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18. 溢れんばかりのオーラ
しおりを挟む王家の紋章がついた馬車。
この国でそんなものに堂々と乗れるのは……
「……ジョルジュ」
「ああ、あの馬車……」
「!」
ジョルジュの外……いや、馬車を見る目つきがキッと険しくなった。
私は、ジョルジュもこんな表情をするのねと驚いた。
「そうなのよ、あの馬車に乗っていたのは間違いなくエ……」
「───あんな所に停めてしまったら、俺が帰れないじゃないか!」
(…………ん?)
「完全に道を塞いでいる」
「道……?」
「なんてマナーのなっていない馬車なんだ!」
「マナー……」
何か違う。
ジョルジュの目に王家の紋章は映っていないと?
私はこめかみを押さえながら、改めて窓の外を見る。
(う…………うん。確かに、邪魔している……わね)
「……」
「どうした? ガーネット。急に静かになったが」
「…………エエ、ソウデスネ」
「どうした? 言葉が片言になってるぞ?」
「…………キノセイヨ。ホットイテ」
ジョルジュは私の返答にふむっ……とだけ頷いた。
そして私の顔を見て言った。
「それで、このマナーのなっていない迷惑な訪問者はどこの誰なんだ?」
「……」
(ジョルジュ……紋章、紋章見て?)
恐ろしいくらいのジョルジュのマイペースっぷりに私は苦笑した。
────
「───いいから、さっさとガーネット嬢を呼んできてくれ!」
「ですから! 申し訳ございませんがお約束のない方は……」
窓から離れて階下の声に改めて耳を澄ませる。
私は腕を組んで息を吐いた。
(ああ、この声。やっぱり……訪問者はエルヴィス殿下で間違いないようね?)
しかし……
「執事が約束のない方はご遠慮を……って止めているわ」
殿下が相手なのに……折れずに頑張ってくれている。
そう、我が家の使用人たちはそういう所はきっちりしていたはずなのよ……
それなのに。
「そのようだな」
「……ジョルジュ。それなのになんであなたはあっさり私の部屋まで入って来れたのよ……!」
「…………? 何の話だ?」
ジョルジュが心底分かっていないような顔をしたので私はガクッと脱力した。
「まあ、いいわ。とにかく今の問題は殿下よ……」
「ガーネット?」
「まさか、手紙ではなく自らが返事のつもりで我が家に乗り込んで来るなんて…………そういえば最近も居たわね? そういう人」
私はじとっとした目でジョルジュを見た。
すると、ジョルジュは深刻そうな顔で頷いた。
「なに? そんな奴がいたのか……? 誰だろうな? 顔が見たい」
「すごいわ……鈍感って極めるとこんな所までいくのね?」
「何の話だ?」
私はそう言いながら、化粧台の引き出しを開けて手鏡を取りだしてジョルジュに渡した。
「何だ、手鏡? 髪でも乱れているのか?」
「……」
ジョルジュは不思議そうに手鏡を受け取り、せっせと髪の毛を整えていた。
そんなやり取りをしているうちに、階下のお客様──殿下の声はどんどんヒートアップしていく。
「───たかが侯爵家の使用人の分際で! いいから早くガーネットを呼ぶんだ!」
声も大きければ、口調までもがかなり荒く乱れている。
王子の顔は捨てたのかしら?
婚約破棄を言い渡していた時もなかなかだったけれど、今の方が酷い。
「こんな態度とる人だったのね……? どれだけ余裕が無いのかしら」
はぁ、と息を吐いてから仕方がないので私は階下に向かうことにした。
「ガーネット、行くのか?」
「ええ。だってこのまま居座られたらジョルジュ帰れないでしょう?」
私がそう口にしたらジョルジュは、静かに首を横に振る。
「いや、大丈夫だ。いざとなったら走り……」
「───帰宅は真夜中かしら!? 貴族界を揺るがす大失踪事件になるだけよ!! 勘弁してちょうだい!」
やはり思った通り。
走り込みで帰るから大丈夫! と言おうとしていたジョルジュを無理やりねじ伏せた。
「───どうせガーネットは今、僕との婚約破棄のショックが抜けずに屋敷にこもっているんだろう?」
(……は?)
「きっとこの僕がわざわざ訪ねて来たと知ったら、喜ぶはずだ! だから早く呼んでくれ」
(…………は?)
