラしていてとにかく甘酸っぱそうなのよ」
「……そうだったのか」

 ジョルジュはうんうんと頷く。

「キスとは奥が深そうだな……」
「…………ねえ?  ジョルジュが参考にしているちょっと変……なアドバイスの本にはキスのことはなんて書いてあるわけ?」
「なに?」

 私が質問するとジョルジュは悩んだ顔を見せた。

「なんでそんな顔をするのよ。まさかキスについては載っていないの?」
「いや……」

 ジョルジュは首を横に振ると説明してくれた。

「キスは結婚式で初めておこなうべし!  と説明はされていた。だが、もっと詳しくは新婚編を読まなくては分からん」
「し……しん?」
「だから、新婚編だ」

(新婚編ーー!?)

「へ、へぇ……し、新婚編なんてものもあるのね?」

 そして、思った通り。
 ……ジョルジュの愛読書は、キスとは結婚式で初めてするものだと推奨している。
 ホーホッホッホッ!
 やっぱり私の考えは間違っていなかったわ!

「何を言っている?  あの本は友人編、恋人編、そして新婚編の三部作だぞ?」
「そ、そう……三部作……なのね」
「ああ。中でも、友人作リに特化した“友人編”は何度も読んだからボロボロだぞ!」
「!」

(何度も……!)

 ジョルジュ少年が“友人編”を読破し中身を鵜呑みにして空回り続けたであろう姿を想像して私は涙ぐむ。

(ジョルジュ……!)

「そして、恋人編はプロポーズまでたくさん世話になった」
「……」
「これからの新婚編が楽しみだな!」
「……」

(ああ、どうしよう。ジョルジュの人生の指南書三部作……中身がめちゃくちゃ気になるわ……)

 だって、ジョルジュのポンコツ成分の一部は絶対その本のせいでしょう?

「ジョルジュ……今度その本を私に見せてくれるかしら?」
「ああ、もちろん構わないぞ!  ぜひ、ガーネットも人生の参考にしてくれ!」
「……」

 そう答えたジョルジュはどこか嬉しそうだった。



 そんな話をしながら、私たちは手を繋いで庭園の中をゆっくり歩き出す。

「あ───そういえば、エルヴィス殿下の廃嫡が正式に決まったそうよ?」
「そうか。ガーネットが裏から手を回して脅した甲斐があったな」
「言い方!」

 なんて人聞きの悪い言い方をするのよ!
 思わず叫んでしまう。

「ん?  なにか間違っていたか?」
「………………いいえ。もういいわ」
「?」 
  
 コホンッ……私は軽く咳払いをして誤魔化す。

「…………まあ、とにかく。これでエルヴィス殿下は実質、王族からも追放となるそうよ」

 当然、王位継承権も剥奪される。
 王族から追放されたなら今後、何があっても王族の特権も使えない。
 ────社交界では完全なる笑い者まっしぐら。

(オーホッホッホッ!  これで完全なる私の勝利だわ!!)

 私は笑いが止まらなかった。

「それで、あの王子は今後はどうやって生きていくんだ?」
「一応、男爵位を賜るそうだけど……」

 王族が臣下に降り爵位を賜る場合は公爵位を賜れるはずなのに。
 まさかの男爵家……
 確かに陛下との謁見した時に廃嫡は勧めたけれど、まさか男爵位にまで落ちるとは思わなかった。
 これは案外、私の知らない所でもエルヴィス殿下は失態を重ねていたのかもしれない。

「ふふ、まあ……一度ボロを出すと徹底的に調べられてしまうからねぇ……」

 私はクスッと笑う。

「ガーネット?」
「なんでもないわ。こっちの話よ」
「それと、あのなんちゃら令嬢はどうなるんだ?」
「ラモーナ?  もちろん殿下───元殿下と結婚して男爵夫人として生きていくことになるわよ?」

 王太子妃になる夢を一度でも見てしまったからこそ、ラモーナは今頃、この決定にさぞかし屈辱を感じているに違いない。

「……」
「なにかしら、ジョルジュ」

 ジョルジュが無言でじっと私の顔を見つめている。

「ガーネット……君のその悪魔のように微笑む顔……やはり、いいな」
「え?」

 ジョルジュの表情はあまり変わらないけれど、声がいつもより弾んでいる。
 なので興奮しているのが伝わって来た。
 同時に私はハッとした。

(こういう上機嫌の時のジョルジュって───)

 いつもより、おかしな発言をしがち!
 そう思って警戒するとジョルジュは言った。

「ガーネット!  俺はそんなしてやったり顔をしている時の君に、ぜひ!  背中を踏んで欲……」
「あーーら大変。すっかりもういい時間のようねー?  ホホホ、ジョルジュ。皆のところに戻りましょうか!?」

(やっぱり!)

 背中をって聞こえたわよ!?
 私は、慌ててジョルジュの言いかけた言葉を遮る。

「そうか?  それより俺の背中を……」
「さぁーーて!  ジョルジュ。これから忙しくなるわよ~、結婚式、ほら、結婚式の準備をしないといけないわよねっ?」
「結婚式……!」
「そうよ、あなたはどんな式がしたいかしら?」

 私は懸命に話を逸らしながら、グイグイとジョルジュの腕を強引に引きずってお父様たちの元へと戻った。

 ジョルジュを引きずりながら部屋に入ると、両家同士の話し合いはすっかり終わっていた。

 お父様がジョルジュを引きずって登場した私を見て青ざめる。

「───ガーネット!  お前は早々に未来の夫を絞め殺す気か!」

 なんて怒られたけれど、当の本人ジョルジュは、
「ガーネットのおかげで、また新しい世界を見た!」
 と、声を弾ませていた。

 その後は結婚式の日程も無事に決まり、
 私とジョルジュの婚約者としての更なるドタバタ生活が始まった────……

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