誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

文字の大きさ
上 下
32 / 119

29. 遠慮しない男

しおりを挟む
 キン! キィン!

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。リベルテが戦う姿を、シンジュは見ている事しか出来なかった。カイリに殴られたところがじくじくと痛み、思うように体が動かせない。それでもシンジュはリベルテの為に何が出来るかを必死に考えた。このまま見ているだけなんて嫌だ。自分の為に戦ってくれているリベルテの手助けをしたい。

 シンジュがそう思っている間も、二人は激しい戦いを繰り広げていた。どちらも本気で相手を殺そうとしている。初めて見る命のやりとりに、シンジュは恐怖した。リベルテの事を信じている。勝ってほしいと思っている。けれど、不安は消えてくれず「もし、リベルさまが負けたら」と最悪の結末を考えてしまった。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分が許せなくて、シンジュは首を横に振った。

「何か、僕に出来る事……リベルさまを、助けなきゃ……」

 痛みを我慢して立ち上がり、シンジュは二人が戦っている場所を注意深く見た。二人から少し離れた場所で、きらりと何かが光る。その光を見たシンジュはカイリに気付かれないよう注意しながら近寄って、光っていたものを拾い上げた。

「シズク! 良かった。すぐに助けるから」
「キュウ!」

 リベルテに投げ飛ばされた時にカイリの手から離れたのだろう。光の正体はシズクが閉じ込められている瓶だった。カイリはリベルテに集中していてシンジュには気付いていない。力の入らない手に無理矢理力を入れて、シンジュは瓶の蓋を開けようとした。しかし、蓋はびくともしない。もう一度力いっぱい蓋を取ろうとするが、ピクリとも動かない。

 早くしないとリベルさまが……

 カイリが正々堂々と戦うとは思えなかった。彼は一度卑怯な手を使ってリベルテを殺そうとした事がある。シンジュを海に連れて帰ろうとした時も彼はリベルテを殺すと脅した。このまま戦いが長引けばリベルテが危ない。自分が不利になった時、カイリがどう動くか分からない。そんな不安や恐怖と戦いながら、シンジュは必死に瓶の蓋を開けようとした。

 キィン!

 金属の高い音が響いたのと同時に砂浜に剣が突き刺さる。それはリベルテが持っていた剣だった。丸腰になったリベルテに、ニタニタ笑うカイリがじりじりと近付く。シンジュは願うように力を込めた。

 お願い! 開いて! このままじゃリベルさまが、僕の大切な人が死んでしまう!

 ふわりと、優しい温もりに包まれた気がした。シンジュの両手に誰かの手が重なる感触。シンジュが不思議に思っていると瓶からキュ、と音がしてビクともしなかった蓋が僅かに動いた。シンジュは蓋を凝視して、直ぐに蓋を回した。あんなにも硬かった蓋はあっさり開いて、瓶の中に閉じ込められていたシズクが元気に飛び出す。その勢いのままシズクはリベルテとカイリの間に割って入り、強い光を放った。

「リベルさま!」

 目を開けられない程の眩しい光に包まれても、シンジュはリベルテの元へ駆け寄った。彼は駆け寄って来るシンジュをしっかりと抱きとめる。光は直ぐに消え、ザアッと雨が降り注いだ。その雨は温かく、肌に触れると溶けるように染み込んだ。染み込んだ場所からすうっと痛みが消え、傷が塞がっていく。雨が止んだ時には、シンジュもリベルテも全ての傷が癒えていた。

「ぎ、ぎゃぁああああああ! 痛い! 痛い痛い痛い! あぁああああああ!」

 突然、カイリの悲鳴が聞こえ彼の姿を見た二人は息を詰まらせた。綺麗な藍色の髪はどんどん色素が薄くなり白髪へ変わり、同じ色をした瞳も白く濁り、干からびるように体から水分が抜けて皺だらけ。一瞬で老人のような姿に変貌したカイリを見て、二人は何が起こったのか分からず、その場から動く事が出来なかった。