殿下のまるで頭の中一面にお花畑が咲いたかのような発言が聞こえてきて、階段を降りようとしていた私は足を止める。
「ガーネット、どうした? 行かないのか?」
「あ……いえ。私ってちょっとお花畑で戯れる趣味はないのよね……」
「花畑? よく分からないが───ガーネットは誰よりも美しいからどんな花だってガーネットの前では霞んでしまうぞ!」
「んえっ!?」
ジョルジュはサラッととんでもないことを真顔で口にした。
「ん? ガーネット、どうした? 急に顔が赤くなってきたぞ?」
「……き、気のせいよ!!」
「?」
私は熱を持った頬を押さえながら階段下まで一気に駆け下りた。
「───ああ、ガーネット嬢! 来てくれたのか!」
「……」
私の姿が視界に入ったらしいエルヴィス殿下がハッとして私の名前を呼ぶ。
「お嬢様!」
「……」
執事に“ありがとう”と“大丈夫”の意味を込めて手を上げる。
「君の方から僕に気付いて来てくれたんだね? 良かったよ」
「……ええ、随分と騒がしかったものですから。お久しぶりですわね、殿下」
私は、にこっと笑顔でそう口にする。
「ひっ……!?」
殿下が小さな悲鳴をあげて顔引き攣らせながら一歩下がった。
「……あら? どうかなさいましたか? 殿下」
私は笑顔という名の圧を更に強めながら冷たく笑いかけた。
「ひ、ひぃっ!?」
「あら? お顔の色が…………ご気分が優れないようなら、どうぞこんな所に居ないで王宮にお帰りになられたらどうでしょう?」
「……い、いや! 大丈夫だ! それより……ガーネット嬢! 突然ですまなかったが僕は君にどうしても大事な話があって来たんだ」
殿下は青白い顔のまま、私からの帰京の勧めを断ってさっさと本題に入ろうとした。
「まあ! もう婚約者でも何者でもないただの侯爵令嬢の私に……お話?」
「……ぐっ…………そ、そうだ」
「わざわざこんな…………王族の一員としては有り得ないくらいの礼儀に欠ける振る舞いをしなくてはならないほど、この私に大事なお話が!?」
「……うっ……ぐっ……そ、そうだ」
殿下は苦しそうに胸を押さえながらも頷いた。
私はそんな殿下を冷ややかな目で見る。
(すごい……すごいわ!)
「そ、それでだな。その……ガーネット嬢。僕が今日、君に会いに来た理由なんだが……」
「……」
(こんなにもすごい人……初めてかもしれない……)
一応、一年も婚約者やっていたのに!
「えっと、その……実は……──あ、いやその前にまずはパーティーでのことを……」
「……」
(だだ漏れ……だだ漏れしてるわよ……全身から……!)
「あんな風に振舞って君を傷付けて泣かせてしまったこと……後悔しているんだ……」
「……」
(まさに、全身から惜しみなく溢れ出ている“金が欲しい”オーラ!)
こんなにも、欲しかない欲まみれの欲人間、初めてよ!
溢れんばかりの金のオーラ!
思わず笑いそうになってしまい、慌てて口を押さえて俯いた。
(ダメ……口を押さえたくらいじゃこの笑いは止まらない……)
私はプルプル震え出す。
殿下はそんな私を見てギョッとした。
「……っっ、ガーネット嬢! す、すまない、また君を泣かせるつもりは無かったんだ! だが……」
とにかく笑いを堪えるため、全身を震わせながら、なんとか私は答える。
「ひ、酷いですわ、殿下……」
(こんなに笑わせようとしてくるなんて!)
この攻撃は予想外。
「───っ! ガーネット嬢……」
「私……今、とても、く、苦しいです、わ」
(お腹が!)
「そんなっ、ガーネット嬢……!」
殿下は辛そうな表情で笑いを懸命に堪えて震えている私の肩にそっと手を置いた。
「ああ、ガーネット嬢、君を傷つけて本当にすまなかった」
「!」
私は俯く。辛い! 吹き出しそう!
いったい、この方はどこまで笑わせてくる気なの?
「……」
「それでなんだが……君さえ……その許してくれるなら……僕はあの時の言葉……の撤回を……」
「……」
「も、もちろん! これが虫のいい話だとは、わ、分かっている! だが、あれから僕も考え直したんだ。そして分かった……本当に僕に相応しくて必要な人は……」
ここで殿下はグッと私の肩を掴む手に力を入れた。
私もここで顔を上げる。
「ええ。ラモーナですわね? もちろん、よーく分かっていますわ」
「ああ! そうなんだよ……ラモー…………ナァァア!?」
殿下の間抜けな声は、その場にとてもよく響いた。
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