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30. 貴様は誰だ
しおりを挟む(ジョルジューーーー!)
そのとんでも発言に私も含めた誰もが唖然とする中、発言者のジョルジュだけは淡々とした表情を変えない。
「ジョル、ジョルジュ……」
「なんだ、ガーネット?」
私の頭の中には“不敬”の二文字が浮かぶ。
「殿下の、み、見る目がないって……?」
「ああ。俺にはそこの令嬢の良さが分からん」
ジョルジュの視線がラモーナに向かう。
ラモーナは目を大きく見開いたまま固まり、言葉を発せずに口をパクパクさせていた。
まるで珍獣でも見るかのような目でジョルジュのことを見ている。
(珍獣には同感よ、ラモーナ!)
あなたの人生でもなかなかお目にかかれない人材でしょう?
「どこをどうとってもガーネット一択だろう?」
「!」
こんな時なのに私の恋する乙女の胸がドクンッと跳ねた。
私がドキドキしているとジョルジュは、ラモーナから殿下に視線を移すと駄目押しするかのようにもう一度言い切った。
「だから、そこの王子は見る目がないと言った」
「……ん、なっ……!」
エルヴィス殿下はショックだったのか抗議するよりも苦しそうに胸を押さえる。
「え、えっと、チョロい……?」
「涙や可愛い言葉に流され絆されるなんてまさにチョロい証拠だろう?」
「…………う」
更なる追い打ちに殿下の身体がビクッと跳ねる。
「だ、騙されやすい?」
「あんなにも分かりやすい涙の演技を見抜けないのは間抜けな男くらいだろう?」
「…………ぐ」
殿下が身体を震わせ苦しそうにどんどん沈んでいく。
「頼りない……?」
「さっき、隣国の大臣たちが言っていたじゃないか」
「え?」
「初めての接待で失敗した時、ガーネットとは違って真っ青な顔で何も言えずにその場で固まっていたと」
「え、ええ、あれね……」
私は頷く。
確かにあの時の殿下は頼りなかった。
そうして、どうにかこうにか接待を終えたあとは、
“全て僕の力です”
みたいな顔をしていたからイラッとしたんだったわ。
「そこの令嬢は、王子がガーネットと共謀して自分を助けてくれなかったと喚いた……が、実際はそこの王子が接待の準備を面倒臭がってのらりくらりと適当に返事していただけだろう」
「ぐはぁっ」
「な、なんですってぇぇ!?」
ジョルジュのその発言についに殿下は大きなダメージを受けたのか膝から崩れ落ちる。
そして、ラモーナはものすごい形相で振り返って殿下に向かって叫ぶ。
「エルヴィス様! …………そんな! なら、最初に私が着ていたあのドレスを見た時に何も言わなかったのは!」
「禁忌の色──だったか? 忘れていたんだろう」
「くっ…………これでいいわよね? って見せた料理のメニューに何も口出しせずに“大丈夫だ”って承認したのは!」
「メニューの中身なんてまともに見ていなかったんだろう、いや、過去を忘れていた可能性もあるな」
「…………っっ! 私がアイツらに責められている時に広間から出て来ようともしなかったのは!」
「自分は無関係、責められるのは嫌だ。全部、罪を被ってもらえばいいとでも思ったからだろう」
「~~~!」
ラモーナの顔がもっとすごい怒りの表情へと変わった。
(ちょっと、ちょっと、ちょっとーー!?)
ラモーナから殿下への追及のはずなのに何故かジョルジュが得意そうに全て答えてしまった。
その受け答えは、これでもかとばかりの怒りの燃料のみ……
「ふ…………ふざけんじゃねぇわよ…………」
案の定、たっぶりと燃料投下されて頭に血が昇ったと思われるラモーナ。
ジョルジュが受け答えを行った全て返答が殿下の言葉と受け止めたのか、殿下のことを睨みつけた。
「よくも私を……私を……バカにしやがってぇ……」
「ラ、ラモーナ……!?」
ラモーナの鋭い声に殿下は顔を上げてギョッとする。
けれど、ジョルジュの口にした適当な返答について否定しない辺り図星なのだと思われた。
そんな中、ジョルジュが最後のトドメの一言を放つ。
「そこの王子は、これまでも何もかもガーネットに任せっきりで自分では一切、決断も何もしていなかったんじゃないのか?」
殿下がビクッと身体を跳ねさせた。
その顔色は真っ青を通り越して紫に見えた。
「────つまり、我が国の王子は、ガーネットがいないと何も出来ないポンコツ王子だということだな!」
「ポ……ポンコツだと!? こ、こここここの僕が!?」
(ジョルジューーーー!?)
ジョルジュの口から飛び出した、まさかのポンコツ発言にはさすがの私もびっくりした。
ポンコツ男がポンコツ王子にポンコツと発言……!?
