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24. これが恋というものなのかしら?
しおりを挟む(いったいなんの騒ぎ───)
私はもう少し近付いて様子を探ろうとした。
「───何だか騒がしいな」
「ひゃあっ!?」
急に後ろから声がしたのでびっくりして振り返る。
「ジョルジュ!」
「ガーネット。君にしては随分とのんびりした登場だな」
後ろから声をかけて来たのはジョルジュだった。
「のんびり……? それよりあなたもう来ていたのね?」
失踪迷子事件にはならずに済んだみたい。
「ああ。先に着いてガーネットはまだかまだかとずっとソワソワして待っていた」
「え……」
(ずっと? ソワソワ……?)
「い、いつから?」
「そうだな……かれこれ三時間くらい経つ、か?」
「さ……えぇえ!?」
(それって朝食を終えてすぐ家を出たんじゃ……)
「ガーネットは寝坊でもしたのか?」
「違うわよ! あなたってなんでそんなに極端なの……」
「?」
ジロっと睨んでおく。
ジョルジュの三時間待ちぼうけの間、何をしていたかも気にはなる。
けれど、今はあっち───王宮の入口の騒ぎの方が気になった。
「ねえ、ジョルジュ。あの揉め事はいつから起きているのかしら?」
「だいたい十分くらい前だな」
「え……十分も揉めてたの?」
さすがにそれは長い。
これは先方はかなりお怒りじゃない?
「ああ。カンカンに怒っているせいで止まる気配がない」
「やっぱりね。それで? 怒られているのは誰なの────って!」
私はもう一度覗き込んでハッと息を呑んだ。
(ラモーナ!)
そして、当然ながらラモーナの前でカンカンに怒り散らしているのは今日接待することになっている隣国の大臣たち……
私は頭を抱える。
まさか、出迎えの段階でこんなことになっているなんて……想定外。
「なぁ、ガーネット。着替える……とか聞こえてくるんだが、何が問題なんだ?」
「着替え……」
ジョルジュの言葉を受けて私は改めてラモーナの装いを確認した。
そしてもう一度頭を抱えた。
(ラモーナ……どうしてよりにもよって……!)
ふぅ、と息を吐く。
「…………“あれ”ではね……向こうが怒るのも当然よ」
「そうなのか?」
「ええ。分かる? ラモーナの着ているドレスの色に紫色が含まれているでしょう?」
「紫? ああ、確かに入っているな」
ジョルジュが頷く。
そう。この距離からも見えるくらいには紫色が入っている。
「……あの色は隣国では王族しか纏ってはいけない色なのよ」
「なに? あのおかしな令嬢は隣国の王族だったのか!」
「違う! ラモーナは禁忌の色のドレスを着てしまったの」
私は深いため息を吐いた。
私たちにとってはなんてことない色でも、隣国にとっては神聖な色。
真っ先に注意しなくてはいけないポイントなのに!
「あと、もう一つ言わせてもらうなら、あのフリルやリボンの付いた可愛らしさ全開のデザインもよくないわ」
「……好みの問題か?」
「なんでよ! そうではなくて、今回は視察なのよ? それ相応の格好が求められるの」
「好き嫌いではないのか……」
ジョルジュは、ふーんと頷いた。
「エルヴィス殿下はそこのところは分かっていると思っていたのに……どうしてラモーナを止めなかったのよ」
そんなエルヴィス殿下はラモーナの横に並んで一緒に怒られていた。
その表情は青ざめている。
一方のラモーナは下を向いているので表情は見えない。
泣いている?
