誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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13. 最強のポンコツ男

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「ガーネット!  まさかお前、腹いせに二人の婚約を潰……」
「お父様っ!  ───人聞きの悪い言い方をしないでちょうだい!」

 私はキッとお父様を睨みつけた。

「そ、そうか……そう、だよな。いくらガーネットでも……さすかにそこまでは出来ないよな、ハハハハ!」

 お父様がホッとしたように笑う。

「いや?  その程度…………ガーネットなら簡単にやってのけると思うが?」

 ポソッとジョルジュが呟く。
 そして、顔をこっちに向けてじっと私を見つめて言った。

「だろう?  ガーネット」
「……ジョルジュ」

 ジョルジュの言葉に胸が熱くなる。
 彼の言う通りで、やるかやらないか……なだけで、
 本気でやろうと思えば人様の婚約の話を潰すことだって出来なくはない。

(もちろん、自ら進んでやろうとは思わないけれど)

 私はバサッと髪をかきあげる。

「ホーホッホッ!  ジョルジュ、あなたよく私のことを理解しているじゃない!」

 なかなかの理解力に私が褒めるとジョルジュはうんうんと頷いた。

「ああ!  俺はガーネットなら本気を出せば、その辺の貴族の一つや二つ……平気でその足で踏みつけて潰せるとも思っている!」

(……ん?)

 ただの“潰す”ではなく“踏み潰す”と聞こえた。

「踏みつけて潰す……?」
「ああ!  ガーネットなら、とても気持ちよくその足でどんどん踏みつけていくことだろう!」
「……」
「……ガーネット?」

 私が黙り込んだからか、ジョルジュが不思議そうに私を見ている。

「……」

(……落ち着くのよ、私)

 私はチラッと自分の足を見る。
 ジョルジュの発言した“踏み潰す”が、比喩表現ではなく物理的にこの足で貴族の人間やら屋敷やらを踏みつけた結果、潰せるだろう?  と言われているように聞こえるなんて……

 私はフッと笑う。

「ホホホ、もう、ジョルジュったら。私も疲れてるのかしらね?  まるであなたの言っていることが、本当にこの足で物理的に踏むかのように聞こえちゃ───」
「ガーネットの踏みつけは後からじわじわ来て癖になる痛さだからな!  みんな喜ぶ!」
「よ…………よろこ……え!?」

 私はこめかみを押さえる。
  
(おかしい……やっぱり物理的な方向に聞こえる……)

「ガーネット!  どうせやるなら思いっきりグシャッと……」
「ねーえ、ジョルジュ?  私、ちょ~~っと聞きたいことがあるのだけど?」

 慌ててジョルジュの言葉を遮った。
 そして私は訊ねる。

「なんだ?」
「とってもとってもと~~~~っても大事なことよ?  ───あなたの中の私は人間かしら?」
「……?」

 ジョルジュが不思議そうな目で私を見る。
 ついでに両親も。
 ええ、そんな顔にもなるわよね!
 私も人生でこんな質問をする時が来るなんて夢にも思わなかったわ。

「───いいから!  さあ、答えなさい、ジョルジュ!  私はちゃんと人間よね!?」
「当然だ!  美しい天使の声と悪魔のような微笑み、更に可愛い笑顔までをも持つ…………」
「ひっ!  何か追加されてる!  もういい、やっぱりもういいわ!!」

 さすがにこれ以上聞いたら頭の中がおかしくなりそうだったので、慌てて止めた。

「…………もう、いいのか?」
「え、ええ。とりあえず、一応人間と認識はされていたみたいだから……もう……」

 ジョルジュは少し不満そうに言った。

「そうか?  ガーネットのことなら俺は一日中だって語れそうだぞ?」
「なんでよ!  えっと、ジョルジュ……あなた、もう少し時間の使い方というものを覚えた方がいいわよ……?」
「なぜだ?  この上なくとても有意義な時間を過ごせると思うが?」
「……」

(ジョルジュ……!)

 こんなんで将来のギルモア家の存続は大丈夫なのかしら……?
 ジョルジュが跡を継いだら即没落なんて、しない…………わよね?
 無関係ながら心配になってしまった。



 そうしてこの日の話は終わり、ジョルジュは帰宅することになった。
 当然ながら、私はジョルジュのために馬車を出す。


「……すまないな。帰るのに馬車を出させてしまうとは」

 我が家の馬車に乗り込んだジョルジュがポツリとそう言った。

「いいのよ。そのまま来た時と同様に走り込みで帰らせようものなら、失踪事件に発展しそうだから」
「……失踪事件?  誰のだ?」
「あなた以外に誰がいるのよ……」

 失踪しかけていた自覚がないなんて!
 私は軽く息を吐いてから足を組みかえ腕を組む。
 そして強めの口調で言った。

「それから!  走り込みは程々にして、これからは我が家に来る時は馬車を使いなさい」
「なんでだ?」
「なんで、ですって?  迷子と行き倒れで先に進まないからよ!  時間の無駄でしょう!」

