誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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11. まだ終わらない

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────


「……全く何事かと」
「珍しいものを見たわね」

 先程見た光景について、語り合う両親。
 ジョルジュが頑として譲らないので、使用人たちは医者を呼びに行ってくれている。

(うーん……)

 顔を見合わせている両親を見ていると変な誤解が生まれているような気がしなくもない。

「あのね?  お父様、お母様!  私とジョルジュは───」
「友人だ!  だが時には恋人だ!」

(……んあ!?)

 説明しようとしている横でジョルジュの口からとんでもない言葉が飛び出す。
 時には恋人!?  
 そんなのただの恋人よりタチが悪いじゃないの!

 当然のようにお父様とお母様がギョッとした目で私を見た。

「ジョルジューーーー!」
「なん…………ウグッ」

 私は慌ててジョルジュの口を塞ぐ。
 そして、にっこり笑ってめいいっぱいの圧をかけた。

「あなた、少し黙りましょうか?」
「……」
「ややこしくなるし?  私の心の平穏……のためにも、ね?」
「……」
「───い・い・わ・ね!?」
「……」

 コクコクと頷くジョルジュ。
 素直な性格なだけあってここは大人しく言うことを聞いてくれそうね。
 安堵した私は、ジョルジュから手を離すと足を組みなおして座り、バサッと髪をかきあげる。

(うん、大丈夫。ほら、いつもの私よ……もう胸はあんな変にドキドキなんて……していない)

 胸を押さえながらチラッとジョルジュに視線を移す。

(でも───可愛い……なんて言葉は初めて言われた、気がする)

 いつだってそういう言葉は、誰が見ても可愛いラモーナみたいな子が言われる言葉だったから───
 思い出すだけで何だか、ムズムズしながらも心はポカポカするという不思議な気持ちになる。

(本当に変な人……)

 私はまたクスッと笑ってしまう。

「ガ、ガーネット?  お前……」
「意外だったわ、ガーネット。あなたもそんな顔を……するのね?」
「え?  そんな顔?」

 お父様とお母様が、ジョルジュのことを思い浮かべてクスッと笑ってしまった私を見て意外そうな顔をした。

「……お父様もお母様も二人そろって何を言っているのかしら?  どこからどう見てもいつもの私でしょう?」

 私がどーんと偉そうにふんぞり返ってそう言うと、二人は目を瞬かせた後、顔を見合せる。

(ん……?)

 何か思うところがありそうな表情だったけどそれ以上は何も言われなかった。
 ちなみにジョルジュはずっと大人しく置物のように静かにちょこんと私の横に座っていた。



 その後、一応念の為にと医者の診察を受け、どこも怪我をしていないことを証明してもらい───……



「───それでジョルジュ?  あなたは走り込み目的の為だけに何時間も何時間もかけて私に会いに来たの?」
「……」
「本当は何か他に理由があるのではなくて?」
「……」 

 ジョルジュが何か言いたそうにモジモジしている。
 はっきり言いなさいよ!  と思った所で私は自分が強引に黙らせていたことを思い出した。

(律儀……びっくりするくらい律儀だわ)

「あー、ジョルジュ。ごめんなさい、もう喋ってくれて構わないわ?」
「!」

 まさか、ここからまた恋人云々の話は蒸し返すまい。
 万が一、蒸し返すならその時はまた口を塞げばいい。
 そう思って解禁。

 解き放たれたジョルジュは待ってましたと言わんばかりに頷くと早速、口を開いた。

「……そろそろかと思った!」
「え?  そろそろ?」

 話が見えず、怪訝そうにジョルジュの顔を見ると彼はそのまま淡々と言った。

「料理人以外にも派遣していたウェルズリー侯爵家の者たちは王宮からそろそろ手を引いた頃……」

 ジョルジュの言葉に私は笑って頷いた。

「ええ、その通りよ。昨日、全員の撤収が完了したわ」

 我が家から王家に派遣していた人間は思っていたより多かった。
 私が王宮の不満を見つけては、改善させようとあれこれ派遣させていたのだけど、あまりの多さに全てを把握しきれておらず……
 戻って来た人数を見て本当に驚いた。

「それから。ガーネット、のことだから……」
「私のことだから?」
「───殿下にパーティーという公の場で辱めを受けた件……についても責任追及をした頃」

 ジョルジュのその言葉に私は息を呑んだ。

「あなた……」

 なんで分かったの?
 私はそんな目でジョルジュを見つめる。
 目が合ったジョルジュはまたしても淡々とした様子で言う。

「嘘の涙を使ってチョロ王子に罪悪感をほんのり芽生えさせよう、作戦───あの素晴らしい涙の演技とネーミングの作戦は、ガーネットが王家側に先手を打つため、だ」
「……」
「だから、パーティーから数日以内に動かないと意味がない」

 私は一瞬、ポカンとしたけれどすぐにニヤリと笑う。

「オーホッホッホ!  その通りよ、ジョルジュ」

 あの日、ジョルジュの前で私はどこまで自分の考えを口にしていたかは忘れたけれど、彼の言う通り。
 チョロかったエルヴィス殿下が動揺して躊躇っているであろう今。
 ───私は、此度の件が無実であり、婚約破棄は受け入れるもののパーティーでの発言行為に対しては慰謝料を請求する───
 という旨の手紙を王家に送ったばかりだった。