でも、残念ながらお得意の涙はここでは通用しない。
「───これは始まる前に視察終了か?」
「勝手に終わらせないで! とりあえず、謝罪と迅速な着替えをして、このあと丁寧にもてなせばなんとかなるはずよ」
「なんだ。つまらんな」
「つまらんって……あなたね……」
ジョルジュの言い方は失敗を願っているみたいに聞こえた。
そうこう言っているうちに、隣国の大臣たちは気が済んだのか、ようやく怒鳴るのを止めた。
同時にラモーナは慌てて王宮の中へと引っ込んでいく。
「出迎えからかなり心証は悪くなってしまったとは思うけれど、とりあえずは落ち着いたようね」
「そうか。で? あいつらは次は何をやらかすんだ?」
「……」
ジョルジュがすでに何かをやらかすこと前提で聞いてくる。
「──いつもならこのまま広間に行っておもてなし……でしょうね」
「ここでの要注意事項はなんだ?」
「────お茶と雑談内容よ」
「お茶と雑談?」
細かい説明は後にして私とジョルジュも王宮の中へと入る。
私は歩きながらジョルジュに説明した。
「あの人たち、お茶の茶葉にも結構こだわりがあってうるさいのよ」
「つまりお眼鏡にかなわないと────」
ジョルジュがそう言いかけた時、バーンッと広間の扉が勢いよく開かれた。
「も、申し訳ございません」
「今すぐ、い、淹れなおしてきますーーーー!」
そして部屋の中から出て来た給仕係が涙目で叫んでいる。
「……ガーネット」
「ね? だから言ったでしょう?」
「……」
「……」
私とジョルジュは無言で互いの顔を見合せた。
────
私とジョルジュは庭園のに設置されている椅子に座ってそこから広間の様子を眺めることにした。
少し前に着替えを終えたラモーナも部屋に入室。
さすがに学習したのか、今度は色も気をつけていたしデザインも落ち着いた装いだった。
(ラモーナは、こんな地味な格好……って言いたそうなかなり不機嫌そうな表情だったわ)
でも、外交とはそういうもの。
自分の好きなドレスだけを選んで着飾って笑っていればいいわけじゃない。
「なぁ、ガーネット。さっきから給仕係の出入りが終わらないんだが……」
「何度目の駄目出しよ……」
私はやれやれと肩を竦める。
大臣たちの怒りの様子が目に浮かぶ。
「殿下とラモーナ…………これは相当、事前準備を怠ったわね?」
「こんな様子でこの後、視察なんて可能なのか?」
ジョルジュの疑問は最もだった。
しかし、それより────……
「視察の前に大きな難問……昼食会があるわよ?」
「……」
「ここで失敗したら…………確実に視察も失敗となるでしょうね」
「そうか……」
「……」
「……」
(ん?)
ジョルジュはそう言ったきり静かになった。
「ジョルジュ?」
「……」
不思議に思って呼びかけると、何だかジョルジュが眠そうに目を擦っている。
「ガーネット……眠い」
「え!」
そのままジョルジュはこてっと横になった。
なぜか私の膝を枕にして。
(ちょっ────~~!?!?)
「え? ちょっ……ちょっとジョルジュ!」
「…………駄目だ、眠……い」
「ジョル……」
「ああ、ガーネットの膝、は、気持ち…………いい、な」
「は!?」
そんなとんでもない発言を残してジョルジュはスヤァ……と、気持ちよさそうに完全に眠りの世界へと旅立ってしまった。
(う、嘘でしょうっ!?)
この男…………人の膝の上で何してくれてるのーー!
「気持ちいい!? な、なんてこと口にしているのよ! 全くもう……!」
「……」
「本当にいっつもマイペースだし、頼りになるんだかならないんだか分からない男!」
「……」
「この…………ポンコツ!」
「……」
たくさん悪口言ってるのにジョルジュはピクリとも動かない。
とても気持ち良さそうに眠っている。
「ねえ……ジョルジュ」
私はジョルジュの頭にそっと触れて起こさないように優しく撫でる。
「…………今、あなたが見ている夢の中に私はいるかしら?」
「……」
「あなたにとって私って本当に何なのよ?」
「……」
友人? 兄? それとも……
「…………ねえ、ジョルジュ、私……」
あなたの言葉や行動に翻弄される度に胸がドキドキしたり苦しくなる。
「どう考えてもこんなの兄に抱く気持ちではないのよ───だから私、あなたを兄だとは思えない……ううん、思いたくない」
「……」
「私があなたに抱くこの気持ちって…………」
私は胸をギュッと押さえる。
まさかとは思うけど……
(これが…………恋、というものなのかしら?)
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