誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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6. 婚約破棄されたので

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✤✤✤✤✤


 エルヴィス殿下に抱きついた所を噂好きの令嬢たちがこっちを見てヒソヒソと話している。

 ───見て!  殿下とイザード侯爵令嬢、もう仲睦まじいご様子よ!
 ───いきなり婚約者交代とか聞いて驚いたけど……
 ───でも、ウェルズリー侯爵令嬢と違ってお似合いね?

 “お似合い”
 そんな言葉が聞こえてきた。

(ふふ、いい感じ。もっともっと言って頂戴?)

 エルヴィス殿下の腕の中で私はこっそりほくそ笑んだ。

(ほらね。やっぱり殿下とお似合いなのはガーネットではなく私の方なのよ)

 美貌も知性も人望も……
 絶対にガーネットより私の方が優れている。
 それなのに、エルヴィス様の婚約者に選ばれたのは私ではなくガーネットだった。
 その理由はたった一つ。

 ───ウェルズリー侯爵家にたんまり金があったから。

(そんな理由は許せなかった……!  だから!)
  
 私は待った。
 ガーネットを蹴落として私が代わりに彼の婚約者──王子妃になれる準備が整うまで!
 一年もかかってしまったわ。
 でもようやく───……

「───エルヴィス様!  私、誰からも認められるあなたに相応しい婚約者になれるよう、これから頑張りますねっ!」

 抱きついていた身体を少し離してから、顔を見てにこっと微笑む。

(こういうの……弱いでしょう?)

 思った通り、エルヴィス様はポッと頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。

「……ラモーナ……!  そんな健気な言葉を……ありがとう」
「え……健気?  そんな!  普通ですよ?」

 私が謙遜するとエルヴィス様は首を横に振る。

「いいや、少なくとも、ガーネットからは一度もそんな謙虚な言葉を聞いたことがなかったよ」
「エルヴィス様……」

(ええ。知ってるわ。ガーネットはそんな謙虚なことは絶対に言わない)

 ありがとう、ガーネット。
 あなたのおかげで私はこうしているだけで愛され度がぐんぐんアップするのよ。
 油断すると綻びそうになる顔を抑えて私は寂しそうに微笑む。

「……きっと、ガーネットは恥ずかしくて口に出来なかっただけですわ、エルヴィス様」
「ラモーナ……君は本当に優しいんだな」
「え、や、やだ……そんなことないですよ、エルヴィス様……」
「ははは、全く、君は……」

 ふふふ、と私たちは見つめ合う。

「あ!  そうだ、ラモーナ。今度、隣国の大臣たちが数名、我が国に視察に来るんだ」
「え?」

 エルヴィス様が急に思い出したかのようにそんなことを口にした。

(なんですって?)

「実は、僕とガーネットで彼らを出迎えて接待することになっていたんだけど」
「まあ!」
「こんな形にはなったけど、もう視察の予定は変えられない。向こうには婚約者変更の説明はもちろんする。だから……」
「……ガーネットの代わりに私がエルヴィス様と接待を……?  不安です……」

 私は驚き戸惑う表情をしながらも内心では歓喜する。

(これは、なんてラッキーなの!)

 エルヴィス様の新しい婚約者として顔を売る大チャンスがこんなに早くやって来るなんて!

「突然ですまない……だが僕はすでにガーネットと共にだけど、何度か彼らの接待は経験済なんだ。だから安心して欲しい」
「そうでしたの?」
「ああ。ちょっとあちらの国の人たちは食への拘りが強かったりして色々気をつけることも多い……まあ、準備は大変だけど大丈夫さ」
「……」

(へぇ……面倒くさそうな人たちの多い国なのね)

「分かりましたわ、エルヴィス様!  こう見えて私、あちらの国の言葉は習得済みなんです!  だから、一緒に頑張れますわ」
「ラモーナ!  ありがとう」

 嬉しそうなエルヴィス様の顔を見て私も微笑む。

(うふふ、ようやく……ようやく私の時代がやって来るのね────……)



✤✤✤✤✤



「全く!  ガーネット、お前と言う奴は……」
「……」
「邪魔だと思ったから踏みつけた?  そこは避けるのが普通だろうに……なぜ、そこで突き進んだ!」
「……」
「とりあえず、ギルモア侯爵家にはお詫びの手紙を書いて──治療費と……」

 グチグチブツブツお説教モードに入ったお父様のチョビ髭を私は見つめる。

(うーん、お父様ってこうなると長いのよねぇ……)

「お父様!  その話はまた後にしましょう!  ね?  そろそろ会場に戻らないと!」
「いや、ガーネット……」
「────さあ、さっさと戻るわよ!!」

 私はお父様の言葉を強引に遮って歩き出す。


 こうして、とりあえず私たちは会場に戻ることになった。



「…………会場に戻ったら」

 歩き出したところでお父様がため息を吐く。
 会場に戻れば、また私が冷たい目で見られてしまうから……

(ごめんなさいね、お父さ──)

 心の中でお父様に謝ろうとした時だった。
 スッと私の手が取られた。

「……え?  なに?」

 慌てて振り向くと私の隣にジョルジュがいる。
 ジョルジュはギュッと私の手を握った。

「……ジョルジュ?  あなた何をしているの?」
「友人……」
「友人?」

 私が首を傾げるとジョルジュは、少し照れくさそうに言った。

「友人と手を繋いで歩く……のが夢、だった」
「え!!」 

(な、なんですって!?)