「国が終わる」
「~~~貴様っっ!」
紫色から真っ赤に顔を染めなおした殿下がジョルジュを睨みつけて怒鳴る。
「貴様! 王子である僕に言いたい放題……! なんていい度胸なんだ!」
「全て事実だ」
ジョルジュは王子に睨まれているのに顔色一つ変えない強靭っぷり。
「貴様! 不敬、不敬罪という言葉を知らないのか!?」
「大丈夫だ! 尊敬の念を持った覚えが一度も無いので知らん」
「……!?」
(ジョルジューーーー!!)
何が大丈夫なのーー!?
「ガーネットの価値も分からぬ男のことなど尊敬出来るか!」
「……くっ、よくも……よくも王子の僕に対して好き放題言ってくれたな! 貴様の家など父上に言って即刻取り潰しだ! 覚悟しろ!」
殿下がジョルジュに向かってビシッと指をさす。
「……」
「…………ん?」
「……」
「おい! 取り潰しだぞ! と・り・つ・ぶ・し!」
「……」
「き……貴様、分かっているのか!? おいっ!?」
しかし、顔色一つ変えないジョルジュに逆に焦り出す殿下。
そんな殿下を無視してジョルジュは私に視線を向けた。
「──なぁ、ガーネット」
「なにかしら?」
「この王子に俺は自己紹介をした覚えは無いんだが、いったい王子はどこの家を取り潰す気なんだ?」
(……あ!)
その場がシーンとなる。
殿下もその言葉でジョルジュがどこの令息なのか知らなかったことを思い出し真っ赤になる。
「そうだ! 見ない顔……き、ききききき貴様! どこの家の令息だ!!」
「名乗る名など無い! そう言った」
(───面倒臭い……ね?)
私は二人の様子を見ながら思った。
ジョルジュにコロコロ翻弄され続ける殿下…………なんて、情けなくて弱っちいのかしら?
「───ガーネット! 貴様の連れ? は、いったい何者だ!」
「……」
ジョルジュから聞き出せないと分かった殿下は私に矛先を向ける。
散々おちょくられて気が立っているからか、私のことも呼び捨てて貴様呼びと来た。
(腹が立つわね……)
私は殿下に向かって口元に手を当ててクスッと笑った。
そして大袈裟に驚いたフリをする。
「ええ!? 殿下……何を仰っているんですの? …………まさか、とは思いますけど」
「……?」
「エルヴィス殿下ともあろうお方が、彼をご存知ない? まさかそんなことはありませんわよね?」
「…………え?」
目をパチパチさせる殿下に対して私はニコリと笑う。
「ここにいる他の皆様は、ちゃ~んと彼がどこの誰なのか知っているのに……まさか! 殿下だけが知らない……なんてことはありませんわよねぇ?」
「……っ!」
「まさかそんな……エルヴィス殿下ともあろうお方が、そんな無知なはずありませんわよねぇ?」
「…………くっ!」
殿下が助けを求めるようにラモーナや大臣たちの顔を見る。
ラモーナもだけど、おそらくこの場にいる大半がジョルジュを誰? と思っているはず。
だから、誰も殿下を助けられない。
(それに……)
私が今、
他の人は知っている。ジョルジュを知らないことは無知。
堂々とそう言い放ったことから、彼らも自分がジョルジュのことを分からないとは口が裂けても言いたくない。
案の定、チラチラ目線を泳がせて皆、相手の出方を探っている。
(ホホホ、安いプライドだこと……)
「……ラモーナ!」
「…………!」
殿下に声をかけられたラモーナがビクッと反応する。
慌てたラモーナは、チッと小さく舌打ちするとしどろもどろで口を開く。
「…………ほ、ほら、何を言っているんですか? ……あの方ですよ、あの方!」
「あの方だと?」
「ええ、あの方です、ふふふふふ……」
「チッ…………おい! 誰か……」
殿下はラモーナから聞き出すことを諦めて大臣たちに目を向ける。
しかし、彼らもそっと殿下から目を逸らした。
ホーホッホッホッ!
なんておバカさんの集まりなのかしら!
そう叫びたい心を我慢して私はにっこり笑顔を浮かべる。
「あら、殿下? どうかしました?」
「…………っっ」
「早く、彼に処分を降したらどうです? はっきりお名前と家名を告・げ・て!」
「…………っっっ」
殿下はそのままグッと押し黙ると悔しそうに下を向いた。
(オーホッホッホ!)
内心で高笑いした私はフフッと笑ってパンッと手を叩く。
「無言! ということはお咎め無しということですわね!」
「なっ……違っ……!」
ガバッと勢いよく殿下が顔を上げる。
「…………ぅっ」
殿下と目が合った私は、まだ何か? という目で冷たく見つめ返す。
「もう一度言います───お咎めは無し……でよろしいですわよね、殿下?」
「……あ、ぅあ……」
「……」
殿下はガックリと力無くその場で項垂れた。
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