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36. ポンコツ男のプロポーズ
しおりを挟む「……っ!?」
(何が起きているのーーーー!?)
私の頭の中が大バニックに陥る。
ちょっと待って? 108本の赤い薔薇?
それって……
(え、え? え!?)
「ジョルジュ……あ、あなた、これ……分かってやっているの?」
「もちろんだ!」
「!」
ジョルジュのハッキリしたその言葉と真剣な顔に胸が跳ねて頬も熱くなる。
(夢? これは夢?)
だってあのジョルジュよ?
でも、ジョルジュに今、差し出されているのは間違いなく赤い薔薇。
私の参考書にもそうやって愛を告げるシーンが出てくる話もあった。
(あ! 本……って、そういう……?)
ようやく、本が本が……と言っていた言葉の意味を理解する。
もしかして、準備というのはこれだった……?
「ガーネット! なんちゃら王子ではなく……お、俺を」
「……」
「ゆ、友人ではなく、俺と」
「……」
「俺と、けけけ、け……」
「!」
(ああ、胸が……胸が今まで生きてきた中で一番ドクドク鳴っているわ)
「けけけ……けけ、け」
「……」
ジョルジュはよっぽど緊張しているのかその先の言葉を詰まらせる。
そんな様子に今度は胸がキュンとした。
(ジョルジュったら……)
「け、けっけけけ……」
「……」
なかなか先に進まない。
焦れったいけれど、私はドキドキしながら待つことにした。
「けけ、けけけっけけ……」
「……」
「け、けっけっけけけ、けけ」
「……」
「けけけけ、」
「……」
「け……」
「!?」
(消えかけてる!?)
一瞬で胸キュンドキドキが、別のハラハラドキドキへと変わってしまう。
「……っ! け、けこっ! けっ……」
(ジョルジューーーー!)
「け…………っこ、ん!」
「───!!」
(き、来たーー!)
ついに、けの呪いから脱出したジョルジュの口から、不格好ながらも“結婚”の二文字が飛び出した。
「ガーネット!! 俺と、けっっっっこ、ん……」
「……」
「してくれ!」
「!」
(ジョルジューー! やっと言えたのねーー!?)
思わず私は涙ぐんだ。
108本の薔薇を差し出されてから、約十分。
あまりにも、けの呪いが強すぎて……これ永遠に続くのでは?
なんて薄ら考え始めていた。
(子どもの成長を喜ぶ母親ってこんな気持ちなのかしら……)
夢のようなブロポーズの瞬間だったのに……
感動!
ではなく、呪いが解けたことへの感動の方が強くなってしまうなんて!
でも……嬉しくて幸せな気持ちに変わりはない。
「ジョルジュ……」
「ガーネット!」
私はそっと薔薇の花束に向かって手を伸ばす。
そしてそれを受け取りながら私は言った。
「ねぇ、ジョルジュ……私ね? 今、一生分の“け”を聞いた気がするわ」
「…………俺もだ」
ジョルジュもコクリと頷く。
その素直さに思わず苦笑した。
(別に“友人”のままでも離れたって関係は終わらないのに……)
でも、狡い私はそんなことは言わない。
それにプロポーズが、「一生、俺を踏みつけてくれ!」でなかったことも密かに嬉しい。
「準備と言って、この薔薇を手配してくれたの?」
「ああ。いきなり用意しろでは花屋も困るだろう?」
「ふふ」
ジョルジュらしい生真面目さにクスッと笑ってしまう。
「……正装していたのは……このため?」
「そうだ。身だしなみについて本に書いてあった」
ここでも本なのね。
「あ、なら……部屋をいつもの部屋ではなくこの部屋にしたのは?」
「景色のいい場所で告げるべし、本に書いてあった」
「!」
小さく吹き出してしまった。
(ちょっとズレてる……)
その本は夜景とかロマンチックな場所を指していたのだと思うけれど。
でも、そこがジョルジュらしいと思う。
「ふふ。今日が大雨、大嵐の天気だったらどうするつもりだったの?」
「何がだ? それもいい眺めだろう?」
「……」
ジョルジュは大真面目な顔で言い切った。
