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9. ガーネットの初体験
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親友に裏切られて婚約破棄もされてヤケ酒した結果、行き倒れ中のジョルジュ・ギルモアを踏みつける……
という、どこをどう振り返っても濃い内容ばかりだった誕生日から数日後。
「───お嬢様、お手紙です」
「あら、ありがとう」
私は部屋で執事の持って来た手紙の束に目を通す。
一つ一つ宛名を確認しながら、私は微笑んだ。
「───ふふ、各家から届く手紙を読む限りだと最後に私が流した涙は、かなり効果があったようね」
「左様ですか」
「ええ、それも私が去った後、ラモーナも涙を見せてくれたそうよ? それもポロポロと大袈裟に泣くやつ」
おかげで私との差が余計に浮き彫りになったと思われる。
(まだまだね、ラモーナ)
「あら? 今日の手紙はこれで全部かしら?」
私は手紙の束を眺めながら執事に訊ねる。
(……ジョルジュからの手紙がない)
彼は、あれで実はまめまめしい性格なのか。
あの出会いから翌日以降、毎日私に手紙を送って来ていた。
あの日、別れ際にジョルジュは言った。
────友人とは手紙を送り合うものなのだろう? だから、ガーネットに手紙を書く。
それは特別、間違った知識ではなかった。
だから……
────ええ、楽しみに待っているわ。
そう応えて私は頷いた。
“あのジョルジュが書く手紙”にも興味があったから。
でも……
(毎日来るとは聞いていない!)
何故か毎日、それなりの厚さの手紙が届くようになった。
内容は……
(日記? 日記帳と勘違いしているのではなくて?)
本日の天気から始まり、彼がその日に飲んで食べた物、出かけた場所、読んだ本。
綴られているのは、ジョルジュ・ギルモアの華麗な一日の過ごし方……
しかし、そんなジョルジュの日記……もとい手紙が今日は見当たらない。
ようやく人並みの手紙のしきたりを学んだようね、と安心したの束の間。
執事は言った。
「はい…………手紙“は”全部です」
頷いた執事は何かを含んだような言い方をした。
「……」
私はフッと笑って足を組み替える。
そしてふんぞり返りながら執事に訊ねた。
「そう。では手紙以外には、何があるのかしら?」
「……」
執事は少しの間、無言だったけれど観念したように口を開く。
「お見えになっています」
「……は?」
「実は…………今、下の応接室でお待ち頂いております」
「……」
私は、そっとこめかみを押さえる。
誰が? とは聞かなくても分かる。
どうしてこうなった?
「特に、訪問の連絡は受けていないわね?」
「おっしゃる通りです、お嬢様」
「ホホ……ホホホ……」
(ジョルジューーーー!)
手紙がないと思えばまさかの本人? 本人がやって来た?
私はガタンッと勢いよく椅子から立ち上がると、目を丸くしている執事を置き去りにしてそのまま階下へと駆け出した。
そして───
「あなたは、もしかして自分自身が手紙にでもなったつもりなのーーーー!?」
私はバーンッと勢いよく応接室のドアを開ける。
「ガーネット!」
部屋の中にはやはり思った通りの顔。
私は顔に手を当てながらため息をつく。
「……ジョルジュ! あなたね……」
「ガーネット! 聞いてくれ。俺はついにやった!」
(んあ?)
私は顔を上げる。
ジョルジュは真顔でこっちを見ている。
そして、今の言葉の意味を考えた。
ついにやった?
やった……?
殺っ………………
「───な、何をよ!?」
変な想像してしまい、若干青ざめた私が訊ねるとジョルジュは明るく言った。
「身体を鍛えると言っただろう?」
「え? ええ……」
何の話だと眉をひそめる。
「実は手紙には書かなかったが、俺はあの日から毎日、走り込みをすることにした」
「え……ジョルジュ、私てっきり口先だけだと思ったのに……」
「だろう? 俺もだ!」
「……」
(…………ん、ぁああ?)
私はカッと目を見開く。
しかし、ジョルジュはそのまま何事も無かったように話を続ける。
「それで、だ。走り込みをコツコツコツコツ続けた結果───」
「いや、ジョルジュ。ま、待って? ……その前に聞き捨てならない言葉が……」
「……俺は、我が家からガーネットの家まで走り込むことに成功した!」
「なっ───何してるのよーーーー!?」
何だか色々吹っ飛んだ。
その前に引っかかった部分が霞んで遥か彼方に吹き飛ぶほど驚いた。
「は、走り込みで? こ、ここまで来たの!?」
「ああ」
コクリと頷くジョルジュ。
「馬、馬車……」
「馬車? 家にあるだろう?」
「…………そう、ね」
私は必死に頭の中で考える。
ギルモア……ギルモア侯爵家の邸ってどこ?
どこだった……?
いつもなら、頭の中にパッと浮かぶはずの地図がぐにゃぐにゃ歪んでいる。
ダメだわ……まとまらない。
「ねぇ、何時……? あなた、何時に家……を出たの?」
「朝食終えてすぐだな」
「……」
私はチラッと時計を見る。
「…………ジョルジュ。あなたの目には今、あそこの時計が何時に見えているかしら?」
「夕方だな」
ジョルジュは即答する。
「頭は相当おかしいけど……目は正常のようね?」
「迷子と行き倒れを繰り返し、ついに今日! たどり着いた」
「…………もはや、奇跡ね?」
「次は、いつ辿り着けるか分からないな」
「は?」
私は深ーーいため息を吐いた。
ジョルジュ・ギルモア……やっぱり只者じゃない!
「あなた侯爵家の令息……嫡男の自覚ある? ご両親はなんて?」
「……」
ジョルジュは少し考える素振りを見せた後、言った。
「父上は……素晴らしい友情……愛だな! とニカッと笑っていたか……」
「……何その反応。息子が行き倒れてるのよ?」
「母上は……寝付きは前より良くなったのに、寝起きがますます悪くなったとブツブツ言っている」
「……寝起き!? 何の話よ!」
私が身を乗り出す勢いで訊ねると、ジョルジュはきょとんとしていた。
「俺は寝起きが悪い」
「そ・れ・は! あの踏みつけた時の後の様子で分かっているわよ! そうじゃなくて!」
「?」
「なんでそれが悪化しているのよ!」
両親ともに反応がズレてておかしい。
けれど今は気になった所を確認したい。
「走り込むようになって、よく食べよく寝るようになったからだろう」
「どこの子どもよ……」
「だが、睡眠が気持ちよくてなかなか起きれない」
「なんでまた……」
私が呆れ口調で訊ねたら、ジョルジュは当然のように言った。
「ガーネット、何を言っている? そんなの決まっている!」
「え? 決まっているの?」
私は首を傾げて聞き直す。
「夢……」
「夢? ああ、いい夢でも見ているのね?」
「そうだ。ずっと見ていたい……とてもいい夢だ」
「ふーん」
なるほど。
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「ん?」
私はピシッと動きを止める。
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