 凄まじい痛みと苦しみに襲われたカイリは、少しでもその痛みから逃れる為に砂浜をのたうち回る。しかし、その行為は更に痛みを増すだけで何の解決にもなっていなかった。

「神子殺しの烙印さ」

 変わり果ててしまったカイリを見ていると、突然誰かの声が聞こえた。二人がは声のした方へ視線を向けると、其処には深海の魔女と呼ばれている老いた人魚が静かに佇んでいた。感情のない目をカイリに向け「自業自得だ」と冷酷に吐き捨てる。

「烙印?」

 リベルテが恐る恐る聞くと、老いた人魚は頷いて話を続けた。

「簡潔に言えば神罰。神子の証を奪おうとした者、神子の力欲しさに神子を殺そうとした者は神子殺しの烙印を押されるのさ。烙印を押された者は神子を苦しめた罰として死ぬまで苦痛と絶望の中を生き続ける。自ら死ぬ事も許されない。苦痛と絶望の中、罪を償い切るまであの地獄は続く。当然の報いだよ。彼奴は散々神子殿を苦しめたんだからね」

 当然の報い。確かに今迄カイリがしてきた事を思えばそうなのかもしれない。しかし、シンジュは素直に受け入れる事は出来なかった。そう思っても、今のシンジュがカイリに出来る事は何もない。老いた人魚もリベルテも「気にするな」と言ってくれるが、シンジュはカイリから視線を逸らした。

 カイリから顔を背け老いた人魚を見て、シンジュはある事に気付いた。皺だらけの肌。縮れ傷んだぼさぼさの髪。濁った緑色の瞳。老いた人魚と罰を受けたカイリの姿は酷似していた。恐る恐るシンジュが「あなた、も?」と問うと、老いた人魚は一瞬目を見開いた。しかし、直ぐに表情を戻し「神子殿が知る必要はないさ」と告げて、痛みに耐え切れず気を失ったカイリを担いだ。

「コレは連れて行くよ。神子殺しの末路を見せれば、流石の人魚族も恐れて神子殿に手を出さなくなるだろう」

 老いた人魚はシンジュを悲しそうな表情で見詰め「今迄、済まなかったね」と謝罪した。

「え?」
「今度こそ、幸せにおなり。神子殿の幸せが、小娘の、ヒスイの願いだから」

 カイリを連れて海に帰ろうとする老いた人魚の腕を、シンジュは咄嗟に掴んだ。驚く人魚に、シンジュは縋るような目を向け「まって、ください」と言った。

「貴方が過去に何をしたのか、どうして罰を受けたのか、僕は知りません。聞くつもりも、ありません。でも、貴方は僕を助けてくれました」
「……これはワタシが選んだ道だ。神子殿には関係ない」
「確かに、僕が言っても意味は無いかもしれません。救えないのも、分かってます。でも、言わせて、ください。僕は……僕は、貴方を許します」

  シンジュが「許す」と言った直後、老いた人魚を暖かい光が包み込む。痛み縮れた髪は長く美しい淡い碧色に、濁った緑色の瞳は宝石のような青紫に。皺だらけだった肌は瑞々しいハリのある滑らかな肌に。光の中から現れたのは、男性とも女性ともとれる中性的な顔立ちの美しい人魚だった。

「え? 嘘!? 物凄く美人になってる!?」
「失礼な餓鬼だね。これが本来の姿だ」

 皺がれた声も美しい声に変わった。何が起こったのか分からず驚いていると、リベルテに失礼な発言をされ人魚は不機嫌な顔をして反論した。未だに信じられず口をパクパク動かすリベルテに、人魚は深いため息を吐く。

「よかった」

 神子殺しの烙印から解放された深海の魔女を見て、シンジュは安心したように笑った。控えめに笑う彼に感謝の言葉を述べ、人魚はカイリを連れて今度こそ海の中へ帰ろうとした。

「夜の神子が危ない。早くお行き。彼らは神殿に居る」

 バッと神殿の映像が空中に流れる。多くの騎士に囲まれたユリウスと夕、そして不敵に笑うシェルスの姿を見た瞬間、二人はシズクと共に急いで神殿へ向かった。

「後はお前の仕事だ。クラウス」

 去って行く二人を眺めながら、人魚は小さな声で呟いた。
しおりを挟む
感想 394

あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?

柚木ゆず
恋愛
 わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。  さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。  ……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。  ※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

結婚が決まったそうです

ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。 文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。

処理中です...