誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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7. 別にいいわよね?

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「……そ、そんな!」
「殿下はいったい何を考えて……」 
「ガーネット様は料理人の派遣を行うだけでなく、一風変わった料理などの提案も我々にしてくれていたのに……!」
「他国にも評判がよかったし、我々も大きな刺激を受けていたのに」

 料理人たちはそれぞれ憤慨していた。
 婚約破棄されて、貴族たちは分かりやすく手のひらを返したけれど、料理人たち彼らの反応は違うらしい。

「ホーホッホッホ!  誤解のないように言っておくけれど、料理の提案はただただ私が食べたいものを要求し続けただけよ!」

 私が高笑いしていると、ジョルジュが感心したようにポソリと言った。

「凄いなガーネット……君は料理人にも刺激を与えていたのか……」
「いや、ジョルジュ殿。ガーネットはただ自分の欲望を押し通しただけに過ぎん。ただの結果論。感心するところではないぞ?」
「───お父様!  余計な解説はしないで結構よ!!」

 私はジロリとお父様を睨みつけた。

「───と、いうわけで異論は認めないわ。はい!  さあ、撤収の準備なさい!」

 私はパンパンと手を叩きながら我が家の料理人たちに声をかける。
 それぞれ慌ただしく動く中、顔色を悪くした王宮料理人たちがおそるおそるやって来た。

「ガーネット様……我々はどうすれば……」
「自信がありません」
「大丈夫よ、人並みにはなったのでしょう?  ちゃんと一年で成長したじゃない」

 私はポンッと彼らの肩を叩く。
 今でも忘れない。
 具材が生煮えのスープ、味のしないステーキ、石のようにカッチカチのパン、半焼けのケーキ……

(なんの嫌がらせかと思ったわ……)

 この私に何たる仕打ち!
 そう思って怒り任せに厨房に乗り込んだのがまるで昨日のことのよう……
 彼らとは反発することもあったけれど───

「私はね、己を自覚し向上心を持って努力し続けて頑張る人は好きよ?」
「……ガーネット様!」

 王宮料理人たちが嬉しそうな顔をした。
 私もフッと笑う。
  
「色々言われるかもしれないけど、自分を信じてこれからも精進なさい。いいわね?」
「ガーネット様……!」

 私は一人一人の肩を叩きながらエールを送った。

「……だから、ガーネット。なんでお前はいちいちそう上から目線なんだ……?」
「ガーネット!  そうか!  俺も努力すればいいんだな!」
「ジョルジュ?」

 お父様の言葉は右から左へ受け流せたけれど、ジョルジュの発した言葉は意味が分からず眉をひそめた。

「だから、努力だ!」
「は?」

 ますます意味が分からない。

「今、言っていた。ガーネットは努力する人が好きなのだろう?」
「ええ、そうよ?」
「だからだ。ならば俺も努力しなくては!」

(…………ん?)

 それってつまり……?
 私はうーん?  と首を捻りながら訊ねる。

「ジョルジュ?  あなたまさか私に好かれようとしているの?」
「当然だ!」
「!」

 ジョルジュは即答した。

(び、びっくりした……なんの迷いもなく即答するなんて……)

 私は胸を押さえる。
 あまりの勢いの良さに思わず胸がドキッとしちゃったじゃない……!
 なんて男……

「コホンッ、まあ、いいわ…………ところでジョルジュ。あなた、なんの努力をするわけ?」
「これから考える!」
「……」

 私はじとっとした目でジョルジュを見る。

「なんだ?」
「…………いえ。私があなたを好きになるのは当分先のことね、と思っただけ」
「なぜだ!」

 ジョルジュの目がクワッと大きく見開く。

「そんなの自分の胸に手を当てて考えてごらんなさい!」
「!」

 ハッとしたジョルジュは、そのまま本当に自分の胸に手を当てていた。

(素直すぎる……)

 私は動かなくなったジョルジュを無視して皆に声をかける。

「───さあ、撤収よ!  何か引き継ぎがあるなら今のうちにさっさと済ませてちょうだい!」


────


 厨房を出てパーティー会場に戻りながら私はお父様に声をかける。

「お父様」
「ん?  なんだ?」
「───もしも、この先、王宮料理人たち彼らが我が家の門戸を叩いてきた時は受け入れてあげてちょうだい」
「ガーネット?」

 お父様は眉をひそめる。

「いいのか?」
「ええ、構わないわよ。だってその時は“王宮料理人”というくっだらない名前だけのプライドにしがみつくよりも、“料理を極める道に進みたい”と彼らが本気で思ったということでしょう?」
「……そうなる、か」

