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10. ジョルジュ、暴走?
しおりを挟む「い、痛たた……」
「───ガーネット!」
「……」
ジョルジュが勢いよくソファーから立ち上がると、崩れ落ちている私の元へと駆け寄って来る。
「ガーネット、大丈夫か?」
ジョルジュの手を取って何とか立ち上がるも、どんな表情をしたらいいのか分からない。
「……ほ、本当に──わ、わわわ私! なの?」
「何がだ?」
眉間に皺を寄せたジョルジュがグイッと顔を私に近付けてくる。
私は咄嗟に叫んだ。
「ち、近い、近いからっ! どうしてそんなに近付くのよ!」
「そこ」
ジョルジュはずっと指をさした。
「え?」
「……ガーネットの持っていたカップが割れている」
「え? あ、ああそうね……?」
ジョルジュは私が手に持っていた割れたカップを見ながら言った。
「破片……怪我をしているかもしれない」
「え……」
「近付かなければ、ガーネットに怪我がなかったかどうかが分からない」
「……ジョルジュ」
そう言ったジョルジュは、私の足やら手やらに怪我がないかをくまなくチェックしていく。
なんだかくすぐったい気持ちになった。
「ね、ねぇ。ジョ……ジョルジュ!」
「なんだ?」
私はどうしても聞かずにはいられなかった。
「ゆ、夢の中であなたが毎晩見ているというガーネット……って、本当に私……なの?」
ジョルジュがゆっくり顔を上げてじっと私の目を見つめる。
「何を言っている? 俺の人生でガーネットと言えば君だけだ」
「ひぇっ!?」
胸がドキンッと大きく跳ねた。
やっぱりジョルジュの夢の中の皆勤賞ガーネットは……私らしい。
「なんで……なんで私が!?」
「───君に踏まれてから……俺の頭の中は常に君でいっぱいだ」
「なっ……私、で……」
(いっぱいーーーー!?)
混乱する私を他所にジョルジュは冷静な顔で頷いた。
「見たところ怪我はなさそう……だ。だがしかし見ただけでは分からないな」
「……」
うーん? と首を捻ったジョルジュはボソッと呟く。
「これは緊急事態だ」
「え? 緊急事態?」
「───君に触れるが許してくれ、ガーネット」
触れる? どこに?
そう思った瞬間、私の身体がフワリと持ち上がる。
「え! ちょっと…………ジョル、ジョルジュ!」
「医者を呼んで診せるべきだ」
「い、医者!? こんなことで!?」
「ガーネットの怪我は“こんなこと”ではない!」
「!」
ジョルジュが声を荒らげる。
「しっかり捕まっていろ。落とさないが落ちたら大変だ」
「は、はぁ? どっちよ! って、そ、そうじゃないわよ!? あなた、何をするの!」
(抱っ……こ、これは、いわゆる抱っこというやつでしょーーーー!?)
私の頭の中が大パニックに陥る。
こんなにも頭の中がグルグルするのは初めて。
「何って? 抱っこだ!」
「こ、ここここういうのはね、こ、ここ恋人以外にしちゃダメなのよっっ!」
「そうなのか? 初めて聞いたが……」
ジョルジュは、ふーんと唸った後、私を下ろすこともせずによいしょっと体勢を整える。
(───なっ!)
そのせいで更に私たちの身体が密着した。
「な、なんで下ろさないの!」
「下ろす理由がない」
ジョルジュ、ここでまさかの拒否!
「~~っっ! だから───」
「さっきの恋人云々の話か?」
「そうよ!」
ジョルジュがしかめっ面で訊ねてきたから、私は大きく頷く。
(さあ、ジョルジュ! このままそっと私を下に……)
「…………よし! ならば俺とガーネットは今から恋人だ!」
「ここここっ、こっ!?」
(恋人ですってぇぇぇ!?)
