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26. ガーネットの宣言
しおりを挟む「……う、ん……?」
ゲホゲホッ……
あの時と同じようにムクリと起き上がったジョルジュがむせてる。
(ほ、本当に起きるのね……)
起き上がったジョルジュは、ぼんやりした顔で呟いた。
「ガーネット……」
「え!」
真っ先に自分の名が飛び出したことにドキッとする。
やっぱり、夢の中の私は皆勤記録を続けて……
「…………踏まれた」
「!」
「…………気がする」
「───はぁ!?」
まるでときが戻ったかのような反応に私もあの時と同じ反応を返してしまう。
「だが…………以前とは……痛み、少し違う」
「!」
痛みが違う?
ヒールを抜いだからかしら?
そんなジョルジュはまだどこか寝ぼけた眼で口にした。
「だが、この容赦なければ躊躇いも遠慮も感じない踏みつけ方は…………ガーネット」
「ジョル……」
「しかいない……!」
「……」
分かってくれるのは嬉しい。
それなのに色々と複雑な気持ちになる。
それは自覚した“恋心”のせいなのかしら───
「……」
(いや、そんなことは関係ないわね? だって私は私だもの!)
私はふふっと笑ってバサッと髪をかきあげる。
「───ジョルジュ! 目が覚めたわね? なら、さっさと行くわよ!」
「……天国に?」
「て……!? そんなに行きたいなら一人で行きなさい!」
「…………ガーネットと一緒がいいんだが……」
「……っ」
そんなジョルジュは相変わらず、どこかすっとぼけたことを言っている。
私はフンッと腕を組んでそんなジョルジュに告げる。
「そんなにご希望なら今から百年先くらいには一緒に行ってあげるわよ!」
「ガーネット……!」
(……くっ!)
ジョルジュの顔が明らかに嬉しそうになった。
その顔に胸がキュンとした。
(なんて恐ろしい……これが、噂の恋心のなんちゃら!)
「ふんっ……何でそんなに嬉しそうなのかしらね」
「当然だ!」
ジョルジュはガシッと私の手を掴む。
「──! ちょっとジョル……」
「ガーネットとずっと一緒にいられる! そういうことだろう!?」
「ずっと……」
……キュンッ!
(……くっ!)
明らかに弾んだそのジョルジュの嬉しそうな声に私の方が撃沈した。
(なんて恐ろしい……これが、噂の───以下略!)
「……ガーネット?」
「はっ! そんなことより!」
悶えていた私は顔を上げる。
誕生したばかりの恋心をこねくり回すのは後!
今は───
私は顔を戻してジョルジュに言う。
「───いいから、行くわよ!」
「だからどこに……」
「……」
私は無言でクイッと親指で指をさす。
その先にいるのは、床に膝をついて震えて泣いているラモーナ。
「あれは──」
「……」
「───分かった。あの女が何か派手にやらかした失敗をガーネットがフォローしに行くんだな?」
「!」
一から十まで全部説明したわけではないのに、真剣な表情になってコクリと頷くジョルジュ。
(普段は、すっとぼけているくせに……)
こういう時だけ飲み込みが早いんだから。
(そういうところ…………も、好き、だわ…………)
「……っ!」
ほんのり恋する乙女モードが顔を出しそうになったけれど、すぐにそれをしまい込んで私はラモーナの元に向かう。
「ふふふ────ご機嫌よう、ラモーナ。とっても素敵な光景ね?」
「……ガーネッッ……ケホッ、なんでここ……に」
私の声にラモーナが顔を上げて声を詰まらせる。
「ホーホッホッホッ! その惨めに床に這いつくばってベソベソしている姿、最っっっ高にお似合いよ?」
「…………なっ!」
ラモーナの顔が屈辱でカッと赤くなる。
「う、うるさい! な、何よ! 負け犬のくせに! こんな所で何しているのよっ!」
「何って───」
「おい! 今度は何の騒ぎだ!」
私がラモーナの質問に答えようとした時、広間からエルヴィス殿下が飛び出して来た。
「え、ガーネット嬢!? どうして君がここに!?」
「……」
(登場、遅くない?)
しかも“今度は”と言った。
つまり、エルヴィス殿下はラモーナが大臣たちに責められているのは全部、聞こえていた。
知っていてわざと助けなかった──私にはそう聞こえた。
(二人の間にぎくしゃくする何かがあったのだとしても────)
「…………不抜けにも程があるわね」
「ガーネット、嬢?」
私はジロリと殿下を睨む。
「一度でもこんなカスみたいな男の妻になる決心をしていたなんて───自分に反吐が出るわ!」
「カ、カス……? それより、ガ、ガーネット……」
「!」
エルヴィス殿下がそっと私に向かって手を伸ばそうとした。
私はそれを払いのけようと身体を動かそうとしたら───
「────その汚い手でガーネットに触れるな! カス王子!」
「え」
「いっ……」
突然、ジョルジュがグイッと私の肩を抱き寄せる。
そして、パシンッとジョルジュがエルヴィス殿下の手を叩き落とした。
「えっと、ジョル……ジュ?」
「……」
ジョルジュは無言のままエルヴィス殿下を睨みつける。
「見ない顔……き、貴様は誰だ! どこの令息だ!? お、王子である僕にこんなことをするなんて───」
「知らん! それから名乗る名など無い!」
ジョルジュはエルヴィス殿下の言葉を遮ってそう言った。
一見、かっこいいことを言っているように聞こえるのだけど……
(───名前を名乗るのが面倒臭い! って聞こえるわ)
そんなジョルジュの思惑など知らないエルヴィス殿下は当然のように憤慨した。
「き、貴様っっ……!」
(……あ!)
