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38. ルールを決めるのは私たち!
しおりを挟むそんなジョルジュを見て、私の乙女心……ではなく悪戯心に火がついた。
なぜなら、
(こんなにも分かりやすいジョルジュは珍しい!)
これはぜひ、もう一度……!
私はもう一度背伸びして、ジョルジュの頬にチュッと二度目のキスをした。
「!?!?!?!?」
ポポポポ……ッと、どんどん真っ赤になっていくジョルジュ。
呆然とした顔で自分の頬をそっと手で押さえる。
そして、ようやく何があったのか理解したのか私の名を呼んだ。
「~~~っっ! ガーネット!」
「ふふ、何かしら?」
「な、な、何かしら? じゃないっ!」
崩れた表情のジョルジュが焦っている。
「いいいい今のは!」
「キスよ?」
「キッ…………だと!?」
ジョルジュの声は動揺しているからか震えている。
「そうよ? キス」
「……っ!」
「に、二回!」
「だって、したかったから」
「二回もキッ…………した、かっ……」
ジョルジュはカッと目を大きく見開いた。
そして“キス”という言葉すら発せずに照れてそのまま黙り込む。
(ちょっ、え? ……じゅ、純情すぎないーーーー!?)
あまりのピュアさに釣られて、私の方まで赤くなる。
すると、ジョルジュは完全に茹で上がった状態の顔色でおそるおそる口を開いた。
「ガーネット……そ、その、キッ…………! はまだ早いと思う……!」
「え? 早い?」
「そ、そうだ……」
ジョルジュはコクリと頷く。
そして顔色はともかくその表情は真剣だった。
「コホンッ……こ、婚約中の……結婚前の男女……というのは、その……」
「男女というのは?」
「……」
「……」
一旦、言葉を切ったジョルジュは無言になる。
(な、何この反応……!)
よく分からない。
けれど、もしかすると恋愛初心者の私には知らないルールというものが存在するのかもしれない。
私はドキドキしながら続きの言葉を待つ。
「手を繋いだり……」
「手、ね?」
言われた踊り、ギュッと私は力を込めてジョルジュの手を握りしめる。
「ギュッと抱きしめたり……」
「ギュッ、ね?」
今度は手を離して、ギュッとジョルジュに抱きつく。
(あ……! ジョルジュの心臓がドクドク鳴っている……!)
自分と同じ気持ちなのだと思うと、何だかとても嬉しい気持ちになった。
そんな幸せ気分を満喫していたら頭上から声が降ってくる。
「そ、それより先は、けっけ、け、け、け……けっ…………こんしてからだ!!」
「え!?」
驚いた私は、ジョルジュの胸の中から勢いよく顔を上げた。
「そんなの嘘でしょう!?」
「いいや。嘘ではない。本にそう書いてあった」
「本に!?」
私は、ガンッと大きな衝撃を受ける。
恋愛初心者の私はそんな決まり知らない。
「そんな……!」
私の参考書にはそんなこと書かれていなかったわ?
むしろ、その逆。
婚約者どころか恋人関係ですらないのにキスをしまくっている話だってあったわよ!?
(あれは───創作の世界でしか許されない……ということ!?)