ジョルジュの口からとんでもない爆弾発言が飛び出した。
「こここここ……」
「どうした、ガーネット。先程からのそれはニワトリの真似か? 中々上手いな? さすがガーネットだな!」
動揺をまさかのニワトリの演技にされて、しかも大絶賛された。
褒められたのに、こんなにも嬉しくなかったのは人生で初めてだ。
「ち……違っ……違うわよ!!」
「?」
私の勢いに不思議そうな顔をするジョルジュ。
「どうしてそこで私を下ろすのではなく恋人になる……という選択を選んじゃうわけ!?」
「ガーネットとこうしていたい!」
「ひぇっ!?」
何だかよく分からないけれど、また胸がドキッとした。
「わ、私たちは友人よ!」
「───似たようなものだろう?」
「なっ……全然違う! 似ていない! 別物!」
私は慌てて否定する。
「恋人はもっと特別なの!」
「……特別?」
ジョルジュが眉をひそめる。
そして、特別……特別…………とブツブツ繰り返していた。
「……」
私はその隙に自分の心を落ち着かせようとした。
意味不明のジョルジュに振り回されて胸がまだドキドキしている。
(こ、これは……アレよ、ちょっと私はこういう男女の触れ合い………に慣れていないからで……)
だって、エルヴィス殿下はエスコート以外では私に触れようとしなかったもの……
だ、だから……
「……」
いったい私は何に言い訳しているんだろう、と思った。
でも、とりあえず、今はジョルジュの暴走を止めないと。
そう思って顔を上げた。
「あのね! ジョルジュ……!」
「────なぁ、ガーネット」
「え?」
顔を上げたらジョルジュの表情が険しい……いえ、とても真剣な表情そのものだった。
さっきとは違う形で胸がドキッとした。
「な、なに……?」
「君をこうして抱っこしたはいいが───ここから医者はどうやって呼ぶんだ?」
「……は?」
(な ん て?)
「廊下に控えている使用人に伝言すればいいのだろうか」
「……」
「だが、ガーネットを抱っこしたままだとそもそも扉がこれ以上開けられないな」
「……」
「ならば、隙間から廊下に向かって声をかければいいのか?」
「……」
ジョルジュは真剣な表情のまま本気で悩んでいる。
「どうしたガーネット? 急に静かになった。どこか痛みが……」
「……こ」
私はそっと口を開く。
「こ?」
「~~~~この、ポンコツーーーー!」
「ぽ、ぽん……?」
突然、ポンコツ呼ばわりされて目を丸くするジョルジュ。
私はそんなジョルジュの腕に抱かれたままジタバタと暴れる。
「それならあなた、一体なんのためにわざわざ私を抱き上げたのよ!」
「分からん! とにかく、む、無我夢中で……」
オロオロし始めるジョルジュ。
「ガーネット! とにかく落ち着こう」
「これが落ち着けるわけないでしょう!? 私の胸がドキドキした時間を返しなさいよ!」
「胸……? やはり医者だ!」
クワッとジョルジュの目付きが鋭くなる。
「ひぃっ!?」
「ガーネットは今、胸がドキドキと言った。つまり心拍数が上がっている……危険だ!」
「え、え?」
ジョルジュは私を抱えたまま、部屋の中をウロウロし始めた。
その姿が、そして表情がとてもおかしく見えて──
「も…………もう! ふっ……」
「ガーネット?」
「あなたって……本当に……ふ、ふふふ……」
私はクスクスと笑う。
ここまで来ると、もうどんどん笑いが込み上げてきてしまい止まらなくなった。
(なに、この人…………本当に本当に本当に、変な人……)
ふ、ふふふ……
私が堪えられずに身体を震わせていると、ジョルジュが放心していた。
そして、じっと私の顔を見つめる。
「……何かしら?」
「い、いや……ガーネット……の笑った顔……が」
「私の笑った顔?」
「そ、その……」
ジョルジュが何やらモゴモゴしている。
私はキッと睨みつけた。
「ジョルジュ! モゴモゴしていないではっきり言って!」
「うっ…………そ、その、か…………可愛い、な……と」
「!」
その言葉に今までで一番、私の胸がドクンッと鳴った気がした。
(な、何これ……すっごいドクドク鳴ってる……!)
「ガーネット…………可愛い」
「っ! ……ジョル……」
私たちがお互いの顔を見つめ合ったその時だった。
「───ガーネット! 何の騒ぎだ!」
「すごい音がしたわよ!?」
「お嬢様~~」
「医者が必要とは!? ご無事ですか!!」
お父様とお母様、そして使用人たちが慌てて部屋に駆け込んで来た。
(……あ!)
「なっ!?」
「あらら?」
「お嬢様が~~!」
「こ、これは……!」
彼らはジョルジュに抱っこされている私の姿を見て固まった。
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