 うむ……とお父様は頷く。

「そういう人はね、これから伸びるわよ。だから無下にはしないであげて」
「ガーネット……分かった、そうしよう」
「ありがとう、お父様」

 お父様が静かに微笑んで約束してくれたので、私はふふっと笑う。

「……まあ、その本音は……ただただ私が私好みの美味しい料理を作れる人間を増やしたい……それだけなのだけどね~!  ホホホ!」
「~~っ!  ガーネット!」
「ホーホッホッホッ!」

 お父様が顔を真っ赤にしたので私は笑い飛ばす。

「あ、そうそう、お父様。他にも我が家から王宮に派遣していた人はいたかしら?  順次、撤収してもらわないといけないわね」
「む……そう、だな。手配しよう」
「お願いするわ」

 別にいいわよね?
 公衆の面前で婚約破棄された私がこれまでと変わらず王家に尽くし続ける義理なんてこれっぽっちもないもの。

(そういえば……)

 ────近々、エルヴィス殿下と私が接待予定だった、あの“食への拘り”の強い国の彼らがやって来る。
 ノウハウは引き継いでいても残った料理人だけで満足させることは……間違いなく厳しい。

(その先に起きるであろうことは、簡単に想像出来るわ──……)

 まあ、料理以外の接待で彼らを満足させられればまだ一縷の望みある。
 けれど───……

(残念ながら、他にも拘りが強いのよねぇ……あの人たち)

 いつも事前準備は大変だった。
 現在のあちらの国の情勢といったお堅~い話から庶民の中で流行っている娯楽の話まで……
 接待前は常に最新情報を手に入れて頭に叩き込んでおかないといけない。

(私は侯爵家の金と伝手をバンバン使って何とか情報を仕入れて、いつも殿下にもお伝えして来たけれど……)

 エルヴィス殿下は一人で大丈夫なのかしらね?

(……ま、いっか)

 殿下に婚約破棄された私は、もう単なる一侯爵家の令嬢に過ぎないのだから。

(───それより、慰謝料請求回避して、こっちから請求することの方を考えなくてはね!)



「……ガーネット」
「あら、ジョルジュ。どうしたの?」

 厨房を出る前くらいから黙り込んでいたジョルジュが口を開いた。

「決めた!」
「決めた?  何を?」
「────身体を鍛えようと思う!!」
「!?」

 私は笑顔のまま固まる。
 何を言い出した!?

「ちょっとジョルジュ?  話が見えないわ。何の話?」
「さっきの───努力の話だ!」
「んぁ……?」

 一瞬、私はポカンとして間抜けな言葉を口にする。
 そして、その言葉を理解してハッとした。

「ちょっ…………え?  あなた、まだ考えていたの!?」
「ああ」

 ジョルジュは当然だと言わんばかりに頷いた。

「色々考えたがこれが一番だと思う」
「……」

 私は言葉を失ってジョルジュの顔を見つめる。

「この先、また君に身体を踏まれる時が来るかもしれない……」
「ちょっと!  人を踏みつけ魔みたいに言わないでくれる!?」
「その時に今のように軟弱であってはいけない───君の友人として!」

 ジョルジュはグッと拳を握りしめた。

「ねぇ!?  私の話、聞・い・て・る!?」
「もちろんだ!  ガーネット!  俺は必ずや君の理想の男になってみせよう!」
「全っっ然、聞いてないじゃない!  理想の男って何の話!?  どこから出て来たのよ!」
「理想は理想だ!」
「ジョル……」

 ジョルジュはそう言ってギュッと今度は私の手を握る。

「!」
「さあ、会場に戻ろう。ガーネット」
「え、え、ええ……」

 そして私はこの意味不明状態のまま、ジョルジュに軽く引きずられながら、パーティー会場へと戻った。



 ────ザワッ

 そして、私が会場に戻ると視線が一斉に向けられる。

 クスクスヒソヒソ……

 ───戻って来た……
 ───まだ、居たんだ?
 ───てっきり泣いて逃げたとばかり……

 ……そんな私を嘲笑う声が周囲から聞こえて来る。

「……お父様、ジョルジュ」

 私はジョルジュと繋いでいた手を離すと、壇上で楽しそうに笑い合っている二人に目を向ける。

「さて……私は殿下と殿に挨拶してくるわね」
「おい、ガーネット!?」
「……」

 驚くお父様と無言で頷くジョルジュ。

(ジョルジュ……あなたのそれは無言の応援と受け取るわよ?)

 言葉が無いのが彼らしいなと思う。
 ────身内以外で一人でも“味方”でいてくれる人がいると思うと、だいぶ気持ちも違うわね……

 そんなことを考えながら私は二人に微笑み、件の二人の元に向かった。

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