 私がはっきりそう言うとジョルジュはきょとんとした顔で言った。

「そうか?  だが……さ迷っている間、ずっとガーネットのことを考えていたから決して無駄な時間ではなかったぞ?」
「──なっ!?」
「俺が馬車を使わずに走り込みで辿り着いたと知った時の君の顔を想像するのは楽しかった」
「…………っっ!?」
「君のその綺麗な顔がびっくりして崩れるのを見るのは楽しい」
「ジョ……ジョルジューーーー!!」

 私は向かい側に座るジョルジュに思いっ切り飛び付いて口を塞ぐ。

「あなた……ね?  もう少し色々考えて発言した方がいいわよ!?」
「……」

 ジョルジュは眉をひそめて不満そうに手をパタパタさせている。

「は?  俺はいつだって真剣だ!  ですって?  嘘おっしゃい!」
「……」
「は?  そんなことはない?  寝ても覚めてもガーネットの何が悪い?  悪いに決まってるでしょう!!」
「……」

 寝ても覚めてもガーネットってなんなのよ!

 私はジョルジュの口を塞いでいた手を離す。
 本当に本当に調子が狂う。

「と、とにかく!  これからは軽々しく綺麗とか美しいとか可愛いとか言わない方がいいわよ!」
「───ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢……」
「え?」

 ジョルジュが突然私の名をフルネームで呟く。

「なに?」
「……パーティーの後、ガーネット……君の社交界でのこれまでの噂を集めてみた」
「私の?  集めた、の?」

 コクリと頷くジョルジュ。
 まあ、なんて言われていたかはだいたい知っているけれど。

「その中に……何事にも冷静でいつもすました顔をしている……という記述があった」
「そう」
「───だが、俺の……俺が実際に目にした君は…………違う」
「え?  違う……?」
「ああ。全然違う!」
「!」

 トクンッ
 何故か、その言葉に胸がドキッと高鳴った。

「そ、それって───……」
「ああ。俺には分かる。ガーネット、君は……」
「わ、私……は?」

 トクントクン……

(もう!  か、軽々しく口にしないようにって言ったばかりなのに……!)

 本当に人の話を聞かない人なんだから!
 …………でも、不思議と悪い気はしな───

「────面白い!」
「……んぁ?」

 私は間抜けな声を上げてピタッと動きを止める。

「お……」
「面白い!  今まで出会った人間の中で最高に面白い!  だからきっと、毎晩欠かさず夢にも出て来るんだろうな」
「……」
「ん?  ガーネット?  どうかしたか?  顔は赤いし身体が震えているぞ?」
「……」
「もしかして車内が暑いのか?  付き合わせてすまないな」
「……こっ……」
「こ?」
「───こっの、ポンコツ!」

 ジョルジュが目を丸くして私を見る。
 え?  俺、なんで怒鳴られてるの?  ではなくってよ!

「私のドキドキを返しなさいよーー!  ポンコツーーーー!」
「ガ、ガーネット……?」

 首を傾げるジョルジュに向かって私は二度目のポンコツを言い放った。


 ちなみに、ギルモア侯爵邸と我が家は全然距離は離れておらず、
 歩いてもせいぜい一時間もかからない距離だったとこの後、判明した……


─────


 そんなポンコツ男、ジョルジュ。
 ポンコツなのに頼んだ仕事はとても早かった。

 翌日にはフォースター伯爵家に連絡を取ってくれて、あっという間に訪問の約束まで取り付けてくれた。

 と、いうわけで本日は二人でフォースター伯爵令嬢に会いにいく。
 そんな伯爵邸に向かう馬車の中で私は彼に言った。

「ジョルジュ。あなたってバランスが悪いわよね……」
「何の話だ?」
「有能なのかポンコツなのか……どっちかにしなさいよ」

 ジョルジュはうーんと考えてから答えた。

「よく分からないが───ガーネットはどっちが好きだ?」
「え!?  ど、どどどどっち!?」
「そうだ!  ガーネットの好きな男に俺はなりたいからな!」
「!」

(い、言い方ーーーー!)

 私はそのまま両手で顔を覆って崩れる。

「───ん?  ガーネット?  どうした?  急にふにゃふにゃになったな?」
「……ぅっっ」

 イザード侯爵家に目に物見せてやるつもりで計画したフォースター伯爵家への訪問。
 味方のはずの最強のポンコツ男、ジョルジュの手によって私は到着前から、ふにゃふにゃにされてしまった。
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