「今は返事待ちね!  まあ、何て返事が来るかは想像出来るけれど!  ホーホッホッホッ!」

 あの貧乏な王家にそんなお金を支払う余裕があるはずはないからね!
 ましてや、殿下たちは今は接待の準備でそれはそれは忙しいはず。
 だから……

「そして、ガーネットなら向こうが対応にモタモタしている間も決して手を緩めず、更に首を絞めるために……そう思った」
「!」

 驚いた私はもう一度、目を丸くしてジョルジュの顔を見た。

「へぇ?  あなた、そこまで見抜いて……?」
「俺に手伝えることはあるか?  ガーネット」

 ジョルジュが真っ直ぐ私を見返してくる。

「君は、あとは何をするつもりなんだ?」
「それは……慰謝料を請求すること以外に、という意味かしら?」
「ああ。あの一切の遠慮も躊躇いもない踏みつけ方からいって、君はやるなら徹底的にとことんやる!  そういう人だ」
「……」

 随分と嬉しくない信頼のされ方だこと……
 でも──フフッと私は笑う。

「ありがとう、ジョルジュ。そして、そうね───あなたの言う通りよ」
「ガーネット……」
「まだ、終わらない───では、お言葉に甘えてあなたを頼らせてもらおうかしら」

 実は少し、困っていたのよね……
 でも、ジョルジュが手伝ってくれるなら動きやすくなるもの───……

「俺は何を?」
「……」

 私は足を組みかえる。
 そしてジョルジュに向かってニコリと微笑んだ。

「……私ね、会って話がしたい人がいるのよ」
「?」
「でも、私だけで“その人”に会いに行くのはちょっと面倒でね。だから───ジョルジュ。あなた一緒に付き合ってくれないかしら?」
「構わない」

 誰に会うかも言っていないのに、ジョルジュは迷うことなく即答した。

「───ふふ、ありがとう。助かるわ」
「だが……」
「なにかしら?」

 ジョルジュは怪訝そうに私に訊ねる。

「君は、誰に会いに行こうとしているんだ?」

 私はその言葉に笑みを深める。

「───ああ、それはね……」



✤✤✤✤✤



 ガーネットを蹴落として、ようやく私がエルヴィス様の婚約者になれたパーティーから数日後。

 彼の婚約者、そして未来の王子妃として教育を受けることになった私はさっそく王宮へと住まいを移した。

(ガーネットの最後の退場のせいで、エルヴィス様も周りもちょっと変な空気が残っているけど)

 まあ、大丈夫でしょ。
 ガーネットは恥ずかしくて、しばらく社交界に顔なんて出せないだろうし……
 時間が経てば皆、ガーネットの存在なんて忘れていくはずよ!

「そのためにも、まずは接待を成功させないとね!」

 そう意気込んだのは良かったものの───……



「───えっと、エルヴィス様……これが王宮料理ごはん……ですか?」
「ん?  そうだが?  何かおかしいか?」
「いえ……」

 私の向かい側でエルヴィス様は平気な顔をして出された料理を食べている。

(おかしいって言うか……)

 私はまず、目の前のスープから口にしてみる。

「……」

 ──見た目通りの味。
 毒味を経ているせいで冷めてるし、味も普通。
 なんなら、我が家で出されていた食事とそう変わらない。

(王宮料理ってもっと豪華で美味しいものなんじゃないの!?)

 この間のパーティーの時とは全然違う!
 ここ一年くらいでだいぶパーティーの料理も美味しくなったから期待していたのに!

(もしかして私、舐められている?)

 文句の一つでも言いに……いえ、そんなことをしたら、私の可愛いイメージが……

「どうした、ラモーナ?  食べないのか?」
「あ、いえ……うふふ、とっても美味しいですわ、エルヴィス様。さすが王宮料理ですわね……」
「そうか!」

 私は作り笑いでなんとかそう答えた。

(これから、これから……よね)



 しかし。
 ───思っていたのと違う!
 そう感じたのは料理だけではなかった。

「ねぇ、さっきからずーっと呼んでいたのにどうして誰も来てくれなかったの?」

 侍女を呼び出すも全然来てくれなかった。
 ようやく現れた侍女に理由を問いただす。

「──ラモーナ様!  申し訳ございません。実は現在、人手が……」
「人手?  王宮にはたくさん居るでしょう?」

 職務怠慢を人手が……なんて理由で誤魔化そうとする侍女にムッとする。

「そ、それが……大量に退職者が……」
「退職者?」
「はい。ですから、今はまだラモーナ様付き侍女も一人つけるのが精々でして……」
「……」

(はぁ??)

「ぼ、募集は?」
「…………かけているようですが」
「!」

 その侍女は分かりやすく目を逸らした。
 これは……人が集まっていない!
 王宮なのに!?

(どうなってるのよーーーー!  貧乏侯爵家で経験出来なかった私の贅沢お姫様生活は!?)


 また、別の日は────

「マ、マナー講師がいないですって?」
「……はい。実は先日、急に退職を」

(また、退職!?)

「え!  えっと、私の……お妃教育は……どうなるの、かしら?」
「…………実は、殿下の教育係も数名退職しておりまして、今は……とりあえず諸々の教育関連は延期……かと」

(はぁ!?)

 思っていたのと、かなりかけ離れた王宮生活のスタートに私は驚きを隠せなかった。

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