ジョルジュに対して掴みかかろうとする殿下。
私は咄嗟に自分の足を伸ばして、殿下の足に引っ掛ける。
「…………んぁあ? ぐはっ!」
バランスを崩した殿下がそのまま床に尻もちを着いた。
ラモーナのそばにゴロンッと転がる。
「オーホッホホホ! 二人揃ってなんて滑稽で愚かで間抜けで素敵な姿のかしら!」
「───なっ! なんだ、と!?」
「ガーネット……!!」
高笑いする私に憤慨する二人。
そんな二人を私は上から睨みつけた。
そして、ニタリと笑う。
「お黙りなさい! 今のあなたたちにごちゃごちゃ文句を言われる筋合いはないわよ!」
「「!」」
グッと二人が黙り込む。
「ずっ~~と、見ていたわ。出迎えからの失態の数々……準備不足にも程があるわ!!」
「「!!」」
二人の目が大きく見開かれる。
特にラモーナは悔しそうに唇を噛んだ。
私はフッと鼻で笑う。
そして二人に近付くと悔しそうな表情のラモーナの顎に手をかけて上を向かせる。
「さて、未来の王子妃となられるのに勉強不足のラモーナ様? あなたはいったいどんな素敵なお料理でおもてなしをしたのかしら?」
「……っ」
「彼らの国では嫌われるメニューでも出しちゃった? それとも、禁忌の色のドレスを平気で纏うくらいだから───隣国でのタブーの食材を……」
「バ、バカにしないで! そ、そんなことしていないわよ!」
「ふ~ん? ならどうして彼らはあんなに激怒しているのかしら」
私はクスッと小馬鹿にしたように笑う。
カッとなったラモーナは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「過去のメニューを使い回したんだから、嫌いなメニューもタブーの食材も有り得ないわよ!」
「!」
「それなのに、何で? 何であんなに怒られなくちゃいけないの……!?」
ラモーナは目に涙を浮かべながらそう叫んだ。
「過去のメニューの使い回し…………へぇ。それで殿下は何も言わなかったのかしら?」
私が冷たい視線でエルヴィス殿下を見つめると、彼は気まずそうに目を逸らした。
「……最後の承認は貴方だったと思うけど? ふーん、なるほどあなたのその頭の中は過去の記憶もしていられないすっからかん……」
「バ、バカにするな! 僕は……僕はっっ」
それ以上の言葉を紡げないエルヴィス殿下。
私は心の底から呆れる。
ラモーナの顎から手を離して私は手を叩きながら立ち上がる。
「凄いわねぇ……お出迎えからここまでの間、わざとですか? って聞きたくなるくらいにあちらの方々に怒りの燃料しか投下していないじゃないの」
ビクッと肩を揺らした二人が私からそっと目を逸らす。
「こんなお間抜けな二人に国を任せていいものか再考が必要そうねぇ……」
その言葉にギョッとする二人。
私はクスッと笑って冷たい視線を向ける。
「あらあら、何かしらその不満そうなお顔」
「……っ!」
「だってそうでしょう? このままではよくて国交断絶。もっと悪ければ戦争になるかもしれないわよ?」
「なっ!」
「戦……争!?」
ワナワナと震え出した二人に私は心底軽蔑の目を向ける。
「もっと歴史を勉強なさい! お花畑で遊んでばかりだからそうなるのよ!」
「え……」
「お、お花、畑……?」
私は軽く息を吐く。
そして広間の方に顔を向けた。
「それから! ───そこの部屋からボケッとこっちを見ているだけのあなたたち──我が国の大臣たちも同罪よ!」
私の言葉に広間から成り行きをハラハラと気まずそうに見守っていた人たちがビクッとする。
「ガ、ガーネット様!」
「ウェルズリー侯爵令嬢……」
私はラモーナと殿下。
そして我が国の腰抜け大臣たちに向かって堂々と宣言する。
「あなたたちが要らないと言ったこの私。ガーネット・ウェルズリーが彼らの怒りを鎮めてきてあげるわ」
え……?
そんな間抜けな顔をする彼らに私は薄く笑う。
「───あなたたちはそこで指を咥えて大人しく見ていなさい! 行くわよ、ジョルジュ!」
私はジョルジュ連れて颯爽と歩き出した。
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