「ガーネットは俺の友人、だ」 
「…………そうね」
「だから──手を繋ぐ!」
「…………そ、そう……」

 私は内心で首を傾げる。

(────おかしい)

 私の知っている友人の定義と違う!
 このジョルジュ・ギルモアはこれまで、友人と呼べる人間がいなかったらしい。
 つまり、この男にそのおかしな定義を刷り込みをした奴がいる!

「───ふっふふふ。ねぇ、ジョルジュ。聞いてもいいかしら? あなたのその友人に関するおかしな知識はどこから学んだものなのかしら?」
「本だが?」

 ジョルジュ即答。

「ほ……」

 ほーーーーん!
 著者、出てきなさー~~ーい!

(くっ!  無理!  私には出来ないわ!)

 部屋で一人、本を読みながら友人という存在に思いを馳せていたであろうジョルジュ少年を思い浮かべたら……

 この繋がれた手を振り払うなんてことは出来なかった。



 手を繋いで廊下を歩きながら私はジョルジュに訊ねた。

「────ねえ、ジョルジュ」
「なんだ?」
「あなた、会場の料理を食べ過ぎたと言っていたわよね?」
「ああ。何かいけなかったか?」

 ジョルジュが不思議そうな目で私を見る。

「そうじゃなくて!  今日のパーティー料理は美味しかったかしら?」
「?」

 私の質問にジョルジュが不審そうな目で私を見る。
 私はムッとした。

「何かしら、その顔。まさか、この私が食い意地張っているとでも?」
「…………違うのか?」
「違うわよ!  いったいあなたの目にはこの私がどう見えているわけ?」
「……」

 そのまま何かを考えていた様子のジョルジュはしばしの沈黙の後、口を開く。

「もちろん、天使の声と悪魔のような微笑みを持つ……」
「────天使と悪魔はお腹いっぱいなので結構よ!」

 私はジロリと睨んで最後まで言わせない。

「どうやらあなたに聞いた私がバカだったようね。今の質問は忘れなさい」
「分かった」
「は?  いいの!?」
「ああ」

(素直すぎて調子が狂うわ……)

 あまりにも素直すぎるジョルジュに呆れながらも私は質問の意図を説明する。

「あなたは留学していたから知らないと思うけど……この一年、エルヴィス殿下の婚約者として私は頻繁に王宮に出入りしていたのよ」
「……だろうな」
「ただね、この国の王家の料理人たちが作る料理が壊滅的と言っていいほど美味しくなかったの」
「そうか?  今日のパーティーの料理はどれも美味かったぞ?」
「!」

 私はその言葉を聞いて高らかに笑う。
 その言葉が聞きたかったのよ!

「オーホッホッホッ!  それは当然よ!  だってこの私が改善させたんだもの!」
「ガーネットが?」
「そうよ!  この国の王家ときたら金がないからって王宮料理人の数を減らしたり、実力のない安い給料で働ける人間のみを残すなどして、かなり質を下げていたのよ」
「……」
「だから、私がウェルズリー家の料理人を王宮に派遣して補助と残った王宮料理人を鍛えさせたってわけ」

 ……最初は大変だったわ。
 王宮料理人たちは壊滅的な料理しか作れないくせにプライドだけは異様に高くて。
 なかなかアドバイスも聞きやしない。

(一年かけて鍛え続けたけど───……)

「お父様!」

 私はお父様に声をかける。

「なんだ?」
「えっと、殿下と私の婚約はさっきのアレで破棄されたから、我が家から王宮に派遣している料理人って撤収してもいいのよね?」
「ん?  あ、まあ、そうだな。そもそも、お前が王宮の料理がくそ不味い、こんなくそ不味い料理で今後生活するとか耐えられない!  そう言って連れて行ったんだからな……」
「……」

 ……ちょっと言い方があれだけど、許可は出たようね。

「───なら、お父様。会場に戻る前に先に厨房に行きましょう」
「ガーネット?」
「悪いけど、ジョルジュも付き合って?」
「あ、ああ」

 私は行き先を変えて厨房へと向かった。



「────失礼するわよ。はぁーい、注目!  料理人の皆さん、ご機嫌よう」

 私はパンパンと手を叩きながら厨房の料理人たちに声をかける。

「お、お嬢様!?  どうされたのですか!」
「ガーネット様!?」
「ま、まさか今夜の料理に何か……?」

 突然の私の登場に料理人たちが驚く。

「いいえ、今日の料理に文句をつけに来たわけじゃないわ」

 私が否定すると皆の顔が一気に不安そうになる。

「突然で悪いけれど、今日をもって我が家の料理人たちは王宮の厨房から撤収してもらうわ」
「え!?」
「撤収!?」

 仕方がないことだけど、みんな驚いている。
 特に王宮料理人たちの顔色はとても悪い。

「ガーネット様!  こ、困ります……今やウェルズリー侯爵家の料理人たちは我らの中心メンバー……」
「我々は、これまで鍛えてもらって、ようやく人並み程度の腕になったところ……今、彼らに撤収されてしまったら……」
「王宮の料理のレベルが格段と低下します!」
「───ええ。もちろん分かっているわ。でも……こればっかりは仕方がないの」
「仕方が……ない?」

 私の言葉に困惑しながら顔を見合わせる料理人たち。

「もう、王家に派遣する理由がないのよ」
「理由……がない?」
「な、何故……」

 私はにっこりと笑う。

「───婚約破棄」
「え?」
「私ね?  エルヴィス殿下に婚約破棄を言い渡されたの」
「こん……!?」

 彼らは唖然呆然とした顔で私を見る。

「ごめんなさいね……?  残念だけど、もう私には王宮料理を改善させる必要も理由もどこにもないのよ」

 ────だって、婚約破棄されたから。
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