「……だから、ガーネット。こ、こういうことは、まだ……」
「いいえ! ジョルジュ!」
「!?」
私は、ガシッとジョルジュの両頬を掴んだ。
そして、グイッと顔を近づける。
「ガ、ガーネット!? 近っ……近いぞ……!」
「ホホホ、そんなの当たり前よ!」
「あ、たり前……?」
私は、ホホホホと笑う。
「私は今、あなたを誘惑しようとしているんだもの!」
「ゆっ……!?」
「誘惑よ!」
「……ッ!?」
驚いたジョルジュが完全に言葉を失ったのか目だけを高速でパチパチさせている。
そんな顔も愛しくて思わず笑がこぼれた。
「いいこと? たとえ本がそうすべし! と言っていてもそれは絶対のルールではないはずよ?」
「……」
「嫌がる相手に無理やり迫るのは勿論、論外よ! だけど───」
「……」
私はジョルジュの目をじっと見つめる。
「好きな者同士なら有りだと思わない?」
「……っ」
ジョルジュがハッと息を飲む。
「ジョルジュも私のことを好きでしょう?」
「……」
コクッと頷くジョルジュ。
迷わずに頷いてくれたことが嬉しかった私はさらに調子に乗る。
「好き……いえ、もっとね? 大好きでしょう!?」
「!」
コクコクコク……! と、ジョルジュが大きく頷く。
「ふふふ。それなら、別にいいと思うのよ」
「……」
「頬へのキスも…………そして」
私は掴んでいたジョルジュの頬から片手を離す。
そして、ジョルジュの唇に指でチョンッと触れる。
「ここに触れるキスも───」
「……!?」
ビックリしているジョルジュに私は笑顔で顔を近付ける。
「ジョルジュ! いいこと? ルールを決めるのは私たちよ!」
「ル……」
「───ちなみに自慢ではないけど私は初めてよ!」
ホーホッホッホッと胸を張って高笑いする。
「今した頬へのキスだって初めてだったわ! だから、ね? 当然……こっちも……」
私はそっと指でジョルジュの唇をもう一度突っつく。
「私ね? 初めてのここへのキスは……ジョルジュからして欲しいわ?」
「!?」
私のお願いに驚いたジョルジュが目を剥いた。
(───さあ、ジョルジュ! この私がここまでしたのよ?)
それでも、初めての唇へのキスは結婚式で……なんて言いたそうな顔をしているけれど……
だめよ。
そんなのきっと後、一年くらいは先でしょう?
そんなの……
(待てないわ……!!)
この私があなたを逃がすと思って?
────あなたの唇は私のものよ!
「ガ、ガーネット……の初めて……?」
「……そうよ」
「ガーネット……」
今度は私が黙る番。
ジョルジュに向かって顔を近づけたまま無言でにっこりと妖しく笑う。
「ガ、ガーネット……」
「……」
「ガーネット……」
「……」
「ガ、ガッ、ガーネット…………」
ジョルジュはずっと私の名前を連呼するばかり。
でも、私はちゃんと分かってる。
だって、プロポーズもそうだった。
一生分の「け」を使っていたジョルジュだもの。
ここで一生分の「ガーネット」を使われるのはこの先、困るけれど……
(私は待つわ!)
「ガーネット……の初めて……を」
「……」
ジョルジュがじっと私の目を見つめる。
「……」
(あ……)
そして遂に!
待ちに待ったジョルジュの手が私の顎にかけられ上を向かされる。
油断すると破裂しそうなくらい高鳴る胸をギュッと押さえながら私はそっと瞳を閉じる。
(さあ、ジョルジュ!)
「……」
「……」
「……」
「……」
(…………来ないわね?)
耐えきれなくなった私は、片目だけ薄らと開けてみる。
すると、そこには未だに葛藤中と思われるジョルジュの顔が見えた。
(……もう!)
しょうがない人。
それでも好き! そう思った時。
「ガーネット……!」
ようやく決心固まったのかジョルジュの顔がグンッと勢いよく近付いてきた。
(──来たーーーー!)
私は再度瞳を閉じる。
そして────ようやく……ようやく! 私たちの唇がチュッと触れ……
ガチッ……!
「…………いっ!?」
歯に衝撃を受けて思わず声が出た。
なに、今の?
慌てて目を開けたらジョルジュもこの事態に唖然としていた。
「!?!?!?」
「~~~ジョルジュっっっ!!」
私はそのまま悶絶する。
「!?!?!?!?」
結局、肝心の唇は触れたような触れなかったような……
こうしてジョルジュの、
いえ。
この私、ガーネット・ウェルズリーの記念すべき人生初めてのキスは、
とりあえず、歯が痛かった。
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