「時間をチラチラ気にしていたのは、この薔薇を手配していたからだったのね?」
「その大きさは、手に持って訪問すると隠せない」
「……ジョルジュ」
「なんだ?」
私は薔薇の花束をギュッと抱きしめながら告げる。
「ジョルジュ。私、あなたが好きよ」
「ガーネット……?」
「リトルトン王国の王子妃よりも、次期ギルモア侯爵夫人に私はなりたいの」
ジョルジュが無言で目を大きく見開く。
「私もずっとあなたと一緒にいたいわ」
「……」
「ジョルジュ───私のこの願い……叶えてくれるかしら?」
「……」
ジョルジュは固まっているのか身動ぎひとつしない。
私は花束を一旦置いてから、ジョルジュに向かって手を差し出した。
(懐かしいわね。“友人”になる時もこうやって手を差し出したっけ)
「───ジョルジュ!」
私は動かないジョルジュに呼びかける。
ハッとしたジョルジュが顔を上げた。
「ガー、ネット……?」
「ホホホ! この私、ガーネット・ウェルズリーが妻になるなんて最高でしょう? 絶対に後悔はさせないわ! 光栄に思いなさい!」
「……!」
目を丸くしているジョルジュに向かって、私はふふんっと自信満々にふんぞり返って笑った。
「……」
すると、ジョルジュは私の差し出していた手を取ると握った。
と、思ったらグイッと引っ張られた。
(……え!?)
そのままジョルジュの胸の中に私は飛び込む。
そして……
背中に腕を回されてギュッと抱き込まれた。
「ジョル…………ジョルジュ!?」
そんな突然のドキドキ行動に私の胸がトキメキを取り戻す。
(ジョ、ジョジョジョジョジョ……!?)
私が動揺する中、ジョルジュがポツリと耳元で呟く。
「ガーネット……が次期ギルモア侯爵……夫人」
「そうよ! 誰もが羨むわよ!」
「俺の……妻」
「そうよ! あなたが望んだようにずっと傍にいられるわよ?」
「ずっと……」
……ギュッ
ジョルジュの抱き込む力が強くなった。
私は、ふふふ……と笑がこぼれる。
「───ガーネット」
「な、何かしら?」
名前を呼ばれるだけでも胸がトクンッと高鳴る。
さあ、この後に続く言葉は何かしら?
さすがに少しはロマンチックな言葉のひとつくらいは。
でもまあ、ジョルジュのことだから過度の期待は禁物───……
「…………飲みすぎた」
「あ?」
「緊張でお茶を飲みすぎた……」
ピシッと私は笑顔のまま固まる。
トキメキ成分が遥か彼方へと飛んで行った。
「…………手洗い場の場所が知りたい」
「……」
「いつもの部屋からなら何とか分かるんだが…………この部屋の場所は新しくて分からん」
「……」
(~~~~っこの男は!)
「もう! さっさと行くわよ! 屋敷の中で迷子なんて笑うしかないわ!」
私はジョルジュの手を強く握る。
「ガーネット……」
「そしてしっかりとその頭に場所を叩き込みなさい! こ、ここは……」
「?」
きょとんとした表情のジョルジュに私は少し照れながら告げる。
「───あ、あなたの“婚約者”の家なんだからっっ!!」
「!」
「……」
(もう!)
目をパチパチと瞬かせるジョルジュの表情が何だかとても可愛く見えた。
────
「ふふふ、それにしてもすごい薔薇の本数ね。1、2……」
ジョルジュの帰宅後。
私は部屋でジョルジュの用意してくれた薔薇をホクホクしながら数えてみた。
108本の意味は“結婚してくれ”
これも本に載っていたのだと自信満々に言っていた。
(本当に、ジョルジュらしいわ……)
「…………105、106…………ん?」
私は首を捻る。
そして周りをキョロキョロと確認。
異常なし。
「えっと、変ね? どこからどう見ても、次で終わりなんだけど? …………107……?」
107本……?
これは、結婚してくれの108本ではない!?
まさかのミス!?
「嘘っ!? …………ジョ、ジョルジュの…………ポンコツーーーー!!」
私のそんな叫び声は屋敷中に響いた。
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